私だけ異世界転生しない件 12.転生者帰還プロジェクト
チェンに続き、高橋さんが無事帰還したということで、開発チームはミーティングを重ね、残り2人の転生者の帰還のために日々尽力をしている。
高橋さんは帰還した日の午後から、開発チームのヒアリングにつきっきりになっている。転生先でどんな体験をしたのかなど、事細かに聞かれているようで「まるで尋問されているようです」と言っていた。
最近、ランチタイムは高橋さん、中村さんの3人と一緒に取ることが多くなった。中村さんからの発案なのだけれど、いままで同じ部署にいて一緒にランチをしたことがなかったことに、私は今更ながらに気づかされた。
日によっては近くのお店でランチをとったり、天気が悪い日は事前に買って来たものや持参したお弁当を職場のフリースペースで食べたりすることもある。
今日は、昼休憩時間になってすぐ、職場の近くに来ているキッチンカーでお弁当を買い、職場のフリースペースでランチをすることになった。
最近は、ランチタイムに私たちと雑談めいた話をすることが高橋さんにとってはリフレッシュの機会になっているという。
高橋さんは日々、転生先で起きた出来事などを話してくれる。開発チームでのヒアリングの際、ここでしている話が役に立つのだそうだ。
そして高橋さんは、よくやく私たちにも自身がゲームマニアだということをカミング・アウトした。
私は業務の都合上、うすうす気づいていたけれど(そして約束通り誰にもそのことを漏らしていない)、中村さんは意外な一面に驚いているようだった。
カミングアウトしたら高橋さんは気が楽になったのか、いままでより親しげに話をするようになり、今日もランチを頬張りながら、先日の帰還直後のことを話してくれた。
「実は私、帰還直後の第一声が"なんでーーーーっ!!"だったんですよ」
「なんでー?」
聞き返す中村さんに
「いま思い起こすと、"なんで"って思ったのは2種類あって。ひとつめは、せっかくリヴァンドラを倒したのにエンディングをナマで体感できなかったことと……」
「もうひとつは?」
「せっかく開発チームに課金してもらって無双状態だったのに、こっちの世界に戻ってきたら全部っ!!なくなってたんですよーっ」
高橋さんはフォークを強く握りしめながら悔しそうに言った。
「正直、ズルをして武器や装備を揃えてもらったことは、最初は嫌だったんです。自分の実力でなんとか揃えたいという気持ちもありました。でもっ!!」
グサリ、とチキン南蛮をフォークで刺し、高橋さんは続ける。
「あれだけ最強の武器や装備を身に着けた私…。せめてあの姿を形として残すことができていたら…。せめてあと少しでもあの姿でいられたら……」
くぅぅっ、と呟いて、高橋さんは突き刺したチキン南蛮を口に放り込んだ。
「…もし……道端で、フル装備の人が突如現れたら…通報されていたかもしれないよ」
あえて冷静に、私はそう呟く。
「ハロウィンの季節ならまぁ、そういう時期だしね、で誤魔化せるけれど、朝の通勤の時間帯に住宅街であの姿でいたら、不審者扱いされると思うし…ご近所なら、ちょっと……。噂になっても困ると思うし」
そう続けると、高橋さんはちょっとシュンとした表情で
「そうですよね。うん、わかるんです。というか、もし転生したときの状態でこっちに戻ってきても混乱のもとだとは思うんですよ。思うんですが…。せっかくの伝説の武器だったのに…レーヴァテイン…」
まだ未練があるのか、高橋さんはうつむいたまま口をモグモグと動かしていた。
「たしか…高橋さんが帰還するときの戦闘シーン、開発チームがモニター画面で録画していたかもしれないから、今日のヒアリングのとき、聞いてみたら?」
私の言葉に、中村さんが首を傾げる。高橋さんが帰還した当日、中村さんは休みをとっていたし、状況がわからないようだったので、私は簡単に事情を説明することにした。
「あ、簡単に説明すると。高橋さんの帰還プロジェクトが発足してから、開発チームは高橋さんの転生したオンラインRPGのゲームに、新たにひとり冒険者を参加させたのね。そこで一緒に冒険をして、経験値などを上げていきながら帰還の条件となるボスキャラを一緒に倒すことになったの。……で、合ってる?」
「はい。オンラインのゲームなので、同じチームに参加するのは比較的簡単で、開発チームのメンバーが作成したキャラが参加して、ゲームを進めていきました」
「高橋さんが所属しているチーム?っていうの?に参加してからの冒険については、たしか開発チームがすべて記録として録画をしていたはず。そのために開発チームでひとり、ゲームに詳しい人が参加するようになったって言ってたから」
なぜ私が事情に詳しいのかといえば、それは業務上知りえたということもあるし、あとはひとりめの帰還者であるチェンがいろいろと教えてくれるからだった。
「高橋さんは転生者としてゲームの世界に入ったけれど、開発チームの人はあくまでもオンラインのゲームに参加するという形でゲームの世界に入って、高橋さんと行動を共にすることで、高橋さんのデータなどを解析するって、言っていたような気がする。だから、データ解析に必要だからということで、高橋さんたちのパーティー?っていうんだっけ?チームに入って一緒に行動をしたって聞いた気がする」
そのため開発チームの1人が高橋さんのパーティーに合流してからラスボスを倒したときまでの様子を、記録として録画をしていたはずだった。
そのことを説明し、続けて高橋さんたちがラスボスを倒したあと、突然画面が真っ白になったこと、そして、その直後に高橋さんの帰還を知ったのだということを、私は高橋さんに伝える。
「ということは…もしかして……」
「冒険の様子を録画したデータを、開発チームが持っている可能性がある、と……」
「うん、だと思う…よ?」
その言葉を聞くなり、高橋さんは立ち上がった。その勢いで、椅子が倒れる。
「っしゃーーーーぁっ!!!!!!」
ガッツポーズをとって叫ぶなり、高橋さんはチラと壁の時計に目をやる。12時37分。
はたと我に返った高橋さんは、椅子を元に戻して静かに腰を掛けると、残ったチキン南蛮弁当を黙々と口に運び、すべてを平らげた。
空き容器をレジ袋に入れて片づけ終えると、いそいそといった雰囲気で立ち上がる。
「ちょっと早いけれど…開発チームのヒアリングに向かいます。早く協力しないとね。井上さんや佐々木君のためにも…」と言いながらフリースペースを後にした。
残された私と中村さんは、顔を見合わせて苦笑いをする。
「あれって…」
「…だと思うよ?」
「……高橋さんって……」
中村さんはそれ以上を口にすることはなかった。しかし、何を言いたいかは充分に伝わっていた。
私たちは手元のお弁当をもくもくと食べ、自分たちの部署に戻ることにした。
--後日、開発チームから録画データのコピーをもらえたと、高橋さんはランチタイムで嬉々として報告をしてくれた。そしてその翌日から、業務連絡用に使用しているアプリのアイコン画面が、先日まで転生していた戦士の姿になっていた。




