923:できたよ!
四十二層へ着いた。相変わらずの南国風の風景が俺を出迎えてくれる。そんな南国にスーツ。きっと国内ならかりゆしでこの辺をぶらついていても違和感はないだろうがここはダンジョンの奥地。ストレス発散にここで泳ぐとかならまだしも、流石にそんな恰好でここに居る奴は今のところ自分を含め見たことが無い。
たまには海パン履いてここで泳ぐのも良いかもしれないな。セーフエリアだしクラゲもサメも出ないはず。安全な海水浴場……と、海水でもないんだったな。魔素水か。ともかく泳ぐ広さも余裕も充分ある。稼ぐのが嫌になったら焼きトウモロコシ片手に泳ぎに来ることにしよう。泳ぎ方は流石に忘れてはいないよな。
周りを見渡すとテントが三まとまり。自分達、高橋さん達、結衣さん達だ。結衣さん達のテントにはごく最近使ったような形跡が無いので、今日は休みなんだと思われる。さすがに保管庫でもない限りは飯を持ち歩いて奥の安全そうなところで食べて……というカツカツな探索をする理由は今のところ見当たらない。もしかしたら三十四層や三十七層あたりでスキルオーブを漁っている可能性もある。とにかく今日この辺には居ないことは確か。
とりあえず椅子に座り、食後の軽い休み時間を取っていると、転移してくる人が二人。ミルコとガンテツだ。
「やあ安村。食後の休憩かい? 」
「やあミルコ。そんな所だ。ところで、ガンテツも一緒と言うことは何か進展があったのかな」
二人そろって出てくるということは、ミルコもガンテツもおやつと酒をたかりに来たわけではないような気がする。それならそれぞれ別々に出てくるはずだ。
「実はな、仮ダンジョンのほうで通信の実験設備が完成してな。それで相談に来たんだ」
「仮ダンジョン……ってことは地上のどこともつながってないダンジョンということであってるのか」
「今のところはな。とりあえず誰にも見つからないような所にちょこっと穴をあけて、そこから通信のテストをする予定ではあるんだが、そこで問題が出た」
「実験用に通信できる端末が無くてさ。誰かのを借りなきゃうまく行かないということが判明してね」
なるほど。たしかに白ロム端末では通信が出来ない。分解して機械的に学習しても良い用として渡してはいたが、こんなに早く実証実験が出来るようになるとは思わなかった。
「ちなみにどのくらいの時間がかかる? 」
「すぐだ。送信して受信して、その受信が出来てるかどうかの確認が取れればいい」
なるほど。つまりシュッと貸してシュパーンと送ってサッと受け取ってバーンと確認できればいいとのことらしい。
早速文面を吟味する。相手は……坂野ギルマスで良いな。文章を送って不通を確認して、ついでに真中長官にも同じ文面を送る。芽生さんは確実に地上に居るからここにも送っておく。文面は三者同じだ。
「これは通信テストです。ダンジョンから送信されています。詐欺メールではありません。もしも受け取られたらそのまま何でもいいので言葉を送って返信してください。これは大事なテストです」
送信を押して、圏外で送信不能なことを確認する。
「これをそのまま貸すから、そうだな……よし、アラームが鳴るころには俺は帰るから、それまでにここの机の上に置いといて。戻ったら確認して成果のほどをミルコに伝えるか、もし居たらそのまま教える。そういう感じでいいかな」
アラームの時間を五時間後ぐらいに設定してガンテツに渡す。ガンテツは大事そうに受け取りながら画面を見る。まだ文字は読めないが、時間の数字は解るらしい。
「いいのか? 大事な端末じゃないのかこれ」
「なくしたり酒ぶっかけて壊したりしないならいいよ。俺も興味あるしな。それに、新しく通信環境を用意して契約して……って方が手間がかかる。それなら気軽に貸した方が効率的だ」
「解った、大事に預かるぜ。早速試してくる」
いうが早いかガンテツは転移していった。ミルコと二人、肩をすくめる。
「どうやらガンテツは大分入れ込んでいるようだねえ。新しいダンジョンを作るのはなかなか楽しそうだ。僕も興味が湧いてきたよ」
