906:赤砂の砂漠 2/6
五十三層にたどり着いてまずすること。周辺警戒はもちろんのことだが、周辺にモンスターが居ないことを確認すると二人分二回ずつ、合計四回のウォッシュをかけて、甘い階層の成分をここで削ぎ落しておく。
途中でも階段を跨ぐたびにウォッシュはかけていたが、どうせまた甘味まみれになるからと比較的簡易的にやっていたので今回は本格的にかける。
ウォッシュも服の表面だけでなく内部まで潜りこんで根こそぎ洗浄ができるようになった。これも使いこなせているという自信につながる。
鼻をチーンとかんで鼻の奥に入り込んだシャドウバタフライの鱗粉を少しでもひねり出すと、体のあちこちの匂いを嗅いだり髪の毛を触ってギシギシしてないかどうかを確認。そしてお互いに指さし確認で残りが無いかも確認。
「綺麗になったみたいですね」
「これで探索に集中できるな。で、ここで飯にするか。とりあえず最初の一歩は無事に歩ききったぞ」
「そうですね……と、少し遠いですが反応があります。あれはどうしますか? 」
百五十メートルほど先にモンスターの影。念のために叩いておきたいところではある。食事前の一運動と参ろうか。相手はアルファ型が二匹。苦戦はしないだろう。
ご飯の準備の前にサクッとアルファ型を一対一で片付けると、階段すぐの建物の井戸のそばに陣取って昼食の準備をする。
「軽く小旅行に来たみたいでなんだかテンション上がるな。許されるならこのままバギーで砂漠を横断して次の町へ向かいたいという気分だ」
「バギーはともかくとしてモンスターが居る以上難しいとは思いますが、確かにそういう気分にさせてくれる所ですね。さ、お昼食べましょう」
五十三層での最初の戦闘も終わらせたところで落ち着いて食事だ。今日のメニューはスペアリブ風味の馬肉とサラダ、そして米。ドレッシングはお好みで。
「ちょい少なめなのは移動が多いからですかね? もうちょっとガッツリ食べても良いような気はしますが」
「その分夕食は鍋にしてみた。ご飯を節約すればシメの雑炊が食べられるぞ。その分お米も多めに炊いてきた」
「うむむ……今米を多めに食べるか後の楽しみに取っておくか、中々難しい判断を迫られますね」
そう言いつつ、茶碗によそった米を片手に早速肉を食べ始める。味のほうはメーカーお墨付きだから問題ないだろう。サラダにもシーザードレッシングをかけて一人分きっちり味わう姿勢を見せている。
申し訳程度のサラダだが、胃袋を良く動かすための動力源としての分量は充分に用意した。俺もごまだれをかけてサラダをまず全部味わう。肉はその後だ。サラダが胃袋に入り脈動を始めるのを感じる。さぁ、前菜が来たから俺も働く時間だ、この後の消化器たちも上手く消化吸収してくれよと号令をかけているかのようだ。
馬肉のほうは割といい感じの味わいがついている。一人一パック分用意したので量としても申し分ない。口の中から胃に入り、胃で一生懸命消化活動を試みているであろうことが体の内側から伝わってくる。実に米の進みそうな味わいだが、ここは米を少なめにしておいて夕食の鍋の時にゆっくり味わえるようにしておく。
道中でお腹がすいたらカロリーバーでごまかそう。この水分というものが見当たらない砂漠、途中の水分補給も欠かせない。そのついでに一本二本かじりつくぐらいの余裕がある階層っぽいのでまあ大丈夫だろう。
階層を跨いでモンスターがいきなり過密になるようなこともないだろうし、五十四層に下りたら突然映画みたいに砂の中から大量のモンスターが襲ってくる、なんてイベントは多分実装されてないだろう。もしかしたら九層と十層ぐらいの落差のあるモンスター密度になる可能性はあるが、それでも一気に襲ってくる相手が急激に増える、という可能性は考えておくに越したことは無い。映画だと実弾バラまいて何とか牽制しつつもやられてるシーンが多かったなあ。
「ご飯食べながらまた眉間にしわが寄ってますよ」
芽生さんに指摘される。眉間をくにくにと動かして指でつまんでびよーんと皮を引っ張って元に戻す。一連の動作を見てクスッと笑いながらご飯を先に食べきる芽生さん。食後の熱いコーヒーを渡すとゆっくりと口の中を掃除するように飲む。
