97:一服
五百五十万PV,お気に入り一万二千超、誠にありがとうございます。もうちょっと頑張ります。
ふぅ、満足した。
量的にはまだまだいけるんだが、質とこのキャンプの空気でお腹が膨れた感じだ。
食後にスキレットと使った食器を少量の水で洗って、バッグに片づける。皿はラップを敷いてあったので、ラップを片付ければ洗う必要は無い。災害対策マニュアルか何かで読んでおいてよかったな。
ステンレス製のマグカップを直接火にかけて、水を沸かすとコーヒーを淹れる。インスタントだが、贅沢は言わない。出来上がったコーヒーを飲んで一息つくと、椅子に座ってゆっくりする。
……あぁ、いいなぁこの感じ。ソロキャンプをする人の気持ちが少しだけわかった気になる。
腹が満ちると眠くなってきた。寝ておくか。このゆったりした時間のまま眠りを楽しみたい。
椅子をテントの端に寄せ、マジックペンで皿に【仮眠中】と書くと、椅子以外を中に片づけて椅子に皿を置いておく。風が吹かないからそのまま立てかけておけばいいだろう。
テントに入ると、エアクッションに身をゆだねる。少々手狭だが、眠るには十分なスペースがある。
バッグからダーククロウの羽根のポプリを取り出すと、枕元に置いて臭いをかいでおく。相変わらず眠くなる香りがする。
静かに横になる。外は明るい。アイマスクを買うの忘れてたな。代わりになるようなものは……保管庫にも無いな。アイマスクも次回は忘れないようにしよう。まな板と合わせてメモに残しておく。
メモ帳を顔に乗せると、アイマスクの代わりにする。なんか、キャンプっぽさが三ぐらい上がった。
さてお休み。何時間眠るか解らないのでスマホのアラームをかけておく。四時間ぐらいで良いだろう。
◇◆◇◆◇◆◇
side:新浜パーティー
自分たちのテントの中で新浜パーティーが会議を開いている。
「安村さんは? 」
新浜がまず安村の安否を尋ねる。
「仮眠中って皿が出てたんで眠ってると思いますよ」
「そうか。で、彼をどう見る? 平田さん暫く一緒に居たよね」
「正直言って強いですわ。私と同じぐらいか、それ以上ぐらいの実力はあるかと思いますわ」
平田は真面目な顔で新浜の問いに答える。同じ目線の探索者としてどう映ったか、自分の思った通りのことを話す。
「理由を聞いても? 」
「初めてのソロキャンプという事で荷物をそれなりに背負ってましたが、動きを阻害されてるようには見えとらんでした。基本スペックはかなり高いと思いますわ。後……」
「何か気になる事でも? 」
平田は安村の動きを冷静に見ていた。戦う距離、戦う表情、戦う速度、ドロップを拾う仕草、出来るだけのことを目にし、そして記憶していた。
「時々高速で動くんですわ」
「高速でってどのくらいで? 」
「多分、全力で走り合ったらあっという間に置いていかれるぐらいですわ。なんかのスキルを持ってるんじゃないかと思いますわ」
「そもそも、ソロで七層目指すなんて冒険的な行為だけどね」
「見た感じ余裕そうでしたね。慣れてるわけではないとは思うんですけど、ワイルドボアの群れに襲われた時も冷静に対処してたように見えました」
新浜は前のめりになりながら平田の報告を聞く。どんなスキルがあるんだろう。高速移動をするだけの脚力があるようには見えなかった。
「ソロキャンプならダンジョン外のキャンプ場でも十分体験は出来るはずだ。それが初めてのキャンプを七層で行おうという考えがまずどこか飛んでる。普通は六層のダーククロウとワイルドボアの群れに阻まれるんだが」
「冷静に対処できるだけの判断力と行動力はあると思いますわ。六層の道中の木、止まってたダーククロウの動きを完全に把握してるように見えました。おそらく過去に同様の状況に出会ったことがあるんだと推測しますわ」
