938:混み混み
小雨の中目覚める。涼しい。まだ夏布団にしなくてよかったと思い、しみじみとその温かさに名残惜しさを感じながらお祈りをして起床。
いつもの朝食を食べた後、今日は炭水化物や脂分を控えた昼食にしようと思い立つ。コンビニにはそういうジャンルの食べ物があったはずなのでちょっと近くのコンビニまで先に足を運ぶ。たんぱく質がしっかり取れるシリーズのサンドイッチとホットドッグ風のものが有ったので、それぞれ一つずつ買って会計。少なめだがこれを昼食とする。
家に帰り、挟んである物を参考にしてとりあえずウルフ肉を茹でてみることにする。病院が開くまでには時間がある。その間趣味に没頭して何も問題はないだろう。
ウルフ肉を水から茹でる。調べたところそのほうがしっかりと油が抜けて肉も柔らかくなるそうだ。せっかくなので肉は薄切りにして冷しゃぶ風になるイメージで作る。流石にしゃぶしゃぶ用で売ってる肉のように綺麗に切り落とすことはできないが、それでもそれなりの薄さにすることは出来た。そのそれなりの薄さの肉を鍋に落とし、たっぷりの水で茹でる。白くなり始めたら混ぜて出来るだけ均等に熱が通っているようにする。
茹であがったところでウルフ肉を水で軽くさらって味見。なんかささみみたいな食感になったな。豚しゃぶとはまた違う、これはこれで中々面白い味わいだ。ごまだれとよく合うだろう。一品、これでサラダの上に乗せて終わりというレシピを手に入れた。次やる時はボア肉でもやってみよう。あっちの方が脂は多いからよりパサパサになるのかどうかわからんが、全肉で試して結果を確かめるのも探索者の大事な仕事ではある。きっちりやっていこう。
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健康診断をやっている病院を調べて病院が開く時間ギリギリぐらいに到着。既に開院していたのでちょっと早めだが中に入る。やはり病院は空いてすぐに受診なり手続きをする人が多く、既に俺より先に十人ほど受付を待つ列が出来ていた。今日健康診断、という人も居るんだろうな。
いきなり来たにしては中々混んでいるし、耳を澄ますと俺と同じく健康診断の予約に来た人がほとんどのようだ。どうやら健康診断は今日です、というのは四人ほどらしい。全員に同じ質問をするのだから個人情報だけまとめて回収して説明はまとめて、でもいい気がするが、それではだめのようだ。効率が悪いがちゃんと一人一人に説明するところまでが義務のようだ。大人しく順番を待つことにする。
俺の順番が来たので健康診断を受けたいという申し出を受付で告げる。住所氏名年齢電話番号と保険証、一通りの確認がされたところで今回受ける健康診断のオプションについて説明を受ける。
がんの部位によってオプションが色々変更できるらしい。とりあえずがんの早期発見治療を促すためのいろいろなものがあったが、今回はオーソドックスな身長体重血圧、視力、聴力、バリウム、便潜血、採血、心電図、胸部レントゲンと、会社の健康診断で受ける範囲のものにとどめた。せっかくだから色々選べるものを全部やってみようということもできたが、あまりに色々やりすぎて疲れても困るし、終わるまでお腹は空いたままだ。
それに終わってからもバリウムを排出するために下剤を飲むことになるのでその日は一日ダンジョン仕事をお休みしても問題ないようにしなければならない。ダンジョンでお腹を下すのは出来るだけ避けたいからな。
ダンジョン内では出来るだけ催さないように体調管理や水分の入出力を抑えながら活動しているのでイレギュラーな事態は出来るだけ起こさないように行動しなければならない。それを考えても健康診断の日は一日休みを取ることにしよう。普段働きすぎなぐらいなんだ、その一日ぐらいゆっくりしようではないか。
最後に健康診断の日付の予約になった。何時でも良いので一番早い日を選択。こういうのは早く終わらせるに限る。こちらは毎日がエブリデイ、いつでも休日いつでも仕事日。その日に何か重大な事件でも発生しない限りは受けることは可能だ。
予約日を決めると、当日までにやっておくことや当日前に書類が届くのでその書類を記入しておく事と、検便、検尿はきっちりやること。当日は飲食無しで病院まで来ることと、前日午後九時以降の飲食はしないこと等を簡単に伝えられて、詳しくは書類にも書いてあるから熟読して欲しいという事を告げられた。
