877:取引
この枕と布団で寝ている間に電話の連絡があった場合、熟睡して電話に反応できないのではないか、という一種の恐怖心みたいなものが体を駆け巡ったここ数日だったが、そうでもないらしい。
ギルドでスキルオーブ取引の依頼をして三日、電話がかかってきたのは夜中の四時。流石に起きる時間にはまだ早い、という時間帯だった。
「こちら大梅田ダンジョンですが、安村様で間違いございませんか」
大梅田ダンジョンから連絡が来たらしい。小西ダンジョン以外からかかってくる連絡の予定は一つしかない。スキルオーブの取引だろう。
「はい、安村で間違いありません」
「安村様がスキルオーブの取引をお願いされておりました件についてですが、【毒耐性】スキルがご希望価格通り三千五百万円での引き合いが来ておりますが、いかがいたしましょうか」
大梅田まで取りに来い、という事らしい。
「解りました。取りに伺いますが、時間の余裕についてお聞かせ願えますか? 時間ギリギリで到着までに余裕がない、という可能性がある場合近場で探していただくことになると思いますが」
「現時点で……二千二百カウントですから、三十六時間ほど余裕があることになります」
「では、そちらのご希望の時間帯にお伺い……といってもこちらも移動時間がありますので、最低でもそうですね。昼までには到着できると思いますが」
「では、午後零時のお取引という形でいかがでしょうか」
お昼はたこ焼きかな。それともお好み焼きかな、カニかな。豚まんでもいいな。
「解りました。その予定で行動をとらさせていただきます。ギルドの建物に到着した場合どのようにすればいいでしょうか? 」
「えっとですね。三十八番応接室を使用いたしますので、お名前とスキルオーブ取引であること、使用する応接室の番号を支払いカウンターで尋ねていただければご案内できるかと思います」
「三十八番ですね、解りました。遅れることが確定した場合またそちらに連絡を入れますが、出来るだけ早めに到着するよう心がけますのでよろしくお願いいたします」
「はい、よろしくお願いいたします。振り込みの際、そちらの預金口座から直接振り込ませていただく形になると思いますので、通帳の用意をお願いします」
三十八番であることをまずメモっておく。この辺は売却する時と同じだな。まぁ、必要なものは保管庫に放り込んである。最悪実弾でも……近くに系列の銀行があればそのぐらいの金額は下ろす余裕もあるはずだ。最悪、本当に最悪はそれでいこう。
念のために保管庫を確認するが、ちゃんと通帳は入っている。これなら問題なく行けるな。後は現金……は札束で入ってるから問題なし。普段定期以外でIC乗車券なんか使わないからな。大阪へ行くほどの金額も入れていない。これを機に電子マネーにも慣れておくべきか。
「わかりまし……た。多分大丈夫だと思います。ではよろしくお願いします」
「はい、お待ち申し上げております。今回はギルドでの取引のご利用誠にありがとうございます」
そういえば、関西のギルドなのに関西弁では無かったな。きちんと言葉遣いも扱えないと業務が出来ないという事だろうか。その辺ギルドの方針なのだろうか。それともこっちが関西ではないからか。どうでも良い事が頭をよぎるが……とりあえず二度寝するか。ざっくりスマホで乗換案内を調べるが、二度寝して起きて飯食ってからでもまだ時間的猶予はある。おやすみ。
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気持ちよく二度寝したおかげでいつもより少し遅い時間に目が覚めた。途中で起こされた分快眠成分が上手く体に取り込めなかったのか、それとも頭が少し回った分スローダウンするために時間を要したのか。いやでも、脳は寝ているときでも動いているものだからな、純粋に途中で起こされて俺が少しおこだったんだろう。どっちにせよ、まだ時間はある。ゆっくり起きてゆっくりいつもの朝食を食べて、それから出かけよう。
朝食を終えてまず、芽生さんに連絡。今日一日居ないことを伝えておかなければ。
「【毒耐性】売ってたから一つ買う。前より高い買い物になったけどこれはこれで時短にはなるしヨシって事で」
すると向こうも起きていたのか、すぐさま連絡が来た。
「どこまで受け取りに行くんですか? 」
「ちょっと大梅田まで行ってくる」
