889:営業時間変更
888話というキリ番は意識してなかった。
四月に入り、今日も元気だ布団がちょうどいい。今日はシーツを洗おう。早速布団からガバチョと起きるとシーツを取り換えて洗濯機へポイ。寝間着は明日で良いや、家を出るまでに洗濯が終わりそうにない。天気予報を見て今日も一日快晴であることを確認する。帰って来たら乾いているだろうからそれまでは干しっぱなしにしておこう。花粉症ではないので花粉の付着を心配する必要もない。
ササっといつもの朝食を食べると昼食の鶏肉の照り焼き丼を作る。米を炊く準備をすると早速メインの具である鶏肉の解凍に入る。鶏肉はまだ切り落としが残っている。こいつを甘辛タレに搦めて炒めて付け合わせの野菜と共に保管庫に入れる。後は米が炊けたら丼に入れて完成だ。
後は夕食……そう、今後は夕食の準備があるのだ。定番ウルフ肉の生姜焼きサンドを作る。タレにつけこみ揉みこんだあと保管庫で三分。その三分の間に付け合わせの刻みキャベツを用意し、三分経ったところでウルフ肉を出すと、そこには五時間漬け込まれておそらく肉の芯にまで味が染み込んでそうな美味しそうな調味液が生まれていた。ありがとう保管庫、今日も君のおかげでゴキゲンな食事が楽しめそうだ。
ウルフ肉が焼き上がりそれをトーストした食パンで挟む。今日は芽生さんの分も含めて四つ用意した。今日は五十二層を突破して五十三層を覗きに行く予定だ。夕食は最悪帰り道にちょっと小休止しながらでも摘まめるようにサンドイッチにした。これも中々悪くない選択肢のはずだ。
小西ダンジョンは営業時間変更により午前七時から午後九時までの営業となった。今までより四時間長く潜れる。それに加えて、先日一層のエレベーターの位置を変更してもらったおかげで往復に歩く時間でさらに一時間、合計五時間の時間的余裕が生まれることになった。これだけ時間に余裕があればよほど広いマップをうろうろするわけでもない限り、七層分歩き通して突破することも難しくない。時間に余裕があるというのは本当に素晴らしい。
米が炊けたので丼に入れて上からトロミのついた鶏の照り焼きと付け合わせの野菜をかけて蓋をして改めて保管庫へ。食事の準備はこれでヨシ。後は洗濯物を干して出かける準備は完了だ。
柄、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ! でも今日はお供えナシ!
酒、ヨシ! こちらもお供えはナシ!
保管庫の中身、ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。まだたどり着いていない五十三層。果たしてどんな階層になっているか楽しみだな。
◇◆◇◆◇◆◇
いつもの電車、いつものバス。だが、周りの状況はいつもの……とは言えず、日々変わりつつある。一番大きいのは小西ダンジョンの営業時間変更だろう。
営業時間の変更により朝七時からダンジョンに潜ることが出来るようになっているが、自分たちの探索する時間については朝の時間は今まで通りにしておこうという合意をした。開いているからその時間をフルに使わなければいけないという理由はないからだ。ただ、出来るだけ一日で稼いで帰ろうという意思はお互いにあり、営業終了時間ギリギリまでは戦っておこうということになっている。具体的にはほぼ半日。午前九時から午後九時までが探索時間という事になる。
ダンジョンの営業時間変更に伴い、ダンジョン横のコンビニとバスのダイヤも変更され、コンビニは朝六時から夜十時まで、バスのダイヤは六時台から一時間に二本バスが来るようになった。これもダンジョン発展に伴う再開発事業の一部分であると言える。
ダンジョン周辺地価は急激に上昇し、古い家は家ごと丸ごと買い取りでも良いから売ってくれという不動産屋の手により売買が進み、土地が整理され、整理されたところにアパートが建つ。一部屋買っておくのも良いかもしれんな……と考えてる間にどうやら居住者の抽選販売が終わり、抽選倍率は八倍にもなったらしい。
どうやらダンジョン近くに居を構えておいて、ギルドに卸さないドロップ品の保管場所として利用する探索者が一定数居るらしく、田中君もようやくここに一部屋構えることが出来たと喜んでいた。ダンジョンの出入りの度に肉を部屋に保管しておき、車で会社に運び込むという形で納品を済ませていく予定らしい。車は近所のレンタカーショップで借りることになるそうだ。
