882:毒耐性、リトライ 2/3
五十一層へ下りる。ここはまだ通常のエンカウント式の戦闘が出来るので安全という意味ではまだ安全な階層と言える。下の階層に行くと索敵外からもモンスターが寄ってきてシームレスな戦闘になるので食事休憩を取るならここが最後、といったところだ。
階段を下りると早速シャドウバイパーが三匹。遠距離に居る間に全力雷撃二発を与えて一匹をスタンさせ、その間にもう一匹を全力雷撃で倒し、その間に芽生さんが一匹を自力で倒すいつもの流れで無事に戦い終わる。
「やっぱりもう一段階雷魔法が欲しい。贅沢だという事は解ってるが、楽をするためには金を惜しまず出すべきだな。戻ったら一千万ほど上積みして【雷魔法】を募集するとしよう」
「私も【水魔法】をもう一段階上げるためにオファーを出すべきですかね。よりスキルを尖らせていく方が効果的であるとは思うんですが」
芽生さんもちょっと出力不足に悩んでいるらしい。この階層でこれだけ苦戦すると言うことはこの次のマップではより苦戦する可能性が高い。
「次のマップは相性のいいモンスターが出てくれるのを願うのがよさそうなところだな」
「水魔法を当てるだけでパラパラと崩れていくような奴が良いですね。洋一さんも楽が出来るはずです」
「そんな砂みたいなモンスターなら俺は逆に苦戦しそうなんだけど」
シャドウバタフライをちゃんと遠距離から雷撃しながらぼやく。ドロップを拾いに行くときに毒の心配をしなくてよくなったのはいい点だとは言えるし、仕事終わりのキュアポーション一本を飲まなくて済むようになったのもお得な点だ。
シャドウスライムは暇が有ったらバニラバーの儀式をしてキュアポーションの在庫を集めることにしている。時々一匹でふらついているので【隠蔽】の効果でこっそり近づき足元にバニラバーを滑り込ませる。そっちに気が集中しているうちに核の位置を確認して狩る。通常のスライムと違い体の奥の方に核がある場合もあるので熊手が使えないパターンが多い。
スライムとしてだけではなく、モンスター一体あたりの値段にしても確実にキュアポーションを両方くれる分非常に高い。ローコストハイリターンなモンスターであると言える。百円が八十万に変わるのだ、ここまで来れたらの話だがダンジョンも中々に良いバグを仕込んでくれたもんだな。
時々は失敗して狩るより先に溶かされてしまう事もあるが、これもトライする分の費用はたいしてかからないのでお財布に非常に優しい。助かる。
そのまま五十一層を五十二層への階段へ向かって真っ直ぐ歩く。解っている道を歩くのが一番安全だからな。ここで迷ってしばらく落ち着く場所がない、というのは休憩にも困るからな。
「相変わらずの密度ですねえここは。まとまって出て来てくれるだけ有り難い所です」
「その分ドロップにもスキルオーブにも期待は出来る。張り切って稼げる場所は大事だ」
「それもそうですねえ。シャドウスライムが一匹ずつ点在しててくれると収入には一番困らない感じですか」
「一匹八十万税込みは美味しすぎるからな。毎分一匹倒せれば一日で数億稼げる。流石にそこまでの密度でシャドウスライムが居る事は無いが、狙えるなら狙っていったほうがいいな。二匹セットで来て一匹だけをバニラバーするだけでも期待値百万てところか。充分美味しいな」
「ちなみに他のモンスターだとどのくらいなんですか? 」
目を輝かせながら芽生さんが聞いてくる。
「えーと……シャドウバイパーが二十八万、シャドウバタフライが二十六万ってところか。そのうち十九万はポーションドロップの見込みを加味してある。実質のところはまた別だが、スライムがやたら美味しい事になってくれている。やっぱり稼ぎどころではあるな。耐性スキルを二枚刺しすればシャドウバイパーの噛みつきも巻き付きも怖くないだろうから、損害気にせずバリバリ倒しに行けそうな相手ではある」
「面倒くささを考えてもかなり美味しいマップですね。もうちょっと居たい所です」
「俺はとっとと抜けたいかな。持ち出しは出来るだけ少なくして利益を享受したい派なんだ」
