904:甘い見込み
さて、少し遅くなったが出かけるか。今日は朝の茂君は狩れないかもしれないが、一応寄っていくことにしよう。
柄、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
酒、ヨシ!
保管庫の中身、ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
会見を最後まで見れなかったのが惜しいが、他にどういう質問があったのかについては、後日月刊探索ライフか探索・オブ・ザ・イヤーを見ることで会見の内容をすべて知ることが出来るだろう。来月号ぐらいかな。それまで楽しみにまとう。
いつもより遅れた電車内、その分人も少なく通勤ラッシュからは逃れられているので楽に乗車することが出来た。つり革も余っているし、ちょっと移動すれば座る事だってできる。まだ何もしてないので疲れはない。今日は立っていよう。
バスの時間は……中途半端だな。やはりいつもの時間じゃない分いくらかずれた、というところだろう。まあそれぐらいの許容が無くてはな。自転車を出してダンジョンに着くころには多分バスのほうも到着している。ここは無駄なカロリーを使わずに大人しくじっと待とう。
同じく待ってる間に自分と同じような、いや俺はスーツで向こうはツナギなので全然見た目は違うが、探索者であるという格好をした人物が並び始める。この時間でもバス待ちの人は居るんだな。家が遠いとか、もしくは俺と一緒でダンジョン庁の会見を見てから遅れて出勤してきた人かもしれない。
ダンジョンに到着すると、なんだか人の目線を感じる。普段もスーツで来ている分だけ人の目を寄せやすいのは確かだが、今日はいつもにも増して人に見られているという感覚を受ける。
そういえば、この時間帯にしては人が多いように見受けられる。もしかして、みんなあれか? 会見見てからダンジョンに来ました的な奴か? それで俺に注目が集まってるって寸法か。
ふと、ギルドの建物で手を振ってる田中君を見かけたので手を振り返すと、建物から出てきた。
「おはようございます、ダンジョン庁の会見見ました? 」
第一声がそれか。
「確かに、ご飯食べてる間にやってたから見てから来たけど、それがどうしたんだい」
「B+ランクって、みんなダンジョンマスターについて出会ったことがあるって事ですよね。つまり、安村さんも出会ったことがあるって事ですよね。小西ダンジョンのダンジョンマスター、面識があるって事ですよね」
田中君が興奮を隠しきれずに矢継ぎ早に俺に質問をぶつけてくる。田中君がこれだけ興奮しているのは結構珍しいと思う。
「えっと……そうなるな。でも、俺の口から答えられることは少ないと思うよ」
「いやー凄いなあ。小西のダンジョンマスターってどんな感じなんですか、見た目はどうですか、年齢は、性別は、どんな食べ物が好みなんですか? 」
かなり暴走している様子だ。田中君どこで情報を得てやってきたんだろう。
「田中君何処で会見見てたの。ここ? それとも家? 」
「今日はたまたま家に居たんで。そしたら会見なんてやってたじゃないですか。全部見て、安村さんなら会見の内容も知ってるかなって待ってたんですよ」
ストーカーギリギリだぞそれは。しかし、どう答えたもんか。しばらく返答に悩んでいると、何やら人が増え始めた。
「お、安村さんだ。ここのダンジョンマスターってどんな人なの? 」
「もしかして、前に長官と総理が同席してたのって会見で言ってた秘密会合なの? 」
「最近どう? 調子いい? ダンジョンマスターとはうまくやってる? 」
「今からダンジョンマスターに会う方法はないのか? 」
段々人が増え始めた。お、何かやってるのか? と全く知らなさそうな外野も参加し始めた。その外野に丁寧に説明をし始める人も出始めた。
「えーっと……参ったな」
どうしようね、この人だかり。そもそも俺が漏らしていい発言と漏らしたらまずい発言がある。どこまでが放送コードに引っかかるかもわからない状況で下手なことを話すわけにはいかない。
「すまん、俺も今さっき会見見て出てきたところで、何をどこまで話してもいいのか、どこからが不味いのか、そして聞いてしまった人にどれだけの罰則が発生するかまだ認知出来てないんだ。だから色々聞きたいことはあるかもしれないけど、今のところは控えてくれないかな」
