896:試験運転
今日は快適に起きることが出来た。どうやら昨日の夜がよほど疲れていただけだったらしい。布団と枕のせいにしてごめんなさい、そしていつもありがとう。これからも長い付き合いを頼むよ。
朝食を食べて今日の昼食は……パスタだ。何のパスタにしようかな。気分的には和食って感じがするので、キノコバター醤油という一品をチョイス。キノコと醤油が入っていればそれはもう和風を名乗って良い。よし、じゃじゃっと作ってこれを昼食にする。物足りなかったらバターと醤油をさらに追加してみるのも良いかもしれない。
今日は米を炊かなくていい分時間がかからないのでかなりの時短だ。野菜は野菜ジュースで摂ることにする。パスタを茹でて炒めてソースを絡めて終わり。盛り付けは面倒くさいのでどんぶりにそのまま放り込む男飯スタイルで行く。どうせ誰も見ないからこれで良いのだ。後片付けも楽だしな。夕食は食べたくなったら帰る、それで行こう。
柄、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
酒、ヨシ!
保管庫の中身、ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。今日は三十八層でスノーオウルの羽根集めだ。先日納品したばかりなのでまだ余裕はあるだろうが、俺の手持ちに余裕が欲しい。今のペースだと月に四キログラムほどが納品ペースだが、話題になって数が足りなくなった場合にはヘルプメールを入れてくれれば即時対応すると言ってあるので、いざメールをもらって在庫がない、では申し訳ない。
在庫が無くなる前に補充しておくのは下請けとして必要な在庫を余分に持っておくのは大事なことだ。いきなり十キログラム欲しい! と言われた時に出来るだけ短時間で納品できるようにしておかないとな。
◇◆◇◆◇◆◇
昼食づくりが手早く終わったので家を出る時間も早い。今日は一時間ほど早く現着しそうだ。その分確実にダッシュ大会する時間が増えるので収入に直結する。電車に乗っていると着信。結衣さんからだ。朝早いな、泊まりで戦ってたのかな?
「四十二層から送信テスト。届いていますか」
どうやら四十二層から送信できるようになったらしい。これでまた一段階ダンジョンの利便性が向上したことになるな。テストとはいえ、電波を直接地上に送り届ける実験まではうまく行っているらしい。
「電車の中から返答テスト。届きましたよ」
こちらも送り返すが、返事はない。もしかしたら送信だけが出来る状態とかそんなだろうか。潜って見たらわかることだな。多分一泊して休憩中にテスト、というところだろう。ちょっと時間もあるし、今日は四十二層へ一旦下りて、様子を見に行ってからその後三十五層に行くことにしよう。
ダンジョンに着いて早速入ダン手続きとリヤカーを引いてエレベーターへ。いやあ近くなって大助かりだ。これでスライムを潰して精神統一をする日と稼ぐ日と羽根を集め続ける日、精神的に区分けするのが非常に簡単になった。これもミルコのおかげだな。今日のタブレットお菓子は二つに増やしておこう。
エレベーターでいつも通り七層で茂君してから四十二層へ一直線。余分に一時間待たせることになったが、今日は普段の行動より一時間早いので到着するころには真っ直ぐ来ているかのように見せかけることはできる。早く返事が欲しかったと文句を言われるかもしれないがこれでも急いできたほうだよ? と言い訳をすることにしよう。
四十二層へ到着するといつもの光景。ガンテツがあれでもないこれでもないと魔術的な何かを色々と構築している様を山本さんが眺めている。さて、結衣さんは……テントかな?
