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魔法使いと弟子  作者: シシトウ
番外編
31/31

光と闇の子どもたち





 レオルグ王国の光と闇の筆頭魔法使いの間に男女の双子が産まれてから、十二年の月日が流れた。

 男の子はディアム、女の子はアトラと名づけられた。

 ディアムはシャロンによく似た白金の髪に銀鼠色の瞳で、アトラは黒髪に橄欖石色の瞳をしていた。両親の髪色と瞳の形質をよくこれほどまでにというほど双子は受け継いでいた。

 そして双子は、アーサーとシャロンの魔力も受け継いでおり、世にも珍しく、二人は光と闇のどちらの魔力もそれぞれ発現した。古の神々はすべての元素、ないしは複数の元素の力を司っていたとの伝承も残されている。しかしそれはあくまでも神話やお伽噺の中の話と思われていた。魔法使いの始祖の再来、と人々は祝い、双子の誕生は注目を浴びたが、アーサーは家族が平穏無事に過ごせることを第一とし、周囲の熱狂を鎮めていた。

 そのおかげで、双子は両親の魔法で守られたシュイッドの森で伸び伸びと育った。

 さらに魔法大学校や王宮も、彼らの格好の遊び場となった。


「ねえ、母さま、ディアムが怒るのよ。あまり空間転移を乱用するなって」

「アトラは自分の力を過信しすぎだ。いつか足元を掬われても知らないぞ」


 シュイッドの森の家でシャロンが夕飯を作っていると、両親と揃いの青灰色のローブを身に着けた双子が闇の魔法を行使して帰宅した。十二歳になった彼らは性格にもそれぞれの特徴がみられた。ディアムは寡黙で冷静沈着、アトラは好奇心旺盛の活発な女の子。不思議と、アーサーの生意気さはどちらにも似なかったし、シャロンの謙虚さを受け継いだ者もいなかった。ただ、両親から授かった知恵や才能、魔力量を存分に発揮し、双子は十二歳にしてこの秋、魔法大学校に入学していた。


「――いったい、何の言い争いをしているんだ」


 双子に続いて、アーサーが帰宅する。玄関の扉を開けて早々、双子の口喧嘩が目の前で繰り広げられ、アーサーは苦笑いをしていた。シャロンがエプロンを外して彼を出迎える。


「アーサー、おかえりなさい」

「ただいま、シャロン」


 毎日の習慣となっている抱擁と頬への口づけを夫婦が交わす。もう、シャロンが夫のアーサーを「先生」と呼ぶことはない。ただ、シャロンの口から無意識に漏れるときもあり、その響きが懐かしくもあって、アーサーはそれを指摘しないでいた。


「父上、聞いてください。アトラが今日、空間転移をして帝都ゼンヴァールにまで」

「ちょっとディアム! なんで父さまに言いつけるのよ!」

「さすがに国外に勝手に出て、お咎めなしと思うなよ。僕の制止を聞かないのなら、もう父上や母上に報告するしかない」


 ディアムがアトラの勝手な行動を戒める。先に産まれたのはディアムのほうであるが、双子の中で上下の区別はないに等しかった。それにアトラは、兄であるディアムの言葉を素直に聞くような妹ではなかった。


「へえ。もうそんなところにまでひとりで行けるのか。すごいな」


 宮廷魔法使いの黒いローブを脱ぎながら、アーサーが口笛を吹く。アーサーは基本的に子どもたちに甘い。普段、いたずらや悪さをした双子を叱るのはシャロンの役目だった。二人が成長してからは、まだまだ危なっかしいアトラのお目付け役をディアムが担うようになった。


「……アトラ。空間転移は、恐ろしい魔法なのよ。どうしてゼンヴァールに行きたかったの?」


 シャロンがアトラに理由を尋ねる。だが、本当に危ないことをしたときに叱るのは、父であるアーサーの役目だった。文字通り雷が落とされる事態になったのはこれまで幾度かあり、恐怖で泣く我が子を宥めるのはシャロンだった。だが、誰も怒りたくて子どもを怒る親なんていないのだ。取り返しのつかない事態に陥るのを心配する親の気持ちを、ディアムはそろそろわかっているだろう。まだ親の心子知らずなのは、アトラのほうだった。

