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私だけ異世界転生しない件 4.高橋真理

「そういえば、さっき高橋さんから連絡があったとき、変な音が聞こえてきたけれど…一体どこに転生されたんだろう」

 カップに残った、冷めたコーヒーを一気に喉に流し込んでから、私は新しく立ち上がった高橋さんのアイコンをクリックした。待機音がしばらく続き、プツンとシャットアウトされる。

「え?繋がらない?」

 まさか…と思い、再度クリック。待機音が続いてしばらくすると、ようやくピコンという音とともに高橋さんの声が聞こえてきた。

 背後からは相変わらず、謎の怪音が聞こえてくる。

「高橋さーーーん。佐藤です。大丈夫ですか?」

『あーーーっ、佐藤さん。お疲れ様ですーー』

「なんか、背後からものすごい音がしてるんですけど…どこですか?」

『それが、わたし全然わからなくて…』

 背後からは、ギャーというような動物?いきもの?のようなものの声と合わせて、ゴゴゴ、ともドドドともつかないような音が鳴り響いている。かなりの重低音で、それだけでただならぬ雰囲気が漂うような世界であることがわかる。

『どこかはわからないんですが、とりあえずRPG系のゲームの世界なんじゃないかなって思いますけど!!!』

 重低音に負けじと大声を張り上げて、高橋さんが言葉を継いだ。

「高橋さん。高橋さんや、高橋さんの周りで流行っていたり、ハマっていたりするアニメや小説、ゲームなどはある?」

 私は、いままで転生した三人の「共通事項」をもとに、高橋さんにそう尋ねてみた。


 --いままでの転生者の転生先は、世界はバラバラだけれど、ひとつだけ共通事項がある。

 それは転生先について、彼らには多少の予備知識があったということだ。


 チェンの転生先は、言わずと知れた有名な乙女ゲームの世界。

 遥ちゃんの転生先は、遥ちゃんが寝る直前までスマホで読んでいた小説の世界。

 そしてリョースケの転生先は、リョースケの彼女がハマっていたコミックスの世界。

 --そうすると高橋さんの転生先は、高橋さんや、高橋さんの身近な人が触れていた漫画や小説、アニメやゲームの世界である可能性が高い。

『わたしや、わたしの周りで流行っている…?』

 逡巡ののち、高橋さんは画面越しにこちらが驚くほど大きな声を上げた。

『あー、あー、あー、あーっ』

「えっ?ちょっと…高橋さん?」

『あー、あー、あーっ、あーあっ。わかりましたぁ~』

 まだ、あーあーと声を上げている高橋さんが落ち着くまで、私は訳がわからず待つしかなかった。真面目な高橋さんの意外な一面を垣間見た。

『"キングダム・オブ・エメラルド"という、RPGだと思います』

「キングダム、オブ…エメラルド?」

『はい。ちょっとマニア向けのRPGなんですけれど…そっか、そっかぁ~。はいはい』

「え、ごめんなさい。私にはよく分からないだけれど…」

『あぁ、すみません。ちょっと嬉しさと感動のあまりコーフンしてて…』

 そう言ったあと、高橋さんは「キングダム・オブ・エメラルド」というゲームについて、私にわかるように簡潔に説明をしてくれた。


 「キングダム・オブ・エメラルド」はオンラインの冒険型のRPGなのだそうだ。

 まだオンラインゲームが流行する以前、試作としてゲーム会社数社が合同で作成したもので、ゲームの内容はいたってシンプル。オンライン上で冒険者を募り、ボスである「リヴァンドラ」というドラゴンを倒すというもの。

 一応、メインのストーリー(メインクエスト)はドラゴン退治をすることだけれど、オンラインゲームということもあり、つながった冒険者たちでミニゲームを行ったり、サブ・クエストと呼ばれる寄り道イベントなどが楽しめるものだという。

 ただしこのゲームは配信後、思ったより登録者が少なく、話題にならずに半年後に配信を終了したとのこと。周囲の評価としては俗にいう「クソゲー」扱いとなってしまったのだそうだ。

『まぁ、ストーリーがドラゴンを倒すってところじたいがもう、どっかの大御所ゲームのパクリだっていうことからケチがついて…また、オンラインゲームがまだユーザー受けしにくい時期でもあったんですよね』

 と、まるでなにかの評論家か解説員のような口ぶりで高橋さんが説明を続ける。

『そもそも、ラスボスの名前?"リヴァンドラ"ってところも、リヴァイアサンとドラゴンの掛け合わせだっていうのが丸わかりじゃないですか。だから実際、ゲームのストーリーもあまり複雑ではなくて、やりこみ要素が少ないというか…』

 滔々と語る高橋さんに圧倒されながら

「…結構、詳しいんだね」と呟いたとたん、高橋さんはピタっと口を噤んだ。結構というか、むしろ…と思ったことは、本人には伏せておきつつ。

『……。…すみません。暴走しました…』

「大丈夫。じゃあ、とりあえず転生した先は、高橋さんが知っている世界だということは間違いないのね」

『はい、そうです』

 消え入るような声で高橋さんは肯定した。

「ちなみに高橋さんは、どんなキャラに転生したのかも教えてもらえますか?」

『…女戦士です。名前はマリ』

 ゲームのキャラに自分の名前をつけたのだと、ご丁寧に補足説明をしてくれた。

「ありがとうございます。とりあえず、いままで転生した三人とのやり取りを含めて、情報共有をしておきますね」

 そういって私は、これで三度めとなるチェンの仮説について説明をした。リョースケの懸念事項についても説明したうえで

「でも、高橋さんの転生先がゲームの世界だというなら、メインクエスト?のゲームクリアをすれば、元の世界に戻れる可能性が高いということかもしれないので、のちほど可能なら、そのゲームの詳細を共有してもらえると助かります」

 と伝えた。

『わかりました』

 普段通りの真面目な声色で、高橋さんはそう返事をする。

『あの…』

「はい?」

『さっきのことは…できれば誰にも…』

 言葉を濁して伝える高橋さん。

「大丈夫」

 あえて、それ以上私は何も言わなかった。

『ありがとうございます。じゃあ、のちほどゲーム詳細については共有しますね』

 失礼します、と礼儀正しく挨拶をするとともに、ピコンという音を立て画面は切れた。


 高橋さんはきっと、自分がゲームマニアであることを隠したいのだろう。でも多分、高橋さんの転生先の情報を共有した時点で、素性はバレてしまうかもしれない。

 そのことを、伝えることは私にはできなかった。

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