929:ワイバーンカレー
今日は普通。暑くもなく寒くもなく。多分日中は暑くなるだろうがダンジョン内では関係なし、と。いつもありがとうね、ほんとね。
昨日は家に帰った後洗剤の香りの強めの奴を買いに行き、それで洗濯をした。おかげで強めの香りを残した乾きたてのワイシャツが今保管庫に仕舞われるところ。全力で香りを嗅いでみるが、加齢臭みたいなものは感じられなかった。ちゃんと汚れが落ちてるか、匂いが誤魔化せているか。細かくまでは解らないが、これならリーンにもう一度会っても臭いと言われずに済みそうだ。
また、スーツもウォッシュをしてからファブってよく香りを確かめて、体感匂いは残ってないだろうというところまで確認してから干しておいたので大丈夫だろう。特ににおいの元になりがちな脇や股を念入りにチェック、そして風呂で耳の後ろをしっかり洗った。今の俺は多分、加齢臭とはかかわりのない人間になれているとは思っている。これ以上の臭いの管理をしようと思えば消臭剤の多用や家ごと丸洗い、みたいな話になるだろうからここまでにしておく。これ以上は費用対効果があまりよろしいことにならないだろう。
ほどほどのにおい対策を施したところでゴキゲンな朝食と、昼食の準備。今日はカレーだ。夕食もカレーにするぐらいの勢いで作ってしまおう。分量でそれほど手間が増えるわけでもないので、大きめの鍋にたっぷりと具材を用意して、さて肉を何にしようか。
そういえばまだ試してなかった、ワイバーン肉のカレーというのはどうだろう。大きさ的にも程よいし、イメージ的にはチキンカレーのようなところはある。つい最近手に入れた肉も査定に出さなかったので保管庫の中身としても在庫には充分な余裕がある。早速米を炊いて肉を塩水漬けにして柔らかくするところからスタートだ。
肉を柔らかくしてくれる間に野菜の皮むきと切り刻みを終えて、ジャガイモは少し水にさらしておく。その後に保管庫からワイバーン肉を取り出して肉が柔らかくなったかを確認。柔らかさを確認してヨシを出すと、玉ねぎをちょっと色がつくぐらいまで炒める。それが終わって一息ついたところで肉を一口大にして次々鍋へ入れていく。オールスパイスを振りかけると赤ワインを垂らして一緒に軽く煮詰めるような感じで焼き、ちょっとした高級感を演出する。
肉が程よく焼けたところで野菜類をゴロゴロと追加。水も足して煮込み、カレールーに付いていたブイヨンペーストも投入。強火で一旦煮た後、アクを適度に取ってジャガイモとルゥを投入、弱火でコトコト煮始める。いつもより手間が二つぐらい余分にかかっているが、たまには悪くない。この鍋一つに四万ちょいかかっていると思うとお高い鍋だな。煮込んでいる間に米が炊けたので容器を移して保管庫へ。後はどれだけ煮込んでコクを出していくかの勝負になる。
煮込んでいる間に着替えて準備を整える。かき混ぜてとろみを出し、時間目一杯まで使って煮込んで出立するギリギリの時間まで煮込むとそのまま保管庫へ。よし、飯の準備完了。美味いメシが待っていると思えば探索の効率もさらに上がろうというもの。
柄、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ナシ!
酒、ヨシ!
