951:新技とサービス残業
ダンジョンで潮干狩りを
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多少長くなったが一方的な送信は終わり、最後に「四十二層から送信しているため返信は受け取れません」と注意書きをつけておき、一方的な報告は終わった。報連相の内報は終わらせた。後は明日にでもギルマスから連絡があり、相談の流れになるだろう。
この通信環境もいずれは再封鎖してもらうことになるんだろう。もったいない気もするが、相互通信できないのではあれば使い方は限定されるしここだけでアンテナが立つ、というのも小西ダンジョンの特殊性を浮き彫りにしてしまうので、人口増加や戦力強化を行われた後のことを考えるとやはりこの一方通行の通信終了は早いうちにミルコに言っておくべきだな。むしろさっき言っておくべきでもあった。次にミルコに会うときに通信の封鎖を申し出ることを忘れないためにメモしておく。
さて、体を動かしてダンジョンの目的である所の魔素の持ち出しをするために全身を軽くリラックスさせる運動。軽く汗ばんできたかな? ぐらいまで全身を解すと早速四十三層へ。いい加減カニうまダッシュじゃなくても、四十八層あたりで同じことが出来そうではあるがなんだかんだガンテツ達とのやり取りをするなら薄暗い四十九層よりもこの四十二層のほうが雰囲気的に気に入っているし、しばらくは他人も立ち寄る気配は無い。
無理に厳しい所で自分の力を試す、というのも悪くはないが、同じペースで延々同じ行動をし続けるというのは去年までライン工をやっていた俺にとってはもはや慣れたもの。同じような反応をしてきて同じ体勢で同じ角度でモンスターを倒していく。間違いなくこれはライン工のライン作業と同じである。
後はこれを早くこなすかどうかで収入が決まるので、ライン工に比べて仕事の自由度は圧倒的に高い。調子が悪くなればペースを歩きに戻せば自然とモンスターと出会う回数も減る。しかし、ペースを落とすと稼ぎが悪くなる。今更ここで三十分ぐらい歩きに変えたところで今年の収入はもう揺るぎないものになっているのは確かだが、それを良しとして手を抜くのもダンジョンに対して悪い。
事情を知った上でダンジョンの事業? に手を貸しているんだし、今この俺の視点は何十人かのダンジョンマスターによって共有され同時にライブ配信されている。それを意識すると自然と足は速くなり、動きも激しく、それでいて視点を揺らさないように動き、モンスターを次々葬り去っていく。
……そろそろ新技が欲しいな。柄に雷切を発生させることが出来るなら、手のひらに直接握る形で生やせないだろうか。試しにモンスターの手前で立ち止まって手を握ったり閉じたりして、その手の中に雷の棒をイメージして形作る……出来た。
後はこれをそのままの形で投げてみる。思い描くラインに沿って飛び出した雷魔法の槍は、そのままドウラクに吸い込まれて行き、そしてドウラクの反対側から抜け出ていったらしい。地面でバチッとはじけた後雷の槍は消え去った。サンダースピアってところかな。高密度の雷魔法を直接ぶつける手段としては悪くないものであるらしい。が、毎回使い捨てなので正直あんまり効率は良くないだろうが、スキル的な意味ではなく物理的な攻撃手段としてこれも一つ使えるだろう。
しばらく新技で投擲の練習をする。魔力的に無駄が多いとは言うものの、今の残存魔力量を考えるに歩いて槍投げしながら進む分には問題はない程度の消耗ではあるし、疲れたら水でも飲んで休憩すればいいので普段に比べてのんびりと行軍することになった。しかし、狙った方にうまく飛んでくれるのはこれもスキルの補正なのだろうか。
少なくとも野球ボールを狙ったところに投げるという行為に関しては、俺はあまり得意では無かった。これが野球ボールではなく自分自身の持つ【雷魔法】というスキルの範囲での行使という形になっているからだろうな。狙った地点に雷撃を撃ちこむのと同じように、狙った地点に向かってサンダースピアを命中させることが出来ている。他の攻撃方法に比べて避けられる可能性は非常に高いが、物理攻撃的挙動をしてくれる技は一つぐらい持っていても損はないからな。
