私だけ異世界転生しない件 13.遥の諦念
高橋さんが、開発チームの協力を得て無事、元の世界に帰還が叶ったという朗報も、リョースケや遥ちゃんにとっては、あまり喜ばしい知らせではなかったようだった。
ゲームの世界に転生をしていたチェンや高橋さんは、ゲームクリアというわかりやすい帰還条件があったが、完結した物語の世界に転生をした2人にとっては、物語の完結がいつになるか(ストーリーの内容を知っていたとしても)先行きが見えず、ただ不安を募らせるだけとなっている。
そのため、最近の定時連絡でも、2人は淡々と現状を伝えるだけで、進展らしい進展の報告はほとんどなくなっていた。
『私……このまま、元の世界に戻れないかもしれません』
遥ちゃんはとうとう、そんなことを言い始めた。
彼女が転生したのは、ミステリー要素の強い恋愛小説。元となるストーリーはすでに佳境に入り、あとは主人公が館の主と熱愛になれば帰還できるというところまできている。
しかし遥ちゃんは、帰還するために必要な条件をクリアできない致命的な性質を持っていた。彼女は俗にいう「二次元オタク」で、生身の人間に対して恋愛感情を抱くことがほとんどできないのだ。
そのため、本来であれば嵐の夜、館の中で起きた事件を館の主人と協力して事件を解決する過程で少しずつ仲が進展していくものなのに(遥ちゃんからの報告によると、主からのアプローチは日を追うごとに熱くなっているらしい)それを当の遥ちゃんが受け入れられず、頓挫している状態なのだ。
遥ちゃんがごく一般的な女性であれば、難なくクリアして帰還していてもおかしくはない。しかし遥ちゃんはどうしても主からの求愛を拒絶してしまっているのだという。
そして遥ちゃん自身、そんな自分に対して嫌気がしているのだと吐露してくれた。
『私がフツーに主からの求愛を受け入れて恋愛感情が芽生えれば、すぐにでも元の世界に戻れるのはわかってるんですよ。でも、どうしても拒絶反応があって…』
目に涙を浮かべながら、遥ちゃんはそう呟いた。
多分、いちばんつらい思いをしているのは遥ちゃん自身だ。帰還条件がわかっており、かつその条件はすべて揃っている。あとは自分自身が動けば、すぐに帰還できる。それがわかっているのに、その最後の一歩が踏み出せない悔しさ。
涙声で遥ちゃんは感情を吐露する。
『どうしてプロポーズを受け入れられないんだろう…。"はい"って言えば、きっと条件クリアして元の世界に戻れるのに……』
涙をこぼしながら遥ちゃんはそう続ける。
しかし私には、どうすることもできない。こうやって画面越しにもどかしい思いをしながら、見守ることしかできないのだ。
「どうにかして、ほかの方法で帰還できるか、開発チームに聞いてみるね」
私の言葉は、ただの気休めにしかならない。それが分かっていてなお、空々しいけれどそう言うことしかできなかった。
リョースケと遥ちゃん2人の定時連絡が終わると、私は情報共有アプリに、さきほどの遥ちゃんの様子を書き込みをして、通常業務に戻ることにした。
(なんか外部から、強制的に帰還させる方法とかあればいいのに…)
「え?なにか言いました、佐藤さん」
「え?」
「ん?」
「あ…っ。声に出てた?」
--いつものように3人でランチをとりながら、私は高橋さんに言う。どうも最近、思ったことを呟くクセができてしまっていたようだった。
「いや、はっきり聞き取れるほどではなかったんですけれど」
「で、なんて言ってたんですか?」
そう尋ねられて私は、しっかりと声に出して言う。
「外部から強制的に帰還させる方法があればいいのに、って思ってたの」
言って、最近の定時連絡でのリョースケや遥ちゃんの様子を簡単に2人に伝える。
「ゲームの世界に転生した高橋さんやチェンは、ゲームクリアをして帰還したじゃない?だけどリョースケや遥ちゃんは、完結したストーリーの世界にいる。しかも遥ちゃんの場合は、もうほとんど帰還条件を満たしているのに、なかなか帰還することができない。なら、外部から働きかけて帰還できるようになればいいのにって」
そう私が言うと、顎に手をやって考える仕草をしながら高橋さんが「う~ん」と唸る。中村さんはわずかに眉をしかめて私を見つめた。
私は残りのサンドウィッチをすべて食べ終えてから続ける。
「遥ちゃんの例はたぶんあまり一般的なケースではないとは思うのだけれど…目の前にゴールが見えているのにゴールできないのはツラいことだと思うのね。だから最後の一歩の部分を、外部が手助けしてあげられてもいいんじゃないのかなって」
「……なるほど」顎に手をやったまま、高橋さんはそう呟く。
「できないことはないと思うんですよね、私は」高橋さんはそう続けた。
「それは…なんで?」
「ほら私、一応ゲームクリアをしたことでこの世界に戻って来れたじゃないですか。でも実際のところ、開発チームの課金によるチート状態で、かつフル装備にしてもらったからクリアできたわけで」
…本当は、やりこんで自分でレベルアップしたかった、と小声で呟いたことは意識的に聞かなかったことにした。
「ってことは、外部から転生先の世界に介入することができるんじゃないですか?」
「なるほど」
私の相槌に中村さんは眉をしかめたまま「うーん…」と唸る。
「悲観的な意見かもしれないですけど…ゲームの世界と、完結した物語の世界とで、同じようなことができるものなんですか?」
「それは…わからないけれど…、でも、私という前例があるわけだし、開発チームに共有してみてもいいと思うんですよ」
「そうだね」高橋さんの言葉に、私は残りのコーヒーを飲み干してから言った。
「高橋さんの例があるんだから、外部から介入できる方法が見つかるかもしれないよね」
「はい。私はできると信じてます」
満面の笑みで高橋さんは言う。その前向きな気持ちが少し伝播したように、中村さんもつられてわずかに笑みを浮かべた。
「そうですよね。わずかでも希望があるということですもんね」
「じゃあ私、ミーティングで開発チームにそのこと、話してみます」
言うなり、高橋さんは残りのお弁当を一気に食べて開発チームに向かうという。
「…元気ですね、高橋さん」
わずかに浮かべた笑みが苦笑に変わり、中村さんは食べ終えた弁当箱を丁寧に包み直して、走り去った高橋さんの背を見つめながら言った。
「高橋さんなりに、いろいろ気に病んでいるのだと思うよ。高橋さん、いちばん最後に転生したのに思ったより早くに帰還できたから。それはいいことなんだろうけれど、高橋さんより先に転生したリョースケや遥ちゃんがまだ戻って来れる兆しがないから……」
だからこそ、開発チームのミーティングにも積極的に参加し、意見を言っているのだろうと推察する。
「なんか高橋さんのイメージ変わりましたよね」
「……それは…否めないね」
根は真面目だけれど、ゲームマニアだということがバレ(?)てからは、のびのびとして見える。たぶんこれが高橋さんの本来の姿なのだろうと思うが、それは口に出さずにいた。
--予鈴が鳴ったので、片付けをして部署のあるフロアに戻る。午後の定時連絡は気が重いが、1日でも早く2人が帰還できるよう、できることをやりたいと、新たに気を引き締めた。
そして、その日の夕方。
高橋さんの発言をもとに、【遥ちゃん奪還プロジェクト】と称して、外部から介入をして強制的に帰還できるかどうかを検証するミーティングが始まったということが、社内で共有された。




