910:赤砂の砂漠 6/6
この五十五層の非常に濃かった二時間ほどを振り帰りながら五十六層に着いた。五十六層も同じ赤砂の砂漠のマップ。ここで赤砂のマップとはお別れという事になる。とはいえこのまま五十七層に進むのか? と言われるとちょっと戦力的に危うさを感じる。しばらく五十五層で力を溜めてそれから向かうほうが良いだろう。
五十六層の風景は今まで点々と存在していた家々がまとめて住み着いているような、そんな印象の残る地形だ。今までと同じような砂レンガに泥で塗装したような家が数軒、まとまって建てられている。索敵で周囲が安全なことを確認して、本当にセーフエリアであるかどうかを確認するためにドローンを飛ばす。ドローンから見ても、この大岩の付近に数軒存在する家と、丘を挟んで北側に少し離れて同じように集落があることを確認できた。モンスターはちゃんと居ない。
その離れた集落のほうにも数軒家が建ち並んでいて、どっちの集まりにも井戸がある。このマップ、やはり井戸は大事らしい。
離れた集落のほうには大岩が見える。休憩を終えたら確認をしに行ったほうが良いかな。このマップの広さから考えてもう少し離れたところに大岩が有るかと思ったが、そういう訳ではないらしい。かなりコンパクトに作ってくれてあるこの階層に少しだけ安堵を覚え、そしてエレベーターを設置する場所に悩む必要があるだろうなと覚悟しておく。
今回はたまたま通り抜けられたのかもしれないと考えると、五十五層でひたすら戦い続けてステータスブーストのレベル上げは必須だな。後はスキルオーブを手に入れてもう一段階雷魔法を強く……そうだな、貸し借り無しの関係を維持するためにミルコに頼んでみるのも有りだな。前の時は三十五層だったか。あの時は芽生さんの分を拾っておいて、俺の分を追加でもらったわけだが、それをもう一度繰り返してもいいな。
相場に出してあるほうはどうしようか。自分で出したので取り消す、というほうがスムーズな理由として通りそうだが、この際一気に四つまで覚えてどのくらい強くなれたかを確認するのも悪くないかもしれないが、一気に四つ覚えるとどのぐらいの威力強化になるんだろう。
流石に四つも五つも同じスキルを多重化させて覚えるというケースは例が無いだろうし、威力が高すぎて芽生さんとの実力が乖離する可能性だってある。でもまあ面倒くさいし購入できるタイミングで購入できるようにしておくのは悪いことじゃないだろう。
「こう、休憩しているはずではあるんですがなんかしおしおと水分が抜かれて行っている感覚がしますね」
「ここに来る時は水分だけじゃなく化粧水が必要になるかもしれないな。俺もお肌がカサカサしてきたような気がする。ウェットティッシュはあるが、それ以上に水分が吸われて行ってる感じがするな」
化粧水か。去年買ったものを時々使ってはいるが、もっと高級な化粧水でお肌をぴちぴちに保っていくこともこれからは必要かもしれない。せっかくだし一番評判の良いものを選んで買ってみよう。
充分に補給をしたところでそれぞれの家の調査はさておき、集落を分断する中央の丘陵部を越えて反対側へ歩いて確認しに行く。この小さな丘のおかげで視界は切れているので、ただひたすら登る作業に集中するもののここに来るまでの地図に比べて近い隣の集落までは戦闘が無いのであっさりたどり着いた。
「戦闘が無いと歩くのが捗っていいな。落差が激しすぎてなんか拍子抜けする」
「そうですね、忙しかったのに今は空を見る余裕がある程度にはこう、なんか解放感があっていいですね」
後ろを振り返ると、二人分の足跡だけが残る。本当にここに来たのが二人だけである、というのを示してくれているかのようだ。誰も居ない砂漠、小さな丘を越えるまで何も見えなかった景色。そして、後に残るのは建物と井戸、そして階段のついている大岩。
別に集落に建てるなら大岩に階段がついている必要はないとは思うのだが、どうやらこのマップは階段を設置した後に集落なんかのオブジェクトを急に配置したようなデザインに見える。ミルコが急いで作ったという可能性も捨てきれない。そう裏読みをすると、なかなか進ませないために五十五層の密度を作り出したのかもしれないな、とすら感じる。
