936:くつずれは潰さないほうが本来いい
一通りお互いの行動の確認をして、その後は時間が空いたのでお互い読書。しばらくして、五十六層に到着。ドアが開いてリヤカーの上に積み出された雑誌ごと外へ。
「テントは……まだ増えてないな。これは高橋さん達も五十五層で苦労してる感じかな」
「もしかしたら四月に人事異動があって何人か異動になって、それで進捗を合わせるためにとか言う可能性はないですかね」
「一応彼ら、機密持ちって事で小西ダンジョンに配属されてるからそれは無いと思うな。よほど五十五層がきつく感じているのかもしれない。【隠蔽】の有無が勝敗を分けているのかも」
「なるほど、私たちよりもさらに多くのモンスターに囲まれながら戦ってこなきゃいけないって事ですか。それは確かに厳しいかもしれません」
その内、五十六層まで付いてきて欲しいという依頼を受けることになるかもしれないな。その時は素直に無償でお手伝いをするように心がけておこう。
「さて、新しい靴の触感はどんなもんですかね」
言われてそういえば、と思い出してその辺でジャンプしたり足で砂を蹴ったりしてみる。紐タイプの新しい安全靴だと着脱の面倒さがあるので、ここで砂が入ってくれると非常に面倒くさいことになる。事前チェックは必要だな。
「今のところ問題なしかな。気になるのは靴擦れができるかどうかだが、もし靴擦れがあったら素直に潰してポーションで治すことにする。それが一番経済的だ」
「確かにそうですね。一万円でその動きを確保できるなら我々には小銭みたいなものです」
「そんなわけで実働チェックだ、早速五十五層へ向かおう」
サクッともザクッともギュムッとも色んな音に受け取れるような砂の上を歩き階段まで移動し、さっさと階段を上がる。上がった先の五十五層は相変わらずのモンスターパラダイス。そういえばこいつらの正式名称まだ決まってなかったな。
見た目がスターシップのアレに似すぎているせいで名前を付けるのをためらっているのか、それとももっとそれらしい名前をこちらから希望しなかったせいでその通りの名前がつかないのか、それともダンジョン踏破騒ぎのほうが優先されていてこっちは後回しにされているのか。
理由は色々あるだろうが、こいつらは一応まだアルファ型、ベータ型のままだ。ドロップもただのインゴットのまま。インゴットにそれらしい物質の名前があるならば、もしくはアルファ型ベータ型以前に共通する名前があったなら、もう少し保管庫の名前表示も気が利くようになっていたかもしれない。だが過ぎたことだ、一旦忘れよう。
いつも通りの動きが出来るかどうか足首周りと足の裏の感触を確かめながら砂漠を歩き始め、いつも通り五十四層への階段へ向かう目印を基点にしながら周辺をグルグルと回ったりしながら戦う。直接近接戦闘をする機会はここでは少ない。出来るだけスキルの威力を高めていこうという観点から雷撃と水魔法でほとんどの戦闘を済ませている。時々体が鈍ってきたなと感じた時に近寄って行って雷切で運動をする、という感じだ。
このほうが喉が渇かなくて済む。余計な汗をかかないで戦うというのもこのマップでは大事なこと。ただ居るだけで水分を搾り取られるようなこの感覚は毎回嫌気がさすとまではいかないが、こまめに水分補給のために行動を停止するのでダラダラと続けていたい探索としては悪く言えばテンポが悪い。良く言えばメリハリがある。どちらを好むかは人によるだろう。
個人的にはダラダラと戦い続けはするものの、一戦一戦をきちっと済ませるほうが性に合っている。なので、そのテンポを続けつつ戦闘をやりたいのだが、その為に邪魔だったのが定期的に靴の中に入り込んでくる砂だった。
十数回に一回のペースで靴を履きなおして中の砂を抜いてまた進む、という作業を何回少なくすることが出来るか、もしくは、それを無視して何回も砂を取り出すことにするか。どっちのほうがより探索スケジュールに無理がないかを確かめるのが今回である。
今のところ靴の調子は悪くない。砂が入ってくる様子もないし身体にもしっかりついて来てくれている。ちょっと走ったりいきなり止まったりもしているが問題ない。
