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第2話 始まる新生活

「ん、んんぅ...」


最悪な寝起きだ。頭も痛いし、全力で走った足は筋肉痛になっている。何より腹が減って今にも倒れそうだ。


(腹減った...)


食欲を満たしたいという欲求を原動力に、部屋を出て廊下を徘徊していると、1人の少年が廊下の掃き掃除をしていた。セリーナ様の従者だろうか...?


「あ、あの」

「ん?なんだ?」


うわっイケメンだ!だが今はそんなこと関係ない。


「ご、ご飯を恵んでください!」

「ああ、そのことはセリーナ様に頼まれている。すぐ作ってやるから待ってろ」

「あ、ありがとう。ございます。」


無言で歩き出す少年の背中を歩きながら追う。どう会話を切り出そうか?よし、まずは名前を聞いてみよう!


「えっと、あなたのお名前ってなんですか?」

「グライアス・サーブ。」

「あっえっ年齢は...?」

「14」

「えっ、うぅぅ...趣味とかは...?」

「ない」

「あっはい」


ダメだ。コイツにはハナから会話するつもりなどないのかもしれない。そんなことを思った時には、グライアスは食堂に着いていた。その後15分間、俺は料理を作るグライアスの背中をぼーっと見つめることしか出来なかった。


「おい、出来たぞ、座れ」

「あっはい」


並べられたのは、目玉焼きとよくわからん野菜のサラダ。ヤバい、ヨダレが止まらん!

まずはサラダ。レタスのような野菜がシャキシャキしていて、甘酸っぱいドレッシングとの相性もバツグンだ。次にメインの目玉焼き。塩がかけられただけのシンプルな味付けなのに、半熟の黄身が口の中で蕩けてたまらなく美味い。


「ご馳走様でした。とても美味しかったです!特に目玉焼きの焼き加減が最高で...」

「そ、そうか。その言葉、ありがたく受け取っておく」


そう言うとグライアスは恥ずかしそうに頬をポリポリかいている。おや?会話する気がないのではないのか?


「グライアス様、セリーナ様が見当たらないのですが、どちらへ?」

「セリーナ様は今日も学園だ。あと、グライアスでいい」

「あっはい。グライアスは学園には通っていないのですか?」

「あぁ、俺には魔法を学ぶ気などないからな」

「ま、魔法!?」


グライアスによると、この世界には魔法があり、セリーナ様は超一流の天才魔法使いであるということ。そしてその道を極めるために、学園に通っているそうだ。この前のオークを倒したのも彼女だそうだ。


「魔法は2種類に分かれる。学園で身につけることが出来る汎用魔法、そして14歳になった瞬間にごく稀に発生する、固有魔法がある。固有魔法を保持している魔法使いはこの王国にも数人しかいない。セリーナ様も、その一人だ」

「セリーナ様も?」

「あの方は魔法を使うために必要な魔力の転送ができる。お前に渡された魔石もその魔法を応用してセリーナ様が作ったものだ」

「なるほど、でもなんでそんなにすごい人が離宮で暮らしているんですか?王宮とかに住めば良いのでは?」

「それは...セリーナ様が貴族や王族に恐れられているからだ」

「ど、どうして?あんなに優しい人が...」

「あの方は、優秀すぎたんだ。まだ15だと言うのに、魔力量も、使える魔法の数も王国内では異次元と言われている。彼女の兄である今の陛下は...」

「あなたにしてはよく喋りますね。グライアス。」


セリーナ様は、いつの間にかグライアスの後ろに立っていた。


「セ、セリーナ様!?が、学園の方は...」

「あら?覚えていませんでしたか?今日は午前授業の日ですよ」


グライアスは大量の冷や汗を流して俯いていて、正直可哀想だ。


「も、申し訳ございません。セリーナ様」

「何が申し訳ないんですか?私にはよく分かりません。説明しなさい、グライアス」

「・・・・・・」


沈黙が重すぎる。ここは俺がフォローせねば!


「せ、セリーナ様!」

「どうしたのですか?シュン?」

「グライアスは、私にご飯を作ってくれました!グライアスは何も悪いことをしていません。どうか、責めるのはやめてあげてください!」

「...仕方がないですね。グライアス、貴方は掃除の続きを。そしてシュン、私の部屋に一緒に来なさい」

「りょ、了解致しました。俺の無礼をお許し頂き感謝します」

「あっはい」


こうしてグライアスを守ることには成功したが、何故か俺がセリーナ様の部屋に行くことになった。なんで?