無難な所で幕引きをしておく必要がある。俺のほうだって言えないことはあるんだ、という風にしておいて、このままギルマスに相談しに行くのも一つの手か。
ふと遠くを見ると、小寺さんが通りかかるのが見える。この時間に居るのはお互い珍しいな。こっちから手を振って応援を頼もうとする。
小寺さんは俺を見、人だかりを見、手を振ってそのままギルドの建物の中へ入っていってしまった。どうやら助け船は何処からも出ないらしい。味方が欲しい……出来れば頼もしい味方が。
「とりあえずギルマスにどこまで話していいのか相談してくるから、後日でも良いかな? もしくはギルドとしてダンジョンマスターへの質問をまとめて提出する形に出来れば一々俺も説明して回らなくて済むし、その分みんなが稼ぐ時間を無駄遣いしなくて済むと思うんだ」
俺の説明にある程度納得した人は離れていく。何人かまだ俺に張り付いてはいるが、自分が望む答えは聞けそうにないと考えたのか、徐々に人だかりは減りつつある。田中君はまだ居る。
「そういうことならギルドからお達しがあるってことで良さそうだな。良い返事期待してるよ」
あまり俺に期待を持たないで欲しいというか、下手なこと言い出して大騒ぎになりかねないので他の探索者に質問を……他の探索者に聞いてもあまりいい顔はされないような気がする。
これはあれかな、有名税のまとめ払いみたいなものかな。その分稼がせてもらってるんだからそのコストはここらで一旦返済をしておけってことなんだろうか。
「で、どうするんです? 」
田中君がまだ居る。
「どうするも何も、ギルマスと相談するしかないね。ここまでのことになるとは思わなかった。そんな会見があったなんて知らなかったと最初からシラを切り通せば良かったと後悔してるよ」
そもそも会見を見てなければいつもの時間に出勤して、会見が終わるころにはダンジョンの中のはずであった。そのタイミングなら出て来る時にギルマスと相談と言い出しても、もうギルマスは帰宅している時間のはずで、それならその日は……あぁ、今日を上手くやり込めても明日また同じ流れになるのか。だったら今やるか明日やるかの違いでしかないな。面倒ごとは一日で終わらせるに限る。
「じゃあ俺はギルマスと相談してくるからまた今度ね」
「はい、頑張ってくださいね」
ここでやっと田中君が何処かへ行きはじめる。何か耳寄り情報を聞けないかどうか粘っていたらしいが、聞いたからと言って何か探索が楽になるような情報は持ち合わせていないんだがなあ。公開できる情報を絞らない上で渡しても何かのヒントになるようなことはないだろう。それなら普通の攻略情報を渡した方がまだマシという所か。
ギルドの建物に入り、支払いカウンターでギルド嬢に話しかけると、どうやら一連の人だかりの流れを見ていたらしく、苦笑いで対応してくれた。
「ギルマスなら居ますし、さっきの状態を見てましたから安村さんが行けば理由については察してくれると思いますよ」
クスリ、としながら二階を指さし、さっさと済ませてきたほうが良いですよ、と教えてくれる。どうやら今日もまともな探索にならないらしいな。
早速二階へ行き、ギルマスの部屋の扉をノック。
「安村です」
ちゃんと確認して中に入る。ギルマスはパソコンに向かって何やら文章を打ち込み続けている。目線をこちらへよこすと、こっちへ来なさいというように顎でしゃくってきた。
「やっぱり来たね、多分だけど、今からその用事の書類を作っていたところだ。ダブルチェックはしておいたほうが良いと思ってね。いくつか項目を上げておいたから、その中で提供しても問題なさそうな内容、話すとまずい内容、守秘義務に引っかかる内容など、まず項目を埋めていってその項目に対して情報を出していくかどうかを判別していこう」
「まず、ダンジョンマスターの名前は問題ないですね。見た目に関しては……見た目を出すと長官が小西ダンジョンで秘密会合をしたのがバレますが、あの時は帰り道に結構な探索者に見られてますからね。ただの時間稼ぎにしかならないかと。真中長官には申し訳ないですがここはもう情報の積み重ねで解ってしまった情報という事で納得してもらうしかないでしょうね」
「そうなるね。私も同行して実際に会っている身だし、多少情報を引き出される程度は覚悟はしておかないといけないね。後は……好きな物とかどうだろうか」
