紫のビー玉と銀の糸
子供の頃からの野望がある。
夢とか目標とかじゃない。
こうなってやる、とか、こうならなければならないとかの話だ。
小学生の頃からライトノベルをこれでもかってくらい読みあさっていた私が行き着いた先は、いつかこういう世界で自分も大きなことをするんだっていう漠然とした、それでも絶対に!という思いを抱えてきた。
ただ、それを口にしてはいけない、したらおかしいと思われることくらいは知っていた。
でも、おかしいと思われる事と、自分の考えを否定する事は等しくはなかった。
この人たちには所詮理解できないレベルの世界の話なんだと。
しかたない、こっちの世界のレベルにあわせてあげるよ、としか思っていなかった。
だから、友達付き合いとか普通にできていたと思うし、それなりに楽しかったと思う。少し気を使っていたせいで疲れる部分はあったにせよ、それもまたこっちの世界での試練、と自分に言い聞かせていた。
「あの子変わってるよね」
そう言われ始めたのは高校に入学した頃だった。
それはそうだろう。何しろ私は高校生になってからというもの、他の子たちに「合わせるのをやめた」んだから。
おしゃれやメイク、流行りの食べ物や場所。
これら全てに合わせるのは私の能力なら全く問題ない……はずだった。
中学の時とは桁違いの情報量、枝分かれした一つ一つの専門的な知識が半端なかった。
さして興味がないものに時間も、そして費用も使うのがもったいない。特に費用の方はそれなりにかかるものもあった。
それら一つ一つをできるだけ丁寧に当たり障りなく断りかかわりを持たなくなった結果、ほぼ「友達」と呼べる人間が周りに一人もいなくなった。
私としても、別にそれでよかった。そろそろ周りに合わせる事も飽きてきた頃だった。
そう、私が望んだことだった。
周りとの関わりを遮断したわけではない。そんなことしたらこの世界で生きていけなくなる。嫌でもこの世界で生活していくためには、学校を卒業し、働き、お金を稼ぐことが必要だ。
いつか来るその日のために、その時のために。
この世界では、目立たず、かと言って何もしないというわけではなく知識や経験は積んでいった。
すでに年齢は、28になっていた。
仕事は資格とスキルを使うものだったため、効率良く稼ぐにはスキルアップが必要だった。
はっきり言って仕事のスキルアップより来たるべき時に備えて剣技や魔法の類を整えておきたいところなんだけど、実は漠然と使えるであろうと思っているだけでこちらの世界でどう使うのかはわかっていないし使う機会もまだない。
当たり前だ、ここはそういう場所ではないもの。
そんなわけで、休みの今日「仕事のためのスキル」を上げるべく参考書を見に本屋へ向かった。
いつもなら駅の南口を出たところを左にまっすぐ行った飲食店や雑貨店が入っているビルの中にある大きな本屋に行くのだが、私の求めるジャンルはあまり品揃えがなく少し困っていたところがあった。
駅周辺に他にも本屋はあるが、似たようなものだ。
今日は時間もあるし、散歩がてら店を探してみようか。
ビルがある道を少しまっすぐ行くと、そこはすぐに住宅街。
開けているのは駅周辺なだけで、少し歩けば普通の生活感のある風景になる。
特に知り合いが住んでいるわけでもないから、この辺りの住宅街には全く足を踏み入れたことがなかった。
やっぱりこんなところにはお店はないか。
家ばかりで、その他には小さな公園や月極駐車場があるだけ。
やっぱり引き返していつもの本屋で探してみるか。
そう思ったときだった。
まっすぐ伸びた道の左右には古い家や改築した家などが並んでいた。その間に、見つけてしまった。
「羽佐間書店」
古本屋にも見えるその店は、何故かそこだけ陽の光にポカポカと照らされ、とても暖かそうに見えた。
もしかしたら、こういう場所に私の「真の目的」の方の情報に関する本なんかが置いてありそう。
そんな思いもあったが、とにかくこのポカポカした場所に足を踏み入れたい、中はどんな感じなのだろう、おいてある本は新刊なのか古書なのか……一度に色々と思いが湧き上がり私はそっとその本屋の扉を押したのだった。
陽の光とほんの匂いに混じってほんのりと……アロマかな?ハーブのような香りが店全体を包んでいた。
なんか落ち着く、ほっとする。
店の大きさからして本の種類もあまり多くなかったが、何よりジャンルが偏りすぎている、というより大半がよくわからないジャンルだった。
「鉄鍋の洗い方と健康療法」
「美味しいサンドイッチの食べ方と手技」
「薬の混ぜ方と味見の仕方について」等々
何が言いたいのかさっぱりわからない題名の本がならんでいる。しかも雑誌ではなく結構分厚い本。
やっぱりないかな、私の探してるのは。
ただ、他にはどんな本があるんだろう?という興味からすぐにその場を立ち去る事ができず、さらに奥へと足を進めていった。
左側に目線を向けると、少し奥に一人の青年が雑誌のようなものを読みながら座っていた。
店員さんかな?この古い店には似合わない風貌ではあった。
細い銀の糸のような髪。ちらりと覗かせた瞳は紫のビー玉のような色だった。
一言で言えば超美形。色も白く、髪も瞳も違和感がまったくない。日本人離れしたその顔に、一瞬ではあるが見とれてしまった。
ちらり、と彼もこちらを見たもののすぐに手元にある本の方に視線を戻した。
私はというと、もう目的の本なんてあるわけがないとわかってはいるのに、この奥の本はどうだろう?となぜだかわからない興味で心が一杯になっていた。
ふと、上を向く。本と店員1人しかいない本屋にも関わらず、何か視線のようなものを感じたからだ。
きちんと並べてある本の一冊、その中では比較的小さな本であったが、何故かその本の中身を直接確認「して」と、見られているような、訴えられているようなそんな感じながした。
私の身長は決して低くない、むしろ女性の中なら大きい部類に入るのではないか……が背伸びをしてなんとか取れるか取れないかくらいの位置にある本なのだが、無理やり引っ掛けて取るわけにも行かず、かと言ってただ見たいだけの本のために店員さんの手を煩わせるのもどうかなと躊躇っていた。
よし。
私はその本に向かい手を差し伸べる形で大きく上にかざし「本よ!来い!」と心の中で強く念じた。
さすがに、さすがの私も声に出して言うことはしなかったし、これはないかなぁと苦笑していた。
すると、その小さい本は音もなくすっと私の掲げている手の中に落ちてきたのだった。