「俺としては……半々かな。ここに通い続けるほうが気楽でいい。もしミルコが新しいダンジョンが作りたいのでダンジョン製作を途中で放棄して、適当な階層にダンジョンコアを設置しなおして、割らせて新しいダンジョンを試してみたいならその限りではないかな。出来れば全く同じ場所に出現させてくれると嬉しいね」
「僕としてはもし作りたくなってもその予定だけどね。今更移動させたって不都合のほうが多いんだろう? 」
「そうだな……もうここに通うのが習慣になってるしな。それに、同じところに出現させてくれるのなら地上の建物をそのまま使いまわすことが出来る。そのほうが便利でいい」
ダンジョンは元あった場所に。暇なダンジョンマスターが一斉にダンジョンを作り始めて、第二次ダンジョン発生ブームでまた一悶着出来上がる可能性は否定しないが、せっかく出来上がったギルドというロジスティクスを破壊しつつ、また新しい場所に建ててとそうポンポン建てたり潰したりするのはこの国土の狭い日本では難しい。
どうせダンジョンが出来るならまた同じ場所に出来上がってくれる方が移動する側も利用する側も利用される側も、それぞれ便利であると言えるだろう。
「でもまあ、新しいダンジョンと一口に言っても通信が出来る出来ない以外にも別のウリは欲しい所だよな」
「へえ。安村としてはどういうダンジョンを考えているんだい」
ミルコが興味深そうに質問してくる。
「そうだな、まず食糧の問題だ。肉ばかりでは飽きる。野菜やコメや麦やジャガイモ、こっちで主に食べられている色んな食物がドロップすると割と楽しいかもしれない。奥に行くほど高級で美味しいものが取れるとなおいいな。後、セーフエリアの仕組みは今のままで良いとして、エレベーターはデフォルトで設置されているとありがたい。この場合、ゴブリンキングの角を持ってなくても視認することが出来ればなお良い。新しくできた感じがする。後はモンスターの種類がそれぞれのダンジョンで違ってても面白いな……」
色々自分の考えうる限りのいろんなアイデアをミルコに伝える。ミルコはメモを取るわけでもないが、俺の意見に聞き入ってくれている。後でガンテツにも伝えてくれると嬉しい。
「戻ったぞ、なんか文字返ってきた! 」
ガンテツが大喜びで転移してきた。どうやら送受信に成功したようだ。返ってきた文字と人を調べる。
「ダンジョン内でも通信できるようになったのかい! それは快挙だね! 嬉しいね! 」真中長官から。
「今日もお仕事ご苦労様です」芽生さんから。
「では、返信テストとしておくよ」坂野ギルマスから。
……みんな暇なのか、ほぼ即レス状態だぞ。昼時でちょうど休憩していたという可能性もあるが、送った相手には全部届いたようだ。
「送受信テスト成功のようです。ちなみに小西ダンジョンから送ったわけではないので一つご注意をば。送受信テストその二、返信できればよろしく」
また三人に送信しておく。
「これでもう一回テストだ。ゴー」
「おうよ! 」
また転移していくガンテツ。ミルコと二人目が合い、そしてフフッと笑う。
「どうやらこれでまた一段階、この文明とこちらの文明のやり取りが可能になったね。後はダンジョンマスターがそれぞれスマホを持てば好き放題やり取りが出来るようになるってことでいいのかな」
「その費用を国が持ってくれるなら出来るだろうな。ただ、こっちの文字を覚えてもらうという作業が……あぁ、それが大変だな」
「どうしてだい? 」
「この国はな、とても文字が多いんだ。四十八個の二種類の文字を覚えた後、更に数千個の文字と表現と読み方が……まぁ、とにかく文字が多い。ある別の国ならそれが二十六文字で済む。我々でも全て使いこなすことは難しいぐらいには、とにかくたくさんだ」
ひらがなで四十八文字、カタカナで四十八文字、ローマ字で二十六文字、それから数千個の漢字。うん、外国語として新たに覚えるにはとことん向いてないな我が国は。
「どうしてそんなに難解な文字を扱っているんだい? というか、統一文字みたいなものはないのかい? 言語もそうだけれど、君たちは地域によって使う言葉が違うよね」
