873:毒耐性を今更求めて 2/3 休憩四十二層
エレベーターで一つだけ登って四十二層にたどり着く。人は……お、居ないぞ? 部隊全員今日はお休みの日なんだろうか。
「誰もいませんね。ご飯食べるなら今の内ですか」
「そうだな、ササっと始めてしまおう。そしてアツアツのアヒージョを食べてゆっくりしよう」
早速机と椅子を……と、机の上にはノート。ノートには綿密に数字と記号と関数らしきものの羅列。数学や通信といった話は専門外なので何が書いてあるか解らないが、お互いに覚えてやり取りをしたような跡がある。後、明らかに言語らしきものではない記号のようなものもある。これがあっちの星の共通言語みたいなものなんだろうか。もしかしたら今後の歴史的には貴重な遺物になるのかもしれんな。
机の上に乱雑に置かれたそれらを一旦保管庫に片付けてしまう。食事の間だけちょっとごめんよ。うっかり香り付きのオリーブオイルなんかをこぼしてしまうと腹を減らしながらの研究になるかもしれないからな。
机の上を綺麗に片付けて生活魔法で軽く風を吹かせて綺麗にする。そしてコンロとオリーブ油、ニンニク、鷹の爪を用意して早速熱し始める。充分に温まって香りが油に移った頃合いを見定めて、次々に具材を放り込んでは熱し、柔らかく、食べやすくなるまで油で煮込む。
キノコもふんだんに入れる。あらかじめ食べやすいサイズにしておいたのでこちらで何かしら手を加える、と言うことは出来るだけしなくていいようにしてきた分の用意がここで生きてくる。ここでやるのは熱して煮込むだけ。ダンジョン飯だけでなくキャンプ飯でもよく使う、家で時短してくるレシピだ。
全部の具材を入れ終わってオリーブ油のほうも美味しくなり、すべての具材がしんなりしたころ合いでご飯を取り出していただきますとする。
「パンもあるからね。バゲットじゃなくて食パンだけど」
「いただきます……んー、ニンニク効いてて美味しい」
早速ベーコンから行ったらしい。どれどれ、俺も一つ……うん、ピリッとした辛さとニンニクの香りが漂う美味しいベーコンだ。脂が少なければこのままパスタを放り込んでしまっても良いぐらいに味がよく行きわたっている。ニンニク多めにしておいてよかった。おかげで更に腹が減る。
「何やら美味そうなものを食っとるな。ワシも味見してええか」
食事を始めたところでガヤ……ガンテツが飛んできた。どうやらうまそうに飯を食っているのを見て我慢できなかったらしい。
「山本なら今日は休みの日だから帰るそうだ。本人は話の続きをしたがっていたようだが、部隊命令として無理矢理帰還させられていったぞ」
「ちゃんと休みは必要だからな。ガンテツ、こっちは文月芽生さん、散々見慣れているとは思うが紹介する」
「うむ、わしがガンテツだ。前は熊本第二のダンジョンマスターをやっていた。今はここに顔を出してスマホの異次元間通信が出来ないかどうか研究している」
「文月芽生です。相棒兼恋人兼安全装置です」
座ったままだがきちんと頭を下げて挨拶している。なんだ安全装置って。
「で、その食い物は何だ。すげえいい匂いがするぞ」
「アヒージョと言って、油で煮込む料理だ。ちょっと味見するか」
「むしろその為に来た。これも異文化交流という事で一つ分けてくれ」
ガンテツが椅子にドカッと座ると、机の端をカタタタっと指で鳴らし始めた。まあ今回は量も作ったし多少なら分けても良いだろう。味見分という事なので各食材から一つずつぐらいを器によそってフォークを渡す。
「確かこういうのだったな、いただきます」
ガンテツが手を合わせて律義にいただきますを言う。何も言わず豪快にかじり付くかと思ったが、節度はちゃんとできているようだ。もしかしたら、今自分が見られていることを認識して、自分がダンジョンマスターの代表としてこの場に居合わせている、という意識の表れかもしれない。
「熱っ……ふー、ふー、……熱っ」
口に入れようとしてその熱さに驚いたらしい。必死にフーフーしながらそれでもまた口に入れようとしてまだ熱かったのか、最初の一口目に取り掛かれてない。猫舌のようだ。
「安村、これ、熱い」
「ダンジョンマスターにも猫舌が居るんだな」
「熱すぎるものは食えないんだ。ちょっと冷えるまで待ってることにする」
