868:非公開情報
ぶっちゃけてしまって問題ないか? というサインを送ってくるギルマス。
「そういう意味であればまだ非公開のほうが良いでしょう。通信が出来るようになる! なった! ではなくまだ研究中という段階ですので。それに既存のダンジョンに通信設備が新規に増設されるわけでもないんです。まだつながると決まったわけでも無いですから、ハッキリつながるテストも出来た、実際に新規ダンジョンにその仕組みを応用できる。そこまで解った後でも問題ないのではないでしょうか」
まだそれを公開してしまうには問題があるし、実際に誰が関わっているのかも話題に上がることになるだろう。そうなれば、D部隊を俺が私的に流用してしまっている現状についての問題も話題の俎上に載せてしまう事になる。今はそれはまだマズイと考える。可能ならば仕組みが完全に出来上がってから、公開することが出来る形になってからのほうが安全な道を歩けると思う。
「だとすれば、これは長官への報告にとどめて議題には挙げない。そういう形にしたほうが良いだろうね。なら、早速長官に相談だが……長官まだ居るのかな。ちょっと調べてみるね」
ギルマスがビデオチャットソフトを立ち上げ、長官のアドレス宛に面談のコールを送る。
「安村さんからしょっちゅうここを借りて長官に相談という形があまりにも多いからね。いっその事ホットラインとして設置しておいて直接話が出来るようにした方が色々と問題の解決が早いんじゃないかという話を長官としてね。直接アクセスできるようにしておいたんだよ。これで電話かけて繋いでもらってそれから更にアプリ立ち上げて……という手間がかなり削減されたよ。早速その効果が出てきて嬉しく思うね」
これならいっそのこと長官直属と認識されてしまうほうが早い気もしてきたが、まあそれはそれこれはこれ。報告はちゃんと上げないとな。
「はい、真中です。どうかしましたか」
長官は出た。多少お疲れな様子も見える。今一番忙しい時期だろうから仕方がないとも言えるな。
「どうも、安村です。お疲れ様です」
「あぁ、安村さんか。坂野さんかと思ったよ。先日のメールの件は本当かね。本当にそう言ってくれたのかね。だとしたら文明人であることを誇りに思えるんだけどね。本当だったのかい? 」
真っ先に確認することが牛の小便発言の真相を聞きたいようだ。長官らしい気のかけ方だとは思う。そっちに意識を向ける精神的な余裕はあるらしい。
「そのことも含めてお耳に入れておいたほうが良いと思いまして。坂野ギルマスとも相談したのですが、会議上の発言としてギルマス全員の耳に入れておくにはまだ早い段階だが、長官には伝えておいたほうが良いと思う案件が出てきましたのでその報告ですね」
「うん、ちょうど気晴らしになりそうだ。で、なんだい。その発言をしたのはミルコ君では無さそうだから……よそのダンジョンマスターにでも出会ったのかね? 」
「お察しの通りです。熊本第二ダンジョンの元ダンジョンマスターがたまたま遊びに来てたみたいで。で、彼が結構酒にうるさい人物だったので数種類の酒を用意してみて多少の懐柔に成功しました。その懐柔の内容が今回問題になりまして」
「なるほど……聞こう」
真中長官が髪と襟を正してこちらに向きなおる。こちらは頭をポリポリと掻きながらの報告なので少し、どう言葉を切り出すかを悩む所だ。
「例えばなんですが……元ダンジョンマスターが複数人集まって新しいダンジョンを作ろうという目論見を始めた場合、こちらから伝えたい内容があるとしたらどのようなものがありますか? 」
「そうだねえ……ダンジョンマスターから直接ギルドに対して何らかの通信手段を用意するのが一番楽で良さそうなんだが、彼らの言語を録音して送受信してこちらで聞いても向こうの言語で話している、我々の耳に聞こえているのは彼らの翻訳魔法だから音声通信は無意味だったね。でも、ダンジョン内から直接通信できるのであれば一人通訳が居れば便利だよね」
「その通信なんですが、もしかしたら……という希望の話なんですが、なんとかなるかもしれません」
「それは、スマホでダンジョンの中から地上と直接会話できる、といった具合の物だと考えていいのかな? 」
真中長官が画面に近づく。成功すれば世界初の異次元間通信となる。それはまさに、通信改革とも呼べるものになるだろう。
