935:言われてみればそうである
おはようございます、安村です。今日も気持ちよく目覚めることが出来ました。これもひとえにダーククロウ様とスノーオウル様のおかげでございます。また虐殺しに行くのでその際はよろしくお願いいたします。
よし、今日の感謝終了。目覚めもスッキリ目もバッチリ。睡眠時間も質も充分なものが得られたようだ。体をあちこちグリグリと動かして快調を確認する。
朝食を作り、ついでに冷蔵庫から今日使う分のあめ色タマネギを取り出しておく。朝食が出来上がったら食べて、片付けが終わると早速カレーを作り始める。昼食分だが大鍋に作っておく。夕食はカツサンドの予定だがこれもワイバーンでやってしまおう。今日はワイバーン肉を二パックも使う贅沢な食事だ。下手な予約必須レストラン並みの金額がかかっている。気軽に消費できるのは自分で取りに行けるからでもある。マンゴーの木が庭に生えてるから食べ放題みたいなものだな。
まず米を炊く、これが一番時間がかかるので必ず最初にやる。カツサンドにする分のワイバーン肉を先に切り分けておき、残りをふんだんにカレーに使ってしまうことにする。いつもの塩水付けから始まるワイバーンの下処理をしながら野菜を切り刻み、切り終わったところでワイバーン肉の硬さを確かめる。
先日とほぼ同じ手順で作るのでまだ体が覚えている。今回はカレーを弱火で煮込んでいる間にカツを揚げるというちょっとばかし忙しい料理支度になるが、頭の中では組み立てが出来ているので問題なく作業に移れるだろう。
前回と同じく肉をタマネギと共に炒めてワインで軽く香りづけ。肉が焼けたら水と野菜を投入して強火、その間にキャベツの千切りと食パン、揚げ物の準備。サンド用の肉を叩いて食パン目一杯ぐらいの大きさまで伸ばすと塩コショウしてしばし放置。その間にカレーのアクを取ってジャガイモを後からゆっくり入れてルゥと一緒に弱火で煮込みだしたらここからはカツサンドの時間。油を用意して温度を上げながら……と出来るだけ手際がいいように次々にタスクをこなしていく。
揚げ終わったワイバーンカツとキャベツとタルタルソースを食パンで挟んで軽く圧をかけて押しつぶす。一枚が終わったらカレーをかき混ぜて焦げ付かないように注意しつつ二つ目。出来上がったカツサンドは順番に保管庫に放り込んでいく。一枚一枚揚げているので時間差ができるが、揚げたてを一つ一つ保管庫に放り込んでいるので時間差はほぼ無いと言える。
カレーにコクを加えつつ、ワイバーン肉一枚百グラムほどのカツサンドが四つ出来上がった。これだけあれば飯としてはボリュームは充分だ。昼食でも夕食でもどちらにでも回せる。
後はカレーを煮込みながら米が炊けるのを待つだけだ。じっくりカレーの味を具材に吸い上げていってもらおう。忙しい時間は過ぎ去ったので後は米が炊ける時間を待つ。
米が炊けたので容器に移してからカレーの味見。ちょっと一味コクが足りない気がするのでココアパウダーを少量入れて全体をよくかき混ぜて馴染ませる。もう一口味見。こんなものかな。納得が出来る味にはなった。この間のと比べると……今回のほうがちょっと美味しいかも。これで行こう。
飯の準備は出来た。後は着替えていつもの作業。ワイシャツを保管庫から取り出すと、買いたての奴がたまたま手元に来た。今日はこれでいく。靴はどうしようかな。試しにブーツ型の奴にしてみるか。ダンジョンに着くまで慣らして、ダンジョンで午前中一通り動かしてみる。
靴擦れが出来たら安いポーションで治そう。靴擦れに一万円も使うのかと一瞬思ったが、その一万円をためらって目の前の何十万円かの期待値があるモンスター相手に万全に戦えないほうが経済的効率を考えたら損だな。
玄関で新しい靴にひもを通し、足がきっちりカバーされていることと、足にそれほど違和感がないということを感じ取る。これでいこう。
柄、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ワイシャツ新しいのヨシ!
安全靴、新しいのヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
酒、ヨシ!
