891:五十三層へ 2
五十二層はそこまで広くはないと言うことは、事前調査で確認済みだ。既に外周を一周して、壁側に階段がない事を確認している。つまり目指す先はつららであり、そのつららまで行くルートを確かめつつの行進になる。
足元を確認して石筍が無いかを見定め、あったらそこまでにかかった時間と階段、もしくは手前の目印からの方向を書き記し、かなりよく解らないことになりつつある地図を作っていく。これでも迷わず帰ってこれるだけの方向感覚がある分、無いよりは相当マシであると言えるだろう。もうちょっと解りやすい目印があると助かるんだけどな。
それも薄ぼんやりとかかっている霧のせいであり、これが無ければもうちょっと早く、もっと手早く、もっとスピーディーに戦いも探索も出来るものなのだが、このマップを思いついた人はどんな気持ちで今この攻略配信を見ているのか聞いてみたいものである。
現状解っている範囲では最奥になるダンジョンの攻略配信である。もしかしたらもっと深く潜っているのを内緒にしている国家があるかもしれないので、自分たちが一番だと言い張ることは不可能だがそれでもこのゆるゆるとした区切りの無い戦闘とそれを片っ端から消し飛ばしている状態のこの攻略配信は果たして見どころがあるのだろうか。
「うーん、最近あれだな。見せ場とか録れ高とかそういうものが気になりだしたな。なんか派手に戦った方が盛り上がるんじゃないかとか思い始めている」
「余裕があることでよろしゅうございますねえ。でも確かにこの階層だと盛り上がり具合が少なそうですね。寄って来た奴を順番にぶっ飛ばすだけですから固まった敵を一気に吹き飛ばしてドーン! とかはなさそうですしね」
「こう、スピード感とかそういうものはここにはないよね。一匹一匹を派手に吹き飛ばすのはできるけど魔力の無駄遣いだろうし、引き締める所は引き締めたいところなんだが、あまりにこうだらだらと戦い続けるのも面白くないんじゃないかと思い始めてきた。もっと強ければ、モンスターを引き付けるだけ引き付けて後ろに引きずった後でまとめてドカンと極太雷撃で処理するような戦い方もできるようになるかもしれないけど、そういうトレイン行為は禁止されてるしな」
「自分達しかいないとはっきり解ってるところでトレインも何も無いとは思いますが、マナーは確かに大事かもしれません」
会話中もひたすらダラダラと戦い続けている。肉体面、魔力面ではまだまだ問題はないが、精神的につらくなってきたのも正直なところ。これで会話が途切れたらイライラが溜まり始めた合図なんじゃないかと考えている。その前にさっさと階段を見つけて五十三層へたどり着きたいというのが本音だ。
おそらくなのだが、モンスター間でリンクが発生するのは五十メートルから百メートルの範囲にいるモンスターで赤く、つまり戦闘態勢に入り始めたモンスターが存在した場合、その次の範囲に居るモンスターがリンクする、という仕組みになっているのだろう。何段階までそのリンクが続くかは解らないが、ある程度の限度があることまでは解る。
もし限度なく襲ってくるなら階層全ての湧いているモンスターがこちらへやってきて戦い続けた後、モンスターは完全に居なくなり次のリポップ時間を待つという段階に入る。その間は自由に移動し続けられるはずだが現状はそうなっていない。
おそらくは四回から五回ぐらいのエンカウント戦闘をまとめてだらだらとやっている、というのが正解に近いんじゃないかと考えている。五戦連続程度ならまあまだ許容できる範囲なのでいけるな。
そして今五段階目であろうと思われる最後にこちらへ寄ってくる赤い点であるシャドウバタフライ二匹を雷撃で焼き切った。
「ふぅ。ちょっとすっきりしたかな。これでまた歩く時間が稼げる。まっすぐ北西方向に来たから、あの上に見える大きな影を目標にしていくか。方角は現在地から北北西、距離は……まだわからんか。まあ近づいて階段があるかどうかを判断してからでも遅くないだろう。まだ体力のほうは大丈夫? 」
「念のため一枚齧っておきたいんですがいいですかね」
「もちろんですとも。ついでに洗浄しとこう」