ダンジョンマスターの好きな食べ物……聞いてどうする気だ、餌付けでもするのか俺みたいに。
「下手に餌付けが流行ってあちこちで回収されたり回収されなかったりと不公平感が出るといけないので無しにしましょう。俺の金銭的負担はちょっとだけ楽になるかもしれませんが、出来るだけそういう袖の下の通し口は狭めたほうが良いですからね」
「おや、安村さんの負担が減るのにそれは却下なのかい? 理由を聞いておきたいところだね」
ギルマスは考えないでもなかったが、という風だが、明確に俺の中にある一つの可能性を伝える。
「例えばですが、各セーフエリアに神棚を用意してダンジョンマスターへのお供え物を用意するとします。片付けをどうやってしていくかという点と、うっかりミルコが回収するタイミングを誰かが見た場合問題になるのと、さらに言えば供え物が回収されたんだから俺とダンジョンマスターは友達なんだ、だからB+ランクください、とコンボが繋がった場合どう対処します? 」
ギルマスはそこまでは考えてなかったようだ。腕を組んで少し考えた後、パソコンに打ち込んでいた「好きな食べ物」という項目を消去し、他の項目に移動させた。
「なるほど、言われたとおりだね。そこまで考えてなかったよ」
「おそらく他のダンジョンでも同じような話を繰り広げている最中だとは思いますが、今のままの平穏を保ちたいなら名前と性別っぽいものと見た目、ぐらいだけを公開するにとどめるほうが良いかと思います。後はそうですね、質問ボックスみたいなものをギルド側で用意して、解る解らないにかかわらずどんな情報を求めているかを公に募集すると良いかもしれません」
「スーパーのご意見ボックスみたいなものかね。それで自分の知りたい情報をギルドが把握しているかどうかも試せる、といった所かな? 」
「こっちでうんうん悩んで聞かれてないことを答えて余計に混乱するような事態は避けたいですからね。こっちは聞かれたことに答えます、の姿勢で行くほうが良いかと」
「じゃあ早速作ってみるとするかな。ダンジョンマスターへの質問ボックス。匿名で良いんだよね? 」
「良いんじゃないですか。アンケートとして年齢とランクぐらいは聞いておくぐらいはしたほうがそれっぽくなるんじゃないですか? 」
その後いくつかの項目についてギルマスと打ち合わせを行い、公開情報は名前と見た目と多分の性別、そして残りの項目については解らない、とだけ説明することにした。俺が個人的に誼を通じていて二拍でお供え物が回収されることや今四十二層でやってる実験等、表ざたにされるとまずい情報は色々ある。
ダンジョンマスターに出会うにはどうすればいいですか? という質問については会見で長官が言っていた部分もあるが、既存のダンジョンで三十層まで潜っているダンジョンで更に知る方法はほぼ無いと考えても良いかもしれない、とハッキリ言ってしまうほうが良い気がする。
その後来るであろう質問とその対応を繰り返し考えているうちに昼になり、今日もギルマスと昼食を共にした。ギルマスの今日の昼食はたこさんウィンナーとアスパラのハム巻き、もやし炒め、卵焼き、米。卵焼きは必ず入っているのかな。まさかギルマスの手作り……それはちょっと意外性があるが、奥さんの仕事だと思っておこう。
昼食を終えてもなおまだお互い考えながら仕事をしていた。色々質疑応答を重ねたり、書類を作ったり、質問箱を作ったり。なんだかんだで解放されたのは午後三時ごろ。これはダンジョンに潜るのはちょっと時間的に無理があると判断した。今日は稼ぐのは諦めて、後の自分を楽にするためにここで時間をきっちり使って後日ちゃんと探索する時間を取るということにした。
ちなみにギルマスは例によって泊まり込みでちゃんとダンジョンが消えるかどうか確認出来てからの帰宅になるらしい、お疲れ様です。
今の立場にまでなってしまった以上、こういう事務作業的なことを手伝うのも仕方がないとしておくしかない。芽生さんまで巻き込んでこれをやるってのも悪いからな。専業探索者として、ダンジョンに深くかかわってしまった者として、またこの先も探索者を続けていくためには必要なことだろう。家に帰って早めの夕食にして、明日に備えて早く寝るか。
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