954:新マップへ
ここからまた新章です。よろしくお願いします
ダンジョンで潮干狩りを
Renta!で発売中です。是非とも続刊のためにもご購入のほうよろしくお願いします。
「さすがにそろそろ飽きてきたな」
五十五層を巡りながら、ポツリと言葉が漏れた。
このモンスター密度に疲れた訳ではない。ただ、純粋に同じモンスターと戦い続けるという行為に徐々に楽しみを覚えなくなってきた、というほうが近いだろう。同じ作業の繰り返しに慣れて、飽きて、さらにその先に本当の飽きが来る。その本当の飽きが今来た、というところか。
「そろそろ新しく掘り下げに行くべき時期が来たってことですか。今までの流れからすると新マップはここほど稼げなくなるでしょうけどそれは良いんですか? 」
芽生さんが稼ぎについての確認を取ってくる。たしかに、ダンジョンの階層の特徴として各マップを四階層に区切って考えていくと、最初に地形が変わるマップはモンスター数が少なめであり、四階層目、つまり同じマップの最終階層はモンスターの密度も高く、戦闘回数も増えるので収入も増える傾向にある。
そして、前マップの最終階層と次マップの最初の階層を比べると、前マップの最終階層のほうが稼ぎが大きめであるというのが少なくとも小西ダンジョンから感じ取れる稼ぎ具合の実態だ。
「稼ぎは……もう充分稼いだ、という感想のほうが先に来るからな。去年に比べて明らかに稼いでるし。これ以降はもうオマケみたいなもんだ。だとすると楽しみの多いほうに歩みを進めたくなるのはおかしいことだろうか」
「それも選択の一つだと思いますよ。今のところ深く掘り下げて踏破してくれってお願いが来たわけでもないですけど、楽しんでお金を稼ぐことは大事だと思います。それが多少収入に響くことになっても」
芽生さん的にはどっちでもいい、という風らしい。公務員試験も一段落し、後は結果を待つのみ。結果次第では自分の人生の行き道を決めることになるわけだが、落ちた時に必死に就職先を探す羽目にならないか? と前に聞いたところ素晴らしくストレートな回答が帰ってきた。
「だって、何処のどんな就職先を探しても多分、洋一さんの隣に居るのが一番稼げるし楽だと思うんですよ。仮にどこかの企業に入ったとしても給与の金額なんて知れてますし、今一番熱い稼げる探索者として名前を売ってるわけじゃないので探索者ランクで判別される場所も相当浅い階層を指示されるでしょう。それなら洋一さんとこうして深く潜って、適当に稼いで、充分人生楽しんだなあと思えるぐらいで永久就職の形に入らせてもらうほうがコスパが良いと思います」
だ、そうだ。俺の隣はコスパが良いらしい。そう言われると素直に喜んでいいのか、それともそうじゃないのか悩ましい所だが、少なくとも悪い気はしない。コスパが良い、のコストについては思うところがないわけではないが、評価されているという点では問題ないのだろう。
「じゃあ少しペースを上げて午前中は集中して頑張りましょう。午後からは流し気味に新マップを探索することになるんですし、今稼がないと今日の収入はおそらくこの午前中の分だけになると思います」
「確かに。そろそろ魔結晶の色も変わりそうな大きさになってきたし、新しい色の魔結晶は査定不可になってるかもしれない。本来ならもう二、三ヶ月早く更新するべき話だったんだろうが、まあそれは進捗に拠るし我々の都合もある。高橋さん達が突っ込んでなければ査定品はまだ何もないって話になっているだろうからな。ここはいっちょ張り切るか」
◇◆◇◆◇◆◇
今日の昼食はオークカツと野菜サラダとオプションによく冷えたイチゴ。午後もしっかり動くつもりでカロリー高めのチョイスをしたが、午後から新マップとなるとこの高カロリーを今日中に消費しきるのはちょっと難しいかもしれない。
「むぅ、予定変更に飯が追いついてこなかったか。まあたまにはいいか」
「美味しいは正義です。美味しいご飯を食べれば午後からの活動にも身が入ろうというものです。そして高カロリーの食べ物は大体美味しいので何も問題はありません」
