902:ダンジョン庁長官会見 1/2
今日は涼しい。目は覚めているが、もうちょっとごろごろしていたいという欲求に駆られる。程よい気候と言うのはまさにこういう体感温度を指すのだろう。これも枕と布団のおかげでもある。いくらもう寝なくてもいいんだよという天使の布団であっても、二度寝の魔力に敵わないことはあるらしい。三十分だけもうちょっとごろごろして、それからご飯にしようかな。
二度寝を決め込んで、三十分きっちりでベッドから起きる。もう十五分、もう十分、とわがままになっていく自分が解っているのでそれを律するためにも一回だけだと心に決めている。もしダンジョンでも同じことが有ったらそれこそ日帰りが強制宿泊コースになったりするからな。物資は持ち込んでいるとはいえ、やはり寝るなら家で寝たい。そうならないためにも区別ははっきりつけたい。良い歳だしな。
テレビをつけながら朝食を作り食べていると、「この後会見、ダンジョン庁発表」という文字が目に入ってきた。何かしら発表があるのだろう。ちょっと内容を頭に入れてからダンジョンに潜ることにするかな。
朝食を食べ終わったので昼食の生姜焼きを作りながらテレビの音量を上げて、キッチンからでも聞こえるようにする。一通り作り終わったところでちょうど会見が始まる様子だ。会見にはダンジョン庁長官である真中さんと秘書の多田野さん、そして副長官である……名前知らないや。そういえば長官とは色々縁があるが副長官とはまだお目見えした事は無い。その内付き合いも出来るのだろうか。
「お集まりの皆さまには御足労いただきありがとうございます。早速ですが会見を始めさせていただきます。先日、欧州各国の国際ダンジョン機構大使より発表されたダンジョンマスターの存在につきましては、以前申し上げた通り日本でもダンジョンマスターの存在を認識しているという見解を発表しております」
真中長官の発言が始まる。手元をよく見るとしっかりとカンペ。準備は万端らしい。
「昨日午後十時四十八分、長野県にあります白馬神城ダンジョンにおきまして、探索者によるダンジョンコアの破壊が確認されました。先日の熊本第二ダンジョンと同じくダンジョンコアの破壊、つまりダンジョンの踏破が達成されたことになります。熊本第二ダンジョンと同じように事が進行するならば、本日午後十時四十八分までにダンジョンから探索者が戻ってきて、ダンジョンが消滅する、という流れになると思われます」
どうやらもう一か所ダンジョンが昨日踏破されたらしい。Aランク探索者がまた一パーティー増えるということになるな。白馬にダンジョンがあったのか、という俺の無知さはこの際置いておく。
これで国内でのダンジョン踏破は二カ所目。次は何処が続くのだろうか。
「今回のダンジョン踏破についてですが、突然ダンジョンが踏破されたということではなく、ダンジョン庁と探索者パーティーとの協議の上で、踏破して欲しいとこちらから望んでのダンジョン踏破になります。ですので、ある意味では既定路線に沿ったダンジョンクリアという面もあります。今後はダンジョンコアのある階層までたどり着いた際はダンジョン庁に報告し、そのダンジョンが地域に対してどのくらいの影響力を及ぼしているか、ダンジョンに絡んだ土地の所有権やそのダンジョンの周りの景気等を考慮致しまして、場合によってはダンジョンを踏破せずにそのままダンジョンを継続的に営業していく、というあたりも計算に入れたうえでダンジョンクリアを目指していく、という目的をもってダンジョンとの付き合い方を考えていくことになります」
つまり、今ダンジョンコアを破壊できるダンジョンでも破壊せずにそのまま残しておいて、ダンジョンから出るドロップ品を目的に経済的に潤っているダンジョンなら破壊せずにそのまま放置していくという手段を取る、ということか。