現れるモンスターにスイスイ吸い込まれていくサンダースピア。だんだん楽しくなってきたが、同時に肩も痛くなってきた。振りかぶりのモーションは要らないのかも。試しに手の中で雷を発生させて振りかぶらずにそのまま狙った方へ……とイメージすると、イメージの通りに飛んでいった。モーションもキャンセル出来たぞ。一時間足らずで随分便利なスキルになった。後は投げた後ちゃんと当たるかだな。
一時間ほど投擲作業を楽しんだ後、流石に飽きたので再びダッシュ大会に興じる。やはり体は食べた分動かすのがいいらしい。今後は休憩時間をもったいないと感じた時に投擲しながら歩いて少しでも儲ける方向にシフトするのも有りだな。これなら胃袋に余計な負担がかからずに済む。
いつも通りドウラクを焼いては魔結晶と身とミソを保管庫に収納しながら全力で急ぐ。最近はスピードが頭打ちになった。倒す速さではなく、アイテムを拾う速さのほうに問題が発生している。多少離れていても範囲収納が使えるとはいえ、倒した瞬間からドロップ品が確認されるまでの間に進んでしまうと範囲収納の範囲から離れてしまってドロップ品を拾えないという事態に陥る。
ここでこれ以上の効率を上げることは今のところ不可能だろうと思う。しいて言えば他に拾う人が居ればその限りではないが、その人も保管庫持ちでないと途中で物理的限界が来てしまう。これ以上儲けたければ、強くなりたければ次の階層でやれ、ということなんだろう。そろそろ四十八層を見据えるべきだな。
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時刻は午後五時。良い感じに四周してきてちょっと早めの上がりにするか。椅子と机のほうを見るとリーンは居なくなっていたので安心して回収しておく。これは持ち歩き用だからな。置きっぱなしの机が必要ならまた別途用立てるつもりではあるが今のところその心配は無いらしい。
いつも通りリヤカーに荷物を積み込み七層で茂君して一層へ。普段通りに退ダン手続きを済ませて査定カウンター。五分弱待って本日のお賃金、五千九百二十二万円。端数が出ないキリのいい数字で結構である。支払いカウンターで振り込みを確認すると、支払い嬢から報告を受ける。
「安村さん……安村さんと言えば安村さんですよね? 」
「はい安村です」
急になんだろう。哲学的な話でも始めるんだろうか。
「ギルマスから安村さんが帰ってきたら二階へお通ししろと言われてるんですが」
多分、昼頃に送った内容の確認だろう。待っててくれていた、というイメージであってるのかな。
「解りました。安村出頭します」
報連相の報はしたが連相がまだだからそこの確認だな。とりあえず連を早めに済ませておこうという話だろう。相談は……後日真中長官含めて、という形になりそうだ。
二階へ上がり応接室からギルマスの部屋へ直接ノックをして「安村です」と声をかけてから入る。
「やあ待ってたよ。どうしても今日中に詳細を聞いておきたくてね。おかげでちょっとだけサービス残業さ」
「それは悪いことをしました。来るとしても明日の朝だとめどをつけてはいましたが、今日中とは思いませんでした」
「まだ四十二層は一方向通信が出来るようだから送ってくれたんだろうけどとは察してはいるんだけどね。せっかく来てもらったんだし、色々と話してもらおうかな。今日ダンジョンマスター達と話した内容について」
応接室のソファに座り、ギルマスに今日一日の話の内容をもう一度連絡する。ダンジョンはそもそも地上に出現させた時点である程度作成されていたこと、現状で踏破されているダンジョンはダンジョンマスターが拡張をサボったおかげだったということ、そして少なくとも熊本第二ダンジョンの元ダンジョンマスターであるガンテツは現状のダンジョンでは満足してなかったという理由の上であえて拡張しなかったこと。
「と言うことは、そのガンテツというダンジョンマスターが主軸となって新ダンジョン構想みたいなものが作成され始めている、という認識で良いのかな」