「階段は確認。南北に集落があってそれぞれに階段……と。それ以上に確認する事は無いな。とりあえず、どっち側にエレベーター作ってもらおうね? 」
「しばらく五十五層でトレーニングになるでしょうから五十五層側で良いとは思いますが。私たちがテントをどこに張るかも含めて考える必要がありますね」
「ふーむ……自分たち以外も利用することを考えると、五十五層側に作ったほうが良さそうだな。いずれ他の大量の探索者達がここに潜り込むようになることを考えると、五十五層は美味しいエリアだ。わざわざ二十分ほどかけて余分に歩かせるよりは五十五層の階段の裏にエレベーターが有るほうが利便性は高くなるんじゃないか? 」
「じゃあそういうことでミルコ君に頼みましょう。五十五層側に戻って再確認しましょう」
再び歩いて五十五層側の集落に戻る。
「自転車はこの砂では使えないし、何か移動を楽にするための設備が欲しい所だが、こんな砂地で楽々移動できるようなもの、思いつく? 」
「モトクロスバイクなんかがあれば良いかもしれませんが、多分砂で滑るでしょうし、そこで神経使って無理に移動するよりは素直に歩いたほうが良いような気もします」
「何事もうまくいかせる、という風にはなかなかいかないもんだな」
靴の中に入る砂を気にしつつ、南側の集落へ戻る。戦闘に必死な間は気にならなかったが、戦闘から一歩離れてただ歩くだけのマップになると少量の砂が気になる。
また二十分歩いて五十五層側へ戻ってきた。とりあえず机と椅子を出して、早めの夕食を取ることに決めた。
ついでにお菓子も用意して、ミルコを呼び出す準備をする。今日の夕食は鍋だ。暑い所で熱いものを食べる……あまり合わないかもしれないが、良い感じに汗をかいてもウォッシュで綺麗にできるのでそれなりに温かければ充分だな。
コンロを出してその上に鍋を乗せ加熱していく。別のコンロに少量の水と残ったご飯を入れて軽く炒めて温めなおす。そして机の上にお菓子を取りそろえるとパンパンと手を二拍。いつも通りミルコが現れた。
「やあ、セーフエリア到着お疲れ様。大分苦戦するように作っては見たものの、結構余裕ありそうだね」
「本当に余裕が無かったら射出で全部対処してたさ。で、俺達が一番ってことで良いのか? 」
セーフエリア初回突破なのかどうかを確認しておく。大事な所だからな。もし初回じゃないならこれからエレベーターを探しに歩かなければならない。
「うん、高橋たちは五十五層の密度を見て一旦引き返していったところまでは確認したんだけどね。結局君らにごり押し突破されてしまったよ。おめでとう、賞品はなににする? 」
「とりあえず夕食を食べてそれからにしようかな。あ、エレベーターは五十五層の裏側に設置よろしく。しばらくは五十五層でまたしばらく稼ぐという流れになりそうだからな」
「解ったよ……で、その鍋は美味しそうだけど僕の分もあるのかな? 」
「なら食べていくと良い。今温めてる最中だからもう少し待て」
三人分の食器を並べておたまでぐるぐるとかき混ぜながら温まり具合を確認する。米は充分温まったので三人分きっちり分けておく。しまったな、雑炊にする分の米が足りないか。多めに炊いてきたつもりだったのだが今日のところは残念だが諦めておこう。
鍋が充分温まったところでそれぞれの器に盛ってお出しする。早速食べ始めた芽生さんから「味しみ大根はいいですねえ」という素直な感想が聞けたので、しっかりと味がしみているのは間違いないらしい。
「暑い所で熱いものを食べるというのも中々悪くないね。味もしっかりしみてて美味しいし。この鍋の味付けは安村がやったんだろう? 」
「こういう、鍋の素みたいなものがあるんだよ。放り込んで煮込むだけで簡単に鍋が出来てしまう便利商品だ。他の探索者が使ってるところを見たことぐらいはあるんじゃないか? 」
試しに一つ取り出してミルコに見せてみる。ミルコは固形化された鍋の素を珍しそうに観察した後こっちに戻してきた。