「また、本件とは別といたしまして探索者に聞き取り調査を行った結果、二十一件のダンジョンにおいてエレベーターが設置されておりましたがダンジョン庁に報告されておらず、一部の探索者がエレベーターを優先的に使い攻略を進めていたという報告を受け取りました。本件を調査するにあたっては、仮に今まで隠していたとしても、褒章や懲罰の対象にしないことを明言した上で調査を行いましたので、今まで黙って使っていた探索者達に責任が及ぶことはないとここに断言するものであります」
二十一件ってことは国内ダンジョンの5分の1はエレベーターが既に設置されていた、つまり十五層まで到達してエレベーターを設置して、それをギルドマスターのところで握りつぶしていた、またはギルドマスター会議で報告しなかったという形になるのか。熊本第二ダンジョンのようにクリアしたもん勝ち、という流れをこれ以上もたらさないための策、ということだろうな。
真中長官の発言タイムが終わり、記者側からの質疑の時間になる。画面では複数人が手を上げているが、ほとんどの人は録音かキーボードでの原稿への打ち込みがメインになっているようで、全員が意見を求めている訳ではないらしい。
やがて、一人の質問者にマイクが渡される。
「月刊探索ライフの丸宮です。現在把握している中で、踏破目前、つまりダンジョンコアのある階層までたどり着けているダンジョンは確認されている中であとどれぐらいあるのですか? 差し支えなければ場所も教えていただきたい」
あ、月刊探索ライフの記者さんだ。どうもお世話になってます。
「現在、絶賛崩壊中の白馬神城ダンジョンを除きますと、二カ所のダンジョンがその候補に入ると思われます。なお、場所についてはダンジョンの踏破をもって発表とさせていただきたいと思います。現在その情報を公開することによってダンジョンに探索者が押し寄せ、意図しないタイミングでのダンジョンコアの破壊が行われることを防ぐためであり、また現地へ押し寄せる探索者によって交通機関への過剰な負担を軽減する為でもあります。ダンジョンの破壊という一種のイベントのために探索者が押し寄せることは想像に難くなく、周辺地域への混雑や周辺住民への影響も考慮してのこととなりますので、発表は控えさせていただきたいと思います」
真中長官の答弁が終わり、また質問者が手をあげる。
「エレベーターが設置された箇所が複数ヶ所判明したとのことですが、そのエレベーターはいつから使用可能になるのですか。場所を確認して仕様……つまり、他のダンジョンのエレベーターと遜色ないものが設置されているかどうか等、解る範囲でお聞かせ願いたいです」
今度の記者は名乗らなかった。出自がバレるとまずいのか、それとも個人のルポライターなのか。個人のルポライターならここで名前を売っておいたほうが良いだろうに。
「非常にタイムリーな話で申し訳ないのですが、本日この会見が行われているタイミングで、該当ダンジョンではエレベーターの使用に関する情報を公開し、自由に利用可能にする様に通達を出しております。各ダンジョンにはエレベーターの使い方のマニュアルやエレベーターのおそらく使われているであろう仕組み、燃料代が自腹であること、エレベーターを動かすために必要な燃料等、様々な部分をマニュアル化し一斉配布いたしました。お手元の資料にもその内容がほぼ書かれているのでそちらを参考にされると幸いです。なお、まだエレベーターの存在が公になっていないダンジョンのほうにもエレベーター稼働マニュアルとして一斉配布いたしましたので、もしどのダンジョンで突然エレベーターが使用できるようになっても対応が出来るように指示し、その準備が出来ていると全ダンジョンから報告が上がっております」
どうやら、今この発言をもってエレベーターの自由使用を一斉に解禁する、もう一部の探索者の物じゃないぞ、ということを発表する形になったらしい。
会話が切れた後、別の人が当てられた。
「先日よりダンジョン庁が探索者に対して聞き取り調査を行った、という話が漏れ聞こえてきております。おそらくはそのエレベーターの存在やダンジョンの階層更新の進捗などの情報を集めておられたものとお察しいたします。ですが、情報を集めていた期間に対して本日の発表となった間には、何か思惑などがあったのでしょうか」