「それで構わないと思います。そこでいくつかの相談を受けまして、どういう方向性ならダンジョンの踏破ではなく、ダンジョンの存続とダンジョンへの探索者のリピーターを増やしつつ、さらに奥の階層まで入り込むようになるのか、等です」
「そのために食品をドロップするダンジョンというものが思い浮かんだ、と」
先に送った報告文書でも、突発で思い浮かべたことにしてある。俺が誘導したわけじゃないようにしておけばしばらくは時間を稼げる。その間に良い感じに方向性を捻じ曲げて責任をうやむやにしていこう。
「食品がドロップするなら探索者は中で自給自足の活動も出来ますし、食品の出来の如何によっては既存の農産物と戦えるものが出来上がっている可能性があります。いくつかの農作物のブランド品ではこんなにするのかよって値段がつくものもありますからね。もしそこまでのポテンシャルを秘めた一品をダンジョンが出すことが出来るようになれば……」
「ダンジョン産としての新しいブランドの農作物が生まれる、ということか。それもダンジョン産となるなら、当然のように農薬もついてないだろうしパッケージングもある程度期待が出来る。だが、リヤカーを引いていくと仮定しても、階段で揺らしたりすることで潰れてはしまわないか? 」
「そこは、階段ではなくスロープ付きの階段を今あるダンジョンよりも大きくて緩やかな階段として整備しなおすことでリヤカーの行き来も容易にすれば持ち運びが便利になるのでは? と提案されています。また、ダンジョンの見た目にも多少力を入れていくということで、マップの切り替わりやセーフエリアの在り方、エレベーターの標準設置、スマホの電波の送受信なんかも視野に入れているようです」
「その様子だとモンスターも変わりそうだねえ。新しいダンジョンが出来ること自体に反論はないというか予想できる範囲ではあるけれど、何処に設置するかはこっちで選択させてもらえないもんかねえ」
ギルマスは新しいダンジョンの設置先についてが一番の懸念事項である、という方面での心配をしているようだ。
「一応俺からは、出来れば元あった場所にリニューアルオープンの形でやってもらうのが一番こちらにとって難が無い、という風に話は通してありますが、小西ダンジョンの近くに出来る可能性もゼロではありません。私が小西ダンジョンに居るせいでもあるかもしれませんが、その可能性は元あった場所に設置される次に高いんじゃないかと個人的に思っています」
元あった場所に作ろうと思ったけど安村には是非入ってもらいたかったから隣に作ったぜ、どうよ! と言われるかもしれないというのは今思いついた可能性だが、ありえないと言い切れないのが悔しいところ。ガンテツならやりかねん。むしろ、プレオープンと言い張って小西ダンジョンのすぐ横に出入口を作り、とっとと踏破させてより大きいダンジョンを元の場所に、というのも考えられる筋だろう。
「新ダンジョンの出来そうな時期はわかるかね? こちらもいつできるのかさえ分かればそれによって対応をしなければならない。前に熊本第二に勤めていた職員をまた元に戻すのか、新しくまた補充するのか。しばらくは臨時代行で通すのか。後はその食品が査定にかかる際にどういう基準で金額を決めていくべきなのかなんかを話し合う時間も必要だ。少なくとも現時点で新ダンジョンの計画を知れただけでも儲けものだが、時期がわかればそれまでに出来ることはそう少なくない。引き続き情報を集めてくれると助かる。話は要点をまとめて真中長官にも伝えておくよ」
「そうしてくれると助かります。どうもレイン経由だと物事の重要度合や密度、実際に話せる内容なんかが限られてきますからね。また情報がつかめたら今度は直接報告に来ますよ」
「頼むよ。さて、私の残業時間もこの辺までにしたい。他に何か伝えておくことはあるかね」
正直なところ早く帰りたい、というサインを出し始めたギルマス。話す内容はいくらでもあるんだが、今日のところはこの辺にしておいたほうがいいだろうな。
ギルマスは立ち上がると早速帰り支度を始めた。話はここまでかな。
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