モンスターの湧き具合も戦うことを主眼に入れると丁度いい感じ。一グループ倒してドロップ拾って次へ行こうか、というあたりで次のモンスターが警戒ラインを越えてくる。戦闘だけこなすならこのモンスターの逐次投入スタイルは非常にありがたい。移動距離が短いわりに儲けることができる。これが五十三層や五十四層だと、次のモンスターに出会うまでにそこそこの距離を移動してから、という形になるがこの過密な五十五層ではその心配はない。
ただ、問題なのはやはりドロップ品であるインゴットの存在だろう。これが落ちると一キログラムほど重量が増える。他のパーティーでは一々ドロップを拾っていくかどうかは、このインゴットがいくらの収入を保証してくれるかによる。
魔結晶と同レベルでしか保証してくれないのであれば多分重量の都合上その辺に打ち捨てられていてもおかしくない重さだ。ドウラクの身もその意味では同じカテゴリに入るが、食べ物を粗末に扱うという点でドウラクの身のほうが捨てていきたくない気持ちはグッと高まる。やはり食べ物は大事にしないとな。
「なんかここもだいぶ気楽に狩れるようになりましたね。慣れは怖いですね」
「試しに一発受けてみるのもそろそろいいかもしれない。相手の攻撃力が解る」
「いいえ、それは禁止で。いくらヒールポーションのランク5があるとはいえ、殴り合いをしていかなければこの先やっていけないわけでも無いですから無駄な行動はしないに限ります」
「そうか……ちょっと殴り合いしてみたい気もするんだが、止められたなら仕方ないな」
そういいつつ遠距離からの雷撃でアルファ型を仕留める。問題なく雷撃一発で霧散していくアルファ型。ここも楽になったな……と考えていたらフワッと高揚感。
「おっと、この階層で四回目の段階アップか。そろそろ次へ行くことも考えても良い頃合いだな」
「おめでとうございます。でも私がまだまだ上がる見込みがありますから、私が上がった時にチラ見しに行くことにしませんか」
「焦る理由はないからな。次が楽に活動できるならその後でも充分だ。ゆっくりいこう、ゆっくり」
ゆっくりといいつつかなりのハイスピードでモンスターを殲滅している。無理はしていないぞ、ペースを一定にしているおかげで次々戦っているだけだ。それに、靴の調子もいい。それなりに考慮をしただけの価値はあったと思う。昼食休憩の時に靴と足の調子を見てみよう。
さっくりと午前中の探索を終えて五十六層へ戻ってくる。椅子と机を出すと食事の準備。
「カレーとカツサンドどっち先がいい? 」
「そうですねえ。カツサンドは最悪帰り道でエレベーターで食べることになっても問題ないですから、今は腰を落ち着けて食べれるカレーのほうがいいですねえ」
「わかった、先にカレーを出そう。お代わりの分も充分にあるぞ」
タッパー容器から深皿にご飯を一食分ぐらい移してカレーを上からたっぷりとかける。
「他の具材に対して肉の割合が多い、お腹満足ワイバーンゴロゴロカレーだ。たっぷりと食べてくれ」
「わーいいただきまーす」
早速パクついてニコニコしている芽生さん。どうやら味のほうは問題ないようだ。今後はこういう方面で力を入れていこう。手間は料理の味を一段階美味しくする。その手間をどこまで簡略化して同じだけの味を出すかに料理の醍醐味があるような気がしてきた。これで趣味にも今一歩気合が入ったというところだろうか。
「うん、美味いな。昨日時間をかけてたまねぎをあらかじめ炒め尽くした甲斐があった」
「あめ色タマネギですか。そういえばタマネギの食感がほとんど無いですね。お肉で口の中が幸せです」
「四人前ぐらい作ったからな。多少のお太りは午後の運動で解消できるし今の内に一杯食べておこう」
自分で自分の料理を自己評価。先日もそうだったが、やはりカレーは美味しい。先日のよりも更にコクが増しているのが解る。味を時間経過的なグラフで表現するとその中間点ぐらいで口の中に重たさが広がり、それが後までグッと口の中にカレーの風味を残してくれている。
