869:ダンジョンの採算
ダンジョン庁的にはダンジョンを必ず攻略することを是とはしていない、ということをこの場でハッキリさせてくれたという事だろうか。
「それは、やはりダンジョンのドロップ品、特に魔結晶の産出量を確実に得るため、であってますか」
「今後魔結晶発電が商用化して実際に電力として一般に広く普及するようなことになるだろう。そうなった未来、ダンジョンを踏破していくことは必ずしも社会に対してプラスに働くとは限らない、というのが今のところの考えでね。総理もそこは御納得してもらっているところだ。このまま産出量を維持しつつ、地方の本当に人がいないダンジョンに関しては順次閉鎖していくが、人口密集地であっても魔結晶の産出の多いダンジョンについては現状維持を見込むことのほうが将来的に役立つんじゃないか、という流れに持っていこうとしている。今はまだそれを決めつけるには時期尚早だという意見も添えてある。今後数年間はダンジョンが攻略される場合、採算のあまりよろしくないダンジョンを中心に、という形にシフトしていこうと思う」
「採算の合わないダンジョンというと日本九小ダンジョンでしたっけ? 収支を下から数えたほうが早い赤字ダンジョンと揶揄されてますが、そういうダンジョンを優先的に踏破していって、残ったダンジョンで魔結晶の産出向上を目指す、という風に聞こえますが」
「それも一つの手、だね。後は明らかに交通の便が悪いが、交通の便以外でプラスになる理由がある場合はインフラを拡充させてそっちにもいきやすくなるように整備する、なんかの方法もあるね。これはダンジョン庁だけで決められない話だから国交省なり財務省なりとよく相談して予算を引っ張ってきてもらう、可能なら自腹で出す、という内容にもなるんだけれど」
ダンジョンへの交通の便をよくするためにトンネル一つ二つ作るかもしれない、みたいな話らしい。そこまで価値あるダンジョンがあるのかどうかは知らないが、周辺にそこしかダンジョンが無くて移動というボトルネックが比較的お求めやすい価格で解消できるならそれも一つの手、ということだろうか。
「まあ、しばらくはゆっくり金稼ぎだけに終始してくれてても良い、という話さ。何処が一番稼げるのか、までは解らないが、君らがちょっと小休止してる間に他の探索者が追いついてきてダンジョン踏破という例が増えてくる可能性は充分にあるし、踏破可能になった時点で各ギルドマスターに報告、という形で今後は運用していきたいと思う。今のところ三十層未満でダンジョンコアに到達したという報告もないし、三十層でエルダートレントだったっけ? ボスを倒さないとB+ランクになれないという誤情報も広まってくれている。彼らが早く三十一層以降に潜りたいと言い出すまでの時間は多少稼げると思うんだ。その間に情報を整理してダンジョン庁としても本腰を入れて、そのダンジョンを攻略するのか、それとも足踏みをずっと続けるのか、といった話をそれぞれに持っていこうと思う。ちなみに先に伝えた通り小西ダンジョンは足踏みをしていてもらう側だ。今踏破されるとせっかく発展した周辺がまた寂れた田舎に逆戻りしてしまうし、小西ダンジョンより規模が大きいのに小西ダンジョンよりも稼いでないダンジョンってのは結構あってね。その辺は君らとD部隊、それから新浜さんだったかな? この三パーティーの働きがかなり効いている」
まぁ、一日で十パーティーが二十層に潜る分だけの費用を稼いで帰ってくるのだからそれはそうなるのも仕方ないとはいえるか。贅沢を言えばB+ランクに補充パーティーがもう二、三居ても問題ないってところなんだろうな。
「ざっくりとは解りました。さっきの話は私から直接言うほうが良いんですかね? それともギルマスか長官が極秘命令という形で通達をすることになるんですかね? 個人的には長官にご報告差し上げた経緯からそちらから命令の形で伝えてもらうほうが確実な形として受け取ってもらえると思うのですが」
俺から人づてに伝えるよりもちゃんと命令として受け取らせるほうが彼らにとっては安心感も義務感も芽生えてより確実な形でサボれ……自主訓練の時間として当てることが出来るだろう。
