984:かえりみちみちシチューと悩み
ダンジョンで潮干狩りを
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現在地は五十八層で言えば左上らへん、ということで多分合ってるんだろう。回廊を一周してきたおかげで今自分たちがどのあたりにいるかは大まかにだが把握できている。
一方、五十七層への階段は左下方面にあり、一度回廊を抜けて近くまで寄ってから回廊から小部屋と小道を抜けて階段部分の廊下までたどり着く、というのが今確実にわかっているルートだ。
今からやるのは回廊を経由せず、回廊の内側でグネグネした道を解きほぐして最短ルートがないかを検証するという作業だ。回廊の内側は回廊よりもモンスター密度が高めであるので、より丁寧な探索を心がけながら移動する。
「四体編成が増えてきましたね、流石内側」
「五十九層になったら回廊の内側は全部四体四匹編成なんだろうな。回廊が下の階層にもあれば、だけど」
ここまでマップが似通っていると他の階層にも回廊がある可能性は高い。回廊があること自体は有り難いと思っている。おかげでマップの全体の広さが早めに把握できる。それに加えて方位まで解るしどちらのほうへ向かえば目標物に近づけるかも確認できる。
「空白なのは悩みですしその間にどれだけモンスターが溜まってるかは解りませんが、最短コースがどっち向きなのか解るのはまだマシってところですね」
「回廊を先に塗りつぶしたのは正解だったな。変に逆向いて行き戻りしてるような道が出たとしてもすぐ修正がきく」
「グルグル回って行き止まり、はさすがに勘弁してもらいたいですからね。そうならないように……って言ってる先から行き止まりですか」
最短方向はこっちだろうとあたりをつけて移動してみたが、そう簡単に階段までは繋がってくれないらしい。だが、選択肢はまだある。こっちの道がだめなら他の道がある。遠回りに見える道でも回廊より短く過ごせるならそれに越したことはない。
が、ここまで来てみてもしかして回廊経由のほうが近いのでは? という問いかけがないわけがない。もしかしたら回廊まで出る道まで一本しかないのでは? と不安が出てくるのは仕方がないこと。
ただ、まだ時間も選択する道もある。東がだめなら南、南がだめならあえて西、と十字路や三叉路に来るたびに確認し、道幅や部屋の広さを考えてここは繋がってないだろう等とちょっとずつ選択肢を絞りながら歩いてきているため、正解に近い道だとは思っている。
五十分ほどかかっただろうか。階段と階段の間の道をようやく見つけることが出来た。結構ごちゃごちゃとしてきたマップなので、家に帰ったら描きなおして最短ルートを解りやすくして、次回に活かそう。
「やっと階段ですか。真っ直ぐに行けるなら早いでしょうけど時間かかりましたね」
「そうだな、思ったよりは迷ったな。でも次迷わないための布石だ。そう考えれば短い時間で済んだと思おう」
実際長く感じた。回廊で順番にモンスターと戦い続けるよりもよっぽど面倒くさかったとも感じる。だが、これも後で楽をするためだ。必要な経費を払ったということにしておこう。
階段を上がって五十七層へ。ここからは短い時間で帰れる。戦闘込みで四十分、ここから先は出てくるモンスターも数も問題にならなくなってきた。いよいよ身体が慣れて来た、ということだな。
「一つ、二つ、……三つ! と。三匹とも対応できましたよー」
「おー、御立派御立派」
試しにガーゴイルと一対三で戦ってみたいとの芽生さんのご要望にお応えして、その場を用意して存分に戦ってもらった。危ないと思ったらすぐ手を出す、という保険付きだが、無事に一対三での戦い方というか戦闘の作りというか、そういうものはうまく出来上がったらしい。
俺ならスキルで焼いてしまっておしまいだが、芽生さんが肉弾戦だけでも数多く戦えた方がこの先有利だろうという話になったので任せてみた次第だ。今度は俺がやる番かもな。
「洋一さんも体を適度に動かしましょうよ。慣れてくれば肩ポン爆破やカニうまダッシュみたいに回廊を笑いながら走り抜ける謎の探索者の噂が五十八層でも鳴り響くことになりますよきっと」
「え、俺そんな噂の張本人になってるの? 」