今日も美味しく揚がっている。油は新しいものを使ったのでカラッと揚がっていて肉汁はしっかりと閉じ込められ、口の中を幸せにしてくれる。今日の料理もうまく行ったな。明日は何を作ろうか。
芽生さんはペロリと自分の分を完食すると、イチゴも半分以上をきっちり食べ、そしてテントに横になり少々の疲れを癒す形で早速休憩しだす。仕方がないので口の中に一枚ドライフルーツを突っ込んでやると、その場でプルプル震えた後気持ちよさそうな顔で寝始めた。
俺は満腹とまではいかないが充分に腹が満たされたので横になりつつ、いつもの探索者雑誌を読む。
白馬神城ダンジョンのその後だが、ダンジョンが出来た後比較によると、少しばかり宿泊客が減った傾向にあるそうだ。やはり、探索目的で連泊している探索者はそれなりに数が居たようだ。それでも春から夏にかけてのトレッキング客を見込んだ客入りはダンジョンが出来た以前の状態に戻りつつあるらしい。
トレッキング客が戻り始めた。つまり、周辺にダンジョンがあるだけで人に恐怖心を与えていた、ということだろう。確かにダンジョンはいまだにいつ氾濫、つまりモンスターがあふれ出てもおかしくないということに表向きなっているため、自分がそのタイミングで周辺に居る、ということを考えると大人しく観光地をぶらついている精神的余裕はないのだろう。
他の観光地や一般住宅地でも同じ反応なのだろうか。少なくとも小西ダンジョンに限って言えば周辺地価は過去のコラムでも触れられた通り、ダンジョン景気のおかげで上がり住宅地が増え、逆に栄えている。それが他のダンジョンでも同様にそうであるか、というのは年始に毎回公開される地価評価額を基準に見る事しかできないので、気が向いたら今度調べてみよう。
ダンジョン庁側の動きもエレベーターが設置されているダンジョンをすべて公開し、エレベーターの場所まで事細かく説明して何処のダンジョンが気軽に深層まで潜って気軽に帰ってこれるかをハッキリさせたため、それが出来るダンジョン出来ないダンジョンでハッキリ二分されていそうではある。
まだエレベーターが付いていないダンジョンもいずれは誰かが攻略して設置され、そしてそこを中心にして住宅地やインフラが少しずつ活性化されていくのかと思うと、ダンジョン効果は結構なものなのではないか、とも考えている。
まあこれ以上新規にダンジョンが増える可能性は低い。増えるなら何処かのダンジョンが攻略されて、その後だ。今のところガンテツは新しいダンジョンに向けて色々と頑張っている最中で、リーンに至っては多分誰かにそう急かされるまではその辺のダンジョンをフラフラしている可能性が高い。となれば、今のところ日本の中でダンジョンが増える可能性は限りなくゼロに近いだろう。
一つ安心、ではないがしばらくダンジョン事情については動くような様子は見られない。ギルマスに聞いてみないと解らないが、ダンジョン庁として次に踏破してみるダンジョンがどこになるのかを聞いて、予定があるならばそのダンジョンのダンジョンマスターが会いに来る可能性がある、という未来を見込んでおかないといけない。
ダンジョンマスターがみんながみんな会いに来るわけではないだろうが、ライブ配信を見たことがある奴なら大体見に来る、みたいな感じで広告を打たれているとまずいな。最大百名前後の名前と顔を覚えなければいけないのか。そんなに記憶容量ないぞ。
新しいダンジョンがそれまでには設置されるだろうから、真新しさを求めてガンテツのほうに寄っていってくれる、という未来に期待することにしよう。
◇◆◇◆◇◆◇
アラームが鳴った。さあ、新しい階層へ向かう時間だ。芽生さんもアラームでむっくりと起き上がり、体のあちこちを確かめて問題ないかどうかをチェックしている。
「どう、いけそう? 」
「しっかり休めましたからね。大丈夫です、さあ行きましょう」
腕まくりこそしないものの、食後の休憩も睡眠もしっかりとって午前中の疲れはしっかり取れたようだ。俺のほうは……あちこちをコキコキと鳴らしたり伸ばしたり戻したり。ヨシ。
「こっちも問題なさそうだ。さあどんなマップかな」
