897:サブタイに悩んだら夕暮れを待て
前回の一方向通信ですが、こっちからメールを送る間だけは通信を維持できる……というイメージを持たれるとよいかと思われます。多分色んな所から突っ込みは入ると思うので念のため。
まあそんな感じで緩めにお願いします。
肌寒い中でテーブルと椅子を出し、スーツに飛び跳ねないようにハンカチを襟もとに巻き、そして保管庫から出来てから……六時間だから四分ほど経った出来立てのキノコバター醤油パスタを取り出す。まだまだ温かいが、温めなおしは必要かどうか微妙なラインだ。今日は……温めなおすか。コンロとフライパンを取り出すとどんぶりからパスタを取り出して再加熱する。
ミートソースやカルボナーラもそうだが、とろみのある系統のパスタソースはパスタを長く温かいまま保持してくれるので、家で作って持ってきて食べてもまだ出来立ての熱々と表現してもいいぐらいの温かさを誇ってくれている。
それに比べてこのキノコバター醤油、明太子、ペペロンチーノやイカスミなんかのとろみの少ないパスタソースは冷めやすい。温めなおしの手間やどこで食べるかを考えると中々使い所が難しいものではあるが、こうして今温めなおすという行動で久しぶりにダンジョン内でコンロを使っている。温めなおしはフライパンも汚れるしコンロにも少し飛び散るのでちょっと前までの自分なら出来るなら使いたくないなぁ、と思っていた。
ところが奥さん聞いてくださいよ。生活魔法のウォッシュでなんとこの通り、飛び散った汚れも綺麗にすることが出来るんです! とても便利じゃありませんか? 今なら洗剤をもう一本お付けして市場価格五千万円でのご奉仕!
等と考えながら温めなおしていたら少し焦げてしまったので急いで火からおろして丼に盛り付けなおす。ちょっと水分が飛んでしまったが、食べるのに苦労はしないだろう。
先に片づけをして、コンロとフライパンにウォッシュ。綺麗にした後で思ったが、ウォッシュした時の汚れは一体どこへ消えてしまったんだろうか。もしかしたら強制的に黒い粒子に分解して空気中に漂っているのかもしれない。より正確に認識するなら、自分が汚れだと感じるものを強制的に黒い粒子に分解してしまうスキル、ということか。
飛ばした汚れがどこに行ったか解らない以上、黒い粒子になって消えてしまった説が今のところ俺の中で強い。汚れと認定したものを黒い粒子にしてしまうなら、なんでも消滅させてしまう事が出来るという事にはならないか。今度ミルコに聞く機会があれば確かめてみよう。メモッとこ。
ずるずると温かいうちにパスタを味わい終わり、どんぶりにウォッシュ。すると、どんぶりに付いていた食べ残しが綺麗になくなっていた。これは、どんぶり以外の物体を俺が汚れと認識しているから綺麗にすることが出来た、ということだろう。
試しに、襟元に巻かれていたハンカチに飛び散った汚れに対してもウォッシュ。ここで俺がハンカチの模様も汚れだと認識していたら模様の部分だけすっぽり抜けて色落ちしてしまうんだろうな。残念ながらそこまで考えてはいなかったので今回はハネ汚れだけが綺麗にされた。
食事を終えて熱いコーヒーで一服する。そろそろ中身が無くなりそうなので家に帰ったら飲み干して、朝新しいのを補充しよう。忘れないうちにこれもメモっておこう。
熱いコーヒーを肌寒い所で飲む。とてもトイレが近くなる組み合わせだ。衛生用品はもち歩いているし在庫はたっぷりと用意してある。その上でこの周囲には人が居ないのでどこで催しても大丈夫な設計になっている。俺はちゃんと持ち帰って家で処理しているぞ。
コーヒーを飲み干し、マグカップにウォッシュ。コーヒーの染み一つ残らない綺麗なマグカップに戻った。コーヒーの水滴は一つも残っていない。おそらくウォッシュの効果でコーヒーの残り汁は汚れと判断されたんだろう。これがコーヒーが満たされていたら汚れとは判断されずに何事も起きなかった可能性は高い。また今度色々考察してみよう。あと、家に帰ったらちゃんと洗おう。なんか気分的にそうしないと落ち着かない。
さて、探索を再開する。五時間ぐらいはここで羽根集めをして、それから三十五層に戻って茂君して……それでギリギリってところか。悪くない算段だと思う。うっし、いっちょやったるか。
スノーベアを処理した後でそれぞれ進行方向の前、右、左の木に対してパチンコ玉を発射。つり出されてきたスノーオウルを全力雷撃……もう全力じゃなくても充分戦えはするが、全力じゃなくて取り逃して対応しなおす面倒さを考えたら魔力が充分持つことを意識してほぼ全力雷撃あたりで調節しつつ、確実に一撃で葬っては次へ次へと処理していく。