知らなかった、そんな話。
「ほどほどにしとこうかな、金稼ぎ」
「今朝、いつお金になるか解らないお金を貯めるって話をしたばっかりなのでは? 」
「ぐぬぬ……まあいい。こうなったら小西ダンジョンの謎の笑い声おじさんとしてひっそりと活動してやる。そしていつか……なにかする」
そう、何かをだ。何をするかは解らないが、きっと俺はその内何かする。もしかしたらダーククロウの流通を一手に引き受ける流通業者の株主になるかもしれないし、個人事業主になるぐらいなら起業しろと言われて一人株式会社の社長になる未来もあるかもしれない。
「何かがいつ来るかは解りませんが、その時まで頑張ってくださいね。その分いくらかは私も稼ぐことになるんですし」
「来年の税金が怖いな……税理士さんの話だと、今年から個人事業主扱いになるらしいし、更に税金引かれることになるだろうからさらに稼ぎが減っちゃう」
「それ以上に次を稼げばいいんですし、稼いだ以上に税金がかかることはないんですから大丈夫ですよ」
金の話をしていると進捗もすすみ、気が付けば階段の前。今日の探索はこれでおしまいだ。
「さて、今日の稼ぎだが」
「だが? 」
「ポーションが十二本になった。予定より一本多い。その分稼ぎは充分だと言えよう」
「わーい」
階段を上がり、五十六層の殺風景な場所へ戻る。前回はここで大きなミスを犯した。しかし、今回は同じことはしない。
「まずエレベーター前。それからご飯だ」
「解ってます、前回はそれで胃が辛いことになりましたからね」
すると、他人の気配に気づいたのか、高橋さん達のテントから人が出て来た。
「どうも、お久しぶりです」
「どうも。そちらは一休みして夜間探索ですか? 」
高橋さんだった。ここで会うのは初めてか。何か月かの間にお互い出会う機会はあったはずだが何気にここで顔を合わせるのは初めてだ。
「どうでしたか、下の階層は」
「五十九層の階段を見つけたところですね。そちらはいかがですか」
「似たようなところですね。ところでちょっとご相談なんですが、安村さんなら知ってるかもしれないと思って。これ、なんですかね? 」
高橋さんの指には指輪。彼らもきっちり拾っていたようだ。
「そちらもですか。こちらもですよ」
こっちの指輪を見せてみる。どうやら高橋さん達の指輪は物理耐性のほうらしい。リングの王冠部分に装飾がない。
「同じ指輪ではないですね。こっちはガーゴイルからです。そちらは多分リビングアーマーからかと」
「その通りです。意匠が違うということは別の効果の指輪なんですかね」
「念のため聞きますけど、もうはめてみたりは? 」
「さすがにそれは。どんな効果があるか解りませんからね。マイナス効果があるというような悪意がダンジョンにあるとは思えませんが念のためにとっておいてあります」
さすが、迂闊なことはしないらしい。後、人数分用意できないというのもあるのだろう。その慎重さは大事だと思う。
「同じリングを前回の探索で拾ったので、ダンジョン庁経由で鑑定できないかお願いしてあるところです。もしよければ、結果が解り次第そちらのテントに詳細を送れるようにしておきますよ」
「助かります。同じ階層に潜ってる部隊が他に居ないもので、知ってるなら安村さんぐらいだろうと思って相談して良かったですよ。ちなみにそっちの指輪は? 」
「これも明日になりますが、ちゃんとダンジョン庁から同じようにお願いしようかと。次のセーフエリアに到着するまでにしばらくかかりそうですし、それまでに複数個手に入るぐらいはするでしょうからその間に結果が出ればいいんですけどねえ」
正直あんまり遅いならもうワンセット出して南城さんにお願いして、鑑定のお礼にワンセットプレゼント……なんてことを考えたりもしてはいるが、多分ダンジョン庁も同じことを考えているだろうからな。こちらから結果が来るのが遅いとあれこれ言うのは筋違いだろう。
「高橋さん達も一応提出したおいた方がいいのでは? 帰ってこない可能性のほうが高くなりそうではありますが」
「そこが悩みなんですよね……だから効果のほどを安村さんが知っていればこっそり使おうかとも思ってたんですが」