会話を交わしながらモンスターを相手に出来る余裕はかなり出てきた。それだけお互い強くなった、もしくはここでの戦闘に慣れたという証だろう。目の前にシャドウバタフライの三匹連れが現れても会話を止めることなくそのまま攻撃に向かっている。倒した後は範囲回収でドロップを拾う。
「よし、ポーションゲット。これで千九百四十四万。しばらく出なくてもそれなりの収入は確保された」
「あと三本ぐらい出ると良い感じですね。この調子で戦っていきましょう」
◇◆◇◆◇◆◇
そのまま戦いをしつつ五十二層への階段へたどり着く。階段周りを掃除し、周辺にモンスターの気配が無くなったことを確認したところで交互に昼食を取ることにする。流石にシャドウバイパー三匹が出てきたら手伝ってもらうが、ここで早飯するのが戦闘効率としては一番良い。
「先食べちゃってて。索敵練習がてら全力で警戒しておくから」
「わかりました。お先にいただきます」
中々の勢いで食べ始める芽生さん。ちゃんとよく噛むんだぞ。とおもっていたら頬袋にパスタを詰め込み全力で咀嚼し始めた。もにゅもにゅという効果音が似合いそうな感じでどんどんとパスタが無くなっていく。付け合わせの野菜のほうも忘れずに食してくれている。
結局芽生さんが食べている間に襲ってくるモンスターは居なかった。食事をしてすぐ動けというのも難しい話なのでもう少し休憩していてもらおう。
と、シャドウスライムが一匹近寄ってきたのでバニラバーしておく。これで八十万。美味しいです。キュアポーションはストックに回すので実際の収入にはならないが、保管庫の中の資産は増えていく。今保管庫の中の資産はいくらあるんだろう。今度暇なときに計算してみるか。
芽生さんのお腹が落ち着いた辺りで見張りを交代、今度は俺が早食いに入る。ずぞぞぞぞっとパスタを掻き込みもにゅもにゅとしっかり咀嚼。噛まずに飲み込むこともできるがその分動くときに消化に時間がかかって腹が痛くなるのも困るからな。ちゃんと唾液と絡ませて消化の助けになるようにしっかりと噛み砕いていく。後は胃が満足を覚えてくれればそれでいい。
付け合わせのサラダはちゃんと美味しく出来ている。これならカレーにもシチューにも合わせられるな。更に味付けのためにマヨを和えてやるのも悪くない。今度はマヨも追加しよう。今日はこのまま……うん、カレー粉が良いアクセントだな。落ち着いて食っている場合ではないが、味に関しては悪くない昼食だったと言える。
腹が膨れない程度の昼食だったので程よく食欲を満たせた。俺の胃袋はまだまだ余裕があるが、お腹がすいたらカロリーバーでも詰め込んでいくことにしよう。食事に使ったもろもろを片付けて食後の運動の準備を始める。
「食べ終わったぞ」
「早いですね。すぐ動けますか? 」
「動けなくなった時に言う事にする。スキルメインで戦う分は大丈夫だろ。とりあえず腹ごなしの狩りに出かけよう。しばらくは階段の間を行き来する感じで行こう」
◇◆◇◆◇◆◇
腹ごなしの運動で二人ともお腹が痛くなる事は無く、無事に胃での消化も終わったらしく体は若干軽くなった。ただ、まだスキルオーブにはお目にかかっていない。シャドウバタフライでもシャドウバイパーでも良いから何か落としてくれないかな? と考えているとポーションが落ちる。そういえば、このポーション一本と【火魔法】が今等価ぐらいなんだよな。そう考えるとスキルオーブの内容によっては拾って残念、となる可能性も出てくるということになるのか。
戦いの合間に最新号の相場を見ると二千五百万になっていた。俺達が拾ってしばらくの間にスキルも価値が上がったらしい。ここで【火魔法】が出る可能性は低そうだが……というかでるなら【毒耐性】出ろ。ここで他のスキルオーブが出たりしたらそれは運が良いのか悪いのかもまだはっきり言えないが、出やすいスキルオーブであることは確かだ。すでに二件報告されていることからして、ほぼ落とすというイメージで問題はないと思う。
後は実際に落ちてくれるかどうか……物欲センサーに反応しないように、ポーション落ちろポーション落ちろと念じておく。