そういうと、ウィスキーをどこからともなくだし飲み始める。
「そういえば今日は酒は……」
「今日は無いぞ。ちなみにミルコのおやつも無いからミルコも来ても何もないからな」
聞いているであろうミルコにも事前に注意をしておく。
「そうか、じゃあこれを大事にやっていくしかないな」
そういいつつペットボトルから何処から取り出したか解らない無地の陶器らしいコップに移し替えて飲んでいる。ウィスキーならガラスコップ、という訳ではないらしい。
ウィスキーで口の中を冷やしつつ、やっと良い感じまで冷えたのか、食事を始める。
「これはいいな、酒に合う。どんどん進みそうだ」
「飲み過ぎるなよ、今日の追加は無いからな」
「解ってるよ、安村は料理がなかなか上手いんだな」
ガハハ、と笑いつつウィスキー片手に油から引き揚げたアヒージョの具をフーフーしながら口に入れていく。美味しそうに食べているところは有り難いので俺としては文句をつけるつもりはない。
「洋一さん、パンはあるんですよね? ちょっと浸して食べてみたいところなんですが」
「ある……はいよ」
「そのパンも美味しそうだな、俺にもくれ」
「はいよ」
アツアツの油をパンで掬い取り口に入れる芽生さんと、同じくアツアツの油をパンで掬い取り口に入れてすぐ熱くて吐き出しそうになるガンテツ。学習しないのかこの男は。
「熱いが美味いな。油に味付けしてその油で熱して料理全体に味を行きわたらせるって料理か。油を贅沢に使えるのがいいな、普通ならこれで何枚もステーキが焼けるぐらいだ」
ふむ、あちらの文明では油はそれなりにお値段がするらしい。
「このパン、結構お高い奴ですよね。デニッシュ系の流行のパンではなくパン屋のパンって感じがします」
「保管庫に入れておけば賞味期限の前に食べきるのは確実だからな。買い出しの度に買っては向こうで切ってもらってまとめて何本か買ってる」
「ちゃんといいお金の使い方してますね。そうやってストレス解消に向かっていくのは良い事です」
「こうやって食事の際に用意して更に加点してもらうのも悪くない点だと言えるな」
芽生さんが満足そうにしているのでこのパンは継続的に買っていこう。宿泊する際も朝食はこのパンになる。良いパンを食べれば朝の体調も気のせいかもしれないが良くなるしな。後は良いバターも合わせて更に幸せさがアップする。この幸せがほんのちょっとのお金で買えるなら安いものである。
「ふぅ、少ないが美味かったぜ。文月はこんな素敵な男を掴んで中々幸せだな」
「あげませんからね。今のところ洋一さんは私たち二人のモノです」
「もう一人も懐柔済みってことか。隅に置けねえな」
モノ扱いされたことには目をつぶっておこう。後、反論できるほどの物証も理性も持ち合わせていない。残念ながらここは黙って言わせておくしかないな。
「さて、一応報告みたいなことになるが、電波で通信をするというところまでは理解できた。電波の内容はともかく、その電波の周波数だったか、それを異次元外に放出できるかどうか、というのがこちらのお仕事ってところまでは両方とも認識できた。後はここからどうつなげていくかは割とこっち側の仕事になるだろうな。うまく行ったらまたセーフエリアに居る時にでも声をかけに行くからよ、その時は運用試験を頼むかもしれねえ」
「解った。思ったよりも早く話が進んでいるなあと思うところなんだが」
「実際にどんな種類の電波や周波数やなにやらが、なにから放出されているかどうかの内容を知る必要はない、という結論が出たからな。電波を透過させられればいい、もしくはそっちで言うアンテナか? それを経由して電波を発信できるようになればいい。最悪はそうだな……地上とダンジョン内の何処かの間にアンテナを持ってきて、そこにはスライムが近寄らないように工夫してしまえば若干楽にはなるが……最悪スライムを発生させなければもっと楽に通信は出来るんだが、そうなるとダンジョン内のごみ掃除をどうやって行っていくのかが問題になるからな。通信以外にも色々考えることは多いな」
あっちはあっちで考えることが色々あるらしい。それと、やはりスライムはダンジョンのお掃除屋さんの役目をちゃんと担っているということだ。
