930:気になるにおいと雑談
「なるほど、そんな小さなダンジョンマスターも居るのね。是非見て見たかったわ」
食事を終えて団らんタイム。こちらからは昨日出会ったリーンの話。年齢や見た目もそうだが、爛漫っぷりからはとても見えないダンジョンマスターとしての仕事をちゃんとこなしていたという話や、撮らせてもらった写真を披露したりしている。
結衣さん達は四十一層のリザードマンから【物理耐性】を無事に取得できて多村さんが覚えたという話。スキルの数は強さの数だ。多重化しててもいい。それだけの実力に見合ったスキルオーブの数を取得していけるかどうかというのが大事だ。
リーンについては昨日は居たが、食事を挟んで休憩している間も顔を出していないことから、自分の領域か他のダンジョンに遊びに行ってるかだと思われるということも伝えておいた。
「つまりダンジョンマスターってのは自分の次元領域ってのを持ってるってことなんですよね。いいなあ、そういうダンジョンの実験が出来る領域って楽しそうでいいですね」
横田さんが若干羨ましそうにしている。自分だけの部屋がどこからでもいけて何処のダンジョンにもつながる、という不思議な点においてだろう。
「多分ね。どういう理屈や原理で出来てるか解らないけど、少なくともガンテツはその自分の領域で色々と実験しているようだし、リーンも同じく持っているとは思う。どんな風になっているかは……多分僕らの視点から見ることはできないだろうね。お誘いされてお邪魔できるとも思えないし」
「それは残念ですが、新しい領域で色々やってるってことは新しいダンジョンを作る可能性も高いとみていいんでしょうか。新しいと言ってもただ新規にできただけじゃなくて、仕組みなんかがいろいろ違う奴を」
食後のコーヒーを飲みながら雑談。新しいダンジョンの話に少し盛り上がる。やっぱり何処のダンジョンも同じ作りで同じような構成で同じモンスターで……というのでは共通性はあるが、新しいダンジョンが出来たので潜りに行こうという気にならないのは確か。新しいなら新しいなりの工夫なりドロップアイテムの違いなりモンスターの違いなり、それぞれ特色を出してくれると嬉しいという話をする。
「そうなると良いなあ。贅沢を言えば前に有ったところにもう一度出現させてくれると社会的混乱が小さくて済むよねとは思ってる。実際にガンテツがダンジョンを新しく作るからどうよって意見を求められたら外側の意見としてそれを飲んでくれるかどうか、そのあたりが気になってるところ」
「まぁ、気にはなりますよね。不便な所にダンジョンが出来るよりは便利な所に出来てくれたほうが良いですし、新しい形のダンジョンが出来上がるならその限りでも無いですし。変な所に出来てまたダンジョン騒ぎで家が無くなったりって騒ぎが起きなくて済みますね」
「俺が心配しても仕方ないことというのは解ってはいるんだけどね。実際のところは、自分の家の近くに出来たら俺も住居を移動しなくちゃならなくなるからそれは勘弁してほしいなってところかな」
小西ダンジョンが踏破されない限り他のダンジョンに行く予定は今のところないが、もし清州ダンジョンとそれほど変わらないような距離に新しいダンジョンが出来上がるならその限りではないし、もしかすると俺に対して通いやすいように近くにダンジョンが出来てしまう、という可能性もあり得る。その辺の話を、何処についているか解らないマイクと画面越しに伝わると嬉しいなあ……と思っての発言だ。
常に見られていると言うことは聞かれているという事でもあるはずだ。うっかり家の中にダンジョン出来ないかなあなんて言い出した日には庭にダンジョンの入り口が生えてきかねない。そうなったら俺の家は解体されるかそのままギルドの建物として利用されていくかのどちらかで、俺は退去を促されることになるだろう。
それは困る。金銭面では一切問題がないものの住み慣れた我が家である。手放すにはあまりに長く一緒に居過ぎた。耐震基準を満たさなくなって建て替えを余儀なくされる以外で新しい家に住みなおすというのはもうこの歳では厳しいものがある。せめて転勤族であったならその心のハードルも随分低くなってたのであろうが、そうでは無かった俺の過去が自分の生活圏というものを定めてしまっている。
