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私だけ異世界転生しない件 10.リョースケの不安

 チェンが無事、乙女ゲーム「ローズ・ガーデンの秘密」の世界から帰還した翌日。

 朝から社内は騒然としていた。

 原因不明で異世界へ転生したとはいえ、ひとりめの転生者であるチェンが無事に戻って来れたということは、社内でも僥倖となった。関係ない他部署の人間すら、チェンの話題をしている。

 またチェンの帰還をきっかけに、転生先だった乙女ゲームを始めたという人まで現れた。


 そして開発部は、朝からずっとミーティングを続けている。もう夕方近い時間だけれど、まだ終わる気配がない。チェンは自身の体験をもとに、今後の開発チームでの作業について、また他の3人の転生者の帰還に向けて打ち合わせを行っているようだった。

 チェンの帰還をきっかけに、少しずつ社内にも以前のような明るさや活気が戻って来たように感じる。

 私はいつも通り、午後の定時連絡のため、残すところ3人となった転生者の進捗状況を確認するため、アプリを立ち上げた。

 ピコンと音を立て、リョースケのアイコンが光る。

 リョースケの転生先はすでに完結した漫画の世界だが、時間の流れ方がこちらとは少し違うようで、なぜか向こうの世界では半年以上が経過している。リョースケが転生したのが2週間ほど前だから、10倍以上速い時間が流れているということになる。

「お疲れ様」

『お疲れ様でーす』

 絶世の美女の口から、軽い口調が発せられるのを軽く耐えながら、私は進捗を確認する。朝の定時連絡の際、チェンが無事帰還したことは、すでに伝えてある。

「その後、なにか変化はある?」

『いまのころ、ストーリーをなぞっているだけですねぇ』

「ペースとなるストーリーから外れたエピソードは起きていない?」

『と、感じます。バッドエンド回避が可能かどうかもまだよくわかりません』

 そもそも、とリョースケは続ける。

『以前から懸念していたように、ゲームではなく完結したストーリーの中に転生した場合、なにをもって元の世界に戻れるのか、そこが明確でないんですよ。ゲームの世界ならクリアすれば戻れるのかもしれないですが、物語の世界の場合、ただストーリーをなぞるだけで戻れるという保証もないですし、現時点でチェンのように帰還のきっかけになるようなメッセージが現れたりもしない』

「うん、そうだね」

『どうやらこちらの世界と、元の世界の時間の流れが違うみたいで、こちらではすでに半年が経過していますが、これ同じ時間の流れで、別のストーリーの世界に転生とかして、すごく長い話だった場合どうなるんでしょうね?』

「…………」

 リョースケの言葉に、私は返答することができなかった。私にはどうすることもできないし、そして安易に答えることができなかったからだ。そして気軽に「頑張って」とも言えない。

『すみません。佐藤さんに八つ当たりするのは筋違いだってわかっているんですが』

「……うん」

『とりあえず、チェンが元の世界に戻れたってことは、俺らにとっても希望なんでしょうが、それはたまたまチェンがエンジニアとして優秀だったから、とも思っている自分がいて…』

「…………」

 リョースケの不安はもっともなことだった。チェンは優秀なエンジニアだったからこそ、転生先でも情報共有アプリを開発したり、改良したりすることができたし、そしてその技術の成果もあって無事に転生できたとも考えられる。

 リョースケの場合、転生先もさることながら、転生した人物の性別すら違う。もしもまた別の人が異世界に転生することになった際--それは起きてほしくないと思っているけれど――たとえば言葉の通じない動物やモンスターなどに転生しないとも限らない。どうすれば残りの転生者が無事に帰還できるのか……。そのことを知る者は、まだどこにもいなかった。

『すみません』

 再び、リョースケは謝罪の言葉を口にした。

「……いま、開発部がチェンを交えてかなり長いミーティングを行っているの」

『はい』

「今朝からずっとかかってて、まだ終わってない。きっと開発部も、リョースケを含めて転生した3人を1日でも早く元の世界に戻せるように頑張っていると思う」

 だから頑張って、とは、やはり口には出せなかった。なにをどう頑張ればいいのかがすらわからないのに安易に「頑張って」ということじたいが不誠実な言葉だからだ。

『ありがとうございます、佐藤さん』

 黙り込んだ私に、リョースケは優しい声でそう言った。

『俺の不安を佐藤さんにぶつけても解決しないってわかってるんですが。佐藤さん、何も言わないでいてくれるからつい甘えて…』

「ううん」

『どうやったら元の世界に戻れるか、まだ全然わからないですけれど、なんとかこの世界でしばらくやっていきますから』

 リョースケはそう言うと、一方的にアプリを落とした。ピコンという音とともに画面が暗くなる。暗くなって、うっすらと自分の顔が映り込んだディスプレイ画面を見ながら、私は、1日も早い選定者の帰還を、心から望んだ。




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