879:酒が飲める酒が飲める酒が飲めるぞ
今日も気持ちのいい朝だ。昨日は大阪からまともな観光もせずに家に帰って夕食を食べて風呂に入った後に、実験と言いながら日本酒を一合ほど、普段のまない俺からすればかなりの量だがそれだけ酒をあおったが、すぐに眠くなる事は無かった。どうやら、脳にアルコールが回る前に肝臓とスキルが分解を試みて成功してくれたんだという実感を得た。
風呂の直後に酒を飲むのは体に悪いと知っているので時間を空けて、ちゃんと水分を日本酒と同量以上に飲んでの実験だったが効果はちゃんと確認できたので実験は成功したといえよう。
まだ限界量チェックを行っていないので一口には言えないが、少しだけでも酒が飲めるようになったという体験は素直に嬉しい。三千五百万円も払ってその感想しかないのかと思わなくもないが、目で見て脳で確認して確実に【毒耐性】が働いていることは確かなので、少なくとも現時点では正常に機能していることに違いはない。金はかかったが、少しずつ酒に体を慣らしていくこともできるようになった、誰かの酒にも付き合えるようになったというこの感覚は少しうれしく思う。
酒が飲めなくて残念という意見も今まで散々聞いてきた。俺ほどではないが同じく飲めない人に代わりに飲ませてしまったこともある。それもこれで卒業できると思うと少しうれしさを感じ、そしてこれから酒に振り回される可能性があることを考えると悲しみも感じる。飲めるなら飲める、飲めないなら飲めないでそれぞれ考えることはあるってことなんだろうか。
少し朝からしんみりしてしまったが、とりあえず朝食を食べよう。飲めるようになったからと言って朝から酒を呷るわけではない、いつも通りの朝食だ。それに寝ている間に完全にアルコールが抜けたのか、いつも通りの頭の回転をしてくれているのも心地よい睡眠をもたらせてくれた布団のおかげだ。ありがとう。
朝食の後は昼食。今日は何でも良いからステーキというローテーションだ。シンプルでわかりやすくていい。今日はオーク肉にしよう。付け合わせの甘い人参とマッシュポテト、そしてミックスベジタブルという解りやすい三種を用意してワンプレートに盛る。米も炊く。米を炊いている間に人参とマッシュポテトを作り、ミックスベジタブルをレンジで解凍。全部出来上がったところでまとめて焼き色を付けて、盛り付けて、ヨシ。
肉は大きいのを豪勢に二枚焼く。二枚焼いてあらかじめ一口サイズに切ってから盛り付け、そして保管庫へ。これで昼食の準備は充分だ。もし焼きが足りなければ現地でコンロ出してやろう。
後は……スープか何かが欲しいな。保温ポットの中に粉末カップスープを溶かして入れていこう。ダンジョンでバーベキューではないステーキを味わう。これも中々悪くないんじゃなかろうか。
オークステーキセット出来上がり。野菜は野菜ジュースでいいや。これで昼食の準備はよし、と。着替えていつもの服装にし、家の片づけやゴミ出しを終えてさあ出勤だ。
万能熊手二つ、ヨシ!
直刀、ヨシ!
柄、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
酒、ヨシ!
