927:来客 ~ある意味俺も客~
今日は暑い。普段は朝までに程よく気温も下がるんだが、夕方から曇ったせいか、そこまで気温が下がらなかった。今日は暑くはならないが若干湿っぽい一日になりそうだ。洗濯はせずにおくか。
もしかしたら今年は早めに薄手の羽毛布団の出番になるかもしれない。覚悟はしておこう。今日も暑いながらもスッキリとした目覚めを提供してくれた布団と枕にお礼を言いつつ、朝食。食べ終えて昼食準備。今日の昼食はパスタだ。ソースは何にしようかな。賞味期限順に行くとボロネーゼか。悪くないな、ボロネーゼ。昼食が手軽に作れてしまうので夕食も準備してしまおう。
夕食の順番は……カレーだったがちょっとパス。次へ飛ばしてステーキと行こう。カレーなら、昼に是非食べたいという気分だ。今日は明日への疲れを残さないために馬肉のステーキと行こう。生でも食べられる美味しいケルピー肉だが、焼いても美味い。今日は醤油ニンニクのステーキということにして、あらかじめ用意してあった醤油ニンニク用のステーキソースを使って行こう。ご飯は炊く。
ご飯を炊いてる間に夕食の準備を粛々と進めて、残るは米が炊けるのを待つだけ。その間に仕事着に着替えて装備も万端にしておく。ご飯が炊けたら容器を移して食事の準備は完了。
柄、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
酒、ヨシ!
保管庫の中身、ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。最近はガンテツも自分の新しいダンジョンの設計を始めているらしいとミルコから伝え聞いている。居たら渡す、居なかったら渡さないでいいだろう。ミルコには昨日のこともあるから確実に渡しておこう。
◇◆◇◆◇◆◇
定時出勤定時出社。会社ではないから出社というのは意味が違うが、午前九時頃にダンジョンに到着するというスケジュール通りに今日もお仕事に入り始める。早速入ダン手続きをしてリヤカーを確保。まずは茂君に朝の挨拶をしに行き、挨拶がてら羽根を受け取り七層へ戻ってくる。
そこからエレベーターでいつもの四十二層へ。到着次第リヤカーを設置してそのまま四十三層でカニうまダッシュ。今日も良いカニっぷりだねえと声をかけつつ、親爪の付け根に当たる部分にそっと手を置き全力で雷撃、黒い粒子に次々還していく。柄に雷切を点灯させて斬るよりも、雷撃を直接伝わせて肩ポン爆破するほうが早くなった。これは明らかな変更点。もはや両手は素手でいい。次々にドウラクに近接して、相手が攻撃モーションに入る前に雷撃爆破。
次々に魔結晶とドロップ品に変わっていくのを空中で範囲回収しながら次へ、また次へとひたすら戦っていく。そういえば四層ダッシュは小西ダンジョンでは実力確認のための一つの競技として楽しまれているらしい。一時間でどれだけ利益を確保して帰ってこれるか、というのを競っているそうだ。今更参加しても邪魔になるだけだろうが、ちょっと俺も参加してみたいが……今ここでやっているのが似たようなもんなので上級者は上級者向けのコースを走ることにしよう。
そのままペースを落とさず二時間、気持ちよく汗をかき午前の日課を終える。さあ、昼飯食って休憩したらまた六時間ほどお仕事するか。それで帰ればちょうどいい感じになるだろう。夕食も持ってきてはいるし、そのまま宿泊……でも構わない。
もう一度三十八層にそのまま潜ってスノーオウルの羽根も追加で取りに行く、という手段も取れる。一人で居る分だけ柔軟性のあるスケジュールを組んだり組み替えたりできるのは強みだな。
昼食のパスタを味わう。コクのある牛肉の風味を鼻でも舌でも味わう。流石に本場風に幅広のパスタを使っている訳ではないから本格さではとても及ばないが、しっかりとパスタに絡ませて肉の食感を楽しむ。
食べ終えるとスーツのジャケットを脱いでしばし涼む。流石に二時間動いた後食事をすると体が火照ってくる。これはちょっと横になって休むことにするか。
テントに入って……と、先客がいた。おや、テントを間違えたか。外に出て確認……いや、間違いなく俺のテントだ。俺のテントで眠っている白いワンピース姿の少女? 幼女? どこから入り込んだのか。いやそもそもどうやってここまで来たのか。受付とエレベーターを突破して四十二層まで来ると言うことは相当の実力かよほどモンスターに見つからないだけのステルス技術を持っているのか。