「グライアスとは、だいぶ仲が良くなった様ですね。彼は人見知りで、友人も少ないので大切にしてあげてください」

「あっはい。もっと仲良くなれるように努めます」

「....そうですか」


あの素っ気ない態度は人見知りゆえなのか。とりあえず嫌われていたわけでは無さそうだ。


「着きました。入ってください」


セリーナ様の部屋に入ると、そこは案外なんの特徴も無い部屋だった。ベッド、本棚、机などの最低限のものしか置いてない。そして、セリーナ様の匂いが充満していて安心する。ここがエデンなのかもしれない。セリーナ様がベッドに座ったので俺も倣ってセリーナ様の横に座る。


「早速本題に入りましょう。シュン、貴方の仕事が見つかりました」

「えっ本当にですか?そ、その仕事ってのは...」

「八百屋の売り子をして欲しいそうです。夫婦で経営していて、とても優しい方たちなので安心してください」


凄いなこの人は。仕事が早すぎる。それにしても売り子...かぁ。高校はバイト禁止だったので経験は無いが頑張るしかない。


「えっと、いつから働くことになったんですか?」

「1週間です。それまでに、貴方にはして欲しいことがあります」

「あっはい。して欲しい事、ですか?」

「はい。貴方には、勉強をしてもらいます!」

「え"っ!?」

「まずは語学ですね。シュン、この文字を読みなさい」

「わ、分かりません」

「そうですか...ではまず読み書きから練習しましょう」


こうして、セリーナ様による教育が始まった。そういえば文字は分からないのに、喋っている言葉が分かるのはご都合設定と言うやつなのだろうか。まぁそれはそれとして、マターナル国の公用語はとても簡単で、大人なら3日ほどで習得できるそうだ。エ○ケン2級止まりだった俺でも覚えられたら嬉しいな。


*


「お疲れ様でした、シュン。よく出来ました。今日はここら辺にしておきましょう。このペースなら1週間程度で習得出来そうですね。これから夕飯なので、食堂に行きましょうか」

「あっはい」


7時間近くぶっ続けで勉強したので少しクラクラする。セリーナ様が問題に成功する度に褒めてくれるから少し張りきってしまった。

食堂に着くと、そこにはグライアスと、もう1人女の人が立っていた。


「せ、セリーナ様、あのお方は...」

「そういえば、まだ紹介していませんでしたね。リーシャ・サーブ。グライアスの姉に当たります」

「あなたがシュンちゃんね!可愛いわ!よろしくね!シュンちゃんが今着てる服、私のお下がりなのよ!なんだか妹が出来た気分ね~」

「あっはい。よろしくお願いします」


陽キャだ...リーシャさんは初対面でこんなに親しくしてくれているのに、カスみたいな返答しか出来ない自分が情けない。いや、元より女性と話すことに慣れていないのだ。仕方ない、そうに決まってる。


「今日は全部グライアスが作るって言って作っちゃったけど、明日の朝は私がご馳走するからね!さぁさぁ食べて!セリーナ様もどうぞ!」

「では頂きましょうか。シュン」

「あっはい。いただきます」


*


「ご、ご馳走様でした。とっても美味しかったです、グライアス」

「そ、そうか、...ありがとう」

「シュンちゃんが喜んでくれて良かったわね!グライアス。さっきからソワソワして気にしてたもんね」

「ちょ!あ、姉上!」


仲のいい姉弟だ。俺の前世にも姉はいたが、こんなに仲が良いわけではなかったので少し羨ましい。


「お2人は、どうしてセリーナ様のお世話をしているんですか?」

「それはね、サーブ家が代々王家のお世話をしてきたからだよ!王子様か王女様1人につきサーブ家の人間が1人付くの!」

「えっじゃあなんで、セリーナ様にはお2人が付いているんですか?」

「えっ?あーそれはね、えっと...」

「シュン」

「あっはい」

「明日は今日と違って6時には貴方に起きて頂きます。今日は勉強で疲れたでしょうし、もう寝る準備をするべきです」

「わ、分かりました。ではリーシャさん、グライアス。おやすみなさい」

「うっうん!おやすみ!シュンちゃん」


まずい、多分リーシャさんの地雷を踏んでしまった...。今度謝らなきゃと思いながらも、セリーナ様の的確なフォローには感心してしまう。そう思いながら明かりを消した時だった。


コンコン


「起きていますか?シュン」

「あっはい。お入り下さい」


声の主はセリーナ様だった。ゆっくりと扉が開けられる。出迎えるべく、部屋のランプを付けると、そこには、


「セ、セリーナ様!?一体何を!?」

「しっ静かに!リーシャにバレたら少し面倒です」

「す、すいません」


枕を抱えて立っているセリーナ様がいた。えっこれって女が男誘う時にするやつだよね?童帝だから知らんけど。しかし今の俺の体は女でセリーナ様とは会ってまだ2日目だ。そういうヤツではないだろう。