保管庫の中身、ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。直刀と万能熊手は出番がないから保管庫の底に突っ込んでおいてそのまま放置でも良い気がしてきた。が、雷切で対応できないようなモンスターが出てきた時は……その時はスケ剣とかトライデントがあるしいいか。よし、次回からは確認リストから抜いておこう。だが、万能熊手を外してしまってはついに潮干狩りおじさんも卒業という気がしてくるな。
今日も予定はトライデント集めと茂君。主な作業はリザードマン爆破の予定だ。【毒耐性】を購入して出費した分、より稼がないとな。
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いつも通り【小西ダンジョン前】のバス停を下りてまずコンビニへ。家の前のコンビニでもチェックしたが、そろそろ月刊探索ライフと探索・オブ・ザ・イヤーの最新号が出ててもおかしくない時期だ。毎日チェックしている訳ではないしコンビニに寄る用事が無かったら基本的に確かめる事は無いのだが、残念ながらまだ発売日ではないらしい。もう二、三日……って今日は日曜か。日曜に本は出ないな、出るなら明日か。確かめに来ただけ損をした。
コンビニを出てダンジョンに着いて入ダン、リヤカー、一層、そして七層。つまづくこと無くいつもの茂君。今日の茂君は一割増しぐらいで茂っていた。きっと、先日半分ぐらいしか居なかったお詫びが今日届いたのだと考えておこう。
無事に回収したところで急いでリヤカーに戻り、四十二層へのボタンを押してエレベーターで下りていく。今日はこの待ち時間にやることが無い。いつもなら雑誌を読みふけったりするところだが、どっちの雑誌も読み終えて大事な所は頭の中に入っている。しいて言うならローテーションの新しいレシピを考えることぐらいか。
やはり何かのステーキというレシピは安直すぎるのではないかという事と、カレーの二種類は一種類にまとめてしまってその時の気分で何の肉を使うか考えるのが割といいんじゃないか。代わりに入れる候補は何だろう。ごった煮とだけ書いてあるローテーション決めの札を思い返し、ごった煮の範囲を広げてしまう事にしようかと考える。シチューとごった煮は別、そしてシチューにはシュクメルリが含まれる。このあたりだろうか。
結構このローテーションも使ってきたからな。美味しい料理はそのまま残す。手軽な料理もそのまま残す。野菜炒めなんかを積極的に入れて肉から主軸を外していくのもこの際有りだな。焼きそばを入れたらそのまま焼きそばになるようなそういうの。よし、次のローテーション変更会議の時には野菜炒めを入れることにする。食事のローテーションメモに記録しておこう。書いとかないと忘れるからな。
古い号の月刊探索ライフを読んでレシピをいくつかピックアップしていく。やはり揚げ系は体力が要る。前日から揚げておいてチンした奴を朝挟んでヨシという事も出来なくはないが、手間を減らしたいのでカツサンドは別のものに変えようかな。できれば野菜も加えて、それでいて品目が少なくてもしっかり食べた気になるようなものを。レタストマトチーズあたりを使いまわして何とか出来るものは無いかな。
と、ひき肉を利用してレンジで加熱調理しておいて、後は現地で混ぜて温めるだけという簡単レシピがあった。これをひき肉から薄切りの肉に変えれば何とかなるかな。今日の夕食で早速やってみよう。これもレシピに追加……月刊ライフの八十七ページ四つ目……ちゃんとレシピの場所もメモっておく。
他に食べたいもの。そうだな、その日食べたいと思ったものというのも一つ追加しておくか。ローテーションを時々飛ばしたりすることもあるし、チラッとコンビニで見た料理を再現したくなったりすることはあるはずだ。そういうときのためにフリー枠を一つ作っておくことも悪くないだろう。
それから……と、レシピをあれこれ考えているうちに四十二層に着いた。リヤカーを下ろして一息。今日も研究は……おぉ、やってるな。山本さんがじっくりとスマホの画面とにらめっこしながら、ミルコとガンテツが何やらやっている。何をしているのかはさっぱりわからないが、魔術的な儀式をしているのは確認できた。
「やってるね」
「どうも、おはようございます」
「よう」
「やあ安村、もう出勤時間かい? 」
それぞれ反応は違うものの、順調に進んでいるようにも見える。
「山本さんがスマホを弄りまわしていると言うことは……もう外部との通信を試してる段階なのかな」
「これは私物なのでうまく行けば外部に通信が出来るはずなんですけどね。流石に白ロムだと通信の実践確認はできませんから」