「お土産期待してます」
お土産か……大阪土産って何がいいんだろう。消え物で良いとして、移動中に検索して候補を見繕っておくか。
いつものスーツに着替えた後、時刻表を確認。およそ二時間か。現地に到着してまだしばらくぶらつく暇があるな。現地着十時半という所。それからまた調べてどこかぶらついて、迷わない内に……三十分前には現地に到着していたい。事前にぶらつけるのは実質一時間ぐらいか。その間に色々見回って事前にお土産を買っておいて、それから取引、だな。
それでもちょい早めの時間に出て、名古屋駅までまず一回戻って、そこから新幹線のぞみ指定席で向かう。一時間ほどで到着するらしい。一時間ぐらい立っていても疲れが来るわけではないのだが、他人にあまり近くに居てもらいたくないという思いの方が強かったので指定席を選んだ。窓際である。窓際に座ったから窓からの景色を眺めるかといわれるとそうではなく、この後の乗り換えと梅田地下街周辺の地図を見る。
大梅田ダンジョンがダンジョンに出来たダンジョンであることを肌で感じることになるんだ、予習は必要だろう。
色々調べ物をしているうちに新大阪駅に到着し、そこからスマホの乗り換え案内に従ってJR京都線快速に乗り換え。到着したのが大阪駅。ここから徒歩数分で到着のはずである。あらかじめ大梅田ダンジョンの出入口の偵察、場所を確認次第周りの店舗を物色していこう。ついでにお土産が手に入るならそれで事足りるはずだ。
梅田地下街に入り込んだ俺は見事に迷い込み、徒歩数分のところを十数分かけて歩きとおすことになったが、無事に大梅田ダンジョンの出入口にたどり着くことが出来た。まだ時間は一時間ほどある。一時間で帰って来られるかどうか保証は出来ないが、二十分ほどぶらついて帰ってきてそれからまた来ればいいだろう。
◇◆◇◆◇◆◇
ダンジョンは、地図があっても、迷うもの。
三十分前に到着する予定だったが立派に梅田ダンジョンに迷い込み、大梅田の入り口に帰ってくるまで余分に更に十分ほどの時間をかけることになった。それでも迷うのを覚悟したうえで予防線を張って早めに切り上げたのは日ごろの探索で心がけていることを実行しただけのことはあると思いたい。
大梅田ダンジョンのギルドの建物に入る。やはり事前情報通り、少しすえた匂いの漂うここは間違いなく大梅田ダンジョンなんだろう。早速支払いカウンターで手続きをする。
「本日十二時にスキルオーブの取引でお約束させていただいてます安村と申します。三十八番応接室の準備は出来ていますでしょうか」
「確認いたしますので少しお待ちください」
二分ほど確認のため席を離れられたが、待っていると担当らしい人がやってきた。
「安村様、お待ちしておりました。本日の取引相手が待っていらっしゃいますので、今すぐお取引、という形でもよろしいですか」
「構いません、お願いします」
やり取りの後、いくつか応接室のあるエリアに到着する。やはり番号はとびとびに用意されており、手動で番号をスリットに入れる形の応接室が並ぶ。三十八番は……あった、ここだな。
「失礼します」
「取引相手様がお越しになりましたので、お取引を始めさせていただきます。まずは、現物の確認からです。ご注文通りのスキルオーブかどうかをご確認ください」
まずお互いに探索者証を見せる。B+ランクであることを確認すると、相手のパーティーは少し驚き、そして納得した。ドロップして取引にかけてくれた相手は三人パーティーらしい。双方がスキルオーブの確認をし、それぞれ「ノー」と言い放つ。次に俺が確認をする。
「【毒耐性】を習得しますか Y/N 残り千七百十八」
いつもの音声さんだ。今日もいい仕事をしてくれている。
「間違いありません、取引内容に沿ったものです」
「では、振り込み作業をお願いします」
端末に自分の口座番号と振り込む金額を入れて振り込み作業を完了させる。
「次に、受け取りの口座の入力をお願いします」
相手パーティーのメンバーが受取口座の番号をそれぞれ入力。入力し終わると元の席に戻る。
「では、これで取引は成立いたしました。どうぞ、スキルオーブをお使いください」
もう一度スキルオーブを手にする。
「【毒耐性】を習得しますか Y/N 残り千七百十八」
「イエスだ」
スキルオーブが体の中に沈み込んでいき、ペカーっと光る。うぉっまぶしっ! と言ってくれた相手のパーティーに敬意を表しておく。
