899:小西ダンジョンに昼が来た!
二階に上がりノック三回。中から「居るよー」との声。遠慮なく入る。
するとギルマスは今まさにお弁当箱を広げんとしている真っ最中だった。俺の姿を一目見ると、話が長くなるかもしれないと考えたのか、弁当箱の蓋を閉める。
「お昼ご飯と思ったんだが先に話を聞いておいたほうが良さそうだね」
「出来ればそうしてもらえると助かりますね。何なら食事しながらでも良いですが」
そうすると指がピクッと弁当箱に伸びる。食べながらでもできる話と言われてやっぱり食べようかな、という気にでもなったらしい。応接室に移動し、ソファーに座るとテーブルの上に弁当箱を広げ直してきた。どうやら食べながら話を聞く気らしい。こっちも昼飯にするかな。
「なら、俺もここでお昼食べて行っていいですかね? お互い食べながら報告、ということで」
「いいよ、そうしようか。会食のためにどこか出かけるというほどの話でもないんだろう? そして、真剣な話をしなければならないほどでもない、と」
「そんなところです。じゃあ食べますか」
俺も保管庫からどんぶりをだし、遠慮なくカツ丼を食べ始める。
「それ、いつ作ったの? 」
「今朝、家を出る前ですから……四時間ほど前になりますかね」
「保管庫に入れておいたおかげでまだホカホカってわけか。羨ましいなあ。私もできたての弁当を食べたいところだよ。しかもカツ丼とは豪勢だね。肉は何の肉だい? 」
どんぶりが出てきたことには多少の驚きはあったのだろうが、まあ保管庫持ってるしそんなものが出てきても不思議はないな、といったふうにお互い食事を始める。ギルマスの本日のお弁当は二段重ねのお弁当箱の片方にホウレン草のおひたしに鶏の唐揚げ、それと多分甘いであろう卵焼きにミニトマトが二個。そしてもう一皿には米。
「これはワイバーン肉のカツです。昨日狩って帰ってきたのでその肉ですね」
「ワイバーンかあ。まだワイバーンは食べた事ないんだよね。一欠片もらってもいいかな? 」
「なら、こちらをどうぞ。流石にどんぶり一杯に二枚は多すぎたんでもう一枚も揚げてそのまま入れておいたんですよ」
ドン! と、ギルマスの弁当箱の上に切ってない丸ごとのワイバーンカツを乗せる。弁当箱より少し大きいそれを乗せることによって、ギルマスの弁当の中身は完全に見えなくなった。
「私としては一欠片で充分だったんだけど……いや、これもギルマスとしてはしておくべき貴重な体験だな。是非丸のままかじらせてもらおう」
豪快に箸をぶっさすとワイバーンカツにかじり付くギルマス。俺と似たような歳だし、さすがにまだ胃袋は元気だろう。
「これは美味い。そして柔らかい。しかも揚げたて。安村さん料理上手だね。ちなみにこれ、いくらぐらいするの? 」
「ちゃんとした店で食べようとすると一本にゼロがつくぐらい指が立ってもおかしくはないかと」
指を二本立てて一本を上げ下げしながら説明する。まさか二千円だとは思っていないだろう。
「これ一枚で私の小遣い一月分か……貴重なお肉だ、弁当を残してでも綺麗に食べきって見せよう」
余計な油はクッキングペーパーが吸い取ってくれているはずなので、カラッとした仕上がりになっているはずだ。とても美味そうにでかい肉にかじりつくギルマスを横目に俺もカツ丼をゆっくり味わう。うん、やはり良い卵と良い油と良い肉と良い米。良いものが四つもそろえばそれは見事に一つの料理として昇華され、口の中でそれぞれが主張しつつも複雑に絡み合い……あぁ、もういいや。とにかく美味しく出来たことは間違いない。
「それで、報告ってのは何かね? 」
半分ほどかじりつき終わって何とか弁当箱の形に納まったワイバーンカツを一旦置き、ギルマスが話を始める。俺も一旦口にほおばったカツを咀嚼し、飲み込んでコーヒーを啜った後で話し始める。
「実は先日五十三層まで潜ってきまして。そのモンスターの様子とドロップ品を持参してきました。是非とも研究機関各所に使用用途や有望性の確認のほどをしていただきたく」
「なるほど。とりあえずお疲れ様、と労っておくところだろうね。次は一気に五十六層まで狙うのかね? それとも二、三回に分けて到達する予定かね? 」
コーヒーで口の中の油を取り除いた後、ゆっくり発言するようにする。お互い食事中なので驚かせるような事は無いようにしておきたいところ。
