921:最近の様子
またここから一区切り始まりです、よろしくお願いします。
どうやら、世界的にはダンジョンのトレンドは欧州やアメリカより日本のほうにシフトしつつあるらしい、ということを聞いたのは先日のネットニュースだった。
ここ最近、最深層の到達速度やモンスターの命名権の取得が日本からの発信によるものが多く、どうやら下手にいろんなダンジョンに潜ったりするよりも、何とか来日する方法を見つけてはそこで実地で情報を聞き出すことで自分たちの探索に活かすこともできるし、ちょうど円安気味の影響もあって物価がそれほど上昇していない日本で生活するほうが治安の面でも都合がつきやすいとかなんとか。
一言で言ってしまえば大体俺らのせいということだ。ただしばらくは最深層を更新する予定がないことと、他国のダンジョンが次々に攻略されていくのを見ていくと、下手なダンジョンに潜ったほうが探索者としての名声が高まるのは間違いないとは思う。
だが、そこは名より実を取ることを優先した結果、小西ダンジョンの顔見知り連中や、高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンの土竜、大梅田ダンジョンの猛寅会の各パーティーはともかくとして、おおよそ実質的には小西が最先端であると言うことは表向きまだ伏せられている。
ただ、ダンジョンに関する情報をダンジョン庁はもっと公開していくべき、という声も小さくはない。いずれ、各ダンジョンに属する主なパーティー名や人数構成、稼いでいるかどうかなんかの情報は表面化していくのだろう。そうなると俺達ものんびりダンジョン探索して小遣い稼ぎというには莫大な額の収入を大人しく得続けるようなことは難しくなっていくだろうな。
芽生さん曰く「それまでに稼げるだけ稼ぐのが当初の目標だから良いんです。表ざたになったら小西ダンジョン専属の記者やマスコミ連中が押し寄せて来るでしょうから、その対応に力を使わなきゃいけなくなるまでが勝負です」とのことらしい。
たしかに、毎日潜るたびに「今日はどうでしたか」「最深層は更新されましたか」などと囲みの記者に質問され続ける面倒さを考えればそれまでにいくら稼げるか、というのは大事なことに思えてきた。もうちょっと踏ん張って今の内に金稼ぎしておくか。
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ダンジョン探索のほうは順調に進んでいる。実際は一層たりとも進んでいないが、実力のほうは確実につけている。ステータスブーストの段階を三つほど上げる事には成功した。やはり現状最深層、肉体的にも魔力的にも精神的にも鍛え上げられていることは間違いないようで、数回通っている間に無事に目標値を達成できた。
今ではアルファ型もベータ型もかなり動きが緩やかに見えている。その間にこちらは手足をその速さ分だけ余分に動かして雷撃も斬撃も好き放題に撃ちこんだりしている。流石にまだ一人で回るほどの度胸と手数はないので、一人の時は相変わらずドウラクやリザードマンに舌鼓を打ちつつある。が、そろそろ四十九層付近でドロップ品目的で動いても良いかもしれないという形になり始めた。
散々人を待たせたダンジョンタンブルウィード、つまりマリモの種の査定価格が三万円に決まったのもその間。階層に比べれば相当安い。安いが、安いなりに理由はあるし三万円という値段にもそれなりに説得力を持たせる回答をこちらに回してくれていた。
ダンジョンタンブルウィードの種からできた実の成分を抽出し分析した結果、ヒールポーションのランク2と同等の効果を持つことが解ったということである。しかも成分の濃度から算出すると二本分の価値があるらしい。ヒールポーションランク2の末端価格がいくらになっているかは知らないが、少なくとも八万円そのまま、と言うことは無いだろう。それで査定価格が三万円というのは完成するまでの時間と手間賃、ということなんだろうな。
ひとまずギルドからの願いで手持ちのダンジョンタンブルウィードの種を全部出してくれないか、ということだったので、全部放出した。なんだかんだで千個ほど溜まっていたので臨時収入に花が咲いた。
