945:久々のガンテツ
誤字報告、文法整理、いつも手伝ってもらっていてありがとうございます。
家に戻ってきた。洗濯が終わっていたのでシーツと布団を入れ替わりに干し直し、改めて家を出る。この気候なら帰ってくるまでには充分に乾いているだろう。今日は一日晴れ予報で黄砂の話も無いので安心して干して出かけられる。
銀行からドサドサッと渡されたチラシの類を全部保管庫に入れておくか悩んだが、暇なときに読んで気になって探索の邪魔になる可能性を排除するために一切目を通さずに家のチラシ置き場に積んでおくことにする。興味が出た頃には金融商品の中身も性質も変わっているだろうから、その時に改めて説明を受けることにしよう。
昼食はダンジョンで食べよう。行って帰ってきてまだ午前十時。流石にまだ昼食には早い。今からダンジョンへ行って茂君して四十二層まで下りてちょうどいい感じの時間だろうな。
柄、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
酒、ヨシ!
保管庫の中身、ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。さて、気を取り直してダンジョンへ……と、古いほうの通帳は置いていこう。今後は新しい通帳のほうへ振り込んでもらうことになるんだし、その番号を暗記できる程度には覚えておかないとな。銀行と支店番号は同じなんだから口座が振替なことと口座番号を数桁……しばらくは通帳を見て毎回確認した方がいいな。
◇◆◇◆◇◆◇
ダンジョンへたどり着いていつものように茂君からの流れるような四十二層到着。すると、久しぶりにのほほんと机に座ってちびちび酒をやっている姿を見て取れた。正確には、俺がダンジョンに到着したのを見つけてからここに先回りしていた、という形だろうな。
「久しぶり、ガンテツ」
「よお、待ってたぜ」
しばらく顔を見せずに自分の領域で色々とやっていたらしく、通信成功以来顔を見せなかったガンテツとの再会だ。きっと酒をちびちびやりながら新しいダンジョンについてあれこれ考察していたのだろう。もしかしたらもう作成に入っているのかもしれないな。ダンジョンってどのくらい時間をかけて作るものなのだろう?
「リーンもいるの」
ガンテツの背後からリーンが顔を出す。ガンテツで遮られてて見えなかった。
「リーンも久しぶり。元気にしてたか」
「ガンテツのおじちゃんとじんせいをまんきつしているの。ダンジョンマスターいがいのせいかつもなれてきたの」
「こいつはダンジョンしか知らんからな。色々と教えてやってるところだ」
ガンテツとリーンは中々相性がいいらしい。もしくはガンテツが世話好きなのかもしれないが、仲良くやってるなら何よりだな。
「酒は教えるなよ? あれは人を惑わすものだからな」
「さすがにそれは無いわい。酒は全部ワシのもんだからな」
「ガンテツはけちなの」
「じゃあリーンにはお菓子をあげような」
「わーいなの」
ミルコ用に用意していたものから一品取り出してリーンに渡す。今頃ミルコはリーンだけずるい、とか思ってたりするんだろうか。だとするなら早めに現れたほうがいいぞ。
「で、珍しく顔を出したのは何か用件か、それとも酒の催促か? 」
ガンテツが来た理由について先に問うておく。飲み始めてその辺をうやむやにしたくないし、俺も稼ぎの時間が必要だからな。
「しいて言えば両方だな。酒も切れたし用事もある。酒は後で良いから用件のほうを先に済ませようと思う」
「承ろう、出来る範囲で」
「新しいダンジョンのサンプルを作ったんだが、モンスターも前と同じ、では面白みがないと思ってな。何かいい案が無いかどうかお前さんに聞こうと思っての」
新しい酒には新しい革袋を、ということか。いや、この場合革袋のほうが先になるのか。どっちにせよ、今までと同じような構成では飽きが来るし新しいとは言えない、ということだな。
「なるほどな。ちなみにガンテツの意見を先に聞いておきたい。どういう意図があってどういう構図、つまりダンジョンの構成やモンスターについてだな。なぜそういう形にしたのかを理解した上で、俺が助言を出す、というほうがおそらくそれらしいものが出来上がると思う」
