871:納品とダンジョンと稼ぎと
今日も良い感じの朝。もう寒さは大分マシになった。これからはどんどん暖かくなってくるだろう。寝間着を薄くするにはちょっとまだ早いが、この調子でそこそこの気温まで上がってくれるとありがたい。眠気は完全に取れてるし今日も元気いっぱいだぜ。
ここ数日色々と立て込んでいたので今日は休みにする。かなり連勤したんだ、一日休みになってもいいだろう。一日休みにすると言っても半日は仕事をする。午前中に布団の山本に行って納品。午後からは保管庫に溜めこんでいる雑誌やら小説やらを読みふける日に使おう。結構山積みになっているからな、半日では多分読み切れないだろう。
いつもの朝食を食べ、久しぶりにスーツ以外の私服に袖を通す。ウォッシュを毎回かけているとはいえ服にも休みは必要だろう。ファブって加湿してやって部屋干し一日。これでしっかり休ませてあげよう。
昼食はシンプルにウルフ焼肉。肉を薄く切って焼いた後醤油ベースでソースを絡ませて食べるだけ。米も炊いてただそれだけを食べる。量は少な目でいこう、胃袋を休ませておく日も必要だからな。今日は一日読書日和という事にしておこう。今の内に作ってしまって程よく冷めたところを頂くことにするかな。
暇なうちに納品するダーククロウの羽根を十キログラムとスノーオウルをいつも通り二キログラムだけ先に用意しておく。もしスノーオウルの羽根がそれ以上に必要なら……いや、念のため四キログラム準備しておこうか。この間枕に使った分消耗が激しいかもしれないし、スノーオウル混ぜ込み枕の評判が良ければそっちの需要も高まっている可能性がある。保管庫から出すという作業を誤魔化すためだけに布団の山本まで二往復するのは無駄な時間になるだろう。念には念を入れて……というところだな。
時間まで読書とスレを見回る時間。どうやらB+ランクの聞き取り調査の件は他のランクにも伝わっているらしく、探索者同士の情報のやり取りの中で漏れて出たらしい。そもそも聞き取り調査を行っていること自体は秘密でも何でもないので問題ないらしい。聞き取りの内容については漏れていないようなので問題ないと判断されているんだろう。
発電炉の話も大きく広まっているようだし、これを見た海外の探索者も日本で高効率な発電方式の魔結晶発電炉が建設されつつあるという話を持ち帰って相談していくことだろう。どうなるかは見守るしかないが、うまいこと行ってくれればいい、とだけ願っておく。
時間が潰せたので布団の山本に連絡、報告、そして出発。いつも通りの量とちょっと多めのスノーオウルの羽根を持って出かける。
到着するといつも通りまずダーククロウの羽根の納品を始める。山本店長はニコニコ笑顔で応対してくれた。いつも通り計量と品質の把握が終わってからお茶と羊羹と共に現れた。
「今回もありがとうございます。十キログラム確かに確認させていただきました。それでもう一つ、スノーオウルのほうなのですが」
「何か進展でもありましたか? 」
「先日の枕をご注文いただいた分も含めてですが、より心地よい眠りをより短時間で……という需要に応えらえる満足な一品が出来たことも有り、ちょっと奮発して広告を出しましたら思いのほか多くのオファーを頂きまして。金額が金額なのでそれほど多くの方に行きわたらせるということは難しかったのですが、それなりの数のお客様を抱えることになりまして。それでスノーオウルの羽根の在庫のほうが乏しくなってきてましてですね。本日はいつもより多めに持ってきていただいているとのことですので、全品こちらで引き取らせてもらって構わないでしょうか? 」
四キロ全買い取りでどうよ、という事らしい。こちらとしては願ったりかなったりだが、肝心の金額のほうは大丈夫だろうか。
「それは構いませんが、持って来たスノーオウルの羽根は四キログラムです……結構お値段しますよ? 」
「そのぐらいは儲けさせていただいておりますので。では四キログラム、全部受け取ってよろしゅうございますか? 」
「では、もってきますので検品のほうをお願いします」