芽生さんにドライフルーツを渡すついでにウォッシュ。もう洗われる度に艶っぽい声を上げる事は無くなった。全身をまさぐられるのに慣れたということだろう。それはそれで楽しみがいが無くなるのかもしれないが、意図しないまさぐりと意図通りにされるまさぐりとはまた違うのかもしれないな。実際、自分にウォッシュをかけても自分で触っているのだろうという認識があるので俺自身は何とも思わない。
そう考えると生活魔法にも色々と使い所があるのかもしれないな。今度試してみよう。試しに全身ではなく、手だけを意識して洗浄してみる。すうっと本当に手だけが気持ちよく洗われ、手袋の内側にへばりついていた汗の感覚がなくなる。ふむ……これは面白いな。今度は自分の頭だけを意識してウォッシュ。ヘルメットの中のちょっとジメッとした、頭髪から漏れ出る脂分とか汗が綺麗になった気がする。
「よし、コツをつかんだ。部分的にウォッシュをかけられるようになったぞ」
「じゃあ今後はやって欲しい部分だけを指定したらそこだけやってくれるような形になるんですかねえ」
「自分で試してできたからと言って他の人に同じようにできるかどうかまでは解らんな。ここは一つ、階段を見つけた先で試してみようじゃないの」
影が見えるつららに向けて歩みを再開する。二分ほど前に進むと、前回ギリギリ寄せきれなかったのであろうモンスターが姿を見せ始めてきた。焦ることは無い、十分対応できる相手の数だ。ゆっくり相手をしていこう。
また数分かけてモンスターを倒し、倒し終えて周辺の索敵の変化がない事を確認したところで目標物へ進む。それを何回か繰り返し、ようやく見えている目標物へ近づくことが出来た。
たどり着いた大きなつららの足元。他の階層なら手早くぐるりと周囲を回れるところだが、ここを一周するだけでもそこそこの数のモンスターが寄ってくる。終わりが近いかもしれないと言って油断は禁物だな。
頭の上にある直径二十メートルほどの逆さつららをぐるっと回ると、確かに階段はあった。階段の周囲にモンスターは居ない。多分近づく前の最後の戦闘でここまでのモンスターを引っ張ってきたせいでもあるだろう。ただ、階段にたどり着いた時点で反応するモンスターが居るかもしれない。慎重に行こう。
「階段で少し待機して、モンスターが寄ってこないかどうか確認してから降りよう。そうして何も来なかったら完全に安全圏だ」
「そうですね。無理に階段を下りて、いざ帰りに登る時に階段で詰まってても困りますし」
二分ほどその場に立ち尽くし、索敵だけを念入りに行う。しばらく待つと、シャドウバタフライが二匹だけ寄ってきたが、これも寄せるだけよせて撃破。ドロップを拾うと、それ以上モンスターが寄ってくる事は無かった。
「これで打ち止めかな。どうやらちゃんと攻略したと言えそうだな」
「問題は後何回か、ここまで行き来しなきゃいけないという事でしょうかね」
「行き来が面倒くさいと思ったのは十層と三十一層以来かな。そういえばここは五十二層。二十一層おきに行き来の面倒くさいエリアが出来ているな。この調子だと七十三層でも面倒くさいエリアが出てくるのか、それともここから先はずっと面倒くさいエリアなのか。ともかく階段を下りれば解ることか」
「中途半端な階層から始まる面倒くさいエリアですか。それはいいとして、階段が見つかったしそろそろ周りも無事らしいので、さっきの部分ウォッシュを試してもらっていいですか」
「よし、どこからだ、かかってこい」
芽生さんの体の部分ごとに意識をする。頭、肩、腕、手先、胸、腹、腰、足先、太もも。さぁどこからでもこい。
「とりあえず頭と腕とスーツの洗浄をお願いします。試しに、ですが」
「やってみる」
芽生さんの頭をまず洗浄。頭部だけに意識を集中させて……ウォッシュ。
「お、本当に頭だけ気持ちよくなりましたね。成功してるみたいです」
頭はまず成功。次は腕。うでから指先まで、手袋の内側を洗うように……ウォッシュ。
「腕も成功ですね。スッキリデオドラントシートで拭いたような感じがします。ついでに手袋の中も綺麗になりました」