いやいやいやいや、冷静に考えてもっと解りやすい答えがあるはずだ。ダンジョンマスター。どこかのダンジョンマスターである可能性が高い。しかし、なんでここで寝ているんだろう。見た目はミルコに輪をかけて若い。五歳ぐらいというところか。
幼女が寝ている横でしばらく様子を見ていると、俺が居ることに気が付いたのか、幼女が目を覚ます。
「おじさんだれなの」
「俺はこのテントの持ち主だ」
「そうなの。ちょっとおかりしてたの。ありがとうなの」
「それは良いんだが、君、ダンジョンマスターだよね? ちょっとお話を聞かせてもらっても良いかな」
職質ではないが、情報を引き出そうとしてみる。どうやら素直に応じてくれるみたいだ。
「ちょっとくさかったけどねごこちがよかったからけっこうスッキリしたの。あのね、リーンはリーンっていうの。このあいだまでダンジョンマスターしてたの。でもダンジョンなくなっちゃったからいろんなところをわたりあるいているの」
リーンと言うのか。そして、俺の寝床は臭いのか。俺も加齢臭が漂う年齢に差し掛かったということか、それとも子供の嘘偽りのない一言か。とにかく臭いという直撃ダメージが俺を襲う。しかし、こんなに若くてもダンジョンマスターが出来ると言うことは、この子も見た目通りの年齢という事ではないんだろうな。
しかし、それならそれで幼女らしい姿をしている理由があるはずだ。そこには触れないようにして、大事な情報だけを聞きだしていくことにしよう。
「ダンジョンが無くなってから結構経つけど、それまでは他のところにいたのかい? 」
「いろんなダンジョンマスターのところにいってたの。じゃまになるといけないからじゅんばんに、いろいろみてまわってたの。あと、おじさんのことはしってるの。やすむらっていうはずなの」
「そうだ、俺が安村だ。リーンは白馬神城ダンジョンの元ダンジョンマスターってことでいいのかな? 」
「たしかそんななまえでよばれてたきがするの。リーンはダンジョンからでられないから、なかにきたひとたちがそうよんでたのをおぼえてるの。で、ダンジョンコアまできたあとしばらくなにもしないから、そのままダンジョンをこわさずにいるとおもってたの。でも、ちょっとまえにこわすことがきまったってたんさくしゃのひとがいってたの。それからダンジョンがこわされて、もんだいなくダンジョンがきえたのをかくにんしたからリーンはひまになったの」
なるほど。白馬神城ダンジョンもダンジョンコアまでは結構早く到達してたって事になるのか。で、しばらく壊さないことが決まって最近壊れた、と。その後はいろんなダンジョンマスターのところをうろうろとして、結果的に今ここに居るってことなんだな。
「今ここに居るのはミルコは知ってるのかい? 」
「ミルコにはきょかもらったの。ふかいところのセーフエリアならじゆうにしてていいよっていってたの。ここがいちばんいごこちがいいの。だからちょっとテントをおかりしてたの」
確かに高山、霧の中、砂漠と比べたらここが一番環境的に過ごしやすいのはわかる。だが、俺の寝床が臭いなら隣には芽生さんのテントがあるはずだ。そっちで寝なかったのは何故だろう。狭いからかな。まあおかげで会えたのだからヨシとしとこうか。
机を出してお菓子を並べる。コーラもミントタブレットも忘れずに。一通り並べると手を二拍、パンパン。お菓子が消える前にミルコがでてきた。
「早速お菓子を並べると言うことは、リーンの件で質問でもあるのかな? 」
「質問、というほどでもないんだが。自由にさせておいていいのか? という疑問はある」
「いいんじゃないかな、どうせ君らしかここまでたどり着けないし。もし先日のガルシア達みたいなお客さんが来たならその時点で連絡してちょっと消えててもらう事も出来るしね。安村としては他のダンジョンマスターとの顔つなぎは多いほうが嬉しいだろう? 」
「まあ知り合いが増えるという点では悪くはないとは思うが。ここ、行く当てのないダンジョンマスターのたまり場になったりとかはしないよな? 」
「おかしがあるの。もらっていいの? 」
ミルコとの話をよそに、リーンの目線は机の上のお菓子に向けられている。
