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魔法使いと弟子  作者: シシトウ
1章 呪い子
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(1)

初投稿です!





 光を、求めていた。

 シャロンの世界は、洞窟の中で完結した。

 洞窟の中では火を灯すことさえ許されなかった。奥には肥溜め用の穴が掘られ、糞尿の臭いが鼻をつく。羽虫が穴の中に卵を産みつけ、白い蛆虫が孵っている。



「――普通の人間に、産んであげられなくて、ごめんね」



 洞窟の入り口に嵌められた木の格子越しに、泣きながらシャロンに訴える母の声を、起き上がる気力もなく土の(とこ)に横たわったシャロンが反芻する。洞窟の中は、じめじめと湿っていて(かび)臭い。

 ひと月ほど前のことだった。村の子どもと影踏みをして遊んでいたとき、シャロンの影が、自ずから広がった。うねうねとおどろおどろしく影が動き、子どもたちを捕まえようと彼らの影を追いかける。子どもたちの叫び声が村に轟いた。ひとり遊び場に取り残されたシャロンは、その日以降、二度と村に足を踏み入れることを許されなかった。

 呪われた子。呪い子。忌み子。バケモノ。

 シャロンだけでなく、シャロンの母まで、村人から厭われ、疎まれた。シャロンの父は、シャロンが赤ん坊の頃に既に他界していた。シャロンと母は二人きりの家族だった。

 山の洞窟に閉じ込められたシャロンは、「ごめんなさいごめんなさい」と泣き叫び、村長(むらおさ)に赦しを請うたが聞き入れられなかった。母から引き離されたのが何よりもつらかった。

 ついこの間、五つになったシャロンの誕生日を母から祝われ、村人からも祝いの言葉をもらい、子どもたちからは花冠を贈られたことが、嘘のようだった。

 母は村の決まりを破って、毎朝、まだ日も昇らぬ明け方に洞窟へ通い、シャロンに水と食べ物を運ぶ。格子越しに幼い娘の躰を拭く。ごめんね、ごめんね、と何度も謝りながら。村人から殴られ、蹴られたのか、母の顔や躰から青痣が消える日はなかった。 

 シャロンが、悪い子だから。呪われているから。


「おかあさんごめんなさい」


 いったい、自分の身に何が起きたか、シャロンには見当もつかなかった。自分でも影が勝手に動いていくのを見て、気味が悪いと思った。でも、よくわからない力が自身からどんどん溢れ出すのを感じる。影はシャロンを襲うことはないが、広がる影を止めるすべをシャロンは知らなかった。


「おかあさんおねがい。シャロンのこと、きらいにならないで」


 今、何よりもシャロンが怖かったのは、母にさえ疎まれることだった。大好きな母親。シャロンの相貌は母そっくりだった。白金の髪に、橄欖石色の瞳。ひとめで、母娘(おやこ)の繋がりを誰が見ても感じる。



「愛してるわ。シャロン。私の娘」



 その言葉を信じられたのは、シャロンの幸運だった。シャロンの両頬を母の温かい手が包む。やせ細った指だった。村から毎日、洞窟に足を運ぶのは相当な負担であるはず。でも、もう来ないでいいとは、言えなかった。母に会えることだけが、シャロンが今生きている理由だった。

 しかし、洞窟に閉じ込められて、ひと月が経った頃、母の足が途絶えた。

 村を伝染病が襲ったと知ったのは、病に侵された子どもを抱いた男が、格子越しに叫んだからであった。その子どもは、シャロンと影踏みをして遊んでいた一人だった。



「お前のせいだ! お前が、お前なんかが、生まれたから!」



 だが、シャロンを殺せば、祟りでこれ以上の呪いが村を襲うかもしれない。村人はシャロンを殺さなかった。いや、殺せなかった。そして疫病は猛威を振るい、村人のほとんどが死に絶えた。

 シャロンは、母のことだけが気がかりだった。母が洞窟に現れなくなって三日が経った。水桶には残り僅かの水しか残っておらず、口腔はカラカラと乾いていた。しかし、意識が朦朧とするなかで、シャロンは母が自身の名を呼ぶのを聞いた気がした。


「……シャロン」


 はっ、とシャロンが瞼を開けて、洞窟の入り口にずりずりと匍匐で移動し、格子の先の、光の射すほうを凝視する。

 母が、格子にあと一歩届かぬところで、手を伸ばしながら倒れていた。


「……シャロン、生き、て……」

「おかあ、さん……おかあさんっ」


 細腕を格子から伸ばしても、喉を嗄らすほど声を出しても、もう、シャロンの声は、母に届かなかった。









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