午後からの戦いも同じように続いていく。歩き慣れてきた地図通りに進み、五十層側の階段まで戻る。戦果はポーションぐらいのもので、いつも通りの探索になっている。山も谷も無かったが、安全に探索が出来ているという意味では十分な仕事が出来ているとは言える。
「さて、もう一往復するか。ウォッシュ」
「あー気持ちいい。さてもう三往復ぐらいしますか。時間的にはそのぐらいは大丈夫ですよね? 」
「昼食をゆっくり取らなかったおかげで探索の時間が充分に取れてるからな。お腹がすいたらカロリーバー出すよ……そろそろ青リンゴ味も無くなってカカオとバニラだけになってきた。そしてバニラは世の中の在庫も復活しつつあるからそろそろ買い足してもいい時期かもしれないな」
「きっちり無くなってからでも充分だと思いますよ。そのほうが保管庫の中がすっきりするでしょうし」
さて、ここから三往復。もうちょっと気張っていくか。
◇◆◇◆◇◆◇
そのまま戦闘を続けて二時間半。黙々とモンスター退治に努める。シャドウバイパー、シャドウバタフライ、シャドウスライム。シャドウスライムが一匹な時は確実にバニラバーで仕留め、収入がより多い方向へ向かうように仕向けていく。
そんな二往復目の最中、ついに希望の商品がシャドウバタフライからドロップした。光り輝く玉だ。見慣れたが待ちかねたスキルオーブの入手である。ちょうど何も考えず無の境地に達していたためか、物欲センサーをすり抜けて出て来てくれたらしい。
「出ましたね。ちゃんと【毒耐性】でしょうか」
「手に取るまでは……ええいままよ」
直接手に取ると鱗粉まみれになるので保管庫で範囲回収してから取り出して手にする。
「【毒耐性】を習得しますか? Y/N 残り二千八百七十九」
いつもの音声さんが当たりだぞ、と伝えてくれる。これで準備は整ったという所だろう。
「やったぞ、これで目的達成だ」
「長かった……いや、そうでもなかったですね。実際に潜った時間を考えたら十分早く手に入れられたというところでしょうかねえ」
「出るときは出る、出ないときは出ない、今は出る時だから出たのだ。そういう事にしておこう。はい、どうぞ」
「わーい……イエス! 」
芽生さんが早速使って光を放ち始める。この光でモンスターが寄ってこないように注意はしているが、どうやらここのモンスターは光に集まってくる性質は持ち合わせていないらしい。光ってそれに集まってモンスターが来たらどうしようかと一瞬最大限警戒状態になったのは黙っておこう。
しばらく待って光が収まると、芽生さんが軽く深呼吸。むふーっと息を噴き出す。
「なんか呼吸が楽になりましたねえ。若干マヒの症状が出てたという事でしょうか」
「そうかもしれん。俺は地上の室内で使ったから実感が無かったな。もしかしたら屋外で使ってもまた効果があったかもしれん。排気ガスとかそういうものの影響で」
この先しばらくの目標は達成された。ここからはどうするかな。そのまま帰るにしてもまだちょっと時間が早い。予定通り残り一往復半ほど探索して、毒耐性の実感を得てから動く方が都合がいいか。
「今日のところは予定通りうろついてから帰るか。そのほうが現金収入も得られて時間のキリも良い」
「スキルオーブが出た事ですし、祝杯が更に美味しくなりますねえ。何食べましょうかねえ」
「今の内に精々色々考えておいてくれ。これで気にする相手はシャドウバイパーの牙だけになったな」
シャドウバタフライの甘ったるい鱗粉を除けば、ここのモンスターに後れを取ることはほぼなくなった。近づかなければ倒せる、程度の脅威になったのは有り難い。
「物理耐性とかステータスの上がり幅でその辺何とかならないんですかねえ」
「二、三日でどうにかするにはスキルオーブに頼るしかなさそう。後はステータスブーストだが、こっちももう二段階ぐらいほしい所だな」
「なら長い目で見るしかなさそうですねえ。もう少し頑張りますか」
「これで五十二層を自由に動き回れるだけの態勢が整ったからな。次回からは五十三層への階段探しの旅としよう」
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