「一個だけだよ。後、ミントタブレットは僕の物だ。それ以外なら構わないよ」
「わーい、なの」
「なあミルコ。質問なんだが」
「多分君の質問に答えるのは簡単だと思うよ。実際リーンは若い。ダンジョンの管理のために作られた人格、とでもいえばいいのかな。だから見た目通りの年齢だと考えておいて問題はないよ。後たまり場になるかどうかだが、君がここに居る以上一言面白いコンテンツの提供者に挨拶をしておこうか、ぐらいのダンジョンマスターは居るだろうね」
なるほど、見た目は子供、中身は大人、という訳ではないんだな。とすると……一番若くても四歳、ダンジョンを作るための準備時間を含めたらもうちょっと上、それでも見た目程度の年齢でしかない、ということになるんだろう。後は踏破されたダンジョンマスターが俺に会いに来るかどうかか。一方的にみられているのでこちらからどんな人が来るのか、というあたりまでは把握できない。これは会う人会う人どうもどうもと言い続けるしかないだろうな。
「そうか、ならいいんだが。最悪、中身が実はオッサンで幼女の格好をして幼女の振りをして媚びを売ってるというところまで考えていた」
「そんなダンジョンマスターは……探せば居るかもしれないが、そこまで何かをこじらせている人物がダンジョンマスターとして相応しいかどうかを考えれば自然と答えは出てくると思うよ」
なるほど、人格検査みたいなものにもパスしないとダンジョンマスターにはなれないって話なのか。しかし、幼くてもダンジョンの運営さえちゃんとしてればいいというのはそれだけ基礎部分がしっかり作られているということなんだろうな。
「あんな見た目だが、適性や魔力テスト、対人能力、緊急時のカバーリング、一通りダンジョンマスターとして立派に管理運営する能力は備わっているからね。見た目通りのお子様だが、見た目以上のスペックは持っていると思ってくれていい」
「それはミルコと同様にってことでいいのか」
「僕のほうが……そうだね、僕のほうがちょっと上かな。彼女はダンジョンを掘り下げて新しい階層を作らなかった、もしくは作れなかった側になるからね。早々と踏破されてしまっていった他のダンジョンのダンジョンマスターもそうだけど、新しく作り上げるというほうにはあまり向いていないのかもしれないね」
「そういう意味ではガンテツも向いてないって話になりそうではあるんだけど、そのへんは? 」
「ガンテツの場合は新しい仕組みのダンジョンを作りたいという欲求のほうが強かったからね。ダンジョンを作り始めた際も、デフォルトで用意されたダンジョンよりも独自のダンジョンを作りたがっていたようだし、今頃楽しみながら新しいダンジョンについて色々考えているはずだよ」
なるほど、そういう意味でガンテツは熊本第二ダンジョンの踏破を黙認した、という形にもなるのか。とにかくこれでフリーのダンジョンマスター二人と知り合いになることが出来た。それだけでも今日は収穫だと思っておこうか。
「ちなみにリーンはどんなお菓子が好きなんだろうか。リクエストがあるならまた持ってくるときに用意しないでもない」
「そこまで甘やかさないでいいよ。僕が貰った中から適当に分けるようにするから。下手に色んな所をフラフラしているよりはここに固定して居てくれた方がダンジョンマスターという立場上安定するし、他のダンジョンマスターからも邪魔がられる心配も無いし。まあ、安村のことだから多少甘やかすんだろうけど、ほどほどにしておいてくれた方が教育上問題ないと思えるかな」
「俺はミルコを結構甘やかしているような気がするんだが、今後はそれも改めたほうが良いかな? 」
「それはそれ、これはこれ」
だ、そうだ。俺は良いから甘やかしてくれ、ということらしい。まあ今更お菓子は一日一個までとかやるつもりではない。ミルコもそれなりの分別は付く年齢のはずだ。リーンが幼いからといって世話を押し付けるわけでもないし、その辺は自由にしていてもらおう。なにより、俺にはそれをどうのこうのする権利はない。ダンジョンの持ち主であるミルコがいいよといった以上はそれに従うのが筋というもの。そこに口を出すのはやめておこう。
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