臨時収入と言えば、総額としてはこれもほぼ同額になるが、シャドウバタフライ……シャドウシリーズはそのままシャドウシリーズとして名前が申請を通ったらしいが、シャドウバタフライの鱗粉も甘味料として化学メーカーと、複数飲料メーカーによる合同出資会社がこれにオファーを出し、あるだけ売ってくれという形で俺のほうに情報が回ってきたので手持ちにあった七百個ほどを査定に出した。
今後どれだけの需要が発生するかはこの甘味を使ったテスト商品がどれだけ世間に受け入れられるのかも考えて今後のオファーを考えていく、という形になったらしい。とりあえず業界でまとめて引きとり、もし将来性や確実な確保手段が得られるならばそれによってどんどん……ということなんだろう。
シャドウバイパーの牙も武器、主に剣や槍の芯材としての需要が見込まれているため、これも五万円で売られていった。そのまま溜めこんでおいても良かった品物だが、せっかくの買い取りのオファーが来ているということで保管庫の中身を一斉放出した形になる。保管庫の中身と言っても三行減っただけだが、行き場のない品物にきちんと行き場が与えられたのは良いことである。
インゴットのほうは絶賛解析、加工中らしい。どうやら溶解させることはうまく行ったらしいがその先どう加工していくかについてはまだ方針が決まってないようだ。鉄みたいに鍛造していくほうがより良いものが作れるのか、それとも鋳造で充分な構造、耐久性、機能が満たされているのかについてを協議中らしいが、すくなくとも地球上に存在する物質構成ではない、というのは確からしい。
何かのインゴット、名前がつくのはしばらく先になりそうだ。
魔結晶発電所の建設計画も順調に進んでいて、各地方の大手電力会社が一斉に各地で建設を始める、ということになった。まず何処か一か所に建てて、ではなく数カ所に一斉に建設することで同時に魔結晶の利用を開始することになるようだ。多少完成時期にばらつきこそ出るものの、ほぼ同時に国内各所で運転を開始するであろうという話が進んでいるらしい。
また、前に見に行った実験炉クラスの大きさの物ならそこまで時間がかからず建設可能という事も有り、まずは小さいものから進めてみようというベンチャー企業もいくつか出始めた。市場在庫から燃料である魔結晶を買い付けなければならないのは同じだが、他の電力会社に比べて初期費用も少額で済むし先物価格の変動にも対応しやすいとの理由で、これも何社かが参入しているようだ。
どうやら自社で仕入れて燃料費を安く上げるために探索者の自己雇用、さらには派遣業……なんてことまで考えているケースもあるらしい。食肉や紡績だけでなく、ついに魔結晶の直接取引にも商社が関わってくることになるわけだ。また社会が一段と複雑になるな。
この春から世の中は色々と忙しいようで何よりである。俺がやることと言えばいつも通りダンジョン深くに潜って探索。時にはイチャついて時には真剣に、時には全力で取り掛かって、視聴者の目と財布を満足させる作業に没頭していた。ゴールデンウィークを挟んだことも有り、ここ数日でかなりの儲けを出したのは間違いない。
芽生さんはゴールデンウィークに好き放題探索をした分本業に集中するとして、公務員試験への準備でまじめに勉強に没頭するらしく、しばらく潜らないと言っていた。本人がそう言っていることもあるし、進路の邪魔をすることはあってはいけない。仮に落ちたとしてもそれはそれで探索者になる覚悟がより一層強まる、ということでやるだけやってみるらしい。
合格すればするでヨシ、出来なかったら出来なかったでダンジョン関連企業に参入するもヨシ、好きに決めたら良いと思う。俺が出来るのは応援だけなのでたっぷりゴールデンウィーク最終日に応援してさしあげた。ツヤツヤになった芽生さんを送り出してしばらく、連絡はないが便りが無いのが元気の証拠ということだろう。
うっぷんを晴らしたくなったらまた連絡が来るだろうからその時にダンジョンに潜るなり、家でしっかり癒しを与えるなどしてリラックスしてもらおう。
結衣さん達は四十五層でヒュージスライム相手に絶賛苦戦中。核を割る所までうまくダメージを通り抜けさせられないという状況らしい。階層を戻ってスキルオーブを手に入れるなり購入するなり手段を講じないと難しそう、という話を直接聞いた。