保管庫の中身、ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。今日は新装備の慣らし運転だ、成果のほうにそれほど大きなダメージが行くとは思っていないが出来るだけ稼いで帰ることを心がけよう。
◇◆◇◆◇◆◇
芽生さんと駅で合流、ともにバスを待つ。ふと、いつもより目線の低い位置にいる芽生さんだということに気づくが、ブーツ型である分目線が違うのだな、ということが解った。ほんの一センチでも変わるものは変わるもんだな。
「なんかいつもと目線の高さが違いますね……なるほど、靴を変えましたか」
芽生さんもそれに気づいたらしく、足のほうへ視線を移してくる。
「五十五層だと砂が入るのが鬱陶しくて。ちょうど違和感が出てきたところだったし、今日は試しでブーツ型のを履いてきた。一応前のも、前のと同じでサイズが足に合ったものも詰め込んできた」
「新しい靴ですか。私も試しておいて損はないかもしれませんが、五十五層のためだけに……いや、でもそれ以上に稼いでるからそれも有りですよねえ。うーん……考えておきます」
芽生さんもそろそろ靴の換え時らしい。何種類か選んで保管庫に放り込んでおいて、新しいのを順次試していくという形にはなるかもしれんな。そういう手間があるかもしれないという気持ちだけは受け取っておこう。
バスが到着した。今日は冷房をかけるではなく、窓を全開にして走っているらしい。今日は冷房よりも外気温、ということだろう。
「ちなみに今日のご飯は何ですか? 」
「今日はワイバーンカレーとワイバーンカツサンドだ。どっちもワイバーン肉をふんだんに使ってあるので贅沢だぞ」
「ワイバーンと言えば、私あんまりワイバーン肉に縁がない気がしますね。今日は今日として、定期的に食べたいと思うのですが」
「そういえば……最初食べたのは結衣さんとだったし、あんまり回数提供してない気がするな。しばらくワイバーン肉で何かしらレシピを考えていくことにするよ」
「お願いします。ここでしか食べられないメニューですから私、期待します」
「ワイバーン肉を提供することを売りにしてるレストランなんかもあるのかなあ」
スマホで軽く検索をかけてみる。すると東京のほうには数軒あるらしいが近場では名古屋中心部に一軒あるのみだった。もちろん予約制で、予約は三カ月先まで埋まっているらしい。元々人気店だった店がインバウンドとワイバーン肉の提供で更に人気になった、というところだろう。
「これは確かに俺が提供しないと食べる機会が無さそうだな。自分で取りに行ける探索者特権みたいなものだし、食べられるうちに食べてしまおう」
「ワイバーンの肉の料理ですか。肉料理なら何でも来いという感じではありますが、確かそのままステーキにするにはいまいちなんでしたよね」
「いまいちだったというより、俺の調理技術が未熟なせいだろうな。美味しくステーキにする方法というのをまだインプットできていないからだろう。多分何回か調理しているうちにただ焼くだけならどういう方法がいいのか見えてくるはずだから、それを待とうと思う」
しかし、高級店で出されるワイバーンのお味が気にならないと言えばうそになる。いつか食べてみる機会が巡ってくるものだろうか。流石にネットでレシピを調べても……いや、海外ならあり得るのか? 次の休みを取る際は是非翻訳を挟ませながらワイバーン肉のレシピを探してみることにしよう。もしかしたら動画付きでやってくれている個人がいるかもしれない。
バスが小西ダンジョン前に到着したのでガサっと乗客が減る。やはり乗客のほとんどは探索者。かなり身軽な格好で挑む人も居るが、おそらくレンタルロッカーに装備を仕舞いっぱなしなのだろう。俺も傍から見れば似たようなものなのかもしれん。
芽生さんはスーツを毎回持ってきてギルドで着替えて、帰りには着替えなおして持って帰って……を繰り返しているので手荷物はそれなりにあるが、槍はレンタルロッカーに預けっぱなしの様子。おそらく、長い間同じ番号の物を使いまわしていて、番号もあの番号は文月ちゃんのものだわ、という感じで知られているのだろう。
芽生さんが着替えている間にいつもの冷たい水を一杯。仕事終わりにいつも飲む奴だが、今日はそこそこに暑さを感じる。仕事前に冷えたのを飲んで気を引き締めることも必要だろう。
「お待たせ、さぁ行きましょう」
着替え終わって槍を手に持つ芽生さんと入ダンの列に並ぶ。四月に営業時間が変更になって以降朝早くから夜遅くまでダンジョンに潜れるようにはなったが、フルに時間を使って探索をしている探索者、というのは実は少ないらしい。
