884:大チョンボ
バス待ちの間にすぐに芽生さんにスマホで調べるように指示。すると、まだ国内メディアは速報でしか情報を出していない様子。これは家に帰るまでに詳細が記事にされる流れかな。
「なるほど、向こうがしびれを切らしてきましたか。こっちの特許出願は間に合ったんですかね」
「そっちの方は滞りなく。去年の内に出願含めPCT締約国……これは国際特許の範囲内になる提携国の総称だが、そちらのほうでもう出してある。今は出願公開されてない段階だが、発電技術のほうは問題ないと思う。ただダンジョンマスターの件はいち早く安村さんには知らせておいたほうが良いと思ってね」
バスが来た。乗客は無し。仕方がないのでそのまま通話を継続しながらバスに乗る。人がいないから乗車中の通話は今に限っては許してほしい。
「じゃあ、私のミルコへの貸しも一つ使えることになりそうですね。日本として発表するのはいつごろになりますか」
「こっちはいつでも発表の準備は出来ている。最悪こちらから発表するのも手だったからね。総理に原稿を渡せばそれで終わりさ。今原稿の最終チェック中ってところだね。ともかく、安村さんの重荷はこれでまた一つ軽くなったことになる。今までお疲れ様」
「じゃあこのホットラインも閉鎖ですかね? 公にするって事はダンジョンの深くまで独占させる気はないってことでしょう? 」
「いやー、この繋がりはこのままにしておいて欲しいかな。今後も何かと面白い情報を掴んで持ってきてくれるんだろう? 」
電話越しの真中長官の嬉しそうな声を聞くと、向こうでは小躍りしているような気がしてならない。
「そうですね……例の通信の話がまとまって実験に成功すれば、ですかね。それまではとりあえず細かく連絡するようなことは何もないと思いますが。しいて言えば、エレベーターの位置が変わるかもしれない、程度でしょうかね」
「それは坂野課長のほうにも連絡しておいてね。私にだけ伝えても現場に伝わってないと混乱するだろうから」
「そこは念押ししておきますよ。とりあえず事情はまだ国内メディアもうまくつかんでいないようなので、家に帰ってからゆっくり調べ物をしていこうと思います」
「解った。私もこれから忙しくなる。ダンジョン庁として何故黙っていたか等色々腹の内を探られることになるからね。今夜は忙しくて仮眠しかとれそうにないよ」
「枕が役に立っていて何よりですね」
「全くだ。それではまた」
通話を切る。そうか、欧州がイモ引いたか……いや、なんでみんなして黙っていたんだコールに対して、ウチは知りたいと言われたので早々と情報を出しましたよというポーズを決め込んでいるのかもしれない。だとしたら面倒くさいことになるな。
「ネットも荒れてますねー。翻訳できる人が記事にしたやつがものすごい回数表示されてます。特に荒れてるのは……ダンジョンマスター容姿スレ? なんですこれ」
「多分ダンジョンマスターのこういう容姿を希望するみたいなやつじゃないかな。多分掲示板の中では業の深いほうのスレッドだからあんまり見ないほうが良いぞ」
「そうします。洋一さん、今日そっちいっていいですか。そっちのご自宅で情報収集するのが今日は楽しそうだと判断します」
「確かにな。欧州は今……午前十一時ってところか。家に帰って昼。兼業探索者が昼のニュースチェックして話題に驚いて色んな反応をするのがそのあたりがピークになりそうだな。翻ってわが国ではこれからが一番盛り上がる時間帯だからな。祭りに乗り遅れないようにしないと」
この盛り上がりぶりはスライムドロップ確定やスキルオーブドロップ検証よりも遥かに上の大騒ぎになる可能性が高い。もしかしたら今夜は眠れないかもしれない。真中長官は確実に多田野さんと交互に仮眠しつつ仕事、となるのが目に見えている。
森本総理も明日の朝の記者会見でダンジョン庁の動きについて事前情報があったのかどうか問われる可能性もある。総理という立場として存在は知っておりましたが国際協調路線に追従した結果今まで極秘事項として黙っておりました、と返答せざるを得ないだろう。
電車を降りて家に着いたタイミングで結衣さんからメール。そっち行っていい? とのこと。了承。
しばらくして結衣さんが横田さんと共にやってくる。結衣さんは聞いていたけど横田さんは聞いてないぞ。
「横田さんも来たんだ」
「ちょっと色々と相談したいこともありますし、どこまで情報が広がるのか、B+探索者としてはある程度横のつながりとして情報共有の差や話しても良い部分についてご相談したほうが良いと思いまして」
確かに、両方が質問されて偏った情報の開示や俺それ知らないよ、という話が有ってはさらに混乱してしまうだろう。口裏を合わせておくことは必要になるかもしれないな。
「お邪魔します」
「ただいまー」
