898:鬼ころしに鬼殺しと与作とスライムバスターがきた
気が付いたら眠っていた。どうやら夢を見ずに眠ったらしい。寝る前に考えていたことを思い出し、今日はカツサンドの日ということを思い出す。サンドと言わず、カツ丼でもいいな。別になにか思い入れがあるわけではないが、時々食べたくなるカツ丼。そうと決まれば米を炊こう。
いつものお礼を言った後朝食を作るついでに早めに米を炊飯しながら朝食を作る。いつもの卵と違うので少し割った卵に驚きを感じることが出来た。普段の卵にくらべて黄身のオレンジ色が異様に濃かった。こういう卵もあるんだな。
普段よりオレンジ色の主張が強い目玉焼きに今日は醤油をかけていただく。醤油の風味と黄身の味の濃さが程よくマッチして美味しく食べることが出来た。これからしばらくはこの味の濃さを楽しめるのだと思うと、やはり卵一つとってもまだまだ選別、区別し食に取り入れ工夫するべきところがあるんだなと一人思う。
今日のお昼はカツ丼と決まってもう米は絶賛炊飯中だ。さて、昨夜からの課題である何の肉でカツを作るかという所に立ち戻る。価格からすればウルフ肉、午後からの活動に力を入れるための満足度からすればオークかレッドカウ、午前中の疲れを無かったことにしたいなら馬肉。高級さだけを追求するならワイバーン肉と色々種類もあり選べるが、とりあえずメイン以外の食材を用意してしまうことにする。
玉ねぎを刻み三つ葉を刻みネギで代用。今日はカツをとじないことにするので、先に上に乗せる溶き卵と玉ねぎを調理してしまってもいい。油の温度を上げている間にそれらを手早く用意すると、めんつゆにプラスアルファで味付けをしただしに溶いて作り始めてしまう。さて何の肉にしようか……
色々考えた結果、普段使わない肉を使おうという事になり、ワイバーン肉の下処理に入る。塩水につけ三時間、百八十分。これを保管庫でほぼ二分で終わらせる。その間にしっかりおだしの効いたカツ丼のカツ以外の具が出来上がり、味見。まぁこんなもんだろう。もう少し濃くても良いかな? まあ塩分控えめって事でここで満足しておこう。
出来上がった食材をそのまま保管庫にいったん保存しておき、そして下ごしらえが終わって柔らかくなったワイバーン肉を取り出すと、叩いて平たくし、どんぶりに入る範囲にしようとするが、ここで問題が発生する。
ワイバーン肉が量が多くてどんぶりに入らない可能性が出てきた。そういえばワイバーン肉は他の肉よりも一回り大きいことを忘れていた。これは二枚揚げて、一枚は細かく切らずに一枚なりのカツでかじりつく形にしたまま保管庫に入れておくとするか。わらじとんかつならぬわらじワイバーンカツだ。薄切りにして一枚で二万円の肉。シャトーブリアンほどではないが中々に高級なその肉を、盛大に揚げる。
ジュワ~っといい音と香りが立ち込め、さっき食べた朝食のことをすっかり忘れた胃袋がまた俺に食事を要求し始める。フライ用の鍋の幅を目一杯使ってあげられているそれは、揚げている途中からでも食べたくなるほどの芳醇な香りを纏わせつつ、俺の胃袋を更に刺激する。揚がった一枚を一口大サイズに切り、端っこになった部分を試食。
柔らかくて美味い……これがたらふく今日の昼に食べられると思うと既に昼が楽しみだ。むしろ今から食ってしまおうかとも思えるぐらいに至福の時が待っているかと思うと、自然と胃袋にも力が入り、それまでグッと我慢をしているんだぞ、良いな、絶対だぞ、と良く言い聞かせておく。
二枚目を揚げている間に炊飯が終わったらしい。二枚目を揚げて油を切っている間にどんぶりにご飯を盛り付け、具を順番に乗せ、最後に上からワイバーンカツと白ネギを乗せれば完成。ワイバーンカツ丼の出来上がりだ。これを昼食とする。
そして一枚なりに残ったもう一枚のワイバーンカツはキッチンペーパーでくるんで軽く油をふき取った後、皿にのせて保管庫へ入れる。手持ちにするためのキッチンペーパーも保管庫に入っているので途中でお腹が空いてもいつでもかじりつくことが出来る高級ホットスナックの出来上がりだ。今日は贅沢をするぞ。いや、贅沢をしたぞ。
弁当の準備を欠かさず行った後は着替えていつものチェックだ。
柄、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ナシ!
