883:毒耐性、リトライ 3/3
無事に三往復の行程を歩きとおし、帰り道。スキルオーブの可能性のない五十層の帰り道を若干急ぎ足気味で向かう。
予定より少し時間がかかったため、急がないとギリギリ間に合わないかもしれない可能性が出てきたからだ。
「ちょっとスキルオーブを手に入れて油断していたかもしれません。久しぶりに閉場ギリギリの時間になりそうですね」
「もっと余裕をもって来ればよかったな。もしくは二往復した時点で目的は達せられたのだから素直に戻って五十層で時間を潰していればよかった。行きはよいよいという奴だな」
「で、間に合いそうなんですか? 」
「一層を走り抜けたら間に合う……かな」
リヤカーごと保管庫に入れて一層出入口までダッシュ、その間他人に見られなければ出入口付近でリヤカーを出して何事も無かったかのように出てくれば問題はないが、他人の目が無いという可能性が低いために断念。そうなると、今走るのが最も効果的な戦闘方法になるのだが、シャドウバタフライやシャドウスライムはともかくとしてシャドウバイパーを走りながら倒す、という作業はまだ危険を伴う。
それでもなんとか片道四十五分かかる所を三十五分に短縮しての行動だ。これで何とか間に合いそうだ。駆け足スタイルのまま四十九層に上がる。
「四十三層とはまた別の理由で疲れることになるとはな。でもこれでちょっとは時間の余裕が出来たぞ」
「ここも走りましょう。エレベーターまでの距離を走って何とか間に合わせるんです」
「そうだった。リヤカーさえ拾えれば後はエレベーターが何とかしてくれるはず」
階段からエレベーターまでダッシュし、リヤカーを保管庫に放り込むとエレベーターに乗り込み燃料をいれて一層のボタンを押す。
「ふう……お疲れ」
「本当ですねえ。さあ、呼吸を整えつつ今日の物品の成果を見ましょう。日帰りなので五千万円あれば充分稼ぎが多いという事になりますが、どんなもんでしょう」
「税込みなら行ったかもな。税抜きになるとさすがに厳しいってところだろう」
「お昼を切り上げたのに、ですか? 」
「そこは最上位ポーション一本分の重みってところだな。一本余分に出るかどうかで一千万変わるんだ。そのかわり【毒耐性】が拾えたんだからそこはそっちのほうが利益になったことになる」
最上位ポーション一本税抜きで千七百万ほど。二等分で八百万強。やはりこの一本の旨味は大きいといったところ。ドロップ率が一%ほどだとは言え、一往復する間に出るか出ないか微妙なライン。これが売り上げの六割強を占めるのだからやはり出た出ないで騒ぎになるのは仕方がない所だろう。
「ま、今日の飲み代は充分に稼げたし、お高い酒もお高い料理も頼めるぞ。中華屋比較だけど」
「そうですねえ。今日は良い事もありましたしいっぱい騒ぎますか、中華屋ですけど」
ダッシュしたおかげで現在の時刻は午後六時。閉場の午後七時には充分に間に合う時間だし、午後七時までには査定も終わらせることが出来る。たまにはギリギリの戦いも悪くないな。いや、やっぱ時間には余裕があったほうが良いな。
「次回以降はちゃんと余裕を持って帰るか、宿泊で来る。俺はこの言葉を深く胸に刻んだ」
「次回行くなら五十二層から五十三層以降を見回るコースになるでしょうから、間違いなく宿泊ですね。えーと……」
芽生さんと予定のすり合わせを行う。帰りのエレベーターは暇なのでちょうどいい。次回の探索予定と宿泊か否か、近々のところを調整する。とりあえず次回宿泊予定であることだけは確定させた。あとはまあ、日帰りで急遽という可能性は無いでもないらしい。友人の追試の勉強の付き合いなんかがあるのであまり頻繁には入れないようだ。
「勉強のほうはちゃんとやってるようで結構。後は公務員試験の勉強か」
「残りはそうですね。卒論もそろそろ書き始めてますし、今のところ学生生活のほうの進捗に問題は無しです」
卒論か……テーマはやっぱりダンジョンだったりするんだろうか。ダンジョンの探索者のランクによる収入のおおよその把握とその金額、そこから算出されるドロップ品の経済規模の指標……なんかなら、自分の体験と過去のドロップ品あたりを既にデータで持っているので、それと突き合わせてデータを得る事は比較的簡単なはずだ。そういう点でフィールドワーク出来ているのは強いな。