「全然関係ない話だが、基本的に一層以外でスライムをほぼ見かけないのは何故だ? ゴミに値する物体がそこに生まれたらゴミは掃除できてもスライムは残るんじゃないのか? 」
「あー……まぁ、安村になら言ってしまってもいいか。これは内緒といってもこの中継を見ている奴と文月には内緒じゃなくなる話なんだが、スライムは基本的に一層から出張して他の階層へ行ってゴミ処理をして、一層に帰ってくるという行動をとっているんだ。で、ゴミを消化したらその場でスライムごとダンジョンで吸収されてスライムは一層に戻ってくる。だから時々しか見かけないということになる」
「なるほど。じゃあ二十八層から三十二層で見かけるスライムはまた別種という考えで良いわけか」
「そこはちょっと言えないな。ただ、スライムと同じようにダンジョンオブジェクトでは無くなったもの、例えば広範囲に切り刻まれた材木とかその枝葉であるとか、そういうものを処理するためにも活動する。詳細は内緒だ」
そうか、内緒か……でも別種のスライムであることはドロップ品なんかを見ればわかることだからな。シャドウスライムにしてもまた別種のスライムなんだろう。ただ、同様にバニラバーの儀式が出来ると言うことは、ダンジョン外物質の消化吸収のプロセスの何処かにバグがある、という事で間違いないんだろう。
気が付くとアヒージョは無くなっていた。もうちょっと食べたかったが仕方がない。しかし、随分と油が余ってしまったな。一枚ウルフ肉でも焼くか。少々油まみれの肉になってしまうが、ウルフ肉を薄切りにして素揚げの形でウルフステーキを焼いていく。三人居るので三枚だ。
「お、ウルフ肉か。そいつは中々良い食糧になっているだろう? 」
「そうだな。スケルトンの骨があれば非常に楽に手に入るのも中々良いところだ。値段の部分では他の肉にかなわない所はあるが、コンスタントにダンジョン内で食事をするなら悪くないと思うよ」
塩胡椒とニンニク鷹の爪油で味付けされたウルフステーキは中々に美味かった。余った油はまた何かの料理の時まで保管庫で冷ましておこう。家に帰ったら瓶か何かに詰め替えて再利用できるようにしておくかな。
「さて俺は戻るぜ、ごちそうさま。また山本が来るまでにいろいろ考えておくことがあるからな。こっちの都合で安村の時間を使い続けるのも悪い。俺達みたいに寿命が無限に近いほどある訳じゃないしな。安村だってそうだろう。次のダンジョンが踏破されるのがいつかは解らないが、多く踏破されていくにつれ新しいダンジョンを作ろうという試みは増えていくはずだ。その際の機能の選択肢として通信が出来るかどうかをオプションとして用意しておくのは悪い事じゃない、だろ? 」
「期待して待ってるよ。頑張りの分、次は酒を用意しておくことにするかな」
「それは嬉しいな、期待して待ってるぜ。じゃあな」
ガンテツは転移していった。騒がしい昼食だった。まぁ進捗も聞けたしそれはそれで成果だ、ヨシとしとこう。
「ご飯はしばらくゆっくり食べられそうにないですね」
「そうかもな。ミルコでもよほど用事がない限りは……うん? そうでもないかな? まぁ用事もないのに来る事は無いのは確かだな。今日もおやつは無いって言ったら本当に来なかったし。フリじゃなくて」
一問題解決するまでは騒がしい昼食になりそうだと予想しておこう。飯どうするかな。多い目に作って乱入されても問題ないようにするか、ギリギリの量は作ってお前に食わせるチャーハンはねえって追い返すか。悩みどころだな。
机を綺麗に片付け、元通りにノートとペンを配置しなおして、後日また同じように仕事が続けられるようにしておく。開かれていたページもそのまま放り込んだのでそのまま出てきた。ここで一つ知見。本を開いたまま放り込むと開いたまま出てくることに気づく。これは栞要らずということか。一つ保管庫について知ることが出来たな。細かい所だが、覚えておこう。
片付けが終わると四十九層へ戻らずにそのまま四十二層で休憩することにした。四十二層のほうが四十九層に比べて気候がいい、休憩するにはもってこいのマップデザインだ。三十分ほど食休みにしよう。
作者からのお願い
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。