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魔法使いと弟子  作者: シシトウ
1章 呪い子
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     *



 春の陽気が草花に芽吹きを促し、一面に花々が咲き乱れるなか、レオルグ王国の高原地帯(ハイランド)で異変が起きた。山が、一つ消えたのだ。

 宮廷の若き魔法使い、アーサー・ホリンシェッドのもとに調査依頼が舞い込んだ。


「ハイランドで山が消えただぁ? なんで俺がそんなド田舎までわざわざ行かなきゃなんないわけ」

「暇だろ? 今」

「これの、どこが暇なんだっ」


 アーサーの師であるロバート・エイドリアンが、依頼内容の書かれた羊皮紙をアーサーの前でヒラヒラと掲げてみせる。ロバートは齢五十を超えた初老の男だ。白髪の混じった金髪を撫でつけるようにして固めている。アーサーは怒りのまま机上に拳をドンッと振り下ろした。積み重なった羊皮紙や本がグラグラと揺れ、いくつかその山が崩れた。

 宮廷内に与えられた一室を研究室とし、アーサーは日々降りかかる数々の依頼をこなしていた。せっかく都の郊外の森に家を構えたというのに、魔法大学校を卒業して以来、帰る暇もなかった。

 古代魔法の書かれた古文書の研究をはじめ、王国を取り巻く世界情勢の分析。隣国が開発している魔道具の複製品を作る任務、その進捗を宰相をはじめとする諸大臣に報告する業務――。

 魔法使いとして優秀であるがゆえに、アーサーは夜寝る暇もないほど働いていた。だのにこの師は、この状態を見て「ヒマ」だという。いつか刺す……、とアーサーは拳を震わせながら奥歯を喰い縛った。


「先遣隊からの報告によると、どうも、そこらの魔法使いの手に負える代物じゃないらしい。闇の魔力の暴走によるものだという。しかも山の麓の村は、疫病で壊滅寸前ときた」

「はっ。ますます行きたくないね」


 都市部以外は下水も発達していないうえに、衛生環境もすこぶる悪い。伯爵家の次男坊として生を受けたアーサーは、貴族らしくその嫌悪感を隠さなかった。その態度を戒めるように、ロバートが片眉をくいと上げる。


「――まったく。この国で一番の光の魔法使いが、なぜこんなにも引きこもりなんだか……。本当はお前、闇の魔法使いなんじゃないか? 俺が知っている光の魔法使いはみんな明るくて快活で人望があって」

「どうせ俺は暗くて陰気で嫌われ者だよ」

「そんなこと誰も言っていないじゃないか」

「言ったも同然だろ!」


 アーサーは師のロバートから光の筆頭魔法使いの座を受け継いだ。もはや光の魔法でアーサーの右に出る者はレオルグにいない。

 師匠のロバートが金髪碧眼の絵に描いたような光の魔法使いであるのに対し、アーサーは黒髪に銀鼠(ぎんねず)色の瞳と、まさに闇の魔法使いのような出で立ちをしていた。


「生き残りの村人が言うには、『呪い子のせいだ』と」

「――呪い子?」


 アーサーが自身の中に生じた不快感を隠さず、ぐっと眉根を寄せる。


「何が呪いだ。闇の魔法使いとして育てればよかったじゃないか。光と闇の魔法使いは、他の元素使いよりも希少だ。(おさ)は役場にさっさと報告するべきだった」

「……アーサー。それは、幼い頃から教育を受けた俺たちだから考えられる、貴族側の視点だ。都市部以外では、まだまだ啓蒙活動が足りていないのさ」


 レオルグ王国は、古代より魔法使いが多く生まれる国である。彼らが元素使いともいわれるのは、光、闇をはじめ、火、水、土、風といった元素(エレメント)を自由自在に操ることができるからだ。しかし、力の制御できぬ幼子がその力を暴走させてしまうことは少なくない。その様は、まさに呪いと紙一重に庶民の目には映るだろう。


「我々は、教育を受け、文字を書けるし、本を読むことができる。だが、この国には文盲も少なくない。国民の半数は文字を読めないといわれている。そして子どもは貴重な労働力だ。高等学校にまで通えているのはほんの一部の民にすぎない。しかし、彼らが牛を飼い、豚を飼い、羊を飼う。それを屠殺する者がいて、その毛を、皮を、肉を商人に売り、商人から貴族が買う。領地の農民が麦を、野菜を、果物を収穫し、税を納めることで、我々もまた生きている」


 ロバートが滔々と社会構造の循環について語る。もちろんアーサーも頭では理解していた。むしろ意味なく下々の民に対して偉ぶる貴族を嫌ってもいた。だが、未来ある子どもが犠牲になるのは許せなかった。


「――無知は、愚かだ」

「誠に然り。だが、責を負うべきは、我々上に立つ人間だ」


 アーサーが、はあ、と深い息を吐きながら椅子から立ち上がる。衣架に掛けていた黒いローブを羽織った。黒地に金糸で刺繍されたローブは、宮廷魔法使いの証だった。

 腹は、決まっていた。


「その子は、力が〈覚醒〉したと考えられる。それを抑えられるのは、稀代の光魔法使いたるお前しかいない」


 山一つを消し去るほどの力。おそらく使い手は、それが闇の魔力によるものとも気づいていないだろう。

 闇には光を。火には水を。土には風を。逆に、光には闇を。水には火を。風には土を。同属性どうしではその力を増幅することはできるが、打ち克つことはできない。その元素に打ち克つには、相対し、それを凌駕する元素をぶつけなければならない。

 つまり、闇の魔力の暴走を抑えられるのは、光の魔法のみである。

 アーサーは机上に散乱する紙と羊皮紙に書かれた数々の依頼書を指しながら、ロバートに向かって爽快な笑みを浮かべた。


「この仕事、全部あんたのだからな」

「げっ」


 弟子の穴を埋めるのは師の役目であるのは当然だろう。そもそも、アーサーはロバートの分まで仕事をこなしていた。アーサーが魔法大学校を卒業したことで、そろそろ自分は表舞台から退こうとでも考えていたのだろう。引退なんてさせてやるか。


「しまった。自分で自分の首を絞めてしまった」


 ロバートが頭を抱えるのを尻目に見て、アーサーはフッと鼻で笑った。









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