872:毒耐性を今更求めて 1/3
昨日は夕食を食べて風呂に入っても寝るまでずっと脳内で口座残高と戦っていた。おかげで寝入るまで気が休まらなかった。どうして俺は昨日自分の稼ぎを調べるなんて行為をしてしまったんだろうか。トップパーティーなんだからそれだけ稼いでいても問題はないだろうと今眠りから覚めてようやく落ち着いたところだ。やはり寝起きの頭もスッキリさせてくれるこの枕と布団は貴重品だな。これからも精神安定剤としてよろしく。
朝食を食べて昼食のアヒージョを作る準備をする。アヒージョは冷めたら美味しくないので、現地で作って食べることにする。久しぶりのキャンプ飯だ、材料だけはきちんと確認しておかないとな。
オリーブオイル、ニンニク、鷹の爪。これでベースはヨシ。後はあらかじめ細かくしてレンジで蒸かしておいたジャガイモ、ベーコン、そして保管庫に入っている色々なキノコをおかずとする。野菜はブロッコリーとトマトがあればいいだろう。米も炊いた。バゲットはないがお高いパンはある。パン食にしたければそっちも選べるようにしておこう。
今日は芽生さんとダンジョンに潜る日である。だが今日の目標は五十二層を巡ることではなく、五十層か五十一層で毒耐性のスキルオーブを狙う、という方向性で行こうと考えている。やはり、毎回キュアポーションを飲むという行為はコストパフォーマンスは悪くないが、その手間を無くしていきたいとは思っている。それに、今後も毒をもつモンスターが出ないとは限らないのだ。
早めに手に入れるなら二十二層から二十四層の間だったが、今から戻って拾いに行くというのは効率も悪ければ既に拾われている可能性もある。まだ未知の領域が広がっており、モンスターの特徴から持っていそうだとあたりをつけるのにあの紫の鍾乳洞エリアは悪くない。すでに高橋さん達が五十層で一つ拾っていることだし、それを目当てに探索することは悪い手ではないはずだ。
一通り材料を確認したところで昼食の準備は終わり。いつもの格好に着替えるといつもの指さし確認だ。
万能熊手二つ、ヨシ!
直刀、ヨシ!
柄、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ナシ!
酒、同じくナシ!
保管庫の中身、ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。さぁ今日も頑張って稼ぎに行こう……稼ぎに……口座残高……うっ、頭が……
◇◆◇◆◇◆◇
電車とバスに乗っている間に禁断症状は治まり、芽生さんと合流するまでに回復に至った。
「なんか朝から疲れてません? 何かありましたか」
「色々あった。現地に着くまでに順番に説明していくよ」
入ダン手続きを済ませリヤカーを引きながら、芽生さんとの情報共有の時間が始まる。現地までには一時間ほどかかるので、その間にガンテツの話や通信が出来ないかどうか確認していることや、酒も保管庫に入れないといけなくなってきた、真中長官からは少しお叱りを受けた話など順番に話していく。
「なるほど、私が居ない間にそんなに面白い事になってましたか。別にレインで相談でも良かったのに」
「うーん、それでも良かったんだけどそこまでして共有が大事な話かどうかは分からなかったからさらっと流しておけばいいかなって」
「まあ、実際私に関わることはほとんど無いですからその辺は洋一さんのご趣味の範囲内ということにしておきます。で、実際のところどうなんですかね、うまく行きそうなんですかね? 」
芽生さんがリヤカーをゆさゆさと揺らしながら進捗を確認してくる。リヤカーの振動に合わせて芽生さんの胸も揺れる。朝から元気なことだな。
「そこを今研究の真っ最中ってところじゃないかな」
「で、今日の予定は五十三層という訳じゃないんですよね、その流れだと」
「うん、【毒耐性】掘りに行こうかなって。だから主戦場は五十一層になるかな」
「では午前中は五十層で軽く流して、午後から五十一層という流れになりますかね」