実際、ワイルドボアの群れに追いかけられていた時も、彼にそれだけの走破力があるなら途中で止まって迎え撃つなんて真似はしなかったはずだ。
新浜は安村という男に違和感を感じていた。ねじが何本か外れているような印象を感じられる。
新浜達は邪魔をしない程度に安村を一種の監視対象としてみていた。なんだか得体のしれない男のような気がするからである。もちろん、潮干狩りおじさんと言う腕前を念頭においてだが。
「ワイルドボアの体当たりに対応できるあたり、肉体的な強化が出来るスキルを身に付けているような気はします。断定はできませんが」
「おそらく、ステータスって奴をうまく使っているのでは」
「あれはお伽噺では?」
「実際そうと断定できるわけではないんですが、全身を使っているというよりどっかから借りて来てる感じの動きでしたわ」
平田は思う。安村の動きは自分と同じぐらいの探索者として見ても、動きの加速度に対してかかる体の加重や負担について考えていた。明らかに人間の限界に近いものを出しているにもかかわらず、当の安村本人は平気そうな顔をしていた。
「でも、さっきの行動パターンを見る限り、本当に初心者って感じでしたね。可能な限り念入りに準備をしてきた、というイメージがあります」
「危険性は無いのかな? 」
「無いと思います。今のところ真面目な人だというイメージですね」
「彼は何故ダンジョンに潜るんだろう? この先を目指しているんだろうか。稼ぐだけならゴブリンの発生する範囲だけでも、彼の実力なら十分な収入を得る事ができるだろうに」
新浜の素直な疑問だった。別に深く潜ることに問題は無い。むしろソロなら四層でずっと狩りをしていたほうが安全である。
「それは多分、楽しそうだから、って奴じゃないかと思いますわ」
「探索心と言う奴か。彼は清州じゃなくて小西ダンジョンをメインにして活動しているんだよね」
「えぇ、そう言ってましたわ。でも、小西だとちょっと不安があるので清州で七層を味わってみたいと言ってましたわ」
「小西ダンジョンは過疎だからなぁ。他人が居るか居ないかで不安はあるだろう」
「ダンジョンは逃げないですし、深く潜るなら清州へ、稼ぐなら小西へ、と分けて考えているかもしれません」
新浜が一旦話を区切る。安村に関する情報は現状このぐらいあればいいだろう。
「じゃぁ、方針としては」
「うん、物陰から見守って、助けが必要な時は助ける。そんな立ち位置でいいんじゃないかな」
「潮干狩りおじさんを見守り隊でも発足しますか? 」
「それもいいね。とにかく、求められるまでは彼をそっと見守ろう」
方針は決まった。八層九層に潜りつつ、安村さんを気にかける。これ以上の領域に踏み込むのはよろしくないだろう。きっとそれは彼の良さを潰してしまうような気がするからだ。
◇◆◇◆◇◆◇
アラームが鳴っている。四時間寝たらしい。外がクッソ明るいので相変わらず時間の体感はない。が、ポプリのおかげか目覚めは快調だ。良い拾いものをしたな。
とりあえずテントの中で水を一口飲む。さて何するかな……お腹はまだ空いていない。
いつもならそのまま外へ出てモンスターを狩りに行くのだが、まだちょっと寝ていたい気がしないでもない。ゴロゴロしつつ、そのまま居るというのもありだな。
なんだか居心地がいい。狭い我が家に探索欲が負けている気がする。
何してても怒られないというこの空間。折りたたんでしまう事に抵抗を感じる。二百二十キロオームぐらいあるんじゃないか。
かといって、時間を潰せるものがそれほど多い訳じゃない。八層の地図でも眺めるか。テントの外へ出て、仮眠中の皿をどける。椅子に座りゆっくりと地図を眺める。
八層もサバンナエリアだ。目印となる木が多い様子で九層への階段は、幾本かある木の間を縫って進んでいくとたどり着くらしい。ダーククロウの襲撃が予想される。
