900:歯車は狂ってからが本番
900話です
入ダン手続きをしていつも通りリヤカーを引いて七層。茂君に向かおうとすると、以前茂君の根元で出会った探索者と階段ですれ違う。手元にはふかふかのダーククロウの羽根を大事に持ち歩く姿。
「もしかして、今ダーククロウの駆除してきた? 」
「あ、えーと、安村さんでしたよね。どうもお久しぶりです。そうです、今戻りです。今から行ってもまだあんまり湧いてないと思いますよ」
なんということだ。ギルマスと食事をとっている間に一回分の茂君行きの行動が無駄になってしまった。いや、でも階段ですれ違いざまに確認が取れただけマシというもの。中途半端に往復してより時間を浪費することに比べたらここで気づいてよかった、と思う所だろう。
「そっか、じゃあ諦めて帰りにまた来ることにするよ」
少しがっくりして七層へ戻る。数分間の時間を無駄にしただけで済んだ、というところで納得しておこう。たまにはこんな日もあるさ。
気を取り直してエレベーターで四十二層へ向かう。今日は片道分しか茂君を狩れないのか。日課のペースが崩れるとその後もなんだかしばらく不調が続きそうな予感がするのは、きっと気分的な問題だろう。悪いことは重なる時は重なるが、そうでもないときはそうでもないさ。きっと今日は大丈夫、ちょっと石ころに躓いた程度の話、気にするだけオツムの無駄遣いだ、いつも通りのダッシュ大会を繰り広げればいいだけだ。
エレベーターに乗っているうちに胃袋の消化も程よく終わり、朝買い込んだパチンコ玉もばらして一行でパチンコ玉だとまとめて認識させることも出来た。このパチンコ玉にはパチンコという産業が無くなるまではお世話になり続けるかもしれないな。
一通り雑務をこなし終わって到着した四十二層。ノートを確認するも特記事項無し。周りを見渡すと、このカニうま島には俺しかいないようだ。今日は通信の実験はやってないらしい。しばらく時間がかかると言っていたし、山本さんも実験詰めではなくたまには気持ちよく探索がしたいだろうからそういう休憩は大事だな。
早速四十三層に出て、さあモンスターを探すぞとなってリザードマンと戦おうとしたら、周辺には誰も居らず。しばらく歩いて様子を見ると、五つの反応が索敵範囲に入った。五つと言うことは結衣さん達かな? 向こうも多村さんが一人だけこっちに向かってくる、なんてことを言ってそうだ。
五つのポイントに追いつくと、そこにはやはり結衣さん達が。ちょうどモンスターを倒し終わったところらしくドロップ品を拾い集めている。
「そうか、今日は結衣さん達がリザードマンを倒しまわっているのか」
「ドウラクはこの間スキルオーブ貰ったし、せっかく倒すならまだドロップ報告がないほうを倒そうと思って。それにほら、ドウラクは身が重いしその分負担がかかるから」
確かに、リザードマン相手のほうがドロップの金額はともかくとして長時間回り続けるにはちょうどいい相手かもしれないな。トライデントが落ちた時が問題だが、その時は大人しく一旦置きに戻るか、置きに戻って帰ってくるまでの時間が建設的じゃないとしてその辺に打ち捨てていくかだな。やはり武器のドロップというものは質量という点からあまり歓迎されないようだ。
「安村さん今日は昼から? 」
「午前中はちょっと買い物へ。それからギルマスとご飯食べてそれから来たんだ。結衣さん達がここで頑張ってるなら邪魔して数を減らすのもアレだからドウラクのほうに向かうかな。午前中お仕事しなかった分をここで回収しておかないと」
「ドウラクだったらD部隊の人たちが頑張ってると思うわよ。しばらく山本さんが体を動かしてないのもあって慣らすためのウォーミングアップだと言って、安村さんみたいにダッシュ大会してるみたい」
なんて日だ、ここもか。今日は俺の安寧の地は何処にもないらしい。四十三層が全部埋まってるとすると、後は四十四層まで行くしかないな。これで四十三層を横断する分だけまともに稼げない時間が出来てしまうのか。
「大人しく四十四層で頑張るしかないか。今日は何とも歯車が噛みあわない日だな。こういう日もたまにはあるか」
「頑張ってね」