「確かにな。お前さんの意見ばかり聞いて出来上がったダンジョンが果たして俺のダンジョンか? と言われればそうではないだろうし、ダンジョンとして作り上げる以上責任や細かいところまで安村の関わる所ではないだろうからな。お前さんにはこっちのダンジョンについての説明を聞いてもらって、その後質問という形にするがそれでいいか? 」
「その方が助かるかな。とりあえず、酒はまだだが何か飲みながら説明を聞こうか」
コーラではない、別タイプの炭酸を取り出すとガンテツに渡す。
「揺らすなよ? 中身が飛び出るからな」
「わかった……と、こいつもシュワシュワしてるんだな。味は……スッキリしてて悪くねえな。酒と合わせると酒がキリッとしてより美味くなるかもしれねえな。なるほどな……」
ガンテツはハイボールの美味しさについて既に考えを取られているようだ。今度ウィスキーを渡すときに一緒に甘味料の入ってない炭酸水を見繕って渡すのも悪くないだろう。
「さて、まずはダンジョンの階層構造からだな。以前みたいに四層おきに階層の雰囲気を変えるのではあまり見栄えが変わらないと思った。これはお前さんや他の視点で眺めながら思ったことなんだがな。なので、二階層ぐらいで徐々に見た目を変えていくことにする」
なるほど、見た目も重視していく方向性で行くわけだな。確かに四階層同じマップが続くとなると風景も見飽きてくるだろうし、その点では毎階層変わるほうがいいだろうけどそこまでの引き出しは無いらしい。
「で、モンスターだが二足歩行系で攻めていこうと思う。ゴブリン以外にも色々とサンプルを仕入れてみた。ゴブリン、コボルド、ノール、オーク、レッドカウ、ウェアウルフ、リザードマン……ざっくり言うとこのあたりだな。それらのバリエーションも増やしていきたいと思う。具体的にはゴブリンの場合、ゴブリンとソードゴブリンだけではなく盾を持ったタイプ、矢を放ってくるタイプ、そしてゴブリンシャーマンも贅沢に投入していこうと考えている。ゴブリンキングはさすがに今のところ予定はないが、他のダンジョンではボスだがここでは普通に出てくる……ということで今までのダンジョンよりも高難易度な分だけドロップやなんやらに変化がでればいいなあと思う」
熱心に説明を続けるガンテツ。ガンテツの説明を聞いている……いや、聞いてるふりして寝てるなこれは。リーンは細かい所はあまり興味がないようだ。しっかりと椅子に座った姿勢のまま目をつぶってあっちの世界へ旅立ってしまっている。
「ドロップ品について話が出たところでドロップについてだが。流石にオーク肉レッドカウ肉……このへんはいまのまま流用できるとして、それ以外は魔結晶以外にドロップするのか? 大事な所だと思うんだが」
「そこなんだ。一層はスライムで固定するとして、それ以外のドロップについてだが、お前さん前に野菜のドロップや何かがあっても良いと言ってたな。それを思い出したんだ」
確か前に言ったな。相談とはつまり、野菜を色々提示して欲しいとかそういうものだろうか。
「ダンジョン産の野菜が美味しいと広まればその美味しさを広めるために色々と手配したりするだろ? 美味しい野菜は美味しいなりに値段もするはずだ。そのために探索者が潜ってくる、野菜が運ばれて食卓に並ぶ、体内で消化されることで魔素も拡散しやすくなる。今までは日持ちがして誰でも食べる、という理由で肉を選んでいたが、どうやらこの世界はその流通について俺達が思っていたよりもだいぶ太いものが備わっていることが解ってきた。なら、俺が新しく作るダンジョン産の野菜も美味しければ評価されるという流れにならないか?」
筋は通っている。問題は野菜の種類だな。
「どのモンスターがどの野菜をドロップするか、まで細かく設定できるのか、それとも階層でまとめてこれだけの種類の野菜が出ます、とするのかにもよるだろうけど方針としては良いものだと思うよ」
「だろ? 後は問題の野菜だ。ダンジョン内でドロップして上へ持ち帰るだけの確実なダンジョン内の広さも必要だ。それにともなって、階段もスロープ付きのものに変更してみた。階段だけの階層移動に比べて少し時間はかかるが今回は広さも充分に確保した。これでお前さんみたいにリヤカー引っ張って探索できるって寸法よ」