ダーククロウは木に止まっているか、上空を飛行しているかだ。どっちもある程度の距離に近づくとくちばしで突きにきたりフンを投下したりしてくる。
フン投下にダメージはないが、精神的なダメージを与えてくる厄介な攻撃だ。出来るだけ避けたい。
バーナーに再びマグカップをかけるとコーヒーを一杯分淹れる。真っ直ぐ九層へ行くなら出来るだけ木を避けるようなルートを通らなきゃいけないな。
九層はサバンナから一転変わってうっそうと生い茂る森林エリアに変わるらしい。森林エリアは山に囲まれた閉鎖された空間で、盆地の森ってイメージだ。
視界が開けず、モンスターとばったり遭遇する確率が高いらしい。出てくるモンスターはワイルドボアとジャイアントアントという見たまんまのような名前の敵が記載されている。要するに巨大なアリだ。
尻から酸を出し、強靭な顎で噛みついてくる。酸はやはり避けるのが一番良いんだろうな。
アリなら弱点は足の付け根への攻撃と、体の節だろう。うまく後ろへ回れるだろうか。
アリには苦い記憶がある。風呂に入っているときにアリの侵入に気づかず、大事なところを噛みつかれてしまった記憶が頭をよぎる。あれは本当に痛かった。
おのれジャイアントアントめ、俺の大事な物が使い物にならなくなったかもしれなかった恨みは決して忘れぬ。すべての足を切り落としてからゆっくりと短冊切りにしてくれる。
まずは八層の様子を見に行くか。八層をクリアできないようでは九層には到達できないからな。これは当たり前のことだが、実行できるかどうかはまた別の話だ。
エアクッションの空気を抜き、椅子を畳み、テントの中を片付ける。細々としたものを全部バッグに入れてしまうとテントを出る。
テントは立てるのも簡単だったが片づけるのも簡単だ。手順通りに織り込むことで四十センチぐらいの円形に収まる。便利になったなぁ。いや、これだけ簡素なものでも十分なぐらいここの環境がいいのか。
これは七層キャンプツアーとか開いたら物好きが集まるかもしれんな。そういう商売は……きっと誰かがもうやってしまっているだろう。尤も、まじめに探索してる人にとっては迷惑かもしれないが。
隣のテントに人の気配がする。どうやら新浜さんたちはまだ中にいるようだ。声をかける前に見回して、仮眠中であったりしないかどうかを確認する。特に何も書いてないな。
「安村です」
「どうしました? 何かお困りごとでも出てきましたか」
「いえ、休憩取ったんで八層に向かう前に声をかけておこうと思いまして」
「一人で行くつもりですか」
新浜さんが少し驚く。そんなに大ごとなのか?
「まずいですかね」
「六層を一人で横断できるぐらいなら八層も大丈夫だとは思いますが、念のためポーション持ってたりはします? 」
「一応三本ほどストックはありますし、やばいと感じたらすぐ逃げ帰ってきますよ」
「我々から誰か同伴しましょうか? 」
「有り難いお申し出ですが、そちらにもご都合があるでしょう? 」
そもそもパーティーで潜りに来たのだからパーティー単位で行動するのが普通だと思うんだが。
「今日はあと八時間ほどはフリーなので、暇っちゃ暇なんですよ」
「えーと、ソロで挑戦したい欲がちょっとだけありまして」
「では、お供という事でどうでしょう。まずくなったら手を貸すという方向で」
「じゃぁ、それで。お互い暇つぶしという事で」
「行きましょう。新浜さん、行ってきます」
「私はもうちょい休憩しとりますわ。さすがに七層行って起きっぱなしは疲れとるんで」
多村さんが付いてくることになった。ソロでダーククロウを狩って帰ろうかとも思ったが、八層はまだ行ったことはないのだからモンスターの湧く規模も解ってない。居てくれたほうが心強いか。
「じゃあ、また後で」
テント群から離れ、八層側の屋台に向かって歩き出す。
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