「結衣さん、寝てる? 」
そっとテントに近づいて小さめの声でテントの中を覗く。結衣さんはおねむのようだった。これは寝込みを襲ってしまったことになるな。ノートを一枚破り、届きましたと返信しましたがそっちは届きましたか? と書きこんでそっと枕元に置いておく。
そのままテントを出ると、山本さんのほうへ近づいていき進捗を確認する。
「おはようございます」
「ああ、安村さん。おはようございます。テストメールは届きましたかね? 」
「間違いなく。こんな感じで」
と、メールが届いたことを確認してもらう。山本さんは無事に届いたことを確認してガッツポーズしている。
「うん、送信時刻とのずれもほぼ無いですね。送信試験は成功したようです。ですが受信のほうはまだできないみたいですね。一方的な送信の間だけは電波の保持が出来るようです」
「という事は現状一方向通信、つまりこっちから異次元の壁を突破することは成功したってところですか」
「そうだ。だが、電波ってのは常に飛び交っているものなんだろ? だとしたら異次元の穴みたいなものを用意してその穴から電波を引きこんで内部でその電波を保持し続けるような仕組みが必要になってくる。送信するだけなら今のままでも問題ないが送受信、つまりこっちに向かってくる電波だけを拾い上げるというのが難易度が高いな」
ガンテツが解説を添えてくれる。
「なるほど、さっぱりわからん」
「だろうな。ここから先はワシらの頑張りようにかかっとるということだな。ざっくり言うとこっち側にもアンテナを設置して電磁波を増幅してやるか、関係のある電磁波だけを一時的に保持してやる必要が出て来るってことだな」
うーん……うーん……細かいことは解らん。しかし、何となく感覚で解る範囲で理解しようとする。
「電波を受け取るけど送信先がこの周囲にあるかどうかを判断して、関係なければ破棄、関係あればその端末に電波をそっちへ追い立ててやるようにしなきゃいけないってことかな」
「大体合っとるぞ。本来で言えばその魔道具……スマホ自体に固有の魔力を保持させて、魔力に電磁波を乗せる形で通信する、という形が最も理想的なんだがそこまでは出来そうにないし、そもそもその製品がどうやってできているかから解析せにゃならんし、作っているところにまで出かけることは出来んからな。やはり根本的に魔力と電磁波の変換をさせなければならんだろうな」
魔力と電磁波の変換か。それを階層自体に持たせて、地上に電磁波が抜けたところで魔力通信が出来るようになる……と。
「ん、ということは地上に多少魔素が漏れ出ていた方が通信環境が良くなるのか」
「その手伝いを今お前さんら探索者にしてもらってる最中だろう? 期待してるぜ」
結局魔素をどれだけ地上に振り分けられるか、というのがネックになるらしい。
「ということは今後は魔力と電磁波を相互変換させて、地上との境界線を出たあたりで魔力が電磁波に、電磁波が魔力に変化するような仕組みを組み込んでいけば、新しいダンジョンでの通信はできるかもしれない、という認識であってるのかな」
「ま、そうだな。なので実際に新しいダンジョンを作ってみないことには解らんところもある。とりあえず仮想空間内でダンジョンをくみ上げて、そこから通信できるようになるかどうか試してみるぐらいしかないが、問題は仮想空間内のダンジョンには作ったやつ以外誰も入れないってことなんだよな。作った本人じゃないと出入口をこっそりつなぐこともできない。だとすれば後はミルコの協力で更に下層に試験区域を設けるかどうか、というところだが」
しばらく無言が続いた後、ミルコが転移してきた。
「あー、しばらくは難しいと思うよ。具体的には言わないけど結構頑張って作ってあるから他のダンジョンに比べてこのダンジョン、相当深いところまで作っちゃってるんだよね。それに他のダンジョンマスターも、自分のダンジョンが攻略されるかもしれないと考えて急いでダンジョンを深く作りだしたんだ。しばらく他のダンジョンでそれを試すのは難しいかもしれないね。その辺はガンテツにあちこちのダンジョンに回ってもらって、試験区域を貸してもらえないか頼みこむといいんじゃないかなあ」
俺が何層まであるのか聞かないからか、気を利かせてくれているのだろうが、それと同時にしばらく小西ダンジョンは深く潜り続けることが出来るという事を意味しているらしい。そこまで言うからにはかなりのところまで作ってあるんだろう。七十層ぐらいまでは出来てるんだろうか。