「どうして……どうしてなんだろう? 俺にも解らん。解らんが、これも元々は別の隣の国から伝わったものだから隣の国のせいにしてしまってもいいんだろうか。いやでも民族的な文化だとか国柄だとか歴史ある云々とか……まあ、色々理由はあるんだがとにかく俺たちの国で使う文字は文字数が多い。覚えるためだけに十年近くの時間を要するからな。最悪ローマ字で……ダンジョンマスターの世界のデファクトスタンダードがローマ字になるのか。ローマはもう無いのに。それでいいんだろうか」
「なんだか悩み事が多そうだね。まあ、文字や言葉のことは追々でいいさ。今はダンジョン内からでも通信が出来るようになる方法が見つかった。それでいいんじゃないかな」
ミルコは諦めたらしい。まあ、翻訳スキルみたいなものを持っているんだからダンジョンマスター間の通話は問題がないだろうし、こっちに用事があるなら直接出向いて話をする、という事で今のところは納得するんじゃないだろうか。
「ただいま~、また文字が返ってきたぞ」
ガンテツが帰ってきたので早速文面を見る。三者三様といったところか。
「小西ダンジョンじゃないならどこに居るんだい? 清州かい? 」真中長官から
「あれ、安村さん今日来てたよね? 」 坂野ギルマスから
「ということは例の実験領域ですか。ご苦労様です」 芽生さんから。
芽生さんだけはおおよそのテストの内容が解っているのか、ねぎらいの言葉が返ってきた。
「これでテストは充分だな。後は精々通話が出来るかどうかを確認するぐらいだが、通信の問題は現状これで第一段階解決ってところじゃないかな」
「第一段階ってことは第二段階もあるのか? 」
「厳密にいえば、通信規約に則ってるかどうかとか、法律に基づいて電波のやり取りしてるかとか、もっと言えば機械の中でどういうやり取りをしているのか……とかまぁ色々あるんだが、その辺はこの際置いておこう。無事に電波の送受信が出来たって事で万歳しておこう、ばんざーい」
「ばんざーい……って何? 」
「無事に仕事をやりきったってことだよ」
「なるほど、ばんざーい」
見た目少年とオッサンとオッサンが三人で万歳をしている。何だろうこの不自然感。まぁいいや。
「ともかく目の前の目標は一つ解決したという事で、お菓子とお酒をふるまおう」
「「まってました」」
早速保管庫からお菓子と酒をふるまう。酒にはちょっといい酒を混ぜておいた。
「じゃ、俺は休憩も終わったし早速仕事してくる。後はよろしく」
「いってらっしゃい。僕も引っ込むことにするよ」
「よし、一区切りついたし呑むぞ。これはまだ見た事ない酒だな。ゆっくり楽しむとするか」
それぞれ自分の取り分をもって転移していく。俺も歩いて四十三層へ向かい、いつものカニうまダッシュだ。休憩中にちょっと時間を取られたものの、大事な実験が成功したことも有りこれでまた一歩新しいダンジョンへの道が開けた。この調子で頑張ってもらえると世の中がちょっとだけ楽しいことになるだろう。
その後、五時間のカニうまダッシュを終えて茂君して帰った。今日のお賃金は六千八百四万円になった。午後からの仕事だったが色々あって満足感はあるお仕事だった。今後ダンジョンがどう変化していくのかも含めて楽しみが増えたな。ガンテツがどういうオリジナルダンジョンを作っていくのか、それを楽しみにして行こう。
ダンジョンだって三日やそこらで出来たー、公開する! だからどこに設置しよう! なんて話にはならないはずだ。ガンテツがどういうダンジョンを作るかには興味があるし、意見を求めてくるかもしれない。質問があれば答えるし、もしそんなに評判がよろしくなければダンジョン庁にコンタクトを取って早めに潰してもらえるように願う事も出来る。手段はいくつか取れる可能性はあるんだし、お互い試行錯誤を積み重ねていけばいいと思う。
まだまだ時間はある。焦らず進めて行ってもらおう。明日と明後日は三十八層へ通うことにしよう。それで布団の山本への納品分のスノーオウルの羽根をあらかじめ確保しておくのだ。パチンコ玉をかなり消費するだろうが残弾はある。焦らずいつものペースでやっていこう。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。