 アトラが何か言いたげに口を開いたり、閉じたりしたあと、シャロンから目を逸らし、俯く。



「……ヴィクトルに、会いたくて」



 ぽつり、とアトラの口からこぼれた理由を聞き取ったアーサーが、一切の動きを止める。


「――待て。セザール公爵……皇弟の長男のことを言ってるのか?」

「その通りです。父上」


 イヴァン皇帝の譲位に伴い、ルイ皇太子が皇位を継承し、ジルの称号も皇子から皇弟になった。ヴィクトル・セザールは、十になるジルの長子である。

 顔を歪めたアーサーが、チッと盛大に舌を打つ。


「あんのガキ……。いつの間にアトラを誑かしやがった」

「父上……逆です。アトラが、ヴィクトルに付き纏っているんです。ヴィクトルは紳士的に応じてくれています」

「ディアムの噓つき! 付き纏ってなんかないわ!」


 頬を紅潮させたアトラが、ディアムの口を咄嗟に手で覆う。だが、アトラの制止は間に合わなかった。

 アーサーが、いったん状況を整理するように、自身の両目を片手で覆い、息を吐く。


「ちょっと待て……。そのヴィクトルは今いくつだ。俺の中では五つかそこらで止まっているんだが」

「十歳です。僕らの二つ下です」


 アトラの手に覆われたまま、もがもがとディアムが口を動かす。


「……それで、二人はいつから会っているんだ。俺は何も聞いていないぞ」

「空間転移を最近できるようになってからです。僕も気づいたときは追いかけているけれど……」

「アトラ。ディアムにも黙って行くのはよくないわ。別に、お父さんもお母さんも、ヴィクトルと会うのを止めたりはしないのよ」


 シャロンはある意味、安心していた。ひとりで帝都を歩き回るよりも、ヴィクトルと会っていたのであれば、ジルの保護下にあるうえに、周囲の近衛にも囲まれているため、もし危険な目に遭ったとしても、すぐに連絡がアーサーやシャロンの元にも来ると考えたからだ。

 ディアムがアトラの手を口から外し、はあ、と息を吐いて首を横に振る。


「……いや、父上は止めたでしょう」

「あら、そうなの? アーサー」


 息子は、父親の複雑な心情をよくわかっているらしい。アーサーは、アトラが国外に空間転移をしたことまでは怒らなかった。だがそれが、皇弟の長子に会うためとなれば話は別だ。

 苦虫を嚙み潰したような顔で、アーサーが低く唸る。


「――明日、ジル・セザールと話をつけてくる」

「父さま、あのね」

「シャロンも、二人を連れて来てほしい」

「ええ」


 口を挟もうとしたアトラが、「父さま!」とアーサーに縋りつく。シャロンと瓜二つの黄緑色の瞳を潤ませながら、アトラがアーサーを見上げた。


「父さま……黙っていて、ごめんなさい。でも、付き纏ってるわけじゃ、ないの。ほんとよ」


 娘の必死な釈明を拒絶できるほど、アーサーは冷たい父親ではない。アトラの眦に滲む涙を拭い、その柔らかな頬にアーサーが手を当てる。



「――あまり、自分の片割れを心配させるな」



 アーサーが憂いを帯びた表情を浮かべ、眉を下げて笑う。

 片割れ、という表現に、アトラは、はっと息を呑んだ。

 ディアムのことを、いつもアトラのすることなすことに口を挟み、否定する口うるさい兄、とどこかで思ってしまっていた自分に気づいたからだ。

 ディアムは、アトラの半身だ。小さい頃は、己と兄の境界すら曖昧であったほどに。互いの考えていることが手に取るようにわかった。母の胎にいた頃から、互いの魔力の波動を感じていた朧げな記憶すらアトラには残っている。

 でも、成長するにつれ、男女の体つきに差異が現れてくるにつれて、四六時中ともにいることもなくなったし、物静かなディアムが考えていることもアトラはわからなくなってきた。二人は反発するようになり、アトラの行動を制限しようとしてくる兄を正直鬱陶しく感じた。

 ディアムは、光と闇の魔法の恐ろしさを知っていた。アトラもまだ知らない時空の研究に独学で辿り着き、両親がその研究の第一人者であることを知った。両親は、アトラが自分で気づくまで教える気はないようだが、アトラがいつか時空の(ひずみ)にひとりで呑まれるのではないかとの懸念と不安がディアムには常にあった。

 アトラがディアムを振り向き、その手を取る。


「……ごめんね、ディアム」

「わかってくれたのなら、いい」


 そっぽを向いたディアムが、ボソッと呟く。その耳は、少し紅く染まっていた。純粋に心配しているのだ、とディアムが最初から伝えていれば、アトラも少しは聞く耳を持っていたかもしれないが、互いに素直じゃないのは誰かによく似ていた。