「結衣さんおかえりー」
「リーダーもただいま側なんですね」
「まあ、そこそこ家に通ってるからかな」
不思議そうに首をかしげる横田さんを横目に、早速パソコンで情報集め開始だ。
「僕は英語方面で探索者の個人アカウントを探ってみます。実は口止めされてたんだが今回の件で実質解除されたんで……と言って余計なことまで口走っているような人がいるかもしれないので」
「じゃあ私もそっち方面でさがすとしますかねえ。洋一さんは外国語はどの程度お出来になられますか」
「日本語と関西弁ぐらいしかしゃべれへん」
「では、国内の情報発信者で翻訳した文章を掲載してるサイトや個人を探してみてください。その間にこっちはこっちでやっときます」
外国語が出来る連中はええのう……わしももっと勉強しておくべきじゃった。仕方がないのでリアルタイム検索で情報を検索、ネット掲示板のスレッドの盛り上がり方も参照しつつ、気になる情報があればピックアップしていくことにする。
「私は暇だからお風呂先にいただいて、その後で安村さんと話し合いかな。主にどこまで喋っていいのかについて」
「そうしようか」
結衣さんも外国語はダメな範疇に入るらしい、わーいなかまなかま。
◇◆◇◆◇◆◇
さすがに探索者、外国語に精通している探索者や海外のダンジョンへわざわざ潜って現地で交流を持ったりするアクティブな人も居るらしく、複数言語話者が順番にダンジョンマスターの存在についての発表の文章をそれぞれの言語に訳して配信する、という作業をやっており、俺でも読める日本語に翻訳して即時更新をしてくれていた。
発表によると、ダンジョンにはそれぞれダンジョンマスターと呼ばれる異世界異次元からやってきたダンジョンの管理者がいて、そのダンジョンの仕組みや最大階層について把握している。彼らはモンスターリポップについてもある程度左右させることもできる。また、十五層や三十層のボスの初回撃破者にはダンジョンマスターとの会見をする権利が与えられ、その際に望む報酬をもらうことが出来る。
以前踏破された該当ダンジョンに限らず、エレベーターが設置されたダンジョンについては非常に高い確率でダンジョン踏破者が要望の一つとして設置させたものであることはほぼ確定といえる。そして、最初にエレベーターが付けられた国はおそらく日本であるということ。
ダンジョンマスターの存在について知ってしまった探索者にいわば特権の形で深層へ潜らせていたこと等が公開されている。
ただ、こちらが掴んでいる情報の中にある、ダンジョンマスターの目的やドロップ品の原理原則、そして魔素についてなどはまだ伏せられた情報としているらしく、その点について把握している探索者はまだ居なかった。ただ、普段から妄想入り気味の探索者の中には正解に近い答えを自力で導き出すことが出来ている当り、日本人らしいファンタジーへの接し方が見え隠れしていた。
そこまでの情報を四人で共有。そして、真中長官へも、魔素の概念やダンジョンマスターがダンジョンを開いた目的などについてはどうも公開されてないらしいというこちらでつかんだ情報を流しておくことで多少の速報の恩返しをしておく事になった。
「面白い時代になったなあ」
「何ですか急に」
芽生さんが顔をしかめる。
「だってさ、ダンジョンから繋がる異世界、異世界人との会合、そして異世界との品物取引。夢物語や小説の中の世界が今目の前に広がっていて、しかも結構手に届く範囲で手持ちに存在している。これが面白いと言わずしてなんというべきか」
「そういう意味では私も同感ですね。ダンジョン自体がおとぎ話なのにおとぎ話に尾ひれがついてその尾ひれが本物だった。しかもその渦中の人に会おうと思えば毎日会える。それもただの一般市民がですよ? 充分我々は話題の真ん中に居ますね」
横田さんも心なしか嬉しそうだ。自分が渦中の人物の一人であるという自覚があるのか、いつインタビューされても良いように体裁だけは整えておこうという部分なのだろう。
「今後どうするの? 何かできることとかやるべきこととかあるのかまだ解らないんだけど」
「そうだなあ。しいて言えば何もしないのは悪手だけどなんでもするのも悪手だろうな。いつも通りそ知らぬふりして探索に努めるのがダンジョンマスターに対しては一番無難な対応の仕方だと思うよ。もちろん、ミルコには全世界的にバレちゃった、とは伝えるけど」
ダンジョンマスターのことは世界的に伏せられているというのはミルコはじめダンジョンマスター各自が理解しているだろうから、これをミルコに伝えることでダンジョンマスター間での情報のやり取りにより世界に認知されたという事は伝わっていくだろう。
「まあ最低限の情報共有が必要でしょうねえ。だとすると今後は国としてダンジョンマスターとの話し合いや外交なんて話になっていくんでしょうか」