ガンテツはここまで一人で作り上げたぜ、と自信満々に胸を張ると、次の説明がしたいとうずうずしている模様だ。
「で、具体的にはどういう野菜をドロップするんだ? 」
「具体的にはまだ決まってねえんだ。出来るだけ重い野菜は浅い階層で、深い階層ほど軽くて高級品の野菜をドロップするようにしたい。そのほうが行き帰りも楽だし、換金するにも楽にもなるんだろう? 」
「まあ、そうだな。でも、高い野菜ってなるとすごく限られてくるからその分出てくる階層が浅くなってくるぞ。費用対効果を考えても……中々難しい所だな。高い野菜となればキノコ類やどっちかというと薬草の類いになってしまう気がするが」
「その辺は上手くやってみようと思う。こっちも初めてのことだ、実際の価格差で人気不人気は発生するだろうが、重い順番に出せば何度も運び出し運び入れは出来るだろうし、天候にも左右されない安定した食物の供給は向こうでも問題だったからな」
確かに食糧難の地域もあるが、日本では食糧はおおむね供給されている。食糧系のダンジョンが出来てそこが人気があると言えば、新しいダンジョンを作る際のテンプレートとしてスタンダードの一つになる可能性はある。ニーズはあると考えて良いな。
「そこでだ。今度で良いので野菜のサンプルを持ってきてもらいたい。どういう野菜がどういうもので、甘いほうが人気があるのか辛いほうが人気があるのか……とかそういうのだ。どうせお出しするなら上等なものをお出ししたいからな。流石にダンジョン一つでこの星の上の食糧事情を改善できるとも思っていないが、選択肢が増えるのは悪いことじゃないだろう」
「たしかに。じゃあ一応手元の野菜をお見せしておくことにするか。いくつかは保管庫に放り込んであるんだ」
キノコ類や冷暗所保存の野菜は手持ちにはある。ぽいぽいと一つずつ出しつつ、野菜について説明していく。いくつかの品物には共通した特徴というものがあるようで、これは知ってる、これは知らない、これと似たような物は見たことはある、等それぞれ説明しつつ、俺は保管庫の中のパソコンにさっきまでの話をまとめておく。新しいダンジョンについて既に考えられている情報を入力し、後でダンジョン庁に提出しよう。
「ちなみに、ダンジョンを公開する場合どのくらいの階層で何処に出現させるつもりなんだ? 」
「面倒くさいから前と同じところに出そうと思ってる。そのほうが混乱が無くていい、だったよな」
「まあ、新しいダンジョンが同じ場所に出来る、というのも充分に混乱する話ではあるが、要らんことを心配しなくて済むのは確かだな。事前に通告しておくにしても安心できるし、こっちも情報を知りつつも同じ場所にまた現れました、で済ませることが出来る」
前にダンジョンがあった場所なら施設がそのまま使えるからな。新しいドロップ品の価格決めは大変だろうがダンジョンが変わる以上仕方がない所だ。
「うむ、こちらとしても要らぬ混乱は望まないからな。場所は前と同じだが中身が違うダンジョン、ワクワクするじゃろ? 」
「正直なところを言えばワクワクする。地元に無いことだけが残念だな。小西ダンジョン以外にも近所にもう一つダンジョンがあっても良いな、と初めて思うようになったよ」
「ガハハ、ミルコに愛想が尽きたらいつでもこっちのダンジョンに移動してきてくれても構わないからな。待っとるぞ」
ガンテツは笑いながら炭酸を飲み干す。
「さすがに大事な探索者の直接引き抜きは感心しないな。そう来るならガンテツには立ち入りを遠慮してもらいたいところだけれど」
ミルコが転移してきた。どうやら、俺のワクワクする、に反応したようだ。
「心配するな、ワシも、おそらく安村も本気ではない。それにミルコにはテンプレートの掘り下げで他のダンジョンの参考になってもらうという大事な役目がある。安村にも、そのテンプレートを掘り下げていってもらって危機感をあおってもらうというこれまた大事な役目がある。なにせ、我々の想定より早く物事が進んでいるからな」
ガンテツが気になることを言う。想定より早く進んでいるとはどういうことだろう?
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