しかし、そうなったら今度は小西ダンジョンに近いほうを選ぶのか新ダンジョンに近いほうを選ぶのか、という新しい選択肢が出るのでこれもまた困ったものである。やはり、ダンジョンは元の場所にもう一度立て直してくれた方が何かと都合がいい気がする。是非そうなって欲しい、マジで。
「ところでそのリーンに言われたんだが……俺って臭いかな? 」
ここ最近で一番ショックだった出来事を打ち明ける。リーンにくさいと言われた話について、割と気にはなっている。今日の俺はちゃんとにおいケアが出来ているのか。
「少なくともこの会話距離で加齢臭がするとかそういうのはありませんね。しいていえばさっき食べたカレーのにおいはしますが」
「どれどれ……いつもより洗剤の香りが強いわね。洗剤変えたのかしら。後は……普通の生活臭と残った汗の香り。いつものバターポップコーンみたいな香りがするわね」
結衣さんが近寄ってきて色んな所のにおいを嗅ぎ出した。どうやら俺固有の体臭はバターポップコーンみたいに感じるらしい。
「加齢臭は……うーん。気にするほどではないと思うわよ。多分リーンって娘の嗅覚がよほど敏感なんじゃないかしら」
「そうか……そうか。まだちゃんとできてると思えばいっか」
「そうそう。気になりだしたら私が教えるからそれまでは気にしなくていいわよ」
そう言ってもらえるならそういうことにしておこう。ただ、今度会った時にまた臭いと言われる覚悟だけはしておこう。覚悟があれば言われた時のダメージも小さくて済むはずだ。
「にしても、踏破されたダンジョンマスターの交流の場みたいになってるわね。小西ダンジョンが踏破されたらみんなどうするのかしら」
「その時は他のダンジョンでゆっくりするか、自分の領域に引っ込むんじゃないかなあ。どうやらダンジョンマスター同士の通信はわざわざ顔を合わせなくても出来るみたいだし」
「次元が離れてても通話できるんですね。それもスキルの力ってことでしょうか」
「前にミルコに頭の中に直接話しかけられたことがあるので、おそらくは。ダンジョンそのものからドロップするような類のスキルでは無いとは思うけどね。今のところそんなそぶりを見せるモンスターにも出会ってないですし……もしかしたら持ってたりはするのかもしれませんが、ドロップしたならそういう話が流れてくるはずだ」
コーヒーを飲み切りお代わり。水分は充分に取ってはいるし、出してもいる。しっかり汗をかいたり尿を出したりすることで水分循環をよくしてにおいが体の中に溜まらないようにうまくコントロールしていこう。
「じゃあそっちは午後からは四十一層巡る感じ? 」
「いえ、もう一つ上がって四十層のスノーベアを狙おうかと思っています。四十一層でドウラクからスキルオーブを狙うのでもいいんですが、【水魔法】のほうが出そうな気がするので、より確実に有用なスキルを落としそうな方を狙おうと思って」
「なるほどね。ちなみにスノーオウルからは【隠蔽】ってスキルが出るよ。体感効果はモンスターから戦闘状態だと認識される距離が半分になるって感じ」
「それ、ギルドにちゃんと報告した? そんな話聞いたことないけど」
結衣さんに確認を取られる。えーと、どうだったかな……
「一応ギルマスにはしたかな。こっそり部屋に入り込んでいつ気づくか試した覚えがある」
「また適当なことを。で、作戦はうまく行ったわけ? 」
「透明人間とか陰が薄くて居るかどうかわからない人の気持ちがよく解ったよ。意図的にそうしてるわけじゃなくて、気づいて欲しいのに気づいてもらえないやるせなさというのを味わう事が出来たかな。中々面白い体験だった」
これも必須とは言わないけど有ったほうが良いほうのスキルには違いない。もしかしたらもっと大量のモンスターに囲まれて、高橋さん達みたいに撤退を余儀なくされていたことも今となっては想像できる。むしろ、高橋さん達はそれを理由に一時撤退していったのかもしれない。
やはり、微妙なスキルであっても積み重ねていくのは大事だな。小西ダンジョンでスキルオーブをある程度独占的に習得できる、という現在の環境は悪くない、いや相当良いと言えるのではないか。