今の発言は聞かなかったことにしよう。それが一番世の中の潤滑油として役立つはずだ。
「その判断は……とりあえず聞かなかったことにしておきます。でも、どんな効果であったにせよ、こっちに連絡が来たら最速でお知らせできるようにはしておきますよ」
「助かります。では、我々はもう少し仮眠してから夜探索に向かうので。お食事中失礼しました」
「お気になさらず、ご安全に」
高橋さんがテントに帰っていく。後姿を見送った後、向こうにも向こうなりの悩みがあるのだということを知った。大変そうだな。
二十分歩いて五十五層側の階段に近寄り、エレベーターの前に陣取り机と椅子を出しシチューの用意。鍋を中心にいい香りが広がる。早速芽生さんの分として皿を分けてご飯とシチューを、自分の分としてまとめて両方一緒にしたやつを取り出す。
今日の出来も中々悪くない。水分が飛びきっていないのでトロミこそそこまでないものの、具材にはしっかりシチューの味が染み込んでおり一仕事終えた胃袋の内側を覆って広がっていくようなイメージだ。
朝作って保管庫経由でほとんど時間は経ってないとはいえ、出来立てに比べれば少し冷めてしまったがその味わいは充分に感じ取ることが出来る。風景はアレだが、開放的に食事が出来ることは確かだ。風もないから砂が飯に入って口の中がじゃりじゃりすることもない。芽生さんがお代わりを要求してきたので少なめに盛ってあげる。さて俺はどのくらい食べようかな。
「あっちにはあっちの都合というか流れというか、やはり個人所有物に出来ない事情みたいなものがあるんでしょうね」
「まあ、指輪一つで他のダンジョンの進捗がぐっと楽になるならその指輪だけを取り続ける作業をしろ、なんて話にもなるだろうしそれはそれで退屈な探索が始まるかもしれないと思うと、自由に探索できる今を謳歌するには多少の隠し事はしても致し方ないってことなんだろうな」
一杯分を食べ終えると、胃袋に質問をしてみる。もう少し食べるかい、それともここでやめとくかい? 胃袋から返ってきた答えはキュルルっと、もう少しいけるぜという答えだった。じゃあもう少し食べることにしようか。
「でも、そうなると数が揃ってから持ってるのをバラす、って話になりませんかね。それはそれで問い詰められそうですが」
「その時は一分隊分、つまり四人分だな。数が揃うまでかき集めてましたとか言い訳を考えるんじゃないかな。俺が考える事ではないけど、一つしかない指輪を奪い合うよりはせめて数があるということが判明する分には問題はないとかそういう話に持っていくんじゃないかな」
今日は苦戦こそなかったもののしっかりと戦ったのは間違いはない。収入も多く得られた。ならそのぶんしっかり体も魔力も動かしているはず。だったら今日は体感多めに食事をとっても問題ないだろう。
二杯目に入る。鍋はまだ空っぽにはなっていない。これは残った分は冷蔵して明日の朝飯だな。食パンをトーストではなく、焼いた後ちぎって浸しながら食べることにしよう。
今はご飯がまだ残っているのでご飯のほうを食べていくことにする。ご飯は……なんかこれも残りそうだな。芽生さんの食べるペースを見る限りこれでおしまいになりそうだ。明日は浸しパンも無しでシチューの温めなおしだな。
満腹になるまで食事を楽しんで休憩。今度は腹が痛くなることはない。先に移動しておいたし査定される荷物も少ない。
「さあ何分ほど休憩しようかねえ。エレベーターで体を休める時間もあるし、上がっていく時間も考えればここで素直に休む時間はどのぐらいにしようか」
「とりあえず歩けるようになるまでは待ってください。ちょっと食べ過ぎました。これは次の探索も減量に努めないといけませんね。ウェストにアジャスターがあって正解でした」
乙女の秘密は満腹表現に比べたら大したことはないのか、そういう所を隠さずに居てくれるほど親しくなれているのか、そこはハッキリ問いただすラインではないが、少なくとも夕食に満足してくれた、そのことに間違いはない。料理を趣味にしていてうれしい瞬間でもあった。相棒の胃袋をちゃんと満足させられた。それを達成できたのは大きい。
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