酒、ナシ!
保管庫の中身、ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。さぁ、清州へ向かおう。目的地は清州駅最寄りの探索者専門店、鬼ころしだ。
◇◆◇◆◇◆◇
久しぶりに来た鬼ころし。今日は移動経路の都合で電車で来たが、普段は車なのでちょっと道中迷ったものの、無事に到着。開店間際だからか、人入りはそこそこ。開店間際ギリギリで来て必要物資を仕入れてそのまま清州ダンジョンに潜り込む探索者はそれなりの数存在すると思っていいだろう。
まさか、清州ダンジョンへ潜らずに小西ダンジョンまでぐるっと回って入りに行くような奇特な人間はそう居るとは思えない。鬼ころしの駐車場はそこそこ埋まっているが、これは清州ダンジョンに先に車を停めておいて鬼ころしに買い物に来てそのまま清州ダンジョンへ行く人が結構な数居るらしい、というのが理由だとか。
本来なら常時満車になる所を、清州ダンジョンへちょっとお願いして停めさせてもらう。その代わりに清州ダンジョンは駐車代を搾り取れる、とお互いのツーカーがあるからこそ微妙にいつも駐車場が開いている状態になっていると確か雑誌の投稿欄で読んだな。
さて、パチンコ玉は……お、ちゃんとあるな、無くなってないぞ。千発入りで、お値段は三千円ほど。どうやらクズ鉄の買い取り値の市場価格とある程度連動しているらしく、前よりちょっとお高くなっている。しかし、この一発で確実に三万円ほど稼げる今の自分からすれば物の内には入らない価格である。
今回これだけのためだけに朝一からダンジョンに潜るのをとりやめてわざわざ買いに来たのだ。その時間の手間でいくら稼げたか……等と言い出すとキリがない。今回は四千発買っていこうか。買いに来る手間を考えたらまとめて購入して訪れる回数を減らす方が建設的だと言える。
レシートはキッチリ経費として計上するのでちゃんと保管しておく。今の内にバッグ越しに保管庫に袋ごと放り込む。袋から取り出して個別の四千発として認識させる作業は小西ダンジョンに戻った後、エレベーター内で行えばいいだろう。今のところは……
パチンコ玉(千発) x 四
このような形で保管庫に収納されているので、これをばらして保管庫に入れなおして、他のパチンコ玉となじませる作業が必要だ。
さて、経費の会計は終わった。後は仕事とは関係ない私物だ。以前購入したボア革でできた革袋を複数枚、それとドロップ品を入れるための袋として今まで使っていたエコバッグをより丈夫なトートバッグに新調する。今まで結構使ったり、ミルコに渡してそのまま返ってこなかったりで何枚か失ってしまっているので、これを機に袋の見た目をそろえて新しくしようと思う。ん、そうなると革袋もこの新しい袋も経費になるのでは?