今日は五時間も時間があるんだし、ひたすらにまっすぐ進んでみよう。以前泊まりで調査した際、およそ四時間の行程でぐるっと一周回って帰ってくることが出来ることは既に試している。どっちに歩いても木、木、木。どうせ前と右と左のモンスターを順番に倒していくならどっちに行っても同じ。ここは無心にまっすぐ歩き続けて一周して帰ってくるまでにどれだけ羽根が溜まるかに神経をとがらせて行こう。
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木だけが存在する無限牢獄を無心でスノーオウルを処理して歩き続け、およそ四時間。十五分ほどの誤差はあれど、きっちり階段まで帰ってきた。パチンコ玉の在庫も少なくなってきたのでそろそろ鬼ころしに買い出しに行く必要があるな。今日上がってから行くのではさすがに遅い、明日にでも行こう。
また多めに買い込んでおいて、しばらく行かなくてもいいようにしておくのだ。また余計なものを買い込むかもしれないがそれはそれ、どこかできっと使い道が出てくれるに違いない。
さて……キリが良いのでここで今日は上がっておくか。スノーオウルの羽根も八キログラム近く入手できた。しばらく三十八層に通う必要は無さそうだ。後は毎日のダーククロウさえ集めれば問題ないというところか。
三十七層と三十六層を駆け上がり、一気に三十五層まで上りきる。三十五層へ到着するといつも通りエレベーターの中でリヤカーに荷物を積みなおし整理、種類ごとに袋を小分けにしておくと、七層で途中下車してテントにリヤカーを隠すいつものスタイルで茂君へ会いに行き、帰ってきたらすぐに一層へ。
一層に到着するとすぐにダンジョンから出て退ダン手続き。時間的に混む時間だったらしく、少々待たされたが無事に手続き完了。これは査定にも時間がかかりそうだな。
十分ほど待って査定の順番が来た。ここ最近では一番待ったな。まあ中途半端な時間に帰ったり、閉場ギリギリで査定をお願いするような形になるよりはよっぽどマシであるし、ギルド職員にも悪い気分を持たれないだろうからこの時間を目安に今後は帰ってくることにしようかな。
今日は種類が多いのでそれなりに時間がかかる。いつもみたいにポーションと魔結晶だけ……という訳にはいかない。羽根は査定してもらわないものの、茂君にたどり着くまでに手に入れたボア革やボア肉、それにワイバーンの素材三種盛りに熊胆と彩り豊かだ。俺より後ろに並んでいる人、すまんね。
しばらくして査定の結果が返ってきた。本日のおちんぎん、五千五百九十一万五千二百円。うむ、しっかり稼げたな。今日も良いダンジョン日和だった。支払いカウンターで振り込みのついでにギルマスは居るかどうか尋ねるが、今日は早出勤早帰りだったらしく、またも出会うチャンスを逃してしまった。これは明日昼から出勤するついでにご報告、といった形のほうが確実だろうな。
リヤカーを返すと休憩場所で冷たいいつもの水をもらってまだ少し火照っている身体をひんやりさせる。この瞬間が割と気持ちいい。一仕事した! という感覚を体が味わってくれる。そういえば、仕事終わりにキンキンに冷えた生ビールを味わう、ということが出来るようになったんだったな。家に帰ったら早速試してみるか。
帰りのバスを待つ間にコンビニで小さいほうのビール缶を買い、ついでにおつまみも何品か。夕食もコンビニで済ませるか。昼はパスタだったから……よし、夜もパスタで行こう。今日はパスタ尽くしだ。コンビニでちんちこちんに温められた大盛のパスタと家に帰るまでにはぬるくなるであろうビールを両手に持ち、誰も見て居ないスキにバッグ越しに保管庫へ。ビールは家に帰って風呂を沸かしたりゴミを片付けたりしている間に冷蔵庫で再び冷やして、一通り終えたところで熱いパスタと冷えたビールを同時に味わうのだ。
家で冷えてるから心がウキウキワクワクというのはこういう状況を指すのか。なるほど、確かに楽しみではある。楽しみが増えることは良い事だ。酒に酔った、という感覚がまだ身についていないというか【毒耐性】のおかげで酒に酔うことなく次々に分解していくのだろうから酒に酔うという行動をとるにはそれなりに大量のアルコールを摂取しなければいけない可能性は高い。が、そこまでして酒に酔いたいかと聞かれるとそれは否。大事なのは酒に酔っているという気分のほうじゃないかなと思う。
