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私だけ異世界転生しない件 8.石川陽介

 中村さんが感情を吐露した日の翌日。出勤するとチーフの小林さんがすでに出勤をしていた。

挨拶をすませ、始業前の準備をしているところに

「いま、少しいいかな?」と声がかかる。

「はい」そう返事をすると、空いている椅子に腰を降ろして小林さんは続けた。

「昨日、中村さんから相談を受けたんだけれど…」

 そう言って小林さんは昨日中村さんから相談された内容について要約しながら話をした。やはり中村さんはすでにキャパオーバーで、とりあえず今日は1日休んでもらうことにしたとのこと。中村さんに割り振っていた、高橋さんの業務については、これから部内で再度ミーティングをすることになるということを、小林さんは淡々と告げた。

「佐藤さんは…」

 話を終えたあと、小林さんは私をじっと見つめて言う。

「いまの業務、かなり大変でつらいことも多いと思うけれど…無理してない?」

「……」

 きっと中村さんは、昨日の相談の際に私のことも代わりに伝えてくれたらしい。もしくは、小林さんが何かを察してくれたのか――。先日新しくなったコーヒーメーカーを思い出し――あれを購入したのも小林さんだった――どう返事をするか、わずかに言い淀む。

「佐藤さんは、あまり感情を表に出さず、淡々と仕事をするから。中村さんのように主張をすることもないし…あ、これは中村さんが悪いっていう意味ではなく」

「わかります」

「これから部内でミーティングをして、業務分担とかもまた考え直すことにするけれど、他部署から一時的に応援を呼んだりすることも検討しているので、佐藤さんももし負担が大きいなら割り振りを考えようかな、と」

「…不安は、あります」

 そう言うと、小林さんは目だけで「だよね」という表情をした。

「仕事のキャパについては、自分でもよくわかりません。ただ、日々、転生した4人と連絡を取っていても、この状況がいつまで続くかわからないし、元の世界に戻って来れていない4人の不安を考えると…」

「うん。わかった」

 必要以上に何も言わず、小林さんはスッと席を立つ。始業時間が近づいて、部内のメンバーがそろそろ出勤してくる時間だからだ。

 曖昧な回答をした私をよそに、小林さんは自席に戻っていく。


 始業時間と同時に、部内で久々のミーティングが行われた。と言っても、そこに中村さんはいない。そして高橋さんも転生中のため、実際は小林さんと、営業の石川君、そして私の3人だけのミーティングだ。

 小林さんは端的に、中村さんに割り振っていた(もとは高橋さんの)業務について、再度分担を考え直すとだけ伝えた。

「あと、今日は中村さんにはお休みをしてもらったけれど、ここ最近みんな疲れが出てきているようなので、分散してリフレッシュを兼ねて休みをとるよう調整したいと思ってます。誰か希望あるなら、共有してください」

「あ、じゃあ俺いいですか?」

 挙手して、石川君が言う。

「構わないけれど」

「なら、明日…んーじゃなくて、明後日でいいかな。うん。明後日で。いいですか?」

「私は、いいけど」

「問題ない」

「なら、明日、中村さんから仕事を一部引き継ぎます、俺」

 さらりと石川君は続けた。

「営業なんて、って言い方もアレですけど、いまこの状況で営業してても業務回んなさそうだし、そもそもこの問題が解決しなければ、ウチの主力商品売り込むどころじゃないし。てか、このまま解決しなければ、ウチ存続すら危うくないです?なら、中村さんの…あ、高橋さんの?仕事俺に振ってもらって、俺が少し仕事覚えておいた方が楽になりません?」

「それは…そうだが…」

「それに」珍しく言い淀んだ小林さんに、石川君はさらに捲し立てるように続ける。

「佐藤さんもツラいっしょ?毎日、アッチ行っちゃった人とやり取りして。中村さんもだけれど、佐藤さんも、ちゃんとリフレッシュしたほうがいいと思うんです。俺、いままでは営業だけやってればーって思ったけれど、いまはそういう状況でもないし。ここで少し事務っぽい仕事も覚えておいても損はないなって」

「…………」

「ということで、明日、中村さんが仕事来たら、高橋さんや中村さんのいまやっている仕事で、俺でもできそうなコト教えてもらいます。でも俺きっと頭パンクするんで、明後日休んで、次の日から中村さんと2人で仕事します。あ、もちろん、お客様から連絡があったらそっち優先しますけど」

「…悪くないな」

 ぽつりと小林さんが呟いて、頷いた。

「石川君。じゃあ頼んでいいか?」

「もちろんっす」

「わかった。では、頼む。……佐藤さん」

「はい」

「佐藤さんは、休みの希望はありますか?」

「いえ…とくにはないですけど」

「では、今日、僕に今まで佐藤さんが行っている業務をレクチャーしてください。そして明日、1日お休みをとってもらってもいいですか?」

「わかりました」

「では、明日、中村さんにはこのことを共有しておきます。石川君、ありがとう」

「いえいえ~」

「では、今日は通常通り業務にあたってください。石川君は、自分の業務で僕に共有しておく必要があるものがあれば、報告を」

「はい、わかりました」

 結局のところ、淡々とミーティングは終わってしまった。石川君が持ち前の明るさで部内の負担を切るくしてくれた。そう思うと、気持ちがわずかに明るくなる。

「佐藤さん」

「は、はいっ」

「では、佐藤さんの業務について、のちほど打ち合わせをさせてください」

 そう言うと、小林さんは「人員補充の件を報告してきます」と告げて部署を後にした。

 石川君は自席に戻ってさっそく、お客様に連絡をとっている。私は石川君の席に行き、彼にお礼を言ってから、小林さんが買ってくれたコーヒーメーカーでいつもより多くコーヒーを作って、普段通りの業務をすることにした。



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