話題はこの後何食べるかに続き、一層に着く。一層に着いたら再び速足で出入口までリヤカーを引きながら走る。リヤカー最優先のため、途中のスライムは遠慮なく吹き飛ばし、今日のところはドロップ品も拾わず間に合わせることを最優先にする。後から来る人、ドロップ有ったら持ってっていいからね。
閉場二十分前に退ダン手続き。今日は珍しくギリギリですねと言われてしまった。今日だけ、今日だけだから。明日からはいつも通り余裕を持って帰るから勘弁してくださいという思いを残し、査定カウンターへ。
やはり閉場直前だと査定カウンターもそれなりに忙しいらしく、一人ではなく二人で効率よく査定を行っている。四月からはカウンターが二つに増えるらしいので、混雑も多少改善されるか。
閉場時間になっての査定。ここまで遅くなったことは過去なかった気がする。こんな遅くに大荷物でやってきやがってと思われるかもしれないが、種類が少ない分勘弁してもらおう。今日はポーションと魔結晶だけだ。他のものはまだ査定外なので保管庫の中に放り込んである。
てきぱきと査定を行う査定嬢達。その分早く査定は進み、二等分されて出てきた本日の金額、四千六百五十三万円。かなりキリが良い数字だ。そのまま急いで支払いカウンターに駆け込み振り込みを依頼。芽生さんも急いで着替えて戻ってくる。その間にリヤカーを元の位置に戻して冷たい水を飲んで涼んでいた。
「お待たせしました。さあ中華屋行きましょうか」
「昼は少々忙しなかったからな。その分ゆっくり食事を楽しむことにしよう」
歩いて中華屋へ。今日の客入りは大入りではないがそこそこ空いている。料理が全てのテーブルに並べられていることを確認する。俺らが最後の客みたいなものか。
「おう兄ちゃん、よく来たな」
爺さんがいつもの調子で声をかけてくれる。元気そうで何よりだ。
「お久しぶりですー。お元気そうで」
「嬢ちゃんも元気そうだな。今日は飯なににする? 」
「とりあえずビール、瓶なら一本、コップなら二つくれ。食事は飲みながら考える。つまみは枝豆で」
まずビールとつまみを注文しておく。飲んでる間に胃袋が強く刺激されるものを注文しようという流れだ。
「兄ちゃん、酒飲めねえんじゃなかったか」
「最近飲めるようになったんだよ。それで彼女も今日は一緒に楽しもうと思ってね」
「そうか。飲めるようになったからって店でぶっ倒れるんじゃねえぞ」
「その辺は大丈夫だ。限界量は解ってる」
注意を言いながらもコップに次いだビールをテーブルに持ってくると、あらかじめ用意しているのだろう、茹でて程よく冷ましてある枝豆が出てきた。ビールといえば枝豆だ。良質なたんぱく質は肝臓の働きを良くして酔いを良く覚ましてくれるらしい。
「とりあえず乾杯。今日もお疲れ様」
「かんぱーい」
コップをその場で持ち上げてチンと鳴らし、まず一口飲む。
「苦いですね」
「苦いな。この苦みが良いって人も多いんだ。それに、冷えてる分喉を気持ちよく流れていくビールが美味しいという人も居る。喉越しが良いって奴だな。ただ、そういう奴は大抵肝臓も強い。真似はしなくていいぞ」
一口飲んだところで枝豆。一口飲んだところで枝豆。枝豆を口にしつつ料理を何にしようか悩む。春巻きと小籠包が食いたいところだな。米は……米は後でいいだろう。まず酒のつまみになるものを選ぼう。
「春巻きと小籠包、後は勝手に決めていいか?」
「そうですね、あと早めにビールのお代わりが欲しいかもしれません。なんか意外といける気がしてきました」
「すいませーん、春巻きと小籠包、春巻きは二人前で。それとビールもう一杯」
「あいよー」
芽生さんは結構飲めるクチなのか? いや、単にペースが解ってないだけかもしれない。とりあえず水を用意しておこう。
「酒を飲むときは必ず水を飲むことだな。酒で脱水症状起こすこともある。トイレも近くなるし、その分水分補給は大事だ」
「はーい」
先に追加のビールが運ばれてくる。
「嬢ちゃんよく飲むな。そんなに喉が渇いてたか」
「しっかり運動した後ですからね。なんだかおいしいような気もしてきました」
「兄ちゃんのほうは……大丈夫そうだな。本当に酒が飲めるようになったらしいな」