「さて、ここまで予定通りですか」
「後は階段がどこにあるかだな。今の内にある程度目算をつけておくか。西北西に何もなければ何処に次行くべきか、それぐらいは早めに勘定しておいても良さそうだ」
遅れて食べ終わった俺もコーヒーを飲み、ドローンをひとまず飛ばしてみる。西にオブジェクトがある以外はこれと言って大きく目を引くものは無い。ここの目印は小さいのか、それとも本当に何もないのか。
この寂しい風景を網膜に焼き付けるがごとくじっくりと観察する。ここがアメリカの砂漠だったらタンブルウィードの一つも転がっているところだろうが、どうやらそっちの砂漠ではないらしい。もしくは向こうの文明には似たような草が……いや、マリモが居たから似たようなモチーフの植物ないしモンスターは存在するんだろう。とにかくここには転がる草はない。
しいて言うなら低木、ほとんど葉っぱの無い、木だけがそこにたたずんでいるような小さなオブジェクトが散見される。これも目印と言えば目印だが、解りやすさはない。
ドローンの飛ぶ範囲では南にも一つ、東にも一つ、それぞれ目標になるようなオブジェクトがあった。南には明らかにこれはオブジェクトだろうとみられる何らかの動物の骨。何であるかは解らないが大型の脊椎動物の骨。頭に角のようなものがあることからも、レッドカウの類型ではないだろうか。もしくは砂漠だからラクダか。とにかくモンスターの骨だ。東にはさっき言った低木が数本まとめて立っている。こっちは比較的近くに存在する。
ともかく、まずは西だ。一度通ったものの前回時間の都合で回り切れなかった場所を回って、何もないことをきちんと確認してから次へ行く。そのほうが、後回しにして結局またこっちへ来るという二度手間を防ぐ可能性がある。何も無かったら何も無かったでいいのだ。地図が埋まることにこそ意味がある。
ドローンを回収して昼食の片づけをして、軽くストレッチをして行動開始。
「まずは前回の続きからだな。西の一軒家へ向かった後北西へ。何も無ければ真っ直ぐ東南東へ向かって階段まで戻ってくる。その後は南か東か、どちらかを目標にして再調査だな」
「直接西北西へ向かうという手段も有りですがそっちは取らないんですか? 」
「はっきりとした向きが解らんからな。ドローン飛ばしながらゆっくり向かうでも良いが、時短をするならそれでもいいかな。よし、直接西北西へ向かってみるか。解らなくなったらドローンを飛ばしてしまえば目標物は見つかるだろうし」
直接西北西へ向かって目印を確認しに行くことになった。少し不安は残るものの、ここではモンスターに対空迎撃をされる可能性が低いのではないかということを考える。アルファ型もベータ型も遠距離攻撃はしてこなかった。つまり、よほど近づいて邪魔をしなければドローンを自分の真上に飛ばすことぐらいは問題ないんじゃないかという芽生さんの意見を採用しての出発だ。
自分達とモンスター以外ほぼ何もない赤砂の砂漠を横断していく。赤砂の砂漠と名付けたものの、実際の砂漠と違い歩きづらさはない。砂のすぐ下の地面がしっかりと水分をもってただの土となっているのか、それとも競馬で言う所のダートコースのように表面だけ砂、という可能性もあるが、脚を取られてすっ転びそうになるという心配はない。靴に砂は入るが、その為にブーツを用意してくるというのも一手間だ。
アルファ型二匹とベータ型一匹のこの階層ではオーソドックスなモンスターパーティーと対峙する。ベータ型にどう対応するかな。アルファ型をスタンさせておいてベータ型を先に倒す方が安全そうではある。
「アルファスタン、その後ベータ。そっちはよろしく」
「りょーかい、まだ慣れてないし無理しないでね」
確認だけ取ると、遠距離からアルファ型に全力雷撃。雷撃を受けて反応したアルファ型含めすべての敵がこちらへ疾走してくる。その間にもう一発全力雷撃を用意してアルファ型に当て、その場にうずくまらせる。その間にベータ型との対決を試みる。