「そのほうが移動は楽になるかな。ちなみに昼食は一から作るアヒージョだからそれなりに時間がかかることになるが、進捗を求められている現状ではないのでそんなに問題はないと思う」
そういう意味でもたまにはゆっくりしてダンジョン探索をするという余裕を持つのも必要だろう。そう、別に焦って攻略する必要はないのだ。誰も責めたりはしない。もしかしたらダンジョンマスターが次はまだかと急かしている可能性もあるが、ミルコが何層までダンジョンを作っているかは解らない。
もしかしたら今急いで五十三層あたりを作っている可能性だってあるのだ。その間に追いついてダンジョンコアを目にしてしまうケースだってありうる。それを見せてしまったらダンジョンマスターにとっては恥、だと考えているかもしれない。その間の時間を稼ぐと考えておこう。
「とりあえず金稼ぎに集中できるということは芽生さんにとっては悪くない話かもしれないな」
「そうですねえ。お金はいくらあっても困りませんからねえ。洋一さんだって毎日ダンジョンに通ってお稼ぎになっているんじゃないんですか」
「それがなあ。今手元にある金額が多すぎてどうしたらいいか昨日半日悩んでたよ」
「放っておくのが一番だと思いますよ。洋一さんぐらいの金額なら本来投資信託に預けるなり自分で株を買うなりしてそのまま長年寝かせておくのが一番良いでしょうけど、今相場がいくらになっているか気になって探索に集中できないなんて話にもなりそうですからね。それなら気にせずにそのまま口座にため込んでおくのが一番心が安定すると思います」
やっぱりそうか……まあ、勝手に減ることもないんだろうし少なくとも銀行が倒産するまでは気にしないで良いって事だな。一晩かけて落ち着いたおかげで今の俺は多少マシになっている。
「まあ、趣味を追及していたらお金が勝手についてきた、程度の考えにしとくか」
「そのぐらいでちょうどいいんじゃないですかねえ。大事なのは深くは気にしないことです。貯金にしろ投資にしろ、自分よりうまく運用してくれる人が居るんですからその人に託す、という点が大事です」
プロに任せる、か。それは大事だな。
「よし、大分気持ちが持ち直してきた。いつも通り探索出来そうだ」
「その調子その調子。身持ちを崩すことはなさそうですし、四億ぐらい稼いだら引退する、なんて言ってた頃が懐かしいですねえ」
「まあ、大学卒業するまでは一緒に居ることだけは最低限貫き通すさ。それに、それ以上に長く俺のそばにいてくれるつもりなんだろう? 」
「今のところはそうですねえ。だからしっかり頼みますよ。その間に私もしっかり貯めて、例えばダンジョンがなくなったとしてもその後の生活に困らないだけの資産を形成しておくことにしますよ」
四十九層に着いた。さぁ、試運転がてら五十層で午前中の運動だ。たしかシャドウバタフライからドロップしたと言っていたな。スキルオーブを狙うならシャドウバイパーかシャドウスライムだという事になるな。シャドウスライムがちゃんとスキルオーブをドロップするかどうかは解らないがついでに倒すモンスターだ、期待だけはしておこう。
肩をグルグルと回し、体が快調であることを確認する。
「さぁ、シャドウバイパーから毒耐性を拾う作業に入るか」
「行きましょう、物欲センサーをビンビンに効かせて一ヶ月ぐらいここで留まるぐらいの気持ちで行きましょう」
芽生さんも槍をビシッと構えてやる気は十分みたいだ。さぁいくか。
◇◆◇◆◇◆◇
五十層で午前中はトレーニング代わりの軽めの運動。運動といってもメインになるのはスキル攻撃なので体を動かすのはシャドウスライム相手が主体となる。シャドウバイパーの攻撃力と毒はかなりのものだ。出来るだけ近接で戦いたくない相手ではあるが、場合によっては近接攻撃で対処することにもなるのでいい加減慣れる必要がある。
何十匹目か数え忘れたシャドウバタフライを近接で対処しながら芽生さんと相談してみる。
「時々シャドウバイパーを近接攻撃で対処していこうと思う。いい加減相手の動きにも慣れる必要はあるからな」