「そのあたりはまだなんとも。まだ五十四層へ向かう階段も見つかってないですからね。とんとん拍子に階段を見つけられれば一回で行けるかもしれませんが、どうやらサバンナマップぐらい目標物が少ないようですから難航するかもしれません。とりあえず、撮影したモンスターの様子の動画とドロップ品は持ち合わせているのでお渡ししておきますね」
「解った。それを各所に回すのも私の仕事だからね。預かっておくよ。食事が一段落着いたら出してみて欲しいね」
口元の油をふきふきしつつ、仕事も忘れてはいない。実に和やかで胃に溜まる話し合いをしている。というかギルマスと食事するのはお互いの弁当をたべているとはいえ初めてか。決してこのワイバーンカツは賄賂ではないぞ。偶々一口交換しただけだからな。その一口が大きかっただけだ。
見事にワイバーンカツを胃に収め切ったギルマスが、本来の自分の弁当を食べ始める。ギルマスも食おうと思えば中々に食が太いんだな。後で胃袋を押さえてダウンしそうな気もするが、きっと俺のせいではない。食べることを選択したのはギルマスだ。
早々に自分の弁当を食べ終わると、パソコンを拝借して撮影データの移動とドロップ品のインゴットをギルマスの机に山積みしておく。
「具体的にはこのインゴットですね。何かの素材にしろ、という具合でドロップしているのではないかと考えていますが」
「今回は中々に重量がある、のかな。とりあえず二十個だね。預かって間違いなくそれぞれの研究機関に送るよう手はずを整えておくよ。それと一応速報みたいな形になるけど、シャドウバイパーの牙はともかくとしてシャドウバタフライの鱗粉については毒性が認められず、甘味料として食品に適用されるんじゃないかという見通しがたってきたよ。良い儲け話に変わりそうだね」
「砂糖の五百万倍でしたっけ。甘いだけでそんなに儲け話になるんですかね」
「これは聞いた話まんまなんだけどね。十倍高い値段で百倍甘い甘味料があるなら、それを利用することで甘味料コストを十分の一に抑えられるから、と結構大手の飲料メーカーなんかから引き合いが来てるんだよ。これを大量に仕入れることは可能か、とね」
つまりそれだけ大量に納入しないと市場需要に供給が細すぎて効果が発揮できないということか。
「階層が階層だけに大量に入手してお渡しする、というのは難しいかもしれませんね。あまり、こう、長居したい階層でもない訳ですし」
「なるほど。ただ将来的に大量の入手の可能性はある、というところかな。あくまで手持ちにあるサンプル以上については保証しないと」
「そうなります。例えばこれがよほどのレベルで高価格かつ需要高でこれだけ一日集めてれば問題ないぐらいの代物であるならばその限りではないかもしれませんが、ぶっちゃけて言うとこれ、モンスター倒すときにも頭から粉を被るような形になるんですよ」
全身で甘味でネトネトになるような身振りをしながらギルマスに大変さを伝える。
「生活魔法でクリーニングが出来るとはいえ、結構面倒な作業になりますし、マヒ毒も受けますから普通にモンスターと遭遇するだけで毒ダメージを受ける可能性があると言えば伝わりますかね。他の素材に比べて安定供給するには下準備に結構手間がかかるのが難点ですね」
「なるほど。モンスターとして出て来る際には毒性があるが、ドロップ品に毒性は無いと。中々不思議な特徴をしているね」
「そうなんですよ。だからいくら甘くても毒があるって解っているのではそれほど需要も無いかもしれないなとは思っていたんですが。なるほど、毒性が無くて量が揃うなら飲料メーカーに限らず食品業界全体がこぞって買い求めてもおかしくはない代物ですね」
「そうだろう。ドロップ品としては久しぶりのヒット商品になるかもしれないね。流石に世界中の甘味料の需要を満たす……というところまでいくには数年かかるだろうね。ちなみにどのくらい今在庫があるんだい? 渡さずに保管庫に溜めこんでる分があると見込んでいるんだけれど」
保管庫のリストを参照してみる。シャドウバタフライシャドウバタフライ……あった。ギルマスは虚空に向けて指をちょいちょいしている俺を見て不思議そうにしている。
「ちょっと待ってくださいね……六百袋ぐらいですね。重さで言うと六キログラムほどになると思います。大手の食品メーカーで使うにはとてもじゃないですが量としては不足してると思います。これを取りに行けるのが実質二チームだけというのもそれに拍車をかけている気がします」