どうやって倒したの? と聞かれたので射出で対応したと素直に白状したら呆れられた。そのチートを使わずに勝つ手段は何かないのかと聞かれたが、今のところ思い浮かぶのは【土魔法】をしっかりとミックスさせ、研磨剤の役割を果たした土を【水魔法】で射出し、威力を増した状態のウォーターカッターで表面を削ることなく一気に核までたどり着かせるか、手数を増やしてとにかくスキルと近接攻撃の乱射で徐々にスライムを小さくしていくぐらいしか思いつかない。
こういう時チーターはだめだな。楽に戦う方法を会得してしまっているので他の人ならどうするか、という部分にあまり頭が向かない。高橋さん達は結局あの後ヒュージスライム倒せたのだろうか。そっちに質問をしてみるのも有りじゃないかな、と聞いてみることを推奨しておいた。
潜って来た階層のわりにスキルオーブの絶対量の少なさが響いてきているのか、しばらくは色々試してガンガン潜ってスキルオーブを拾いに行く方を優先していく様子だ。こればかりは応援する以外に出来ることは飯を作ることぐらいなので、時々お昼をご一緒してはこっちからも飯を提供して英気を養ってもらっている。
相変わらずよく食べる五人だが、昼食時に作る側の負担を減らすことはうまく行っているのでそのまま良い感じで回っていってくれると嬉しい。
俺が参加すれば解決する問題、というのは俺が参加しなければ解決しない問題であることを証明するものなので、進捗に関してはこれ以上俺からああしろこうしろというのは控えている。最短ルートでここまで渡ってきたが、割とダンジョンマスターに助けられた点も多いんだ。その利益を享受できない以上、自力で頑張るしかないところでもある。ここがある意味で正念場かもしれない。頑張って国内数例目になるか、二例目になるかは解らないがヒュージスライムの撃破も頑張ってもらおうと思う。
そういえば、結衣さん達はエルダートレントも倒してないんだな、という事に気が付くが今後エルダートレントを倒すことがB+ランクの条件として要求されることになったとしても、既にB+ランクを保有していることでもあるし問題は起きないんだろうか。その為に現状のB+ランク探索者は一応倒しておいてくれ、なんてことをダンジョン庁から言われた時に実行できればそれでいいんじゃないかなとは思う。
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国内のダンジョン踏破状況だが、踏破を決定したダンジョンは白馬神城ダンジョン以降今のところ出ていない。最奥部に到着してダンジョンコアを破壊せずに、撫でてお参りして帰ってくる、という動画が人気を博していた。ダンジョンマスターの姿はそこには無かったが、多分どっかで眺めているのは間違いないだろう。何で壊さないんだろう? と疑問に思って動画を取り終えた後に質問しに行ってたりはするかもしれない。
国内情勢としてはよほどの過疎地域を除いてはダンジョンは基本的に存続させ、ダンジョンマスターに意見具申が出来るならばより深くより楽しめるようにダンジョンを運営していってほしいという願いを提出している様子。おかげでまだ三例目のダンジョン踏破は実現されていない。
海外ではあちこちでダンジョン踏破やそれに伴う一種のお祭り的な儀式も行われているが、同時にダンジョンが無くなったことで逆にダンジョン周辺が寂れていく、という俺が危惧していた現象も起きているようで、ダンジョンの踏破に関しては足並みを上手くそろえられていない様子だ。
日本一国と比べて人口も面積も人種も考え方も様々な欧州十数ヶ国、同じルールを適用したとしても一斉に足並みをそろえろというのも無理な話だし、ダンジョン踏破は祭りでもあるし、探索者としては一つのキリの良さとして今では挙げられているダンジョンの踏破。その名誉を拾えるなら拾っておこうと考える人はそう少なくないらしい。
ダンジョンによっては既に踏破禁止を掲げて最奥部に到達してもダンジョンコアを破壊しないように通達が出されているダンジョンもある。そこでダンジョンコアの破壊が行われたらまたひと騒ぎあるんだろうな。せっかく奥まで到着したんだし割って帰りたいのはやまやまだろうが……まあ、頑張れ。
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。