だいたい想定内の話で埋め尽くされていたのではい、はい、わかりました。と相槌を打ち続けるだけで終わった。大事なのは事前の検便と前日の夜から当日検査時間までの絶食と、朝一番の検尿だな。
そういえば、検便は別の日の便を二回それぞれ採取する必要があるんだが、これ両方とも保管庫に入れてたら検査結果にどういう影響が出るんだろう? あまり入れたくないものであることは確かだが、気になるな。が、結果に変な影響を及ぼす可能性もあるしちゃんと冷暗所保存で対応しておこう。
一通りのやり取りを終えて病院を出る。家から近くに病院があって助かった。これが車で三十分とかかかる距離なら、朝食抜きで若干ふらつく頭の中で病院までたどり着くまでに注意事故や貰い事故を受ける可能性が高まる。その可能性が限りなく低く抑えられることは有り難い。
病院から家に帰ってきて、服装を改めて今日も仕事に出る。思ったよりも早く済んだので午前中に茂君を終わらせて潜って、それから昼食を食べてからカニうまかな。昼に茹でてしまったウルフ肉はちゃんと今日中に消化できるように一緒に昼食に食してしまおう。かなり肉に偏ったメニューにはなるが、たんぱく質がこれでもかと取れる食事になったし脂分も少ない。かなりのトレーニング向きのメニューになったのは間違いないな。
柄、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
酒、ヨシ!
保管庫の中身、ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。さあ今日もいざゆかんダンジョンへの道。今日も小銭という名前の大銭を稼ぎに行くぞ。
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電車とバスでダンジョンへ。いつもと時間がずれているのでバス停でバスを待つ。こう、小雨が降っていると自転車でダンジョンまで向かうというのも少し気が引ける。濡れても生活魔法で乾かせるので問題ないと言えばそうなのだが、精神的にどう思うかはまた別の話。乾いてそれでヨシとするならば濡れていくんだが今日はそういう気分じゃない。大人しくバス停の屋根の下でバスが来るのを待つことにした。
バス待ちの人がぽつぽつと増え始め、そろそろ軒下に集まれる人数にも限界が来るんじゃないか、というところでバスの到着。ナイスタイミングだ。そのままバスに乗って座り、小西ダンジョン前まで座って発進、到着を待つ。
ボーっとしている間にバスは現地到着した。今日はボーっと出来る日らしい。日によっては考え事で頭を支配されていることがある。今日そうなっていないと言うことは、差し迫って問題があるというものが無い、つまり平和そのものということだ。
考えることなく作業に従事できる……いい仕事を選んだな、俺も。気楽で、無理をせず、そして自由で、好きなだけ頑張れて好きな時に休める。……休んでないけど。
今日も同じ、カニうま大会を開催することにしよう。今日は昼食も軽いし食ってすぐ動ける程度の物しか用意していない、普段からすれば手抜き九十パーセントぐらいの飯だ。茂君終わったらすぐ飯にしてその後ひたすら狩りに興じる。楽しみだなあ。
そのまま入ダン手続きを終えてリヤカーを引っ張りいつもの茂君を経由する。いつもと時間帯がずれていたので誰かが狩った後を覚悟しての六層行きだったが、タイミングよく茂ってくれていたのでこれを狩り、即座に四十二層まで戻る。
四十二層に下りたところで早めの昼食。リヤカーがあると言うことは結衣さん達は何処かに居るということだけ確認しておく。まだ何も疲れていないので食事で疲労を癒すという事も無く、コンビニで買った分と試しで作った茹でウルフ肉でたんぱく質多めの食事をきっちりとる。食休みの前に机を出してお菓子を用意。手を二拍。お菓子は消えていった。日課のミルコへの配達も完了。
さて後は少しだけ休憩して……というところで、四十一層側から結衣さん達が戻ってきた。これから昼食らしい。ちょっと差し入れでも持っていくか。机を片付けて挨拶に行く。
結衣さん達はこっちに近づくとお互い手を挙げて挨拶。
「こんにちは、進捗は順調? 」
「うーん……ちょっと飽きてきたかも。そろそろ次のマップに進んで様子を見に行きたいところね」
「さすがにカニばかりではどうも。ドウラクの身、結構重いですしね」
「安村さんは今からいつものダッシュ大会でっか? 」