結衣さんに背中をポンポンと叩かれ、大人しく四十四層への階段へ向かう。ただ真っ直ぐ向かうだけでは面白くないのでその間もダッシュする。結衣さん達の分を取るように動くことになってしまうが、通り抜ける性質上仕方がないこと、それぐらいは許してもらおう。
最短距離で階段まで駆け抜けたおかげで三十分ほどで四十四層への階段へたどり着く。これ以上ダンジョンのこの階層まで潜っているパーティーは存在しないのだから、ここでは存分にダッシュ大会を楽しめることに違いはない。
四十三層以外の階層ではドウラクとリザードマンは混ざって現れることこそないものの、どちらとも出会うことが出来る。ダッシュ大会に種類の区別は無しだが、相手ごとに倒していく手順が異なるので、一手間だけどっちのモンスターか見分けをつけるという作業が増える。
作業が増えると言っても走るペースが落ちるわけではないので、どちらもタッチして全力雷撃して潰していくことに変わりはない。
流石の四十四層、四十三層よりもモンスター密度が濃く、消耗も普段より早く感じている。ただ、帰りの時間だけは考えて走る場所を考えないといけないのは一つだけ不満点か。普段より一時間余分に帰り道に時間がかかるとして、午後五時には撤収準備を始めたほうが良いだろう。それまではひたすら走り続けることが出来る。
いつもより多いモンスター数とどっちに出会うか見るまで解らない楽しみが脳内麻薬を少しずつ放出している感覚がある。だんだん走ってて気持ちよくなってきた。これは短時間だが楽しい時間を過ごせそうだ。
走り込んでいる途中で、フワッといつもの感覚が訪れる。またステータスブーストが一歩強くなったようだ。後何回強くなれば次の階層でも苦慮なく雑談しながら戦うようになれるのか。まだまだ楽しみは多そうだ。
ステータスブーストでふと思ったのだが、ブーストしてない状態の素のステータスというものはダンジョンに潜り始めた頃と今とでどのくらいの差があるんだろう。具体的な数値が出るわけではないから比べようがないので難しい所だが、ダンジョンに潜る前に体力テストでも受けておけばよかったのか。それならば現在どのくらいの努力差が生まれているのかを感じ取ることが出来たかもしれない。何とももったいないことをしたな。
◇◆◇◆◇◆◇
考え事をしながら三時間、四十四層を巡り終わった。普段ほど集中できないのはやはり今日はどこかで歯車みたいなものが狂っているのだろう。なんだかもう帰りたくなってきたのでこの辺で打ち止めかな。後は帰り道と茂君で時間を使うから良い感じの時間に戻れるだろう。
四十四層から四十三層まで戻って直進する形で階段に戻ると、途中で結衣さん達とまた出会う。
「あれ、今日はもう上がり? 」
リザードマンと戦いながら結衣さんがこっちを向く。どうやら一瞬よそ見するぐらいの物理的余裕と、話しかけるだけの精神的余裕はあるらしい。
「うん、この後七層にもいくしね。なんか今日はちょっと色々とあったからいまいち乗り気になれなくて」
「そういう時は素直に帰って寝てまた明日来るのがいいんじゃない? お疲れ様。私たちは一泊頑張ってから帰るから」
「おつかれー」
全員とお疲れーと挨拶をして回る。そこから更に走って三十分ほどで四十二層の階段にたどり着き、エレベーターから七層へ。エレベーターが稼働している間にリヤカーに荷物をドサドサッと出す。今日はドウラクも狩ったから種類も量もそこそこだ。
七層に戻りいつもの細工をして茂君へ。時々、こっそり誰かが覗いて品物を二、三品抜いていたりはしないかと思うことがあるが、それで査定カウンターに持っていったとして、この品物を査定にかけた時点で自分では到達不可能な階層のドロップ品を不正に入手していることが確認できるので問題ないんだよな、と自分に言い聞かせている。
これまで問題にならなかったり質問されなかったところを思い浮かべるあたり、小西ダンジョンの治安は非常に良いと考えられる。これが他所のダンジョンだとどういう形になっているかはちょっと想像がつかない。もしくは、リヤカーに付けられている「安村専用」の看板を見た上でこれ触ったらやべー奴だわと認識されているかもしれないな。
茂君から帰ってきて再びリヤカーを持ち直し今度こそ一層へ。相乗りが居たのでよかったらどうぞと案内する。費用はこっち持ち。