「そうですねえ。スキルを鍛えるという意味では今のままでも問題は無いですが、次のマップでスキルが効かないモンスターなんかが出てきた際、体が鈍ってて対応できないでは仕方ないですもんねえ」
そういいつつシャドウバタフライの鱗粉まみれになった芽生さんが頭をグッと突き出してくる。ウォッシュ。自分にもウォッシュ。
シャドウバタフライを近接攻撃で対応して分かったのだが、シャドウバタフライは鱗粉で動けなくなった相手に噛みつきないし吸血攻撃を仕掛けてくることが分かった。吸血行為も噛みつきも今の自分達にはそれほどのダメージにはならないが、俺の血を吸われだした時の芽生さんの慌てようは中々の物だった。
どうやら一息で試験管一本分ほどの血を吸う事が出来るらしい。吸われた跡の対処はヒールポーションで充分対応できるものだが、これが複数匹で一気に押し寄せられ身動きが取れないとなると、ある種の即死確定コンボであることは間違いないだろう。
試した際はまた芽生さんに怒られてしまった。だがこれでシャドウバタフライを近接攻撃で仕留める理由はまた一つ少なくなったと言える。こいつは近寄らないのが一番だ。近寄らせない内にスキルで対処してしまった方が早いだろう。
シャドウバイパーは……というと、こいつの毒攻撃は喰らうたびにポーションが必要なので一手間かかる。それに加えて毎回手に噛みつかれて手袋を買い替えるというのもこれも金がかかるという意味ではポーションほどではないが、手袋を買い替えに店を回る分だけ手間だ。多少ボロボロになるまで使い続けるつもりで手袋を使いまわすつもりでいこう。
噛みつかれなければなんとかなるとはいえ、そこそこ滑らかな表面を雷切でスッパリと焼くほどの出力はまだ出せていない。多少時間はかかる。その間にウネウネと体に纏わりつかれたりすると雷切が速いか締め上げられるのが速いかの勝負になるのでこれもあまり精神的によろしくない。
こいつもその内スノーベアみたいに面倒ではあるものの確実に倒せる相手になっていくまでには少々時間がかかるのだろう。
「今日はシャドウバイパーあんまり居ませんねえ。シャドウバタフライばかりです」
今日はシャドウバイパーのあたりが悪いらしく、普段よりも少なめの数に少し不満が漏れる。戦いたいときに出て来てくれないのは少々イラっとする部分があるが、モンスターは自然に湧いてくるものなので仕方がないという所だな。ぎゃくにいえば、固定リポップという形で存在する地点が少ないとも言えるのか。
今のところドロップ品に大きな偏りはない。しいていうならシャドウバイパーの出現が少ない分だけ魔結晶の収入が少ない、ということだろうか。シャドウバイパーの魔結晶のほうがシャドウバタフライの魔結晶より大きい。一匹当たりで考えると二万円分ほど変わってくるだろうか。
まあ嘆いても仕方がない。出ないときは出ないのはスキルオーブもモンスターも同じだ。徐々にこの階層に慣れてきたこともあるし、好き放題戦えるにはまだもう二、三段階のステータスブーストの伸びが必要なんだと考えておこう。
午前十一時半になったので五十層から撤収、四十九層に戻る。飯を広げようとしてそこで気づく。
「しまった。机と椅子四十二層に置いてきたままだった。どうしようかな。取りに戻って……あぁでも使用中だったらどうしよう。うーん……」
「じゃあ、お昼休みという事で四十二層へ行きましょう。使用中だったらちょっとご飯食べてる間だけでも休憩してもらうという事で。後私もガンテツさんでしたっけ? 会ってみたいですし」
「じゃあ四十二層に上がるか。すっかり忘れてた。昨日の内に新しい椅子と机を余分に購入しておくべきだったな。帰ったらちょっと補充してくるか」
机と椅子予備補充とメモっておく。今四十二層に置かれている机と椅子はそのまま使ってもらっても構わないという事で新しいので高さとサイズ感の手ごろな奴を見繕う事にしよう。
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