「わかった、今日中に形にして即時に渡せるように手配しておく。安村さんの話の件はそれでいいかな」
「なんか話があっちへ行ったりこっちへ行ったりしましたが、無事に受領されて安心しました」
「ダンジョンの最奥から実況か……既存のダンジョンに付ける予定はあるんだっけ? 」
「それは無い方向でお願いしています。テストとして通信をすることはあるかもしれませんが、ダンジョンに付与させるなら新しいダンジョンが出来る際に新しいダンジョンの目玉として通信可能という点をつけてダンジョンを設置するほうが新しい探索者というお客さんを楽しむことが出来るとは伝えましたが」
指でトントン……と机をたたく音が聞こえる。しばらく真中長官の目線が泳ぎ、しばらくして目線がこっちに戻る。
「確かにそうだね。そのほうがダンジョンマスターのダンジョン製作のモチベーションを上げさせてお互いに魔素のやり取りをしやすくするという点でも良い妥協点かもしれない。何処のダンジョンも同じ作りである都合上、探索者は基本的に移動しながら探索する物ではないからね」
「それも伝えました。なので複数ダンジョンを設置するにしても、ドロップ品をそれぞれ変えてみるとかも提案しておきました。例えば野菜がドロップするとか、階段がスロープになっていてリヤカーや荷車を搬入しやすくするとか」
「いい案だね。こちらからもより探索しやすい案が出たら安村さん経由で伝えてもらえるようにしよう。本当なら私が直接談判に応じたいところだけどそれは出来そうにないからね」
去年の会談は特殊な形で行われたものだ。流石に省庁の長官ともなればちょっと相談しに行ってくる、と気軽に東京から尻を浮かして遊びに行くようなことも難しいだろうし、やるなら関東近郊で過疎なダンジョンのダンジョンマスターと仲良くなってその場で行う、というほうが確実視されるだろう。上手くタイミングが合えばガンテツにそちらに向かって会談に参加してもらう、ということもできるかもしれない。
「とりあえず私としては、他のダンジョンマスターとも仲良くなれる、という可能性を一つ見つけてくれた点は評価かな。で、通信の話が事後承諾になったので評価はマイナス、プラスマイナスで帳消し、そんな所だ。次からは本当によろしくね? 思い付きで場所勝手に決めてダンジョン運営始めるとかそういうのはなしで」
「解りました。自分によく言い聞かせておきます」
「他に何か情報はあるかな? 」
一息ついた真中長官が画面の向こうでコーヒーを啜っている。
「そうですね……謎の種の進捗と、種を落とすモンスターが出てくる階層のモンスターの名前がいつ決まるのか、でしょうかね」
「それなら伝えてしまおう。君らがマリモと呼称しているものはダンジョンタンブルウィード、ホウセンカと呼んでいるものはボムバルサミナ、ハエトリグサと呼んでいるものはダンジョンマスキプラ、という名前に決まったらしい。面倒くさければそのままマリモ、ホウセンカ、ハエトリグサ でも良いと思うよ」
「なるほど。ちょっと待ってくださいね……」
保管庫の中の謎の種を出し入れする。すると、名前はダンジョンタンブルウィードの種、と名前が変化していた。正式名称は強い。同様にホウセンカの種もそっと出し入れすると、ボムバルサミナの種になった。
「うん、名称が変わりました。謎の種がダンジョンタンブルウィードの種になりました」
「保管庫はそういう言語変換は君の認識によって変化する、ということかな」
「そうですね。正式名称が決まって私がその名前を聞いた後出し入れをすれば正式名称通りに変化する、といった形ですね。とりあえず謎ではなくなったということでしょうか」
「まだ生育させてる最中らしいからね。花が咲いて実が成って、その花か実か、それとも他の何かが出来上がった際の収穫物によってまた名前が変化するかもしれないね。まあそこは気長に待つとしようよ。焦っても答えが出るものでもないしさ」
「そうですね。ただ日々増えていくこの種がいくらになるかは非常に興味があります。値段が付いたらようやく市場に流せるという事になりますし、ダンジョン庁に提出した五十粒分の金額も請求しないといけませんからね」
