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私だけ異世界転生しない件 9.チェンの帰還

 チェンが異世界へ行ってしまって、1ヶ月が経とうとしていた。

 先日、中村さんが心情を吐露したおかげで、部内は簡単な業務をそれぞれ少しずつ共有しながら業務にあたり、適度に休みをとれる体制が整った。

 営業の石川君も、中村さんから業務を教わりながら伝票の起票などを行っている。案外楽しそうにやっているように見える。

 私も、小林さんに現在の業務を簡単にレクチャーし、先日1日お休みをもらった。なんとなく罪悪感があったが、平日にウィンドゥショッピングをしたり、映画を見たりしたおかげでリフレッシュできた。想像以上に負荷がかかっていたのだと実感した。


 そして今日もいつものようにパソコンを立ち上げ、定時連絡の準備を進める。

 チェンはミッションがわかったものの、いまだそのクリア条件となる「生き別れのきょうだいを探す」というのは、チェンの世界では困難なことなのかもしれない。とくにチェンは執事という仕事に就いている。

現代日本では執事というとどうしても漫画やアニメキャラのイメージが強いが、実際の執事の仕事は多岐にわたっているらしく、チェンはかなり多忙な日々を送っているようだ。そんな中、生き別れのきょうだいを探すというのはとても困難なのだと思う。

(なにか手がかりになるものがあればいいのだけれど…)

 そう思いながら通信を立ち上げた。丸枠の中でピースサインをしているチェンのアイコンをクリックすると、ピコンという音とともにチェンが画面越しに現れる。もちろん姿は、転生先のヴィンセントだ。

『お疲れでーす』

 相変らず、軽めのテンションでチェンはそう挨拶をした。

「お疲れ様。その後、進展はある?」

 尋ねると、眉間にしわを寄せてチェンは答える。

『なかなか難しいですね…』

 やはりチェンは忙しく、1日のうちで避ける時間が限られている。しかも世界設定は中世のヨーロッパ風。現代のようにスマホやインターネット環境があるわけでもなく、口伝てや手紙を送るか、人海戦術で聞き回るしかない。

 執事という立場上、人探しをすることは難しいことではないが(とはチェンの言)、いつ、どのような状況で生き別れたか、そして年齢も性別もわからないとなると、探すのはかなり困難なのだと、チェンは言う。

『公式設定集を穴が開くほど読み込みましたが、手掛かりになりそうな記載がないに等しくて、かなり詰んでるな、と』

 私も空いた時間があれば、現在転生をしてしまっている4人の転生先の世界に関するものは目にしている。そのため業務の一環として、チェンの転生先である「ローズ・ガーデンの秘密」という乙女ゲームもつい先日から始めてみたところだった。

 チェンは続けて、

『あと、コミカライズ、ノベライズされているので、そちらのデータも読み込んでみたのですが、あまり有益な情報が得られているとは言い難くて』

「たしか、ローズって実写映画化も話が進んでたよね」

『はい。そちらの情報も確認してみたんですが、ほとんど進捗がないみたいで…。しかもオリジナルストーリーにするという情報もあるみたいなんで、そっちはあまり参考にならないのかなと思ってます』

「そっか。いま私もゲームはじめてみたけれど、現時点では参考になりそうな手掛かりは見つかってないんだ」

『ありがとうございます。ほかにも何人か、ゲームをやったことがあるいう人から情報をもらっているんですが、やりこんでいるわけではないらしいので…』

「まぁ、本来のゲームは乙女ゲームで、ローズが試練に打ち勝つことだしね」

『はい』

 私はチェンとやり取りをしながら、最近始めた「ローズ・ガーデンの秘密」のゲームを思い浮かべる。主人公のローズ姫は、豊かなブロンドに鮮やかな碧眼という典型的な「姫」らしい容姿をしている。ゲームの中では俗にいう「攻略キャラ」と親密度を深めていくごとに、舞台であるローズガーデンの謎を解明する手掛かりを得られるのだけれど、執事のヴィンセントはその対象ではない。

(こういう乙女ゲームの中では、執事が攻略対象にならないの珍しいな)

 ふとそんなことを考えたとき、

「案外、主人公のローズ姫だったりして…」ぽつりと私は呟いた。

 言葉に出した瞬間、なんとなく感じていたことが少しずつパズルのピースが嵌まるようにして気づいたことが出てきた。

「典型的な乙女ゲームなのに、執事であるヴィンセントが攻略対象になっていないのも気になっていたんだけれど…ローズ姫とヴィンセントって、なんとなく容姿が似てない?」

『……』私の言葉に、チェンは息をのむ。そして何かを考えるような表情になった。

「チェン?」

『…もしかしたら、それビンゴかもしれません。もしかしたらこれで本当にクリアして戻れるかも…』

 言うなり、チェンは『ちょっと試してきます』と言って通信を切った。


 --それから30分後。

 開発部のほうから歓声が上がった。


 ダダダダ…と廊下を走ってくる音とともに

「佐藤さん!!!!」

 扉を開き、入ってきたのはチェンだった。

 チェンが無事、転生先から帰還できたのだった。

「ありがとうございます。ようやく元の世界に戻って来れました。佐藤さんのおかげです。本当にありがとう」

 抱きつかんばかりの勢いでチェンが私に詰め寄って言った。両手を掴まれ、ぶんぶんと上下に振られる。

「チェン。おかえりなさい」あまりに突然のことで、仰天した私は、間の抜けた声でそう言うことで精いっぱいだった。

 私がそう言うとチェンは慌てて手を離し、

「ただいまです」

 泣き笑いの表情でそう返事をした。

 気が付くとチェンの背後には、チェンを追いかけてきた開発部のメンバーが勢ぞろいしていた。

どうやら帰還直後にそのままの足で私のところに向かった来たらしい。

 部屋の外にまでガヤガヤと人が押し寄せて、総務部の中を覗き込んでいる。そのほとんどが開発部だったが、中には騒動を聞きつけた他部署のメンバーもチラホラといるようだった。

「チェン?」

「え? 戻ってきたの? いつ?」

「たった今らしいよ」

 部屋の外では状況を把握していない――もちろんそれは私も、私たちも同じだけれど――人たちがざわざわと会話をしている。

 チェンは振り返り

「みなさん。ただいま帰りました。無事に転生先から帰還できました」

と、声を張り報告をする。

 その言葉に、拍手が沸き起こった。

「おめでとう」

「お帰り」

という声が拍手に混じる。しばらくして拍手が収まると、チェンは開発部のメンバーに向かって

「明日、朝いちばんでミーティングをしよう。そのとき、ボクが体験したことや今後の解決策について説明をします」

 そう言うなり、その場で倒れこんだ。周囲はまた騒然とする。

 救急車を呼ぼう、そんな声がする中規則正しいチェンの寝息が聞こえてきたため全員安堵し、社内の休憩スペースに運び込んでチェンを休ませることになった。

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