「そのために、今ちょっと頑張ってもらっている人が居るのですが……その人をしばらくお借りしていても問題はないかなあという相談も含めてのご報告となります。うまく行けば新ダンジョンではネットが使えるかもしれません」
「彼らは言語も文字も全く違うものを使っているはずだな。ということは……まず数字の共有から始めて数学的な所から突き詰めてやり取りを始めて、電磁波による周波数帯の特性や通信方法を教えて、それを魔術でも魔法でもダンジョンの規格でも何でもいいから、外部との通信を取れるようにならないか? という相談かね」
「今のところ何とも言えませんが、ちょうどダンジョン内に専門家というか詳しい人がいたのでその人にお願いして解析、再構成の真っ最中という段階です」
「ダンジョン内に専門家……ということはもしかしてD部隊の誰かの手を借りて形にしようとしている、ということでいいのかな? 」
お疲れにもかかわらず頭の回転のほうはちゃんとしているらしい。流石の頭の速さだ。
「それについて事後承諾の形になりますが、しばらく深く潜るのを手を止めてそっちのほうに手を貸してもらっている状況です。黙認をお願いできませんか」
「なるほどね。その成果が出そうかどうかはともかくとしてその件は了解した。ダンジョン内から通信が出来るかどうかはともかく、上手くいけばより面白い事になるだろうからね」
了解は取れたらしい。一つこれで心の重しが取れた、というところだろうか。
「現在、各ダンジョンの踏破進捗についてはダンジョン庁としても少し落ち着こうという流れになっていてね。君らも調査を受けたから解っているとは思うが、今現在各ダンジョンでどれぐらいの進捗なのか、エレベーターはあるのか、あるなら場所をダンジョン庁に報告しろという形になっていてね。黙っていた場合の罰則は付けるが今素直に話すなら罰則は無し、ということで現在の進捗とエレベーターの有無を再確認している最中だ。エレベーターを公開するか非公開のまま踏破させるかは場所と人口と利用規模や各ダンジョンの賑わいようで判断しようという事になっている。原則的には公開する情報ではないが、君ら以外のB+ランク探索者には全員に対して同じ文面で通達している」
こっちは素直に報告しているおかげでそこまでのことは言われなかったが、他の探索者にはそういうふうに伝わっているのか。日々の報告は大事だな。
「おかげで明日の会議での報告が楽しみだよ。どれだけのダンジョンで秘密裏にエレベーター設置と深層探索が進んでいるのか。こっちもコンピュータ上のドロップのリストから何処のダンジョンでどの程度探索が進められているかはおおよその見当がつく段階にはなっているんだが、内緒にしてるダンジョンが結構あるようでね。それをちゃんと報告するように、という話なんだ、明日は」
エレベーターが実は複数ダンジョンに既に存在してました。こっそり利用してました。そのぐらいの話は探ればいくつか出てくるだろうし、ネット上でもスレッドが存在しないようなダンジョン、有壁ダンジョンみたいにエレベーターを公言して初めて日の目を見るような場所もある。
こっそり黙って潜っていて、ギルドもそれをドロップ品や入退ダンの時間から逆算して確認していても、黙認していたダンジョンはこれから複数ヶ所見つかる可能性はあるって事だな。今まで黙認していたギルドマスターはドロップ品のログからダンジョン付きの探索者が何階層まで潜っているのかを把握されているだろうし、その移動の入退ダン履歴を照会されたらバレてしまう訳だ。
今回は怒らないから自分から申し出ろ、というのはダンジョン庁としての恩情だろう。それ以上で黙認してたり未確認があったり意図的な隠蔽が発覚した場合はギルドマスター、探索者ともども怒られろ、という話だな。
「安村さんも中々に稼いでるみたいだし、文月さんの試験もあることだし、ここらで一つ長く休んでみるのも手じゃないかな。その間に世間が波立つのかそれとも凪のままで居るのかは解らないけれど、今安村さんがいる場所よりも浅い場所で踏破されていくダンジョンが今後も出てくるはずだ。そっちに移動してくれ、と言わないのはお互いの約束だから良いとして、より深くに潜るためにも今力溜めの最中なんだろう? ゆっくり攻略していってくれればいいよ。それでもダンジョン庁としては構わない。あっちもこっちもと手を付けていては疲れるだろうし、君は君のやりたいようにやればいいさ」
これは、その通信関係の人員配置含めてダンジョンに関してしばらく好き放題にしていいという話なのだろうか?