「こっちもそろそろもう一個スキルオーブを出して安心したいところなんだけどね」
「中々そううまく行かないのが世の中ってことですよね」
新浜パーティーが各自順番に喋っていく。どうも行き詰まっている訳ではないが、スキルオーブで地力を強化していくという方向性ではうまく行ってない御様子だ。
「気晴らしに新しい階層でも行ってみる? 道案内は出来るよ」
「せっかく稼ぎ時なのにそれは悪いかなって思ってるんだけど」
「どうせ今日は午後から作業だし、そんなに稼げなくても問題ないと思ってる。それに昨日しっかり稼いだからね」
「安村さんがそう言うならお言葉に甘えてもええんちゃいますか」
「じゃあみんなは今から一時間昼休憩を取るとして……一時間後ぐらいにまた戻ってくるから、その後回ろうか。それまでにちょっと暖機運転してくる」
「解った、いってらっしゃい。後でよろしくね」
結衣さんは料理の準備をしながら申し訳なさそうにしつつも有り難いという声色で了解してくれる。さて、まずは関連する荷物を一旦保管庫から出す作業が必要だな。とりあえず一時間ほどダッシュしてきて、その成果を先に保管庫から取り出しておいて、その後で六等分する用の荷物を保管庫に入れていく、そういう流れで行こう。
足の調子を確認して馴染んできていることを感じ取ると、四十三層に下りていつものカニうまダッシュ。一時間でちょうど戻ってくる感じの速さでランニング兼戦闘を行う。これ一回で、おそらく今から六人で戦うであろうモンスターのドロップ品の一人当たりの割り当てと同じぐらいの収入を得る事になる。しっかり今稼いでおかないといけない所だな。
かといって全力で走りすぎてオーバーランしてしまうのも面白くない。一時間で戻ると言ったのだから一時間で狩っていける分のスピードを意識して、大体こんなもんだろうと目途をつけながらカニの甲羅を爆破していく。
そろそろ四十三層でもスキルオーブが出始めるころかな? 【水魔法】と【物理耐性】以外に何か落とすんだろうか。この二つ以外に今のところドロップ報告がないから、他の情報ソースから募集するしかないか。しかし、スキルオーブのドロップ情報が欲しいからという気楽な理由で猛寅会や土竜に気軽にレインしても良いかどうかはちょっと判断に困るな。少々なれなれしいような気がする。やはり自力で出してこそのものじゃないだろうか、いやでも先人の情報にはこれまでに助けられてきたし、やはりこちらの情報を開示した上で、他に情報ないだろうか? と聞くことのほうが大事だろうな。もうちょっと悩んでから聞いてみても損はしないはずだ。後まわしにしよう。
考え事をしていると四十二層の階段まで戻ってきていた。そろそろ昼食休憩も終わったころかな。呼吸を整えて何事も無かったかのように四十二層へ戻ると、平田さんがちょっとおねむな感じで砂浜にビニールシートを敷いて横になっていた。
「戻ったよ、みんな」
「お、もうそんな時間でっか。さて、みんな起こして出発準備でもしまっか」
平田さんにメンバーの起床と確認を任せ、さっきまで狩っていた荷物をリヤカーに積んでいく。これでドウラクとリザードマン関連の魔結晶とドウラクのドロップ品、それにキュアポーションは荷台に置かれた。保管庫の中身はほぼ空っぽ。混ざる心配は無くなった。これで横田さんも戦闘に集中できる。
「こっちの準備は出来たよ。ドロップ品全部拾って帰ることが出来る」
「それは助かります。こっちも荷物一通り下ろしてきたんで大丈夫です。でも、どうしますかね。午前の分と午後の分で二回に分けて査定にかけるというのも一手間ですが」
「じゃああれだ。午前の分と今からの分をまとめて六等分するので俺のコーチ料金ということでどうだろう。結構お安くつくと思うんだけど」
「そうですね……解りました。それぐらいなら問題なく。今からでもしっかり稼げて、何より重量気にせず探索できるのは間違いなくプラスですから」
これでちょっとだけ俺の今日の収入が多くなる。このぐらいはまぁ許されるだろう。彼らが二時間ほど戦ったと仮定して……一人頭五十万円ほどの収入を差っ引くことになってしまうが、それでより深く潜ってより多く収入を持って帰ることが出来、しかも荷物は俺が全部背負い込むことで。ウィンウィンの関係がここに成立だ。
さあガイド役、ちゃんと務めて見せよう。ついでに何か出ると良いね。
作者からのお願い
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。