うまく行ったところで二人ともスーツの洗浄。このべたついた階層ともしばらくの間お別れだ。帰りの時間を考えると四時間ぐらいは五十三層をうろつく時間の余裕がある。うまく行けば五十四層の階段も見つけられるかもしれない。
「さて、下りるか」
「もう安全みたいですし、汚れは綺麗に落としましたし、準備は万端です。さあ行きましょう」
五十二層から五十三層への階段を下り始める。紫色に輝いているとはいえほの暗いダンジョンから、下へ下りるとともにだんだん明るくなっていく。どうやら次は地上に出られるらしい。いや、ダンジョンだから地上というのも変な話だが、とりあえず次は明るいマップであることは確かだな。
やがて境界線を越えたのか、肌に感じる湿気がカラッとしたものに変わる。前のジメッとした空気に比べて過ごしやすくはなるが、お肌のケアは大事かもしれないな。サバンナやカニうま島とはまた違った空気を感じる。
階段を下り切った五十三層は、若干赤みを帯びた土の地面に黄色じみた砂、そして崩れかけた石造り……いや土レンガか? そんな雰囲気を醸し出している建物。家の中身を確認するのは後でいいだろう。まずは索敵を……よし、反応はなし。この建物周辺は一時的にセーフゾーンになっているらしい。
階段は、サバンナマップでもあった大岩に階段が埋まっているタイプの無理やり式階段だ。砂漠の真ん中に大岩があってそこに階段が埋め込まれている。大きさもサバンナマップの階段とあまり変わらないようだ。
周辺に危険がないことが確認できたところで新しい土地についての情報を集め始める。廃墟になった建物に近づいてみたが、二十一層と同じくいくつかの生活雑貨のようなものが残されている。試しに殴りつけてみたが、やはりこれは固定オブジェクト。破壊することは不可能なようだ。
土を乾燥させて出来たレンガ状の壁が露出している。多分、泥のレンガを乾燥させて積み上げた後、練った土で外壁を塗装したものになるだろう。家具も同じく土レンガで出来たものと、おそらくこの地方では貴重品であるだろう、木材で出来た食器が同じく土で出来たテーブルに張り付いている。剥そうと思ったがテーブルに固定されていて動かすことはできない。
食べ物は……さすがに無いだろう。この湿度では仮に水分が残っていたとしても蒸発してしまっているだろうな。
建物の外へ出ると、少し離れたところに井戸が設置されているのを見かける。この環境では命綱になるだろう井戸だ。ちゃんと水分が蒸発しにくいように蓋がされている。蓋を動かそうと試みたが、残念ながらこれも固定オブジェクトであった。
井戸の中が見れたら井戸の中の水を汲んで試すことも出来ただろうに……と、試しに傍に置いてある桶を持ち上げようとしたが、これもまた固定オブジェクト。地面から離れはしなかった。桶を繋いであるロープはゆらゆらと揺らすことはできるが、試しに千切ろうと試みたがこれもうまく行かなかった。非破壊オブジェクトにも色々あるんだな。
「北アフリカってイメージがあるな。こんな光景をなんかの番組で見た覚えがある」
「ということはここを離れたら砂漠だったりするんでしょうかねえ」
「解らん。が、とりあえずそれを含めての調査だからな。こんな感じの家が点在してるのか、それとも家の周りに階段があるのか、目印があるのか」
「目印が解りやすいと助かるんですが、いつも通り気負わず行きますか」
「それにモンスターが姿を見せてない。ということはやはり前のマップが特殊だったんだろうな。五十二層と同じようなモンスターの傾向なら今この時囲まれているはずだ。その様子がないと言うことはやっぱり何層か置きにある探索者の戦力のお試しモードみたいな階層があるってことなんだろう」
索敵の範囲を最大限広げてみるが、この家の周辺は安全らしい。もしかしたらここも戦場になる可能性はあるが今のところは大丈夫。逆に静かすぎて気味が悪いとも思えるのだが、モンスターが居ないのはモンスター側の索敵範囲がどのくらいかにもよるが、とりあえずリポップしているような感じはしない。とりあえずこの場を離れて周囲の様子を観察することにしよう。
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