「そこはダンジョン庁が考えることさ。D部隊に依頼しても良いし、前みたいにダンジョンを閉鎖してダンジョンマスターとの会談というセッティングが出来ればそういう形にする。出来ないなら探索者を一枚間に挟んで外交……つまり俺達が今やってることだな。現状維持の延長線上に物事を落ち着ける、というのも一つの手だ。ただ、魔素の話が出てこなかった以上下手にこちらから情報開示をするのもまだ早い時期かもしれない。エレベーターの情報は公開されてしまったから仕方ないとして、エネルギー問題やらに首を突っ込んで聞き出すのは時期尚早だと思うね」
あくまで俺達は一般探索者だ。ちょっと一般じゃないけど一般の範疇なのである。決して国に所属したりどこかの会社の指示で潜って探索をしている訳ではない。そこを念頭に置いて、今後どういうモーションのかけられ方をされていくのか。それについて考えなければいけないだろうな。
「とりあえず、取材の申し込みをされたらギャラが二桁足りない、って言う準備でもしとくかな。まさかトップ層の探索者の時間を数時間使ってギャラが数万、なんてことにはならないだろうし」
……と、レインが入った。グループ配信だ。相手は……南城さんと新藤君か。他にもメンツが色々いる。おそらく、去年の発表会で出会った人たちプラスアルファ、というところだろう。
とりあえず配信を許可しておく。配信の輪の中には芽生さんも入っている。後は……知らない人が数人いるが、彼らはおそらく土竜や猛寅会のメンバーなんだろうと推察する。
「お久しぶりです皆さん。先ほど欧州から発表されたダンジョンマスターの件について情報を共有しておきたいと思いまして」
南城さんが音頭を取って会話し始める。念のため注意を促しておこう。
「このアプリで大丈夫ですか。運営会社経由で情報が洩れる危険性がありますよ」
「大丈夫、ここでは発表された内容についてしか話さない予定」
新藤……那美さんだったな。彼女が情報について念押しをしてくる。
「解りました。で、具体的に何の相談ですか。メディア取材の際のギャラの相場のカルテルでも組むんですか? 」
ちょっとおどけておく。まずは場を和ませることから始めよう。
「それも魅力的ですね。我々が一日でいくらダンジョンで稼いでるか発表するいい機会かもしれません」
「一日拘束なら億ぐらいは用意してもらわないとな」
「国内最高峰冒険者って話ならそれぐらい出しても罰はあたりませんやろな」
「とりあえず、我々から出せる情報については、真中長官の会見が終わるまでお互い黙っておいて、その範囲で情報を表に出す、という事で構いませんか」
出し抜き合いは無し、ということらしい。
「ちなみに同じくB+探索者で内情にそこそこ詳しい人が横から見てるんですが構いませんかね」
「話が早くて逆に助かります。我々としては勝手に知ってることをぶちまけて、お互いの不利益になるような情報を吐き出しあわない、ということにしておこうと思います。もちろん私のスキルの情報も含めて、という形になります」
つまり希少スキル保持者やそのへんのことも含めて、政府見解以上の話はしない、という合意を得たいわけだな。
「どう思う? 芽生さん」
「いいんじゃないんですかねえ。どうせ聞かれてもろくな話は振られないでしょうし、精々隠せるものは隠しておきましょう」
芽生さんは好きにしたら? という姿勢だ。本人は聞かれても答えないつもりなんだろう。ならこっちの都合である程度振り回して視線を逸らさせることに成功すればいいわけだな。
「では、俺のほうで一つダンジョン関連の話題を提供することとします。それで話題がダンジョンマスターの話についてそっちに注目してくれたら有り難い、という流れはいかがでしょう」
「安村さんから話題提供ですか。内容については聞いてみても良い範囲ですかね」
「ダンジョンマスターについて暴露された段階で実行しようと思っていた計画案なので、それを実行に移すだけです。なので皆さんには迷惑にならないどころか、目線がこっちへ向いてくれる可能性が高まります」
全員が文字入力中のままいったん固まる。しばらく会話が止まった後、南城さんからの発言が流れる。
「解りました。では、我々は政府見解以上のことは知らされてないという事でシラを切りとおすことにしますので、その間に何かしていただけるならそれで、ということでお願いします」
「二、三日中にはできると思いますので、それまではちょっと我慢してもらう方向で。なんならダンジョンに潜りっぱなしになっててください。ちょっと小西ダンジョンを混乱の渦に巻き込んでおきます」
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