「それもダンジョンのおかげといえばそうなんだけどな」
そういえば芽生さんも【毒耐性】を持ってるんだから俺と同程度には飲めるはずだ。元から俺より酒に強ければ更に飲めるだろう。ちょっと羨ましいな。……自分より多く酒を飲めるのが羨ましいと思えるようになるのはこれも酒飲みになったからなのだろうか。まぁいいか。
しばらく待って出来立ての春巻きと小籠包が届く。ビールは二人とも飲んでしまっていた。
「ビール以外の酒を頼みたい……と、紹興酒があるな。これを二人分」
「あいよ。まだ大丈夫そうだが、ウチの紹興酒はちょっときつめだぞ。大丈夫か」
「一杯だけなら多分なんとか。それ以降は追々調節していくさ」
「ちょっと待ってな、すぐ持ってくる」
そういうと爺さんはカウンター傍にある甕から紹興酒を直接コップにつぐ。オレンジより黄色に近い酒が運ばれてくる。体にはいいらしいんだよな、紹興酒。日本酒と度数が変わらないので一口飲んだらすぐに眠りに入ってしまう体質だった俺にはその美味さを感じ取るほどの余裕はなかった。今はどうだろう。
匂いを嗅ぐ。独特の少しすえたような香りが鼻に広がる。前ならこの香りでも軽くアルコール酔いを起こしたものだが、これが紹興酒の香りか、と冷静に考えられているところを見ると、酒に強くなったのは間違いないらしい。
口に含む。複雑な味わいだ。甘みも辛味も渋みも苦みもある。だが、不味くない。むしろ養命酒のような、健康になりそうな味わいを感じる。芽生さんのほうも、ちろちろと舌先で舐めて遊ぶようにした後、一口ごくんと飲み込む。
「美味しい……んでしょうかね。なんか薬みたいなものを飲んでいるような気分になります」
「これが紹興酒の味、ということかな。まっとうに飲むのは俺も初めてだからな。だがこれはなかなか癖になるな。瓶で確保しておいてちびちびやる……というのも悪くない酒かもしれん」
「他のお酒も気になりますね。すいませーん、芋焼酎くださいな」
芽生さんはさっさと紹興酒を飲み終わり、次の酒を確かめようとしている。店にある酒全部飲む、と言い出さないだけマシか。
「後唐揚げとチャーハン頂戴」
更に注文を上乗せ。適度に冷めて程よく口に入れやすくなった熱さの小籠包を楽しみつつ、次の料理を待つ。ちょっと体が火照ってきたな。酔ってはいるらしい。芽生さんのほうは……ぱっと見では解らないな。
「ちょっと失礼」
「……? どうしたんですか、急に手なんか握って」
試しに手を握ってみるが、熱い、という感覚は伝わってこない。どうやら俺と同等に体温が上がっているか、完全にアルコールが分解されていて体温にまで伝わっていないか。
「いや、酒が回ってないかチェックしただけだ。多分まだ大丈夫だろうと思って」
「そういえばお酒飲むと体温上がりますもんね。洋一さんもちょっと熱いかも」
「酒は分解されると今度は体温が下がるからな。もし冷たけりゃ充分に酒は分解されてるってことになるんじゃないかなと」
「なるほど。じゃあまだまだいけますね」
「今日はほどほどにしとこう。外で飲んでちゃんと家まで帰れるかは解らない所だからな」
「その時は洋一さんについて帰りますから大丈夫ですよ。そのほうが安全ですしね」
そういう考え方もあるか。出来立ての唐揚げとチャーハンをつまみつつ、今日の俺の酒の分量チェックはここまでにしておこうと思う。限界値は家で調べるのが一番安心だ。最悪その場で寝てしまえるからな。
酒と料理とほどほどに堪能して、会計をして家に帰る……っと、スマホを保管庫に入れっぱなしだった。誰かから連絡来てないだろうかチェックしないと。
すると、何回か真中長官から連絡が来ていた。向こうから直電連絡なんて珍しいな。何事だろう。そう思っていると、また電話連絡。今回は取ることが出来た。
「はい、安村です。何回もすいません、スマホ保管庫に入れっぱなしでした」
「連絡がついて何よりだ。ダンジョンで宿泊だったって可能性よりはよほどマシな事態だ」
「何か緊急連絡ですか? 私の耳に入り切る話なら良いんですけど」
「欧州のいくつかの国が連名で発表した。ダンジョンマスターは実在するとね」
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