車に戻って羽根の回収、そして検品、計量を頼む。その間に追加の羊羹は来なかったが、贅沢を言えばもう一個欲しかったな。しばらくして検品と金額の総計算が終わったらしく、伝票と共に店長は戻ってきた。
「ありがとうございます。これでまたしばらく需要を満たすだけの商品製造が出来ます。ダーククロウの羽根はともかく、スノーオウルのほうは入手難易度の高い素材ですからね。市場にも出回ってないので安村様の納品で相当助かっております」
「では、またゆっくり取りに行くことにします。しばらくは色々と立て込んだ事情も無さそうなので」
「どうぞ、ご無理だけはなさらぬ範囲でお願いします」
本日の納品の金額、二百十六万円。前回価格改定に伴うダーククロウの羽根のギルド価格の上昇について話し合ったが、元々かなり高額で引き取ってくれているのでそのままで問題ない、という形になった。店のほうからはその分の値上げをされても言い値で買うぞ、といった感じのやり取りだったが、元々高値で引き取ってもらっているのでそのままで構わない、次回相談しましょうということになった。
その分スノーオウルの金額についてはそのままの値下げという形にせず、百グラム当たり五万円から四万五千円に変更してもらう事でこっちの儲けを少し見込ませてもらう、という話で落ち着いた。高々百グラム当たり五千円だが、ダーククロウの羽根に比べて大幅に枕の原価を下げることが出来るので店としてはそれだけでも助かるだろう。
俺のほうも今まではわざわざダンジョンから持ち帰って自分の利ざや無し、という形で表向き探索していたのでこれで利益が出るようになった、と説明がしやすくなったのもある。本来ならもっと高額で引き取ってもらっても何ら問題もない素材なので、俺が一方的にダンピングをしてしまっている状況だ。
しかし、今後この枕需要で評判が広まっていけば素材価格もまた上下するだろうから、その時はその時。持ち出す面倒くささも含めてダーククロウの羽根と同様に素材が出回らなくて上昇傾向になるか、それとも需要を掘り出されないまま下降傾向になるか。どっちになるかは解らないが今のところはこの金額で納得する、ということで合意を取り付けた。
「ダンジョンが減っていったら、ダーククロウの羽根やスノーオウルの羽根の産出も無くなっていくのでしょうか。せっかく見つけた商売のタネが失われていくのは少々辛いものがありますね」
どこからか熊本第二ダンジョン踏破の話を聞きつけたらしい。小西ダンジョンや清州ダンジョンも近いうちにそうなるかもしれないと危惧しているのかもしれないな。
「少なくとも私の耳で聞こえる範囲ですが、今のところ近所のダンジョンに付いては踏破される可能性は低いと見られてますね」
「そうですか……ダンジョンって一体何なんでしょうね。何のために出来て何のために消滅されていくのか」
「産出される魔結晶を使った発電の話も聞きますし、ダンジョンが封鎖されるにしても場所を限定する形で進んでいってくれると私も日銭を稼げて有り難い所です」
「そうですよね。いくら突然現れたからといってもまた新しくダンジョンが出来たという話も聞きませんし、このままダンジョンが減っていけば探索者という職業も下火になっていくのでしょうかね」
大丈夫です、新しいの出来ますよ! と言いたいのをグッと我慢して深刻さを装う事にする。
「もし直近のダンジョンが封鎖されてここまで持ってくることが難しくなった場合……どうしましょうかね。引っ越ししてでも他のダンジョンに潜るようにするしかないでしょうけど、その場合今のペースでお渡しするのは難しくなるとは思います。今のダンジョンで特定の時間帯を占有させてもらってダーククロウの羽根を取らせてもらってる部分もありますし」
ダンジョンが無くなったらダーククロウも人知れず採取することは不可能になるしスノーオウル地帯も他のダンジョンに存在するかどうかを確かめる所から始めなくてはいけない。やることが格段に増えるのは間違いないし、何より隣の清州ダンジョンに移ったとしてもあそこは小西ダンジョンみたいにコンパクトにできていない。移動時間での無駄が大いに出る事だろう。