発表遅過ぎね? 今まで何やってたの、ということらしい。確かに、自分たちが聞き取りを行われてから二ヶ月も時間が経っている。その二ヶ月の間にエレベーターを使ってより奥へ行ける探索者は実りある収穫をもぎ取ることが出来た訳だ。もっと短くして早く探索者全員に美味しい所を食べさせてあげることが出来なかったのか、という話だろう。
「各ダンジョンのエレベーターが使用可能であるという報告が上がってきてから本日まで時間がかかりましたのは、エレベーター稼働の情報を出来るだけ一斉に公表したかったという事が一つあります。以前清州ダンジョンでエレベーターが設置された時、清州ダンジョンのダンジョンとしてのキャパシティを超えて探索者が集まり過密化した結果、まともな探索も出来ずに帰るという事態が多発し、一時的な人口増の後、すぐに人口が再び減少し今の状態に戻るという短期間ではあったもののバブルの発生、崩壊状態に陥りました。今回は同時に複数ダンジョンのエレベーター情報を公開することで、清州ダンジョンで起こってしまったような過熱的なダンジョンへの大移動を制限し、出来るだけ緩やかな活動が出来るようにしたかったというのが主な理由であります。また、今後新しくエレベーターが出来たダンジョンに関しましても、このように毎回記者会見を開くわけではなく、ダンジョン庁の公式ホームページよりお知らせの形として情報を提供するにとどめ、そのお知らせの公開をもってダンジョンのエレベーターの解放という形に代えさせて頂こうと思っています」
質問が終わり次の人に移る。記者の数は全部で二十人ほど居るだろうか。流石に全員の意見を聞いて回るということはしないだろう。あと二、三人質問したら終わりになりそうだな。
「ダンジョン庁としては協議のもとでダンジョンを消滅させるかどうか考える、とおっしゃいましたが、ダンジョンは消すもの、という認識ではないのですか? それとも、ダンジョンマスターとの対話が実現できて、その対話中に各ダンジョンについてこちら側の文明のメリットとダンジョンマスター側がダンジョンを作った目的についてある一定ラインでの合意がなされた、という理由なんでしょうか? 」
ダンジョンは消してナンボだろう、現代社会に必須というわけではないのだからそこはダンジョンマスターに配慮する部分なのか、それともダンジョンマスターと壊さない結託でも結んでいるのか、という辺りだろうな。
「先年ダンジョン庁主催で発表されたイベントにおいて、非常に効率化された魔結晶発電の実験炉を公開いたしました。今現在各団体各企業で研究を進めている段階ではあると思いますが、今まで何かに使えるであろうとダンジョン庁が管理をお願いしている倉庫や各企業様でいわゆる個人保管をされている魔結晶を発電、もしくはそれ以外のバッテリー技術などへの転換が可能になれば魔結晶を使用したクリーンエネルギーの使用という局面におきまして、魔結晶の需要は高まっていくことが予想されます。言い方を変えるなら、ダンジョンとは魔結晶の鉱山であり、探索者はそれを発掘して持って帰ってきてくれる貴重な労働者として考えることが出来ます。今後どこまでこの魔結晶発電というものが広がっていくかまでは予想がつきませんが、西暦二〇五〇年のカーボンニュートラル実現に向けまして、実現可能な範囲内で最もクリーンで効率が良い発電形式であると現状では言えると考えられます。その為の魔結晶を不足させないためにも、探索者人口が多い地域や、その探索者の居住や生活によってインフラが拡大している地域におきましては、ダンジョンを踏破するよりもダンジョンをそのまま残してダンジョンのドロップ品を運び出すことのほうに重点を置いてもよいのではないか、という考えからです」
活かせる地域は活かす、ダンジョンを残すよりも潰した方が早い地域は潰す、と二極化させるという事だろうか。採算の合わないダンジョンはダンジョンの散らばり具合も含めて何処をターゲットにして踏破していくかも念頭に入れているんだろうな。
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