「相変わらず君らの食への熱意は凄いもんだね。でもこれだけ簡単に持ち運べるなら、ここで作っても良かったんじゃないかい? 」
「それでもかまわないんだが、家で作ってしっかり味が染み込むようにした方がよりおいしく作れるからな。味が染み込むまでにはそれなりに時間がかかるもんだ」
俺も自分のを食べ始める。保管庫で時間経過そのままで放り込んでおいたほうがもしかしたらもっと味しみになっていたかもしれないな、今度はもっと色々考えて料理を作っていこう。とりあえず今日のところはちゃんと味がしみ込んでいるのでヨシ。
満腹……とまではいかないが腹八分目ぐらいにはなった。ミルコは鍋を空にすると、非常に満足そうにしている。
「さて、食事も奢ってもらったことだし、早速エレベーターの設置に入るよ。今日中に帰るかどうかわからないけど、早いほうが良いだろうし、四十九層から持ってくる荷物もあるだろうしね」
「そうしてくれると助かる。その間にこっちも色々と設置したりするものがあるからな」
机と椅子はとりあえず出しっぱなしでいいだろう。机の上を片付けると、ミルコについて行ってエレベーターを作る作業の脇でノート用の机と椅子のセットを配置。ノートに今日の日付と到着したこと、更に北側の丘を越えた先に五十七層の階段があることも記述しておく。これで高橋さん達が頑張って乗り越えてきた後で休憩できるようにしておくか。
一通りの作業を終えたところで、今度は自分たちのテントの場所だ。家に出入りしたい人も居るだろうから家の庭的な所にちょうどいいスペースを見つけるとそこに設置。四十九層と同じく、中で立って色々できる大きさの五、六人用の大きいテントだ。
「芽生さんこの後どうする? 一泊していく? それとも今日のところは帰る? 」
「うーん、ご飯も食べたし良い感じに眠気も来ましたが、せっかく一区切りとして着いたところなので今日はもう帰りたい気分ですね。ミルコ君から報酬受け取ったら今日のところはお開きにしませんか」
芽生さんは帰りたいムードらしい。流石に一人で潜り続ける度胸はないし、帰りたいのに無理して居残り作業をして怪我をするのも良くない。今日は帰ることにしよう。
しばらくしてミルコがこっちに歩いて戻ってくる。
「エレベーターの設置作業終わったよ。後は君らへの報酬だけどどうしようね? 」
「俺は【雷魔法】が欲しいかな。火力不足を補いたい」
「だったら私も【水魔法】で。この辺のモンスターを一撃で吹き飛ばすのは出来ない訳じゃないですがもうちょっと楽して戦いたいところですし、何か派手な戦い方が出来ればそのほうが撮れ高も増えると思いますよ」
二人とも考えることは同じだったらしい。囲まれても戦い続けることができるだけの火力を。わざわざ呼びつけて一部隊ずつ処理しなくてもいいだけの範囲殲滅力を。
「わかった」
ミルコが後ろを向いていつもの見えないコンソールを叩いている。ダンジョンマスターはコンソール越しにいくらでもスキルを……いや、実際はある程度制限があるんだろうけど、スキルを生成して付与することが出来るらしい。もしかしてスキル生成みたいなスキルもあるのかもしれないな。
「これでいいかい、確認して」
しばらくすると手渡しでスキルオーブをくれた。
「【雷魔法】を習得しますか? Y/N 残り二千八百八十」
「イエス」
「あなたは既に【雷魔法】を習得しています。それでも習得しますか? Y/N」
「イエスだ」
「イエス……イエス! 」
二人とも、既に習得していますがそれでも習得しますか? と聞かれている。それぞれが二回イエスと答えることで再びスキルを多重化させる。さて、三段階目の【雷魔法】は一体どれだけの威力を俺に確保させてくれるのだろうか。体に沈み込み発光する中で考えている。
今使えるスキル技術の中で、こういうのを使ってみたい、とイメージするものがあるか。それについて、三段階目になった【雷魔法】でそれを実現することが出来るか。どうやら芽生さんには明確にイメージがあるらしいのはさっき感じ取ることが出来た。俺は、どうだろうか。
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