自宅についてまずビールを冷蔵庫……いや、短時間なので冷凍庫に。そしてゴミを片付けて風呂を入れる準備をして着替えると、大盛のパスタと冷凍庫で冷やしたビールと共に夕食を食べる。まずはキューっと喉を通り抜ける気持ちよさと共にビールを呷る。これが喉越しって奴だな。確かに仕事上がりに飲むには気持ちいい。この気持ちよさを味わうには適正温度が必要だ。飲み頃という奴だな。
まだちんちんのパスタを口に詰め込み、ビールとの温度差も楽しむ。パスタ以外に買ったホットスナックと鶏の軟骨揚げも摘まみながら、ぐびぐびとビールを飲む。ガンテツ用のを一本拝借するか。もうちょっと飲みたい気分だ。
ビールをちびちびとやりながらコンビニの弁当を食べるというのは寂しいオッサンのしがない夕食という雰囲気が醸し出されていて非常に気分がよろしくないが、別に他に選択肢がないからそうしている訳ではない。今日はたまたま夕食を作る気分ではなかっただけだ。
けっして一人寂しいおじさんでないことは自覚している。ただ、仕事人間であまり趣味がないことも同時に自覚しているので料理以外に何か熱中できそうなことを見つけるのも必要だろうなとは思い始めている。料理以外で休日にやっていることといえばネットを見回ってダンジョン関連のニュースを見回ることぐらいだ。
一応世情に乗り遅れない程度には流行を追えているつもりではあるものの、おじさん力テストとかしたら高得点を取る自信はある。その辺の若々しさは芽生さんや結衣さんからちょっとずつ吸収させてもらおう。
夕食を済ませ腹をしっかりと満たしたところで洗濯機を回しつつ風呂へ。久しぶりにゆっくりと考え事をしながら浸かろう。
とりあえず送信だけは出来ることが確認された。送受信にはまた別のアプローチが必要だという話だろうからそう二日三日で解決する問題でも無さそうだ。そっちはそっちでゆっくりとやっていってくれればいいと思う。
明日は午前中鬼ころしに出かけて午後からダンジョン。ダンジョンに入る前にギルマスに報告をするかどうかだな。五十六層まで潜りこんでから報告するという形でも何ら問題はないので、これは覚えてたら実行するという程度の認識でも良いな。もうちょっとアルファ型やベータ型のドロップする素材の数を集めてから報告、ついでに一定量の素材引き渡しという形でもいい。今在庫があるのが……二十個か。これを全部渡してサンプルとするか、もっと数多く集めてからにするか、悩みどころではある。
少なすぎても必要な所へ回り切らない可能性はあるしな。かといってあまり多く渡すと、安く買いたたかれる可能性も出てくる。その中間点を上手く探っていくか。とりあえず明日だな。スノーオウルの羽根は今日しっかり集めることが出来たので、しばらくは三十八層に潜らなくても問題ない。ダーククロウの羽根も流通する分には充分な納品が出来ているし、他の探索者が時々持ってくる分もあるそうなので、ひっ迫はしていない。そっちのほうはお助けメールが飛んでこない限りはいつも通りの納品で良さそうだ。
最近同じことを何度も考えている気がするな。これも老化の一種だろうか。ダンジョンに潜り続けると脳が働き過ぎて老化する……なんてことはないよな。まだ四十一だ、ボケるのには早すぎるぞ。
よし、ふやける前に風呂から上がろう。ついでに風呂掃除もしておこう。風呂の汚れ……水垢や飛び散った泡、俺の身体から出た老廃物をイメージして部屋全体をウォッシュ。どうやら綺麗になったようだ。壁を擦ってもキュッキュという気持ちのいい音がする。これは成功したな。ちょくちょくやって成果を見て、もし汚れが残っていたらその汚れを汚れと再認識してもう一度ウォッシュをかけていくことにしよう。
汚れが完全に落ちるなら風呂も洗濯も必要ないのではないか? という疑問は残るが、やはりここは気分的なもの。入れるなら入りたいし洗えるときは洗いたい。こうやってゆっくり湯につかることで体のマッサージ効果や自律神経の乱れを直したり、たまには入浴剤を色々試したりする楽しみもある。やはり風呂は大事だな。
気持ちよく風呂を終えたところで自然な眠気が俺を襲う。こういう時は素直に襲われる方がより快眠に近づく。明日の昼食は……カツサンドか。明日の出勤はごゆっくりでも問題ないから時間もある。何のカツにしようか頭を巡らせてる間に瞼が重くなっていく。ワイバーンとかでもいいかもな。
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