もうそんな段階まで進んでいるのか。てっきりまだスマホをばらして内部構造まで調べる程度なのかと思った。
「もうちょいなんだよな。この異次元の境目の壁自体に電波を付与することはできるみたいなんだ。後はそれをどうやって外部にまで伝えるか、そこがカギになってくるんだよ」
「ここからじゃなくて一層で試すってのはだめなのか? 」
「一応秘密でやってることですから、一瞬でも他の探索者のスマホに反応があると騒ぎになるでしょう? それに、一層でやろうと四十二層でやろうと、設定する内容は同じらしいんですよ。なのでここから通信できれば一層でも通信が可能になるんじゃないかという話らしいです」
なるほど、四十二層から一層まで順番につなげていくイメージではなく、四十二層から直接地上につなげるのと労力に差はないということか。
「大まかに言えばそういうこったな。各階層と地上を直でつなげる次元断層みたいなものを上手く乗り越えられればおおよそは解決するんだが」
「さすがに出来合いのダンジョンから改造するってのは中々に骨が折れる作業なんだよ。最初から……ああ、最初から通信できるようにって意味では新しい階層を作る際に実装するって手もあるね。ただ、上手く動くかどうか保証は出来かねるけど」
「だからこの階層で試してみてるんだろ? こっちでこの四十二層だけ通信が出来る、って風に改造しちまっても影響があるのはほんの数人程度なんだし、ここは機密がちゃんと守られるダンジョンみたいだから、後から来た兄ちゃんたちもちゃんとその辺はわきまえてくれるって言ってたし」
後から来た兄ちゃんたちというのは多分新浜パーティーだろうな。一応出会って挨拶はもう交わした後らしい。そりゃ、こんなダンジョンの奥深くでD部隊員とミルコと知らない誰かがスマホ片手に議論と講義をしてたら気になるところではあるだろう。
「つまり、結衣さん達はもう来てるのか」
「おう、朝そうそうに四十三層のほうへ行ったぜ。多分昼頃になれば帰ってくるんじゃねえかな。昨日の今日で足を進める気はないって話だったし」
なら、四十三層か四十四層に居るってことだな。とりあえず四十三層をグルグル回ってたらその内出会うだろう。お昼の時にでも話をしておこうかな。
「じゃ、頑張って。俺も日課の運動をしてくるから」
「行ってらっしゃい。お気をつけて」
「またいつものダッシュ大会かい? あれは評判がいいから定期的にやってくれるとみんな喜ぶよ。スピーディーで楽しいらしい」
毎回同じ画面で飽きないのだろうか? とは思う所だが、日によって俺に気が付かないところで差異が出ていたりキレがあったり細かいところを見られているのだろうか。後は一周するのに何分かかるかのタイムアタックの秒数で盛り上がっていたりするんだろうか。
「まあ、注目の的だってことは重々理解しているが、たまには俺以外の希少スキル持ちのほうにも目を向けてやってほしいな。俺以外にも居るんだろう? 視聴対象は」
「たしかにそうだが、今のところこっちの地方では安村が最深部攻略対象で面白い動きをするらしいからね。他のメンツは……まあ他の探索者とそう大きく変わりがないと言った所かな」
こっちの地方……日本周辺という事か。なら欧州筆頭視聴者数を誇る希少スキル保持者とかも居るんだろうな。そういう部分はちょっと気になるぞ。こう、再生数的に。
「まあ、意識してやってどうよ、って見せるのもなんか違う気がするしな。いつも通りやるとするさ」
「そのほうが自然な感じで良いと思うよ。多分映えを意識すると失敗すると思うんだよね」
「とりあえず今日の分は置いておくよ。好きに味わったり楽しんだり後の楽しみに残したりしてくれ」
その場に今日の労り品のお菓子や酒を出すと、各自自分の保管場所があるのだろう、そこへ持って行きすぐに戻ってきた。今こっちで色々改造しているのが楽しいらしい。
ミルコに見送られ、四十三層へ向かう。階段を下りた先の四十三層では、物音はしなかった。近くに誰かが居る、という訳ではないらしい。もしかしたら結衣さん達が居るかもしれないとも思ったが、四十三層でグルグル回っている可能性もそう高くはないという事か。居るとしたらもう一つ下、四十四層見物ってところだな。そっちにはあまり意識を向けずに、自分は自分の仕事をやろう。
自然なスタイルでランニングモードに入り、索敵視野に入ったリザードマンへ急襲、そしてこちらに気づいて戦闘モードに入ると同時に槍を体さばきで躱して顔面にアイアンクロー、そして全力雷撃。今日はひたすらこれの繰り返しだ。さぁ見てってくれ見物客よ。これが四十三層での大爆走スタイルだ。カニでもリザードマンでもどちらでも来い、だ。
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