「これは……何層のドロップ品なのですか? 」
質問をされる。四十四層ですと言い切ることもできるが、誤魔化しておくほうが世の中うまく回ることもある。
「ちょっと正式には言えませんが、相当奥であることは確かです」
「なるほど……見た事ない品物ばかりですね」
無難な回答にとどめておく。B+ランクなのだから三十一層より奥へ潜っているのは確実だろうと考えられる。三十層までのドロップ品なら問題なく公開されているのだから、その範囲外のドロップ品であることは彼らから見ても解るのだろう。今現在小西ダンジョンでは何層まで潜りこまれているのかは一応秘密ということになっているので正確な情報は黙っておくに限る。
五分ほど適当に会話をしつつ、一層に着くと早々と同乗者は先に降りた。多分だけど、悪い人ではない、はずだ。純粋に見たことが無いので興味本位という所だろう。
退ダン手続きをして査定カウンターへ。査定カウンターでも同乗者の後に並ぶことになった。
「お待たせしました。査定を行いますね」
見慣れた金髪の査定嬢ではなく、四月、いや三月頭辺りから査定の研修を受けていた査定嬢が担当してくれる。ちなみに独り言が多い査定嬢は隣のカウンターで今日もブツブツいいながら仕事をしている。まだ癖は直っていないらしい。
この時間の査定嬢は前から勤めていた人は居ない。基本的に新人で構成されている。三月を目いっぱい使って行った研修のおかげで速さこそ敵わないものの、ちゃんと問題なく運用されているようだ。バックヤードのほうに目をやると以前からのギルド嬢が奥で作業をしているのを見ることが出来た。ちゃんと緊急時やミスが発生した場合のためのバックアップ体制は取れているらしい。
しばらく待ち、今日のおちんぎんの結果が帰ってくる。四千五百六十九万二百円。この二百円という辺りに惜しさを感じる。
支払いカウンターで振り込みを依頼する。現金で持って帰れる金額でもないし、流石にそれだけの現金はカウンターには用意されていないだろう。一度現金で支払いをお願いしてみようかな? といたずら心が湧きあがるが、誰がやったか容易に特定される上にギルド運営上問題が発生するという事にもなるのでやめておこう。現金での支払いが強要される場面なんてそうそうないはずだ。
さて、お腹もすいたし今日は夕食に何を食べようかな。昼に結構腹に溜まるものを食べたし、収入のほうはそこそこ。今日の腹の気分はどんなものかな。と、お菓子と酒の買い出しにもいかなきゃいけないな。腹が空いたまま行動して辛いのも問題なので、バスがくる間にコンビニでホットスナックを買い、食べながらバスを待つ。
一旦家に帰ってからお出かけしていつものスーパーへ。菓子、酒、そして飯。飯は何にしようかな。昼は丼ものだったから丼ものは避けよう。おつまみ的なものを数品買ってそれで飯ってことにしとくのも良いな。焼きそば、たこ焼き、イカフライ、鶏のから揚げ……炭水化物と油分に極振りしているような気がするので、ここは野菜ジュースとプロテインを買っておくことでバランスを何とか保つことにしよう。
お菓子のほうも、そろそろ箱買いしておいたミントタブレットが底を突き始めている。新しい味……よりストロングな奴と、ミント薄めのフルーツ感あふれるタブレットをそれぞれ箱で買った。
酒はビールを六缶セットで二つとウィスキーをいつものボトルで。それとちょっとお高いのを一本。あまり細かいことは気にせずに酔えればいいものを用意しておく。これら以外で何かリクエストがあれば順次、というところだな。さて会計だ。
酒が結構な重量になるが、車まで運んだあと保管庫に入れてしまえば家についても荷下ろしの手間が省かれるのは良い事だな。そろそろ【保管庫】もスキルアップして何かしらの効能がついても良い頃合いだが、こいつは参考に出来るスキルや情報が無いからな。次は時間が延びるのか、それとも温度変化が固定出来るようになるのか。楽しみは色々と尽きない。ダンジョン探索も金稼ぎも、それからダンジョンの発展も、まだまだこれからが見どころだな。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。