「なるほど。現場では現場なりにお互い融通し合っている部分もあるという事ですか。それでそこそこの……おっと、これは言わない話でした。お忘れください」
他の探索者からもある程度買い取ってはいるんだろう。その出所を探った、というところかな。
「スノーオウルの羽根については今のダンジョンが消滅しない限りは安定して持ってくることは可能です。ですが、新しいダンジョンに移って……となると色々準備が必要になるので少々お時間がかかることになると思います」
「解りました。今通ってらっしゃるダンジョンが踏破されないことを願っておきます」
ダンジョンが消えないことを祈る……そういう人も出てき始める程度にはダンジョンも世間様に馴染んだということだろうか。だとすると猶更頑張って深く掘らないようにしなければならないな、という普段の行動の逆をいかなければならなくなる。それはそれで問題だな。
「では、私はそろそろ」
「今日も午後からダンジョン探索に行かれるのですか? 」
「いえ、今日は完全にフリーです……いや、午前中だけ仕事ってところでしょうかね。午後からはゆっくりと読書でもしますよ」
「どうぞお気をつけてお帰りください。またお待ちしております」
丁寧に送り出され家に帰る。昼食はもう作ってある。食べて片付けたら一日のびのびと横になりながら読書を楽しめる。お腹がすいたらまた何か作って食べよう。そんなのんびりした日を過ごす。半日ちょっと荷物を動かすだけで二百万手に入った。税金抜けばもっと少ない金額になるが、それでも充分大金である。
車を運転してお話して、二百万。お気楽なものである。普段ダンジョンに潜っている金額からすれば大した金額ではないがそれでも収入には違いない。そういえば今日までの稼ぎの合計金額を一度計算しておいたほうが良いか。時間もあるし、昼食食べたらさっそくやるか。
家に着き作り置きの昼食を食べて一服した後、レシートを詰め込んだクリアブックを保管庫から取り出して、順番に計算しつつギルドのレシートと布団の山本のレシートに分けて収納していく。
十五分ほどかけて計算した結果、二十三億八千九百万……辺りの数字が見えた。今年一年の収入でこれだけを得る事が出来ているらしい。
原因はカニうまダッシュであることは解っているが、二十三億、切り上げて二十四億。明日働けば確実にまた金額が増えていく。本当に俺はこんなに金を稼いでいるのか、という疑問が生じてきた。本当は三千万ぐらいしか稼いでなくて、数字がただ増えているだけなんじゃないだろうか。本当にこの数字は生きているのか。引き落としますって言ったら本当にこの金額が手元に入るのだろうか。
問題は今年の分だけでこうなっているだけで、去年の分を含めれば今口座には三十九億ほど入っている計算になるのか。この金額、どうやって使っていけばいいんだろうな。俺にも誰にもさっぱりわからない。突然銀行が倒産して口座の中の金額がほぼ無くなりました、ぐらいのほうがまだ心が安定しそうなほど動揺している。
確定申告を終えたので貯金残高の中からいくら支出として見込まなくてはいけないのかは先日佐藤税理士に教えてもらった。その分を除いてもまだあまりある、といった所か。うーん……よし、考えるのはやめよう。これはこれで心に悪い。俺はどうやら口座残高の中身を確認して心を落ち着けたりするタイプの人間ではないという事がハッキリわかった。それだけでも収穫という事にしておこう。
午後からは現実から逃げるようにひたすら読書をしたが、口座残高が頭の中を駆け巡っていたおかげで内容が全然頭に入らなかった。やはり、身の丈に合った資金というのは少なすぎると問題だが多すぎても問題になるかもしれない、ということを知った。芽生さんが聞いたら鼻で笑っていそうな気がする。
でも、結局投資とかせずに貯金で全て終わらせるつもりなんですよね? とでも言われそうだ。確かに言われる通りなんだが、芽生さんはその辺どうしているんだろう。聞くべきか聞かざるべきか。悩みながら読んだ本は苦い感想しか思い浮かばなかった。
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