928:自由っていいよね
「おなかいっぱいになったの。またおねむなの」
リーンがお菓子を食べ終え、満足したらしい。
「テントなら好きに使っていいよ。でも、臭いなら隣のテントを使うといい。多分臭くないよ」
「おじゃまするの」
リーンが芽生さんのテントに入っていく。しばらくしてテントから顔を出してきた。
「ほかのおんなのにおいがするの」
においには敏感らしい。しばらく利用してはいないはずなんだが、それでも残り香がすると言うことは相当鼻が利くようだ。にしても、他の言い方があるだろうに。
「でもこっちのほうがマシだからこっちをおかりするの。おやすみなさいなの」
そういうとテントに戻り、静かになった。本当におねむの時間らしい。ダンジョンマスターって結構自由だな。いや、ダンジョンを離れて自由になれたと言うべきなのか。
「あの通り結構自由な子でね。まあ邪険にしないであげてくれるとありがたい」
「そこはまあ、ミルコのダンジョンだし俺が口を出す事でもないさ。ともかく顔合わせは終わったからな。ミルコも自分の仕事に戻ってくれていいよ」
「そうさせてもらうよ。さて今日は何から食べようかな」
お菓子をかき集めると転移していった。しかし、今後同じように踏破されたダンジョンからお客さんが来るという事になると、保管庫の中身もある程度充実させておいたほうが良いのかな。流石にタバコは無しとして、酒とお菓子と……飯ぐらいはタカられるかもしれないな。他のダンジョンが踏破されたかどうかを確認する作業は念入りにしていかなければいけないな。
しかし、過去に二例踏破されたダンジョンの崩壊実況も中継もされたし、今後はニュースとしてもそれほど大々的に取られることも無いだろうとは思っている。ダンジョン庁がお墨付きで安全を謳っていることだし、ダンジョンも国内二ヶ所、海外も含めればもっと多くの踏破例が出ていて何処かでダンジョンが消えたことによる問題が発生したという話もまだ流れてこない。ならばネットニュースで常に検索をしておくのが大事かもしれないな。
さて、突然の元ダンジョンマスターとの出会いだったが感触は悪くなかったと思う。臭いって言われたのは……まあ、加齢による弊害だ、仕方ないと思っておこう。俺に娘が居たら同じことを言われてたかもしれんし、そういう年齢に達したという自覚がより増した。芽生さん達は気にならないのかな、今度真剣に聞いて、におい対策を考えることにしよう。
◇◆◇◆◇◆◇
午後からもカニうまダッシュ。気持ちいいぬめりの無い、サラッとした汗をかいてるほうが加齢臭がこもりにくいという話を思い出したので、いつもにも増して力を入れて周回活動を行う。今飛び散っている汗は毎日かいている汗なので、きっと臭くてぬめっとした奴じゃないはずだ。そう信じて全身を動かし続けて汗をかく。
時々休憩がてら立ち止まって胸元の匂いを嗅ぎ、鼻の中間あたりで加齢臭の欠片のようなものをほんのりと感じ取れるかどうか試している。加齢臭は自覚しにくい臭いらしいし、実は相当臭っている奴なのでは? と恐怖が俺を襲いつつある。
家に帰ったらウォッシュしてからファブっておこうかな。それとも、匂いが沁みつかないようにもう二、三着予備を用意して着まわすようにしてほうがいいのかもしれない。金はある。一着しかなくて何か有って破損した場合、また次を作るまでに二ヶ月ぐらいかかるのを考えると、早めに対処しておいたほうが良いかもしれないな。次の休みはテーラー橘に連絡を入れてもう一着お願いしよう。メモ。
ドウラクの身も午前の分を合わせて百を超えた。今日も普段と同じぐらい仕入れる前提だと二百ほどになる。一日の目標数を設定している訳じゃないが指標の一つにはなる。今日は二百個稼いだら上がり。それでスッキリと探索を打ち切ることにしよう。
さて、今日の目標が決まったところで湧き直してきたドウラク相手にダッシュ肩ポン爆破を決めこむ。この作業を始めて何か月目になるだろうか。仕事内容に比べてまだ飽きがこないし腕前的には……そうだな、過剰戦力気味ではあるが、ここより下の階層で同じことが出来そうなモンスターが今のところ思いつかないのでこいつらでお茶を濁している部分はある。