しばらくすると光が落ち着き、元の状態に戻る。
「では、取引ありがとうございました。どうぞいつでもお戻りになられて結構です」
ギルド職員に促されるが、その前に、と相手のパーティーが手で制する。
「これはあくまで個人的な質問なんですが、何階層で必要だと判断されたのですか? 」
うむ……階層か……正直に言ってしまうのはまずいな。ここは誤魔化してしまうか。
「それは俺の口からは言えない。こういう立場なもので潜っている具体的な階層は機密扱いなんだ」
探索者証を再度見せてB+ランクであることを提示、具体的にどんな探索をしているかは明かせないことを告げる。
「そうですか、解りました。三十一層以降でも出番はある、ということですね」
「申し訳ないが、その返答はしかねる。ごめんね、秘密主義って訳じゃないが迂闊なことを言ってしまうとギルドから注意が飛ぶといけないから」
「はい、それで納得しておきます」
どうやら最深層とは言わなくてもそれほど遠くない所で再び使う機会があるかもしれない、と考えたのだろう。彼らはもう一度【毒耐性】を手に入れてももう取引にはかけないかもしれないな。そう考えると惜しい顧客を無くした、と感じる。
大梅田ダンジョンに潜ろう、という気はない。その気になれば今からでも潜ってゴブリンキングだけ倒して帰ってくることぐらいはできるだろうが、前情報だとゴブリンキング戦は時間待ちが激しいらしく、行ってちょいと狩って帰る、というほどお手軽では無いようだ。まだまだゴブリンキングとの試合は混雑しているらしい。何かの機会に潜ることが有ったらその時にでも芽生さんと二人で戦って帰ろうかと思う。
大梅田ダンジョンを出た後は観光……というのが相場かもしれないが、観光というほど観光というところが思い浮かばない。まずは何より昼食だ。自宅近辺では見かけないチェーン店でも良い、せっかく大阪まで足を伸ばしたのだから、大阪周辺にしかない店にチャレンジしてみるのも一興だろう。それが終わって満足してからお土産を買って帰るか。
気楽な足取りで大梅田ダンジョンを後にし、まずは昼食。さぁ、俺の腹は何腹だ、うどんか、お好み焼きか、それとも串カツか。はたまた他の何かか。こういう時は少量ずつ色々試したいところだがそう都合のいい所は無さそうだし、多少並ぶのはこの際許容しよう。
フラフラと手近の百貨店に入ると、なんとも丁度良さそうな食事コーナーというかイベントコーナーというか、そういうものがあった。それぞれお手頃価格、お手頃な量が食える。ここにしよう。今朝決まって今日突然出かけてそして昼飯というスピード感あふれる一日なので、そのスピード感を大事にしたままここで腹が膨れるまで色々と食い倒れてみよう。
焼肉、すし、うどん、粉物、選べるな。どうやらここがマストのようだ。たらふく食って重たい胃腸を抱えてお土産選びして、そのままちょっとはやいが帰ることにするか。
思ったものを注文しては食い、食べ終わったら次の品目を探して、ちょっと並んでいる間に消化し、そしてまた新しいものを食べる。今日はなんでも食べれるチートデイだ。久しぶりに満腹を覚えるまで食べに食べよう。
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ふぅ、色々食べた。最後のちょぼ焼きがトドメになったな。余は満足である。後はお土産か。その辺の柱にもたれかかって大阪土産のランキングを見てあるある過ぎる物を外して、その中でこれいいかもと思ったものをお土産にする。流石に今日明日で渡すものではないので多少の時間は置かれるとして、それでも賞味期限が切れないようなものをチョイスした。喜んでくれるかどうかは別として、定番を外しきらない範囲では選んだので問題はないと思う。
そういえば【毒耐性】をせっかく入手したんだし、酒にも強くなったのか確認したいところだな。帰ったらちょっとだけ酒を試してみよう。料理酒を少し呷って眠くなるかどうかで確認だ。【毒耐性】がきちんと機能していたら眠くならない可能性が高い。
そうと決まればさっそく家に帰って酒の確認だ。でもその前に豚まんだけは買って帰ろう。出来立てを保管庫に放り込んでアツアツのまま夕食にするのだ。
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