何度か戦ったベータ型だが、アルファ型よりも大型な分攻撃モーションにスキが多いし体の動かし方も洗練されていない。ただ、その太い足で蹴りを入れられたら吹き飛ばされそうではあるので細かく回避していくことにしよう。どんどん近づきお互いの攻撃が当たる距離に来ると、両腕をカマキリのように構えてこちらへ手の先を突き刺そうとまっすぐ突きこんでくる。
ギリギリのところを読み取って片手は回避し、もう片方は雷切で合わせて弾く。ベータ型の身体は俺よりも大きいため、その弾きの威力で体勢を崩されたりはしない。さすが六本脚だけあって重心の位置はしっかりしていると言った所か。しかし、弾いた分懐に潜り込めるチャンスが出来たのでそのまま一歩、二歩と前進してベータ型によじ登り、頭のてっぺんに向かって雷切を突きさし、頭部に直接ダメージを与える。
雷切の出力を上げていつもより長くし、頭の内部をすべて焼き切るつもりでベータ型に柄を突き刺しそのまま倒すつもりで出力を上げていく。やがて脳に当たる部分を完全に焼き尽くしたのか、足場が徐々に崩れていく。黒い粒子に変わり始めた証拠だ。
ベータ型を確実に近接で倒す手段は大体整った。次は芽生さんにやってみてもらおう。二人とも一対一で対処できるようになればより下の階層でも楽が出来るようになる。これも必要なことだしな。
あらかじめスタンさせておいたアルファ型の倒れ込んでいるところへ行き、止めを刺したところでこっちの取り分は終わりだ。しかし、砂漠にしては動きやすく、足場もしっかりしたところだ。今のところ不具合みたいなものは感じ取れない。
考えればなんとも不思議なマップだが、歩きづらさを理由に敬遠されたり踏破難易度が上がったりするのはおそらくダンジョンの目的と合致しないからだろう。そんな理由で魔素の持ち出しが鈍化してしまえば目標分の魔素の放出には遠く及ばなくなってくる。ちゃんとユーザーの事を考えて作られてはいるし、目も楽しませてもらっている。何もない砂漠なりには。
モンスターも点々とはしているものの、目前に突然現れたりはせず、あーあそこまでには何パーティーのモンスターが居るのかー、という感じで戦闘の余裕というか、戦う覚悟を持たせてくれるだけの余裕はある。これで高低差が激しいような砂漠だったら、丘を登って足元を見るとうじゃうじゃと湧いてました、みたいな状態にもならなくて済む。ふと砂漠の足元を見ると、風で出来たような模様が浮き上がってはいるが、この砂漠は限りなく無風に近い。
無風で低湿度ならさぞ気温も高いのだろうと思われるが、そこまで不快感を覚えるほどの気温差はない。しいて言うならサバンナと同程度、というあたりだろうか。スーツは砂漠を横断するのにちょうどいい服装であるとマンガで読んだ覚えがある。正確にはミームの一種として流れてきたネタだし、実際にそのマンガを読んだわけではない。だが、その私見は合っているんじゃないかなと感じる程度には過ごしやすい。ちょくちょく水分さえ取れれば直射日光もないし悪くない環境ではないだろうか。
四十九層の甘ったるさも無く、モンスター密度さえしっかりしていればここでひたすら狩りに興じるだけでも充分な資源や資材を地上に送ることが出来るんじゃないだろうか。
しかし、まだ余裕のある戦闘と言えるほどの戦闘経験も少なければもっと確実に倒せる戦い方、手法、威力が不足している。やはりここは三段階目の【雷魔法】を取得してよりらくちんな方法で戦っていこう。
「芽生さん、三つ目覚えようか」
「三つめって【水魔法】ですか? そろそろいい時期かもしれませんね。私も出来る幅や威力が広がることには賛成です。【水魔法】今いくらなんですかね。供給は結構ありそうな感じですが」
パサッと最新号の探索・オブ・ザ・イヤーを出して、付箋紙の張ってある相場情報のページを即座にめくる。
「四千万ということになってる」
「なら五千万円出して確実に買えるほうを選ぶとします。経費で落ちますし今日一日で五千万円ぐらいは払えるでしょうし、早く覚えたいなら金額を積み増すのが確実ですからね。戻ったら早速ギルドに掛け合ってみることにします」
金で買えるものは買えるなら金で解決したほうが建設的、という顕著な例を見せてもらった気がする。
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。