「ふむ……まぁ、とりあえず魔力と電磁波の変換については引き続き研究していくわい。電磁波を魔力解析にかけてうまいことやってみせるわ。専門的なことが増えるがある程度言葉も教えてもらったしな。ひらがなとカタカナだったか? それについてはもうバッチリだ。文字が読めれば後は変に言葉を置き換えたりせずにそっちに合わせて勉強しておるところよ」
ガンテツが最初の異世界言語翻訳家になるのか。こっち側の世界ではなく向こう側からの寄り添いというところに思うところはあるものの、今後はガンテツは自分でダンジョンを作らずに他のダンジョンを作ろうとし始めるダンジョンマスター達のバックアップに回るんだろう。先に新しい機構のダンジョン用意してまっせ、といくつかのサンプルを用意し、それを見せて回る住宅展示場の担当員みたいな感じになるのか。それはそれで面白いので俺も一緒に見て回ってみたいところだな。
「俺も試しに送ってみようかな。出来る? 」
「いいぞ、今のところ俺の目の前でなら使えるようになっている。送ってみたい相手に向けて送信してみてくれ」
許可が下りたので真中長官に進捗報告を含めてメールしてみる。
「四十二層からおはようございます。現状ダンジョンマスターの介助の元、送信だけは出来るみたいです。これはそのテストメールになります。返信されてもこちら側が受信できるのはダンジョンを出てからになると思いますので返事が無くても気にしないでください」
長ったらしく内容を書く必要もない、あくまでテストだ。送信っと。
「これで届いたことになるのかな」
「さっき嬢ちゃんが送ったようにうまく行ってるなら今頃たどり着いてるんじゃないか? 送った本人はもう寝てるみたいだが」
「そうらしいね。ここまで下りてきたのはそのメールの送信がちゃんとできてるって確認に来ただけなんだ」
「そうか、じゃあ今から仕事ってことだな。精々みんなの目を楽しませてやってくれ」
ガンテツはそういうと、またむにゃむにゃ言いつつ仕事に戻った。山本さんも同じく、おそらく通信規格についての翻訳作業に入るらしい。新しいノートを一冊そっと置くと、いつものお供え物をミルコとガンテツに渡すつもりでその場に置き、俺も三十五層に戻る。
思ったよりも送信試験は早く出来るようになったんだな。今年いっぱいぐらいかかるのかもしれないと考えていたが送信だけでもできるようになったのは凄い進歩だ。その内だが、各階層にスマホ用のアンテナが立ってそこでやり取りをする姿が見えるようになるのかもしれない。今後の進捗に期待しよう。
三十五層に戻ると、結局いつもの時間になった。なんだかんだで一時間ほど話し合いをしてたことになるのか。
朝の頭の体操にはなったな。しっかりと頭の運動をしたところで体の運動に行くことにしよう。三十六層でワイバーンやダンジョンウィーゼルを相手にして徐々に体のギアを高めていく。順調に一時間かけて体を温め、三十七層に着いた。見慣れた寒い雪原マップ。ちょっとベストを取り出して中に着こむ。これで温かさはある程度保持できる。
三十八層まで下りたら昼食にしよう。三十八層は階段周りは比較的安全だからスノーベアさえいなければスノーオウルは木から離れないし、昼食をとる余裕を持てる。三十七層にたどり着いて西に向かい、行き慣れた並木道に一本ごとに存在するスノーオウルを一発ずつパチンコ玉を弾きだして呼び出し、全力雷撃で倒しドロップを拾っていく。
いつも通り並木道が途切れる所まで来ると南に逸れ、そのまま真っ直ぐ行くと階段が見えてくる。何十回と通った道、今更戦闘でわちゃっとなっても方向を見失うようなことは無い。俺には方位磁石がある。こいつが壊れない限りダンジョンで迷う事は無いだろう。五十層以降は……自信ないな。
階段までに木はないので潜ってるスノーベアを片っ端から片付けながら三十八層へたどり着く。何事もないのは安全に探索が出来てる、というより通い慣れた証だ。三十八層に潜ったらまず周辺の確保とお昼ご飯だ。流石にお腹が空いてきた。早速パスタをどんぶりで食べる準備に入ろう。
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