「まあ、独占できる今の内に色々拾えるものは拾って狩れるものは狩っていったほうが良いのは確かだね。俺もスノーオウルの階層まで一般探索者が入ってくるようになればスノーオウルの羽根を安定して市場に出荷できなくなるし、そうなれば枕や布団の市場在庫も変わってくるかもしれないな」
「三十八層のあの木まみれの所ですか。事前に本数教えてもらってなかったら確実に迷いますよねあそこは」
「先日潜り込んできた海外パーティーはよくあそこを突破してきたな。俺達も高橋さん達に教えてもらって抜けてきた口だが、ノーヒントで半日かからず抜けてきたのは中々の事だと思うよ」
考えれば、三十五層から四十二層にたどり着くまで実際に何回かトライして地図を作りつつ潜ったのだから、それを考えれば下手すれば俺達よりも探索が上手いパーティーと考えることもできる。探索は何も火力の高さや安定性や保管庫があるかどうかだけで決まるわけではない。素早く行動できるか、探索者の勘でどっちに階段があるか、どこまでダンジョンマスターの考えを裏読みして階段の位置を把握できるか、色々ポイントはある。そういう意味では彼らは自分以上の腕前だったといえよう。
「四十二層までたどり着けるだけの実力があるパーティーって事は多分安村さんの恩恵を受けてる私たちよりも腕前は上ってことよね。安村さんからはどう見えたの? 」
「その時は考えなかったんだけど、今考えたらかなりの実力のパーティーであることは確かだよね。一発潜りでセーフエリアまでたどり着くのってかなりのストレス耐性と肉体強度が必要だ。彼らの陽気さに隠れて気づけなかったのかもしれないけど、彼らも欧州のトップパーティーの一つだったってことになるのかもね」
ということはあのミルコ製翻訳スキルを介した対話はトップパーティー同士の国際交流の場だったということにもなる。一応これは後付けになるけどダンジョン庁に報告をしておいたほうがいい話になるだろうな。
「今後問題になるかもしれないな、これは」
「どうしたの、急に真面目な顔になって」
「海外からB+相当探索者が気軽に潜りに来てダンジョンコアを割って帰る、という事象が発生することになる。割らないでそのまま放置というダンジョン庁の方針からは逸脱することになるが、それを理由に外国人探索者を締め出すことはできないし、そもそもダンジョンを踏破するということ自体がそれほど情報公開されている話ではない。早めに相談したほうがいいな」
早速スマホを取り出してダンジョン庁長官に連絡。送信すると、どうやら四十二層の送信機能はまだ生きていたらしく、送信エラーは出なかった。後で機能切っておくように伝えておかないとな。
「ここで文面打っても上で打っても同じ時間に届くのでは? 」
「あれ、言わなかったっけ。今この四十二層、一方向通信……つまり送信機能だけは付加されてるんだよ。ダンジョン内で送受信できるかの実験する時にここで色々やったその名残がまだ残ってるみたい」
「え、じゃあ一方的に送り付けるような形の電波通信ならここからでも送れるって事ですか? 」
横田さんがびっくりしている。あれ? このこと新浜パーティーには一切伝えてなかったんだっけか。
「そういうことになってる。電波を送信する方向性のものならここから無理矢理電波を飛ばせるらしい。詳しいことは解んないけど、こちらから送信データを送り付ける間は双方向通信を維持できるらしい。これ、四十二層が一般開放されるようになったらまた小西ダンジョンで異変が、みたいになるからそれまでにはミルコに頼んで機能をオフにしてもらわないといけないな」
「つまり今ならメールぐらいなら伝えられると。電波規格とかどうなってるんですかねその辺」
「俺にはサッパリ。ただ、ガンテツ……熊本第二ダンジョンの元ダンジョンマスター曰く突破する方法は見つけて成果のほどは見せてもらったから、今後新しいダンジョンが出来上がる際には電波の送受信だけでなくネット配信しながらダンジョン潜る、なんてこともできるようになるかもしれないね」
「ネット配信ですか。確かに盛り上がるかもしれませんね。新しいダンジョンで誰も見たことが無いかもしれない景色で、探索者でもないのに探索の光景が見られる。一般人には中々のショーかもしれません」
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