保管庫の中身、ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。今日も昨日と同じぐらい仕事ができれば上の上と行ったところだろう。無理はせず、もし途中で帰りたくなったら素直に帰る。いまのところ途中で嫌になって帰るという形でダンジョンを後にした覚えはないので、多分今日も普通に探索を終えて帰るのだろう。そういう見込みで行動をすることにしよう。
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ダンジョンに到着し、まずはコンビニでお買い物。ミルコに遭遇してもいいように数個だけお菓子を買い込んでおく。たまにはカロリーバーも悪くないだろう。ナッツではなくオートミールギッシリのほうをチョイスしよう。毎回同じものを渡している訳ではないので、もし気に入ったものが有ったらそれとなく接触があるはずだ。
今のところコーラとミントタブレットだけは固定で渡すようにしているが、より気に入った味や銘柄の指定が入れば考えない事も無い、と言ったところ。たまには違う味のコーラも入れてみるか。
コンビニで買い物を済ませて入ダン手続き。リヤカーを引き茂君に出会った後四十二層に到着。今日も俺以外のリヤカーがある。ということは結衣さん達は来ているという事になるな。他のメンバーはちょっと思い当たらない。またガルシア達みたいに他所のダンジョンからはるばる四十二層の探検に来た、なんて可能性も無いわけではないけどな。
とりあえずリヤカーを並んで停める。とりあえずまずは二時間、一生懸命カニうまダッシュを決めてくるか。今日の体調を確認するでも、スキルの威力を確かめるでも、まず走ってみるというのは大事だろう。どこか体調に不調が有ったり装備の不備が露見すれば何処かでいったん止めざるを得なくなるので、そうなった時にまた考えよう。
ダッシュ大会を始めるが、いつもよりも少し走りにくさを覚える。筋肉痛とかそういう訳では無いらしいから、もしかすると足回りの装備が、具体的に言うと靴が足に合わなくなってきているのかもしれない。安全靴もそろそろ買い替え時か。砂が入らないように今度はブーツタイプのものを選んでみることにしようかな。
欠点は簡単に脱いだり履いたりできないことだが、スニーカータイプの安全靴に比べて足元が確かになるだろう。金はあることだし、今まで通りのタイプとブーツタイプ両方を持ち歩いて履いて試して、より扱いやすいほうを選ぶことにしよう。一応店でも履いて試すことはしてみるつもりだが、流石に四十二層や五十六層まで着いてきてくれ、というわけにもいかない。店でしっかり試して足に当てはめておくことは大事だろう。今度の休みにすることがまた一つ増えたな。
今のところは我慢して靴を使い続けよう。時々足を止めて足回りの調子を確認しながらなので昨日と同じ動きという訳にはいかないが、それでもなんとか良い感じにダッシュ大会を繰り広げることは出来たと思う。本当に足回りが悪くていまいち動けないのかどうかは解らないが、違和感を無くすために装備を色々変えてベターなものを取り入れることは必要だ。特に仕事に関する道具についてはそうだ。
高くても良いものが手に入るとは限らない。案外安くて使いまわしのきくもののほうが体に合っていることもある。鬼ころしにも安全靴は有ったはずだ、色々試して履かせてもらって、一番良いのを頼もう。
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二時間が経って午前の運動が終わった。やはり足の違和感はまだある。まさかとは思うが、この歳になって足が大きくなったとかではないよな。確かに、小さくなった可能性はなくはないが……もしかしてこれも老化現象か? それとも動かし過ぎで足に違和感が出始めたとか、ステータスブーストに身体がついてこれなくなってきているとか。考えうる原因をリストアップしながら四十二層への階段へ向かう。
そろそろ精密検査の時期かもしれないな。前の会社を辞めてから健康診断とかそういうものは受けていない。健康体であるという証明書は何処にもないんだ。健康診断、一度やっておくべきだろうな。もしかしたら知らない所でステータスブーストが内臓にダメージを与えている、なんて可能性だってある。調べられることは調べておいて損はない。今度休みの日に説明を聞きに行こう。また一つやることが増えたな。