あっはっは、と笑いながら真中長官がそれに答える。
「成果が出次第忘れずにそちらに支払いレシートが回せるよう覚えておくよ。さて、時間も惜しいし明日の会議まであまり時間がない。今日のところはこれで失礼させてもらうよ……あ、そうそう。枕ありがとうね。枕の代金きっちり、振り込みがされるようにダンジョン庁のデータベースから支払処理を行っておくよ。いやー、この枕のおかげで三割ぐらい仕事が楽に進められるようになった。いつものペースならこんな会話をする余裕すらないんだけどね。仮眠時間を短く、疲れを確実に取れるようになったおかげで仕事の能率が上がって、昨日なんか忙しいにもかかわらず久々に家に帰れたよ」
やはり相当忙しいらしい。今日のところはこの辺で失礼させてもらったほうが良いだろうか。
「長々と失礼しました。そろそろおいとましたほうが良さそうですね」
「いい気分転換になったよ。念押しだが、次からは何かする前に報告をしてほしいね」
「覚えておきます。では」
ビデオチャットを切る。無事に枕が届いたことと料金がちゃんと支払われることも確認できたし後思い残すことは、通信の進捗のほうがどうなっていくかだな。
「では、話し終わったので失礼します。ギルマスも頑張ってくださいね」
「あぁ、明日の会議に引っかかるものが何もなくて有り難くなったぐらいだよ。じゃあお疲れ様」
一階へ行くと、休憩所でくつろいでいる高橋さん達に出くわした。
「お疲れ様です。ギルドマスター待ちですか? 」
「えぇ、お話中のようでしたので下で待たせていただいてました。例の通信の件、ごまかしとはいえきちんと報告しておいたほうが良いと思いまして」
「ならそちらでも再確認という形にもなると思いますが、了承していただきました。必ず結果を出せとは言ってませんでしたし、一つの技術交流の形としておけばいい、みたいな話でした」
「そうですか。念のため確認しますので私たちも今から坂野課長の所へ行ってきます。では」
山本さんも一緒に居る。ということは話中に無理やり連れだした形になるのだろうか。
「山本さん」
「なんですか? 安村さん」
「眠気にどうしても勝てなさそうな時に使ってください。効果は保証しますが体の安全はあまり保証できません。あくまで欲求を満たすためだけの道具としてお使いください」
サンプルとして持っていた、自分用のスノーオウル百%枕を託す。
「枕ですか。これが噂の」
「それの最新バージョンだと思ってください。体の不調は直らないかもしれませんが睡眠欲だけは満たせます」
「どうしても必要になったら使う事にします。ありがとうございます」
サンプル枕を託した。これで確実に進む……という訳ではないが、研究者気質の人には必要な物だろう。百万すると言ったら受け取らずに突き返されそうなのでそのまま渡した。これからそれ以上に金になるかもしれない仕事をしてもらうのだ、その分のお礼はしなくてはな。
今日は色々あった。もう真っ直ぐ帰って家で何か飯を作って食べよう。何が良いかな……やはり手軽にタンドリー……今日はボアだ。野菜もあるし、野菜ジュースもまだまだパックで残っている。明日はギルマスも会議で忙しいだろうし立ち寄る予定はない。会議も長引くだろう。どういう話が飛び出てきて何処のどんなダンジョンがどこまで探索が続いているのかが詳らかになるだろう。
結果が聞けるかどうかは解らないし、もしかしたら小西ダンジョン以上に奥深くまで潜っているダンジョンが発見されるかもしれない。そうなればこちらもゆっくり探索が出来るというもの。何より、ダンジョン庁は小西ダンジョンの踏破を望んでいない。それが聞けただけでも儲けものかな。ミルコもしばらくはおやつが楽しめるとゴキゲンになるだろうし、小西ダンジョンは踏破されたダンジョンのダンジョンマスターによる意見交換の場として機能する可能性だってある。まだまだ小西ダンジョンには見どころがあるな。
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