「シュン、貴方には今から私と寝てもらいます」

「え”っ!今なんて...」

「私と寝なさい、シュン」

「あっはい」


セリーナ様と寝ることになった。前世ではテストの点が悪い度に南無阿弥陀仏と唱えていたがまさかのこのような形で極楽浄土へ来ようとは...。


「それでは、失礼します」


セリーナ様が俺のベッドに枕を置き、横になる。俺も横になろうとするが、体が動かない。なんだかとてもイケないことをしようとしている気がする。


「寝ないのですか?シュン?」

「ご、ごごごごごめんなさい。私が一緒に寝ると狭いと思うので床で寝ますおやすみなさい!」

「このベッドはキングサイズです。貴方と私が一緒に寝て狭いなんてことはありません。それとも、貴方は私と寝る事が嫌...なのですか?」

「そ、そんなことは...逆に嬉しいっていうか...あっすいません気持ち悪いですよね」

「いいえ、気持ち悪くなんてありません。貴方は可愛いんですから、自信を持ちなさい。よいしょっ」

「うぇ!?セ、セリーナ様!?何を!?」

「何って、いつまでも床で倒れている貴方をベッドまで運んでいるのです」


床に倒れていた俺をセリーナ様はベッドまで運んでくれたようだ。まさかこんな美少女にお姫様抱っこされる日が来てしまうとは...。なんだか変な方向に目覚めてしまいそうで少し怖い。


「ではシュン、おやすみなさい。いい夢を」

「あっはい。おやすみなさい」


ベッドまで俺を運んだセリーナ様は早々に寝てしまった。あれ?なんか話があるとかそういう訳では無いのか?とりあえず明日は早いのでもう寝ないといけないのだが、なかなか眠れない。セリーナ様と反対の方向を見ているが、美少女と同じベッドで寝る事など経験したことない童帝には刺激が強すぎる。今はアレがついてなくて本当に良かった。


「起きていますか?シュン」


横になって30分ほど経った頃、セリーナ様の声が背後から聞こえた。どうしよう。起きてますって言ったら早く寝ろと怒られるのだろうか。それは嫌なのでとりあえず寝たフリをする。


「...寝てしまいましたか」


よし、バレなかった。クラスに話せる子が全然いなかった(たまたまです。友達皆理系クラスに行っちゃったんです。本当です)高二の時の休み時間に鍛えた狸寝入りがここに来て役立つとは...。

次の瞬間、体が何かに包み込まれる感覚。背中に何か柔らかいものも当たっている。心臓バグったかのように痙攣しだし、変な汗が吹き出し、頭はクラクラする。まずい!このままでは本気で4ぬ!


「ハ、ハナシテ...!」

「おや?起きてしまいましたか?シュン」

「緊張する必要はありせんよ。ほら、深呼吸をしてください」

「スゥゥゥ...ハァァァァ...あ、落ち着いてきた...。で、でもセリーナ様、このようなことはもっと親しくなってからにした方がいいかと思います」

「それはごめんなさい。ですが私は、シュンの事が心配なのです。貴方はまだ子供だと言うのに、あんな森の中で一人でオークに襲われていたのです。本来なら両親と暮らし、勉学に励む年齢なのに住み込みで働きたいとも言い出されてしまいました。私はできる限り貴方の力になります。なので、何か悩み事やこれからの不安等があれば、是非言って頂きたいのです」


ああ、なんて素晴らしい人なのだろう。間違いなく王になるに相応しい人だと言える。だからこそ、だ。俺はこの人をこれ以上頼ってはいけない。この人はこんな俺にこの世界での居場所をくれたんだ。これ以上何を求めるというのだ。1週間後には俺は仕事に行き、きっと縁も無くなる。俺なんかはこの人と暮らしてはいけない。そして俺には恩返しなんて出来ないから、一生感謝するしかないのだ。たとえ側にいなくても。


「ありがとうございます。ここまで気を遣ってくれた人はセリーナ様が初めてです。セリーナ様のおかげで私には不安も悩み事もありません」

「わかりました。ですが、貴方がこの離宮に住んでいる間は、私が貴方の安全を保証します。働く事が辛くなったら帰ってきて頂いても構いません。その時も貴方の意見を尊重します。それでは私の言いたかった事も言えたことですし、シュン、おやすみなさい」

「お、おやすみなさい」


今のセリーナ様の抱擁は、さっきと違ってなんだか安心する。セリーナ様もここまで言ってくれたんだ。今は、今だけは、この温もりを感じていたいと思う。一夜限りの多幸感に包まれながら、俺は眠りに落ちた

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