田中君もついにダンジョン近くに自分の家を持つようになったのなら、彼がダンジョン内で過ごす時間も短くなるのだろう。あまりにも何もなくてダンジョンの中で過ごすのが一番まともに稼げるという状況だった小西ダンジョンのあの頃を考えると、発展したなという気分にさせてくれる。
最寄り駅周りも店が徐々に増え始め、比較的初期に新しく出来た弁当屋の景気も良くなったように感じる。間違いなく、小西ダンジョンは周辺地域にいい影響を与えていると思う。前から住んでいる住人と新しい住人との諍いなんかはあるだろうが、それは何処でも起こりえるものだ。
ダンジョンが出来たせいで治安が悪くなったという意見も聞こえては来ない。むしろちゃんとしている探索者のほうが圧倒的に数は多いのだ、治安の悪化どころか、探索者のほうが強いとまで言われる昨今、問題を起こして他の探索者から責められ、ダンジョンに通いづらくなる方がよほど損をするという事を皆解っているのだろうな。
バスが【小西ダンジョン前】に着く。バスを降りて周辺を見ると、ダンジョンの周りの空いた土地も少なくなってきた。いよいよ小西さんも自分の土地を維持し続けるのを諦めて来たらしい。このまま順調に土地を明け渡してくれれば、いやもっと早く手放してくれていたら、小西ダンジョンはより栄えていただろうが、その時はその時で別の問題……たとえばダンジョンが混み過ぎるとか、そういった人口的な問題が発生していたであろうことは想像に難くない。
ギルドの建物は七時に開いているので中でゆっくりと芽生さんの到着を待つ。到着してすぐ潜れるのも朝早くから並ばないことの良いところの一つだ。多少遅れても構わないし、早く来すぎても構わない。焦るほど時間が足りない訳でもない。雑誌を片手にゆっくり待つことにしよう。と、芽生さんからレイン。今バスに乗ったとのこと。一本遅れという事だろう。
明日の昼食の材料が足りるかを確認しながら雑誌を読んでいると、芽生さんが到着したらしいが着替えてから合流しますと連絡が届いた後しばらくして登場した。
「お待たせです」
「おかげで読書が進んだからいいよ」
揃ったところで早速入ダン手続き。
「今日もご安全に」
いつもの見知った受付嬢は今日も元気よく送り出してくれた。四月に入り休みが気軽に取れるようになったので、今年からは今までに溜まった有休を消化するべく頑張るらしい。
いつも通りリヤカーを引き一層に入り、すぐ横に折れてエレベーターへ向かう。どうやら今まで通り九時にダンジョンに入る探索者は少なくないらしく、まだ体が慣れていない探索者でエレベーターにちょっとした列が出来ている。いつも通りこっちはリヤカー付きなのでそれほど同時に多くは乗れない。
荷物の少ない探索者をある程度先に行かせてからのリヤカーと一緒にエレベーターに乗り込む。こっちの顔を知っている探索者は俺達が深くまで潜ることを了解しているのか、無理に一緒に乗ろうとはせずにお先にどうぞと譲ってくれる場合もあるのでその時はお言葉に甘えることにしている。
「さて、今日こそ五十三層への階段を見つけますか」
胸を張ってやる気を見せている芽生さん。ここ最近の数回の探索で、五十二層の外壁沿いに階段がないことまでは確認している。後はまだ巡っていない区域を巡ればそこに階段があるだろう。
地図を見ながらこっちだろう、いやあっちだろうと言い合いながら、行く方向を定めていく。回る順番を決め、その通りに行って階段があれば万歳ということになった。
四十九層にたどり着き、リヤカーを下ろす。ノートを確認すると、五十三層への階段見つけましたとの報告有り。
「どうやら高橋さん達は階段を見つけたみたいだな。それより先に潜っているかどうかまでは解らんが、そこまでしか書いてないあたりを考えると進んではいないのかも? 」
「五十三層まで潜ったなら潜ったと書くでしょうし、隠す理由は無いですよね。なら、次への階段だけ見つけておいて戻ったってところでしょうか」
芽生さんが口元に手を当ててんーっと考える仕草をする。