階段を上がってテントまで戻ると、結衣さん達が昼食の準備をしている。平田さんと目が合ったので手をあげて返事。向こうの食事は……大鍋でリゾットみたいなものを作っている。水分が多いし腹に溜まるし、まとめて人数分作れて便利そうだな。リゾットか、俺のレシピに組み込むのも悪くなさそうだな。ちょっと頭の隅にメモっておこう。
「安村さんはお昼ご飯なににするんでっか? 」
「私は……これです! 」
どーんと大鍋を保管庫から取り出す。机の上に出された鍋に触って平田さんがアチッと反応している。
「さすが保管庫、ってとこですな。中身はカレー……具の肉はなんでっかこれ」
「ワイバーンですよ、ワイバーンカレー。多めに作ってきたので夕食にも食べられますからね」
向こうからの視線が届く。あっちも美味そうな香りがしている。多分これは取れたてのカニを解して放り込んで美味しさを更に増した海鮮風って感じが漂ってくる。こっちはちょっと味付けにこだわったワイバーンカレー。中々の勝負であることに違いはないだろう。
あっちの味も気になるが、こっちの出来栄えも気になる。早速米を取り出し深皿に盛り、カレーを好きなだけ存分にかける。煮込んだわりに野菜はちゃんと形が残っていてしっかり顎を使う食事がとれると思う。
まず一口。今日は味見をしなかったから味がどうなっているかも確認しなければ……と。うむ、牛肉ではないが、ちゃんとワインの風味が残るワイバーンの肉がいい味を出している。人参もちゃんとブランド物を使っているおかげでえぐみも臭みも無く甘さを引き立てている。甘口カレーが更に甘口になっているが、スパイスをちゃんと使っているおかげでピリッとした感覚も残っている。
なにより、しっかり柔らかくしたワイバーン肉がカレーにしっかり味付けがされていて、その柔らかくなった肉からあふれ出る香りが何とも言えない美味しさを演出してくれている。
隣からの視線が届く。あっちはあっちで美味そうだけどな。チラッと平田さんのほうを見ると目を逸らす。結衣さんはごめんねーという表情をしつつも、こっちのカレーの様子が気になるらしい。
「食べる? ワイバーンカレー」
「食べていいの? 」
「多分このままお互いの物を食べたかったなあと思いながら午後の探索に入るのは精神的によろしくないと思うからね。たださすがに人数分は無いから少しずつになるけど」
「じゃあこっちからもリゾットをおすそ分けということで」
結局互い交換し合うという事になった。こうなることは昼食時間がかち合う事で予想済みではあったが、誰かが言い出すまで中々うまく会話が繋がらなかったという奴だろう。かといって、あまり気安く毎回昼食をお互いに食べ合いすぎるのもパーティー探索という意味ではよろしくないとこれもまたお互い思ってたんだろう。
癖になっちゃうと今日は何を食べるのかを毎回人数分俺に要求してしまう事にもつながり、探索以外のところで負担がかかる。仲が良いと言える間柄でもそこはきちんと線引きをしておくのは必要だ。今回は……そうだな、今回は俺が人数分以上に作ってきているからよかったものの、一人分だけカレーを食べていたらきっとお互いに何か歯に挟まるような感じの物が残る形になっただろう。
さて、仕切り直して食事タイムだ。俺の夕飯は無くなってしまったが、おかげでリゾットをご馳走してもらえることになった。鼻の中を通り抜けるエビとイカの食感と磯の香りが気持ちいい。ドウラクの身もその引きしまった確かな弾力を口の中ではじけさせている。結衣さんから今度レシピを教えてもらおう。
あっちもあっちで、リゾットになってない普通のコメを少量ずつだがカレーに混ぜて食べることが出来ているので満足そう。聞こえてくる限りのつぶやきを耳にするあたり、評判はいいようだ。やはり手間をかけたカレーは美味しいという事だろう。何より肉も豪華だしな。
今度はここに更にチーズを加えてみようか。それとも少し辛くしてしまったほうがスッキリとした味わいが出るかもしれないな。ワイバーンの肉だからカウ肉より美味しいではなく、それぞれの良さがある。今回ワイバーン肉を赤ワインで軽く煮詰めてみたのも実験だ。それぞれの肉と下処理と、作り方も使うスパイスもちょっと変えるだけで別の顔を見せてくれる。
今日も一つカレーを美味しくする知見と、新しい料理のレシピらしきものを入手することが出来た。リゾットも美味しいし、カレーも手間をかけただけ美味しくなった。この調子で世の中のことを少しでも知っていくことにしよう。穴倉に籠っている仕事では、なかなか世の中を知るということは難しくなるし、長時間中に居る分だけ社会の機微には疎くなってしまう。今度はどんなカレーを作ろうか。
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