出だしは軽く、しかし重厚に広がるカレーの風味。最初の口当たりを軽くしてくれているのはワイバーン肉の味わいだろうか。さらっとした中にも旨味がありこれがまた食欲を誘う。二杯目いこう。米もまだあるし、さっきほどの分量はよそわないにせよ、米を少し入れてそこにカレーをかけ、適度に混ぜ合わせながらパクパクと食べていく。
「ここが四十二層だったら最高でしたね。あそこでカレーを食べるとなんともキャンプに来たというかアウトドアな感じがよりでてカレーの味も美味しかったかもしれません」
確かにそれはある。場所の雰囲気も味には大切なアクセントだ。その点で言えば先日味わったカレーのほうがよりそれっぽさを演出できたのは間違いない。
食事を終えてゆっくりしている間にやることが一つ。足のチェックだ。ブーツの紐を解いて足を出し、靴下も脱いで靴擦れや違和感が出ていないかを目で判断する。確認したところ砂の混入は非常に少なく、わざわざ履きなおして中身を出さなければならないというほどの砂の量では無かった。
次に靴擦れの検査だ。右足は問題なかったが左足に二ヶ所ほど靴擦れの始まりみたいなものが出来ていた。指でちょんちょんと触るとプルプルしている。皮と肉の間に体液が溜まっているような感覚。これは間違いなく靴擦れ。
そのままそっとして放っておいても良いかもしれないが、万全を期したい方としては戦闘中にそれがつぶれたりしてその後の戦闘に問題が発生するほうが面倒だと考える。ここは潰して治療するほうが多分問題は小さくなるだろう。
保管庫から刃物を取り出してチョンっと頭の部分を切り、体液を出すとこんなことも有ろうかとと保管庫に放り込まれていた爪切りで皮のめくれ跡を全部切り取る。患部を全部露出させたところでポーションの出番だ。ポーションのランク1を足に垂らして効果のほどを見る。すると、見る見るうちに皮膚が再生していき、綺麗な形に戻った。
「いつ見ても不思議ですねえポーションの効き目。一体どういう作用で回復しているのやら」
「前に調べたことはあったけど専門用語が多すぎてちんぷんかんぷんだった。とりあえず代謝を良くして修復を促進させる、ということだけ頭に入れておくことにした。にしてもエルダートレントに腕をねじり折られた時に回復した際はさすがに不思議で頭が一杯だった。どういう理屈や論理でもって、骨がゆがんでいるかいないかを判断しているのやら。遺伝情報的な物とかそういうものを参照しているのかもしれないが、とりあえずダンジョンの不思議であることは確かだ」
患部に塗って余ったポーションは飲む。内と外の両方から回復をさせていく。これでもう問題なく靴擦れは解消しただろう。もう一回ぐらいチェックする必要はあるかもしれないが、履き慣らしていくうちに靴擦れは次第に解消していくだろうから今日一日を見込んでおけばいいだろう。
「もう一日ぐらいはかかりそうですね、靴擦れ」
「まあ問題ないさ。一日稼ぐ金額に比べたら安いものだ。むしろその出費で一日気持ちよく迎えられるなら必要な出費であると考えることもできる。芽生さんだって、朝の化粧のノリがよくなるならちょっとした出費は容認できるでしょ? 」
「まだピチピチのお肌なのでそこまで心配するような事態にはなってませんが、それで一日気持ちよく過ごせるならそうするでしょうね」
まだ若さを主張するらしい。俺以外に主張しても得られるものは無いとは思うんだが、まあ言いたいことは伝わったようなのでヨシとしておこう。
ちょっと食いすぎたな、とテントの中に入り横になる。俺の場合右側を下にして寝るほうが胃への負担が軽くなり消化がある程度良くなるらしい。人によっては逆のほうがいいらしいが、俺の場合はこっちのほうが体験上楽になる時間が短くなるのでそのようにしている。
芽生さんも隣で横になりながら、要求された雑誌を渡すとうつ伏せになってページをめくって色々物色している。
午後からも頑張るかと思いながら軽く目を閉じ、アラームをかけて横になる。やはり少々食べ過ぎたようだ、少しばかりの眠気を感じるので枕も取り出してスッキリ眠ってしまうことにしよう。
午後からは靴擦れしないように祈りながらしばしの休憩だ。カレーの香りを胃袋から感じながら。
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