「仮にD部隊が同じ商品を同量抱え込んでいるとしても千二百袋か。ざっくりでいいんだが、これどのくらいの時間で集められるものなの? 」
時間効率のほうの質問を受けた。今度はメモ帳で対応だ。メモ帳を取り出し、各階層でどのくらいの割合でモンスターと出会ってどのくらいの確率でドロップするか、それの検証結果をメモ帳から引っ張り出す。
「一時間に七袋ってところですかね。密度の濃い目のところで戦ってもそのぐらいです。大量に仕入れるのは難しいとは思います」
「なかなかうまく行かないものだね。これは実際に商品として世に出回るのは相当先になりそうだね」
ギルマスが渋い顔をしながら卵焼きを食べると、甘かったのか頬が緩む。奥さん料理上手なんだろうな。
「まだその手前のマップのダンジョンタンブルウィードの種よりも先に価格が決まりそうって言うのもあれですが……続報はまだ入りませんか」
「実の成分を抽出して、何に効果があるかを判別してる最中らしいが、医薬品ではないかという話が出ているそうだよ。もしかしたらあの種、ポーションの原料になるかもしれないね」
「ポーションの成分と同等のものが含まれている、という可能性ですか。だとすると性能によってはあまり高価格では引き取ってもらえそうにないですね」
ヒールポーションのランク1と仮定して、一万円以上での引き合いは来ない可能性が高いな。もしかしたらより濃度の高い、ランク3あたりのポーションと同等の効果があるのかもしれないが、それでもギルド買い取り価格の半分として十二万。このあたりの価格なら取りに行くだけの価値は十分あると言える。
「まあ、もうしばらく我慢してもらうしかないというのがこちらの出せる精一杯の譲歩だ。幸運なことに安村さんは保管庫のスキル持ちであることだし、たっぷりため込んで一気に放出して、その一瞬の査定価格で日本一を目指してもらうのがいいかな」
査定価格記録か。毎回たたき出す訳ではないけど、平均的に稼いでるからあまり印象はない。一億ちょい稼いだのが覚えてる限りでは一番高かったと思うが。
「一回あたりの査定価格の記録なんて把握してるんですね。ちなみにいくらぐらいですか」
「君らが出した一億ちょい、あれが最高価格だね。運搬の都合もあるだろうけどやっぱり稼ぐコツはポーションかね? 」
「そうですね、四十八層以降になるとポーション一本あたり千九百……あ、ポーションで思い出した。今私たちが査定にかけてる最上位のポーション、効能は何なんですか? 」
最上位ポーションとだけ保管庫内に記録されているので実際の効能や効果については試しても居ないし、ギルドからの報告も聞かなかったのでこれがヒールポーションなのかキュアポーションなのかもわかっていない。
「伝えてなかったか。じゃあ言うけど、あれはヒールポーションのランク5であると正式に認定されているよ。生まれつき足が無かった少年にサッカーの楽しさを教えてあげられたそうだ」
ヒールポーションのランク5か。保管庫から手持ちの最上位ポーションを取り出すと机に並べ、その後で保管庫にしまい込む。これで、保管庫の中の表示もヒールポーションランク5であることが確認された。
「これで更に新しいポーションが出てきても対応できますね」
「今出し入れしたことで、保管庫の中身の表示が更新された、ということでいいのかい? 自動では更新してくれないんだね」
「そういう事になります。さっきのインゴットも謎のインゴットと私が思ってるおかげで謎のインゴットという名前で入ってますよ」
「では、その謎を出来るだけ早く謎じゃなくするのが我々の仕事かな。精々頑張ることにするよ」
食事を終えて、ギルマスは少し腹が苦しそう。やはり、いきなり予定外のワイバーンカツを食べさせられたことで胃がその対応に追われているんだろう。
「今日は会議の都合上早出勤でね。その分早く帰るけど、家に帰ったら寝床に突っ伏してそうだよ」
「あまり無理をされませんように。じゃ、俺は午後から仕事なのでこの辺で」
「あぁ、気を付けて頑張ってね。手続きのほうはやっておくから」
ギルマスルームを後にする。ワイバーンカツ、やっぱりこっちのカツ丼に乗ってるほうを分けてあげればよかったかな。そうすれば俺もワイバーンカツ丸かじりという豪快な昼食が楽しめたかもしれない。次回は是非丸かじりをやろう。
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