四十八層では同時に出てくる数が多すぎるのが難点ではあるし、五十層だとまた甘味まみれになるのがあまり好きではない。五十五層はさすがにまだ厳しいだろう。やはり現状はここだな。
◇◆◇◆◇◆◇
二百個溜まった。重さとしては二百キログラム。重量的にも充分なドロップ品を集めたと言える。そろそろ今日の仕事は終わりにするか。
少し早めの時間にはなったが四十二層へ戻ってくる。リヤカーに戻ると……リヤカーの荷台の上ですやすやと眠るリーンの姿があった。寝る子は良く育つとは言うが、いつの間にテントから荷台に移動したのか。多分一旦満足してテントを出てからその辺をうろうろしている間に日当たりの良いところに移動して再度寝始めたってところだろうな。
帰るにはまず起こさないといけないな。優しく声をかけてみる。
「リーン、起きてくれないかな」
ゆさゆさと揺すってリーンを起こそうとする。
「うーん……おさわりはだめなの。べつりょうきんなの」
これは半分起きてるな。さてどうやって起こしたものか。まさか荷台に乗せたまま上へ連れていくわけにもいくまい。うーん……もうちょっと猶予を上げることにするか。
「じゃあ、俺は飯食うからその間に目を覚ましておいてくれ。その後は強制的に臭いほうのテントへ連れていくぞ」
断りを入れると椅子と机を出し、ステーキセットを取り出してダンジョン内で食事を始める。まだ温かいニンニク醤油のいい香りが鼻をくすぐる。
「おいしそうなにおいなの、わけてほしいの」
「ちゃんと起きて食べるなら一欠片プレゼントしないでもない」
「じゃあがんばっておきるの」
目をこすりながらリーンが起き上がって、とてとてと机のほうに来る。箸で一切れのステーキを渡し、口に入れてあげる。もにゅもにゅとステーキを噛み、ぱぁっと笑顔になる。ごくんっと飲み込むと、ちゃんと飲み込んだ後感想を言い始めた。
「これおいしいの、こうばしくて、くさくて、それからふくざつなあじわいがするの。ただのやいたおにくじゃないの。おじさんなかなかやるの」
「おじさんがすごいんじゃなくてこのソースを作った人が凄いんだぞ」
「そうなの。じゃあソースつくったひとにもかんしゃなの。かんしゃついでにもうひときれほしいの」
お代わりの要求が来たのでもう一切れあげる。俺の分がすくなくなるがまぁいいことにしておこう。足りないと思ったら帰りにコンビニに寄れば食事は確保できる。餌付けではないが、印象のいい優しいおじさんを演じておくのも悪くないだろう。とはいえ、普段から見られているんだから今更な気もするな。あげたいからあげる、それでいいだろう。
「おいしいの。またたべたいの」
「いい子でいたらまた、な」
二切れで満足したのか、完全に目が覚めたリーンは何もない空間を走り回っている。虫や草が生い茂っている訳でもないのに楽しいものがあるのかどうかは疑問だが、食べたすぐ後に運動するのはあまりよろしくないと思う。かといって止めるのも申し訳ないのでそのまま放っておいて遊んでいる姿をスマホで撮影し、関係各所にだけは写真付きで通達を出しておいた。白馬神城ダンジョンの元ダンジョンマスター、幼女だったと言葉を添えておく。上に戻った後の反応が楽しみだ。
食事を終えて片付けをし、リヤカーをエレベーターまで引き込み帰る準備をする。ふと、リーンがこちらを覗いている。
「おじさんは帰るよ。またね」
「ごはんおいしかったの。たぶんまたあおうなの。じゃあねなの」
元気に返事を返してもらうと、エレベーターの扉が閉まった。しばらくミルコのところに居るか、他のダンジョンを見回るのか、それとも何か他にやる作業があるのかは解らないが、とりあえず二つ目の国内ダンジョンの元ダンジョンマスターとの顔合わせは済ませた。暇になったダンジョンマスターはみんなここに来るようになるんだろうか。だとしたら回数にもよるが少々面倒だな。
一番の問題は全員の顔を覚える自信がない。ただでさえ他人の顔を覚えるメモリ領域は少な目なんだ、人間以外にもダンジョンマスターの領域を新しく今から作るのは年齢的に難しいだろう。
とりあえず悩み事はさておき、荷物を整理し始める。魔結晶どっさり、ドウラクの身少なくとも二百キロ、ドウラクミソがこれも重さまでは解らないが六十個。それからポーション。リヤカーにしっかりと重さが載っている。制限荷重をここまでみこしていい奴を買ったわけではないが、安いものだと重量オーバーだっただろう、今更ながら良い買い物をしていたな。