「喉が乾かないマップだと集中できて良いですけどねえ」
たしかに、ここは頻繁に喉が渇くし汗はそこそこかくし、戦闘環境としてはここまでで一番戦いにくかった。寒いのは動けばマシになるが暑いのは脱ぐわけにもいかないからな。次のマップの階段の位置はここに来た段階で判明させているのでそこまで歩いていく。
マップの地図上で判断する範囲で、南側と北側にそれぞれある集落らしき廃墟の集まりに片道二十分かけて歩いていく。五十五層側の階段が南側、そして五十七層側の階段が北側に存在する。
南側と北側は視界を遮る程度の丘で切り離されているので、見た目上は何もない丘に向かって歩いていくことになる。丘を上がり切れば反対側に似たような集落が見えてくるという寸法だ。
北側に到着すると、北側にテントが設置されていることを確認できた。おそらく高橋さん達だろう。五十五層を抜けてきて、そのままの厳しい密度で戦うことを良しとせずに先に進むのを優先した、というところだろう。
「高橋さん達、テント張ってたんですねえ」
「一切五十七層に興味持たずに過ごしてきてたからな。そういえば最近ノートの確認も怠っていた。これは、もしかすると先にボスぐらいは倒されているかもしれないな。何処まで進捗が進んでいるか、出会ったら確認してみよう」
五十五層の密度の濃さを考慮に入れて、六十層ではこれ以上のものが襲ってくる可能性を考えてのしばらくの滞留と金稼ぎだったが、若干頑張りすぎた気がしないでもない。でもまあいずれ強くなる予定のところを事前に手に入れたという形になるので無駄ではなかったということにはなる。
三回ステータスブーストの段階が上がるまで、と一応目標は立てていたものの、実際は五回、俺に関してはソロで戦っている分も含めて七回のステータスブーストの段階向上を行うことが出来た。これなら五十七層でもスムーズに戦うことが出来ると信じている。
テントを覗くと中身は空。先に潜っているのか今日は来ていないのかまでの判断は付けられなかった。食いものの香りが残ってるとか、ついさっきできた移動の跡なんかが区別できればもうちょっと……いや、他のパーティーのことだ、そこはおいておこう。まずは自分たちが上手く潜れるかどうか、そこが大事だ。
「階段を下りて、まずはマップがどうなってるかの確認からだな。それから徐々にマップ作りといういつもの手法で潜っていく。今日は初回なのでマップに慣れることのほうが先だな。モンスターの出現傾向や密度、ドロップ品が有ればドロップ品の鑑定。モンスターに仮称をつけること。やることはそれなりに色々あるので五十七層をぐるっと回って終わりになるかもしれないがそれはそれでまあってところにしておこう」
「りょーかいです隊長。では新たな地へ旅立ちましょう」
ビシッと敬礼を決めながら隊員気分で突入するつもりの芽生さんである。まあいいか。
五十七層への階段を下りていく。ある段数を越えたところで暑かった熱気がスッパリと無くなり、少し冷えた感じの気温へ変化する。寒いとまではいかない。涼しいというほうが正しいだろう。そして、徐々に階段の幅が広がり始めた。足元も壁も、立派に白く化粧された階段に変化した。マップが明らかに変わった、と目でも確認させられることになった。足音もコツコツと地面をたたくような音に変わり始めている。
「階段が広くなってるな。それだけ大きい階段が設置されてるということだろうか。こんな現象は初めてだな。なんか新しいマップに来たという感じがするな」
「階段も石段からなんかちょっと立派になってきましたね。大理石って感じがします。金かかってますね」
ダンジョンを作るのに金がかかるかどうかはさておき、階段を下り切る前から確かに金のかかってそうなイメージは確かにあるな。さて、階段を下り切ったらどのぐらいの金のかかってそうなマップになるのか、楽しみだ。マップの切り替わりにワクワクするのはなんだか久しぶりのような気がする。
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