革袋の使い道はまだはっきり決まっていないが、何かしら細かいものを入れておいたりするにはちょうどいい大きさと見た目だと思っている。真珠やダンジョンタンブルウィードの種のようにいくつかの数ずつまとめて入れておくのは他人に渡すときにも解りやすいだろう。
本来なら金貨か何かを詰め込んでドサッとカウンターに出すような仕草をやりたいところだが、それに該当するようなドロップ品が手元に存在しないのでしばらくは保管庫の中で眠っていてもらうことになるが、俺が欲しいと思ったんだ、多少の時間のずれはあれどそのうち必要になってくるだろう。
革袋とトートバッグも経費としてレシートを受け取り、次の売り場へ。やはり目にするのは食品売り場。ケルピー肉も世間に登場するようになって、その疲労回復性能が一般的になりつつあり、ギルドを通して、または直接探索者から買い付ける形での流通がかなりの量になっているらしく、保健機能食品の表示のついたケルピー肉もダンジョン素材としては珍しく審査を通して許可を受けている食品を販売している会社が何社かあるようだ。
普段から馬肉馬肉としか言ってないせいで気づかないが、ケルピーという空想上のモンスターの存在する肉という一見矛盾をはらんだこの肉は、お値段はそこそこお高いが国が認める確かな一品ということで健康食品にうるさい人たちの中では割と好評らしい。日本の肉料理の定番であるカレーから始まり、シチュー、味噌煮缶、ジャーキーなど様々な商品が提供されつつある。自分で作れないのはジャーキーかな。さすがに燻製や干し物まで手が出せるほど俺の腕は長くない。
いつもの流れならここで試しに市販製品を、まずは定番のカレーからいってみるか、と買い物に出る所だが、俺の保管庫の中にはまだ三桁単位で馬肉が溜まっている。これを消費してからでも遅くはないし、取りに行こうと思えば自分一人でもたらふく取りに行けるのだ。
それに料理を趣味と言い張っている都合上、市販品で満足するのは自分の腕の未熟さを認めるようなものだ。ここははっきりとノーを突き付け、食べたければ自分で作ればいいのだ。よし、カレーだけにしよう。
ちなみに同じ階層でドロップされるトレントの実だが、こちらは丸のまま売られていた。蜂蜜漬けなんかもあるが、マンゴーがまるっと売られているかのようにちょっとした化粧箱に詰められた贈答品としての需要もいくらかあるらしく、デパートの果物売り場で売られているような包装でいくつか並んでいたが、お値段は我々探索者からすれば自分で取ってきたほうが早い、といった具合だった。
カロリー表示もちゃんとされていて、トレントの実はほぼゼロカロリーという事になっている。やはり食べても太ったりはしないらしい。ダイエット食品としては高価だが効果的な食べ物だとは言える。うっかり知らずにこれだけを食べてしまって、栄養失調で病院送りになるような事案がそろそろ出そうではある。調べたら既に数件出ていそうだな、気が向いたら調べよう。
ビタミンとか含まれてるのかな。それとも魔力しか含まれてないのかな。その辺は今後魔力についての調査が行われたら追々判明していくんだろう。今、変に口を出してそっちに労力を使うようになってしまっては困る。
買い物リストを確実に消費し終わったところで鬼ころしにはもう用事無し、今度またパチンコ玉を補充する時に立ち寄るとしよう。電車を乗り継いで小西ダンジョンへ向かう。
この時間帯はやはり電車は空いているし、バスも時間に一本しかない。仕方がないので自転車を取り出して自分の足で小西ダンジョンまで行くことにする。自転車でダンジョンへ行くのも久しぶりのような気がする。今日は時間も時間だ。ダンジョンに入って茂君して四十二層まで下りて、それから飯かな。多少昼食としては遅めになるが無駄のないダンジョン探索をしようと思うとそういう流れで行こう。
あ、その前にギルマスに報告もしないとな。先に話を通しておくか。そうなると、昼に差し掛かってしまうな。うーん、話が長引くかどうかでいつ飯を食うか考えることにしよう。
考え事をしている間に小西ダンジョンに到着した。いつも通り自転車置き場に自転車を停めて収納。入ダン手続きをする前にリヤカーがちゃんとあるかを確認。俺が潜ってない日でも誰かが勝手に使ってたりはしないらしい。行儀が良くて助かる。
支払い嬢のほうを見ると丁度手が空いたタイミングらしく、カウンターから離れて後ろで書類か何かを確認している。カウンターに寄り掛かると、こちらを見て対応しに来てくれた。
「お久しぶりです。ギルマスですか? 」
俺がダンジョンに潜り始めた頃から支払いカウンターをメインにしていた彼女は四月からは早出勤、つまり午前七時から午後二時までの部を担当することが多くなり、ダンジョンで一泊しない限りはとんと出会わなくなってしまった。寂しくもあるが、これも労働環境を見直された結果なので本来は喜ばしく思う所だろう。
「うん、居るかな? 」
「居ると思いますよ。今日は朝一から来てたのでお昼食べる準備をする頃かもしれませんが」
「そっか、行ってみるよ、ありがとう」
「いえ、今日は午後から探索ですか? 」
「午前中はちょっと買い物にね。探索用具の買い出しに行ってたから午後は仕事しようかなと」
「頑張ってくださいね」
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。