「かもしれんね。まあちゃんと階段があることは確認できたんだ。後は運任せだな。早めに見つけられるのを祈っておこうや。で、どうする? 午前中は四十八層にしとく? 」
「そうですね。お夕飯はともかく、お昼はちゃんと座って食べるようなご飯なんですよね」
「今日はね。昼夜まとめてサンドイッチなんかではちょっと芸がないからな。お昼は鶏の照り焼き丼だ」
「あ、私それお気に入りです。ゆっくり食べたいです。四十八層で準備運動して、早めにお昼食べて、それからゆっくり階段を探しましょう」
ニコニコと機嫌がいい。その調子で一日過ごしてくれるといいが、また五十層へ潜って甘味まみれになったら少しずつストレスが溜まっていくのだろう。生活魔法で綺麗になるからといって、一時的にでも汚れるのはお気に召さないことは経験上分かっている。
「さて、汚れない所で二時間ほど動きますか。五十層をうろうろするよりは収入に……うん、俺のメモ帳の数字が確かなら五十層よりも四十八層のほうが収入密度は高い。稼いで帰るにはちょうどいい感じだな」
「よーし美味しいお昼のために頑張るぞー」
「おー」
◇◆◇◆◇◆◇
ここ最近御無沙汰だった四十八層へ来た。ソロの時は四十三層、二人の時は五十層でお茶を濁しつつ四十九層で休憩、再度五十二層まで突入、という行動を繰り返していたので植物系モンスターを見るとなんだか懐かしい感覚すら覚える。
入ってすぐにダンジョンタンブルウィードことマリモ六匹とご対面。伸ばしてくる蔓に腕を絡ませて、逆にこちらに引き寄せて、空中を転がってる間にスパッスパッと切断していく。
お互いがこの作業をやっているため、六匹居てもあまり動かずに倒すことが出来るのは相手の蔓の長さあってのこと。有り難く魔結晶を献上してもらおう。
ホウセンカも爆発でスーツを貫通することなく、手袋でつかんで方向を変えてその先で爆発するように誘導できるようにもなった。どうやら物理攻撃ではなく魔法攻撃だったらしい。両方の耐性を持っていたから今まで確実な情報が取れなかったのだが、高橋さん曰く魔法耐性を持っている隊員が攻撃を受けるほうがダメージが少ないことから物理攻撃ではないんじゃないか? という疑問を持ったそうだ。
後日、【魔法耐性】を手に入れて同じ攻撃を受けた隊員がほぼダメージを負わなかったことからその可能性はかなり真実に近しいのではないかということになり、今ハッキリとこれは物理攻撃ではないということが確認できたというわけだ。
つまり、今保管庫の中に入っているホウセンカの種も魔法属性を持った爆発物、ということになる。魔法属性の爆発物というものが現実に対してどう作用するかは解らないが、これもそのうち研究課題として何処かの研究所や爆破解体場で使われていくんだろうなと思うとやはり今は溜めこんでおくのがベターだと思われる。
ドロップ品といえばマリモの種だが、どうやら花が咲いて実が成ったところまでは話を聞くことが出来た。その実に対してどんなアプローチを仕掛けていくかでまたひと悶着ありそうな予感ではあるが、こちらの予想金額より高く買い取り価格が設定される事は無いんだろうなと思っている。
実が成るならそれを再度種にして植えて育てて増やして……というサイクルが出来るようになるはずだ。種なし葡萄みたいに実は成るけど種は出来ない可能性もあるが、その場合はまた新しく種の供給が必要になるから需要はあるという事になる。
さて問題はその実がどういった効果があるか、だな。全容解明にはもうしばらく時間がかかりそうだ、保管庫の中には千近くのマリモの種が保管されている。こいつを吐き出したら一気に供給過多になりそうではあるが、需要によるだろう。例えばトレントの実のように需要が常にあるような食品だといいのだが、ドロップするのはマリモだ。ダンジョンタンブルウィードという立派な名前もついているが、俺の中では所詮マリモである。もうちょっとだけ稼いでダンジョンタンブルウィードの種を集めておいて、必要だと言われた時にすぐ必要量をお出しできるように精々倉庫の中でじっとしていてもらおう。
作者からのお願い
皆さんのご意見、ご感想、いいね、評価、ブックマークなどから燃料があふれ出てきます。
続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。