七層で途中下車して茂君。今日も良い茂りっぷりだね。戻って一層、退ダン手続き、査定カウンター。流れるようにスムーズにここまで来た。査定を待ってる間に真中長官から連絡。報告のあったダンジョンマスターと一致するので間違いなく白馬神城ダンジョンのダンジョンマスターだという確認が取れた。どうやら自称ではなかったらしい。
自称だった場合何故あそこに居たのかは問題になってくるのだろうが、海外の踏破されたダンジョンから来たダンジョンマスターという可能性もあったんだな。海外勢は踏破された数も多いから人数もそれなりに多いはず。まさか全員来る、ということもあるまい。きっと近くのダンジョンで俺と同じようにレアスキルを所持している探索者の周りに集まるようになっているんだろうと勝手に予想しておく。
確認の間に本日の査定結果、八千二百二十六万円。今日も充分な稼ぎを得られた。今日はいい出会いもあった。探索者として順調に仕事をしているな、という感じがする。さて、いつもの冷たい水を一つ貰ってグイッと一杯。気持ちよく涼やかになったところで帰りの道へ。
やはりステーキ二切れをリーンにあげた分私の胃袋には若干の余裕がありますという感じ。バスにはまだ時間があるし、ホットスナックでも買い食いしながら帰ることにするか。
コンビニに入るとよく見た顔。ギルマスが帰り道に同じく買い食いの準備をしていた。
「お疲れ様です。買い食いですか」
「そんなところ。かみさんには内緒にしておいてね」
お互い深くは追及しないようにしておき、こちらも買い食い代わりのおにぎりと鶏肉の揚げた奴を一つ。流石にバスの中で食べるわけにもいかないので、会計を済ませて外で立ち食い。まだバスは来ていない。落ち着いてゆっくりおやつを食べることにしよう。
さて、明日もリーンは居るのか、それとも別の場所へフラフラと移動……そういえば彼らはどうやって移動しているんだろう。ダンジョンごとに次元座標が特定されていて、その座標に向けて転移するような形で移動しているのだろうか。また不思議に思う事が一つ増えたな。
久しぶりにダンジョン二十四の不思議に追加しておく項目が増えたな。今何個あってどれだけ判明しているんだったかな。家に帰ったらまとめておくか。もしかしたら二十四より増えているかもしれない。別に二十四個きっちりある必要もないし、解決済みのものをわざわざ取り外してやる必要もないんだ、個人的な疑問点と解消された点、それぞれまとめておこう。
ゴミをコンビニのごみ箱に捨ててバスが到着するのを待つ。横にはギルマス、珍しい組み合わせだな。
「ギルマスって車通勤じゃなかったんですね」
「車検で代車が無かったんだよ。今だけ限定、公共交通機関で通う私が見れるってわけさ」
お得さは無い。しかし、バスと電車で通える程度にはダンジョンに近い所に家はあるらしい。
「安村さんも公共交通機関で出入りしてるから解ると思うけど、昔に比べて本数増えたよね」
「前ならこの時間帯は一時間待ちだったと思いますね。便利になりました」
「それも安村さんが頑張ってくれたおかげでもあるんだよねえ。ありがとう」
意外な所で感謝の言葉をもらった。多少なりとも自覚はしてるが、自分のおかげでバスのダイヤが変わったと言われるとなんだか偉いさんになった気分に浸れるな。気分に浸るだけなら誰にも迷惑がかからないのでしばらく浸っておこう。
「そういえばこんな子いましたよ。ダンジョンマスターだそうです」
さっき撮ったリーンの写真を見せる。ギルマスは見て驚いてこっちを見返す。
「こんな小さな子でもダンジョンを運営できるのか。ダンジョンの技術がすごいのか彼女がすごいのか……彼女はこれからどうするんだろうね」
「いくつか他のダンジョンを見回ってみるそうですよ。身の振り方はその後決めるんじゃないかなと」
「なるほどね。ダンジョン庁視点でいい方向に行くことを願ってるよ」
そのまま駅でギルマスと別れて帰ることになった。しかし、ダンジョン庁視点で良い方向か。どういう方向性を求められてるのか、その内聞いて回る必要があるだろうな。
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