 子どもたちの仲直りを見守り、夫婦は互いに目配せをして微笑んだ。









 翌日、ホリンシェッド一家は帝都ゼンヴァールに置かれた、セザール公爵のタウンハウスに訪れた。


「やあやあ。アーサー・ホリンシェッド殿。シャロンも、変わりないかい? 双子も元気そうだね」


 ジル・セザールが四人を出迎える。ジルは四十も後半に差しかかっているとは思えないほどの若さを保ち、元気溌剌としていた。ソール戦線で副官を亡くしたと思われていた頃に比べると、吹っ切れた明るさを周囲に振りまいているようだった。それはまるで、闇の魔法使いであることが疑わしくなるほどに。彼の笑顔の眩しさに当てられたのか、あるいはただその態度が腹立たしいのか、アーサーが目を眇め、顔をしかめる。


「しらばっくれるなよ。貴様、アトラには昨日会っているだろうが」

「あれま。怖いお父さまにバレてしまったのかい? いつでも遊びに来ていいんだよ。ヴィクトルも喜ぶだろう」


 ジルはアーサーとシャロンの結婚を見届けた翌年に、堅物の女騎士エルザ・シュヴァリエと婚姻を結んだ。エルザは家族から望まぬ結婚を強いられ、近衛を辞そうとしていたところを、ジルに助けられたらしい。「はっ。何の安っぽい大衆劇(メロドラマ)だ」と、その噂が耳に届いたときアーサーは鼻を鳴らして笑っていたが、アーサーとシャロンの結婚も大幅に脚色されて、王都では既に恋愛劇になっていたりもするので、シャロンは苦笑いをしたまま何も言えなかった。

 エルザは近衛としてジルの傍らに控えていた。二人の間にこれまでどんな物語があったのか、シャロンも詳しくは知らない。ただ、セザール家はヴィクトルを含め三人の子宝に恵まれているし、夫婦を纏う空気は柔らかだ。警護中であるためか、いつも人形のように冷たい(かんばせ)しか見たことはないが、背の高い彼女の凛とした美しさに、シャロンはいつも惚れ惚れとしていた。

 アトラの(おとな)いを聞きつけたのか、ジルによく似た少年が玄関ホールに現れた。髪色は母のエルザに似た深緋(こきひ)色だが、瞳はジルの琥珀色を受け継いでいた。


「ヴィクトル!」


 アトラが声を上げ、ヴィクトルのもとに駆け寄る。


「……アトラ、叱られたの?」

「ううん! 私も帝都のお祭りを見てみたかったからいいの!」


 帝都は今、豊穣の秋祭りで賑わっている最中だ。アトラは、おそらくヴィクトルに祭りに来ないか誘われたのだろう。誘ったヴィクトルを悪者にしないために、ずっと黙っていたに違いない。


「アトラ、僕は、……魔法使いではないけれど」


 だがヴィクトルは、アトラのその気遣いに気づいていた。ヴィクトルの背はまだアトラよりも低かった。声変わりも来ていない少年の声はまだ少し頼りなく、でも意志を備えた強さを秘めていた。



「もっともっと強くなって、いつか、君を、守れるようになるよ」



 剣だこのある手が、アトラの両手を包む。

 魔力を持たないヴィクトルは、母のように騎士になる道を目指している。十三歳になれば、軍の幼年学校に入学するだろう。その後は士官学校に進み、ゆくゆくは大学校を卒業して、イヴァン帝国軍を牽引する立場に立つはずである。

 琥珀色の瞳は、真摯にアトラを見つめていた。

 頬を染めたアトラが、「うん。ずっとずっと、応援してるね」と破顔した。


「……嘘だと言ってくれ」


 娘の恋の相手が、まさかジルの息子とは夢にも思わなかったのか、アーサーが打ちひしがれた声を出す。シャロンは夫の背にそっと手を置いて慰めた。

 ジルがその様子を見て高らかに笑う。


「ああ。実に愉快だ。君のその顔を見ながら飲むワインはうまいだろうね。とっておきを開けよう。どうだい一緒に」

「断る!」


 アーサーが断固として拒否するも、ホリンシェッド家の来訪はイヴァン皇帝のルイにまですぐさま伝わっており、四人は宮廷に急遽招かれることになった。

 退路を断たれたアーサーは、その夜に開かれた皇帝主催の晩餐会に出席せざるを得なかった。

 ジルがワイングラスを掲げ、不機嫌なアーサーを横目に満面の笑みを浮かべる。



「二つの国は、これからさらに手を取り合っていけるだろう。素晴らしい新世界の幕開けに、乾杯」









読んでくださり、ありがとうございました。

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