「えっと……おっしゃる意味が半分ぐらいしか理解できないんですけど」
「D部隊の人員を借りて技術の解析が進む、結構な話じゃないか。ダンジョンに深く潜ることも彼らへの指示だが、同時にダンジョンについて詳しく知って帰ってきて報告することもまたダンジョン庁への仕事でもある。ダンジョンをより快適に探索していくためには必要な行為だという意味でも彼らに解析を依頼している現状は、仕事の一部と認識して問題ないと言える。私から直接そういう指示が出ていた、という形にしておくから今回の件は気にしなくていい。それよりも通信テストできたら真っ先に送ってきてね。ダンジョンの底の方がどうなってるかはできるなら現地で、出来ないでもリアルタイムで見てみたいんだ」
ダンジョン庁的にはこの行動は問題なし、と判断されたようだ。勝手にやって怒られると思っていた分だけ肩透かしを食らった形になる。怒られなくてよかったという思い半分、このまま進めば面白い事になるだろうなあという気持ち半分といった所だ。
「今回はいわば特別措置だ。次回からは事を起こす前に報告してほしいな。こちらも受け止める準備というものが必要だ。たとえば新しいダンジョンが出来るときにどの辺に出来る予定か、とかね。新しくダンジョンが出来るとなれば待機中の即応部隊を動かす必要が出て来るし、新しいダンジョンの内容について調査は行われるものの、こちらとしてはどのようなダンジョンが出来てくるのか、ダンジョンからモンスターはあふれてくるのか、周辺住民への説明、色々することはあるし周辺の土地の接収準備をあらかじめ行っておいたりと色々やることが多くてね。覚悟をしておく時期や場所や資金の確保、とてもじゃないけど自腹だけではできないことも多い。それもふくめてダンジョンの危険性というものについて表向きの理由を話しておく必要があるしその一助となってくれるならこちらは大歓迎ってところかな」
ダンジョン庁もやはりそういう周辺自治体への注意呼びかけやギルド設置の際の土地接収等、やることは一杯あるということか。
「一応ダンジョン特別法って法律がダンジョンが出来たすぐの時期に制定されてね。ダンジョン庁の判断でかなりの速さで行政代執行からの土地接収までは出来るようになってはいるけど、その土地を所持していた人にはできるだけ納得できる形で退いてもらいたいからね。その為に色々と手間が掛かるものなのさ」
真中長官が指でお金のマークを見せる。小西ダンジョンもそのあたりでまだ衝突してる最中だったな。いい加減諦めてくれるとありがたいのだが、ダンジョンが消せるとなればとっとと消して原状復帰しろと言い出しかねない地主だった場合、俺も早々とダンジョン攻略を進めないといけない、といった所なんだろうな。
「最近ダンジョン景気という言葉が独り歩きをし始めてね。これも小西ダンジョンのおかげなんだけど、ダンジョンにエレベーターが付くと周辺地価が上がったり探索者が引っ越してきたり、その探索者の需要を満たすために商業地区が作られていく……そこはそういうモデル地区にもなってしまっている。出来るだけ小西ダンジョンには踏破までの時間を稼いで粘ってもらいたい、というのが本当のところでね。だからもし踏破しそうな時は必ず連絡をくれるようにしてほしい所だね。もしそこからダンジョンがさらに拡張されるようなことが期待できる場合、拡張されるまで待っている、という選択肢もあり得る」
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