午前七時から八時は主に中で一泊して出てくる探索者の対応、八時から先は今まで通り朝来て潜っていく探索者の対応、とある程度解りやすい形になっているらしい。その一時間の時間差があるおかげで査定も入退ダンもそれほど混雑せずに済むようになっている。先日みたいに日本語が通じない系探索者が紛れ込んだり、注意事項を通達するような話が無い限りはスムーズに入退ダンの列は進んでいく。
「おはようございます」
「おはようございます。今日もご安全に」
午前の顔なじみ受付嬢に探索者証を渡して入ダン受付完了。後はリヤカーを引いてエレベーターに乗ればその後はフリーに色々できる時間だ。色々と話すのはそれまでの辛抱。ここ一週間色々なことが有ったのでその話し合いと今日の予定の確認。それぞれをこなして、時間が空いたらお互い読書タイム。
エレベーターに乗り込み、ゴブリンキングの角を嵌め、燃料をちょっと入れて、五十六層へのボタンを押す。エレベーターが閉まり、ガタッと一瞬動くと、その後はスムーズに、静かに動き出す。
「さて、時々連絡はしてたが色々と込み入った一週間だったよ」
「外国のお客さんにリーンちゃん、それに新しいダンジョンでの通信の実装、ですか。盛りだくさんでしたねえ。その場に居なくてよかったです」
「芽生さんも外国語は苦手な範囲か。次にまた出会うようなことが有ったらどうしようねえ? 」
「その時こそ、アイキャンスピークジャパニーズオンリーですよ。私は流暢という訳にはいきませんが、ゆっくりなら何とかなる範囲ですが自信が有るかと言われると無いほうですね」
胸を張って主張するが、自慢することではないと思う。
「まあ、ダンジョン巡りなら今回みたいにミルコに直接用事があるようなケースでもない限り、他の大きなダンジョンに潜ってくれていることを祈るとするかな」
「まあ、普通はそうでしょうねえ。わざわざ清州からこちらへ流れてくる理由は無いですもん。清州で満足して帰ってもらうついでに観光で色々お金を落としていってもらうのが健全な社会システムという奴です。誰かさんみたいに何十億も預金をほったらかしにしながら貯め続ける事は無いと思います」
「俺だってそれなりに出費はしてるんだぞ。こう見えて二着のスーツを発注したし、靴もこれを含めて三足買ったし、ワイシャツも新調したし」
「そういえば見慣れない色味のシャツですね。でも、全部ダンジョン絡みですよね? それで一般にお金を落としていると言えるかどうかを考えると少々言いづらいですが出来てないというところではないでしょうか」
うーむ。言われてみればそうである。もっと一般にお金を落とすという方法か。何があるだろう。
「プラレールを全種そろえる……とか? 」
「それは子供が出来てからでもできるかと。まあ、食事にこだわったりいい卵を使ったり、洋一さんなりに努力していることは認めますけど」
「ぐぬう……なんかないかな。かといってブランド品で固めるのもなあ。やっぱり使う範囲で細々と良いものを使っていくことにするよ」
「それが良さそうですね。気の迷いで高級車買ったりしても乗りまわす暇もないでしょうし、かといってコレクションするほど……まぁ土地を買う余裕も家を買う余裕もありそうですが、今更車のコレクターなんてするつもりもないんでしょう? 普段通りで良いと思いますよ。いつまで働けるかもわからない業界ですから」
「いつまで働けるかと言えば、そっちの勉強の調子はどうだい、うまくいきそうなのかい? 」
「こっちは……後は本番に臨むだけですかね。やれることはやったと思いますから。ただ、ダンジョン庁に本当に入れるのかどうかと、このまま探索を続けて行けるのかどうかは不明のままってところでしょうかね」
「その辺は真中長官がなんとかしてくれるといいんだけどな。探索課みたいな新しい部署作って各地のダンジョン潜る専門の探索者を養成、または現場対処が出来るように教育していく、みたいな感じの」
せっかく声をかけてもらっているのだ。声をかけといてやっぱナシ、で予定を崩されるのも面白くないので、公務員試験の結果次第になるが、真中長官には念押しをしておく必要があるだろう。本人はその気満々みたいですがそういう部署が出来たりするんですかね? みたいな確認を取っておくことは大事だ。
口約束とはいえその気になってしまっている若者が一人いる。ならその若者を大切にしないとな。
作者からのお願い
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。