865:才ある者は意外な所に埋もれている
高橋さん達にガンテツとミルコと三人でスマホを片手ににらめっこしているシーンをバッチリ目撃されてしまった。これは言い訳をせず正直に伝えたほうが良いな。
「彼はガンテツ。この間踏破、破壊された熊本第二ダンジョンの元ダンジョンマスターだよ」
「よろしくな。えっと、彼らも見覚えがあるな。宮仕えご苦労さんと声をかけたら良さそうだな」
「こちらからは初めまして、高橋と申します。小西ダンジョンの非公式ダンジョン攻略部隊の分隊長を務めています。彼らは渡辺、山本、佐藤です」
「初めまして」
綺麗に揃って敬礼をする。ビシッと決まった良い敬礼だ。ダンジョン暮らしで軍隊という自覚が消え去っているかもしれない、という先入観を捨て去らせてくれるような、きりっとした空気が伝わる。
「そんなに気張らなくてもいいぞ。安村には色々とこれからも世話になるから君らとも話し合う機会も増えるかもしれんしな。よろしく頼む」
「この間の貸しの提供はどうだった? ちゃんと気に入ってくれたかい? 」
ミルコが先日四十二層到達分の報酬を精算したことで何か変化があったかを尋ねている。
「はい、おかげさまで比較的クリーンな生活環境でダンジョン探索を進められるようになったところです。先日はお世話になりました。……で、お三方は一体何を? 」
「このスマホとか言う奴をな、ダンジョン内でも使えるようになるかならないかサンプルを持ってきてもらったんだが、通信とか規格とかがさっぱりわからなくてな。お互い文字も読めないから口頭でやり取りはしてるんだがいまいちぱっとこう、なんていうんだ。話が繋がるって言うかサラッと頭に入り込んで来なくてな。どうしたもんかと悩んでるところだ」
「なるほど。でしたらうちの山本を少々貸してみましょうか? 」
高橋さんが提案する。山本さんはそちらにお詳しかったりするのでしょうか?
「こう見えて山本は元々そっちが専門でして。お役に立つかもしれません。できるか? 」
「やれるだけやってみましょう。具体的な所は話を聞いてからですが……安村さん、ノートとボールペンお持ちですよね? 数字のやり取りをお互い覚えれば後は何とかなるかもしれません」
山本さんにさっきまで持ち歩いていたボールペンとノートを渡すと、ミルコ、ガンテツと会話しながら筆談を始める。指を立てながら数字を記述していき、1から10までの数字を共有すると、即座に図面を書き始め、説明を始めた。頭の回転も俺よりも速そうだ。ガンテツは酒の事を完全に忘れて技術的興味のほうに集中しているようだ。邪魔をするのは悪いな、そっとしておこう。
「で、高橋さん。相談って何です? 」
「そうでした。五十二層についてなんですが」
「あぁ、あそこ戦いづらいですよね。ダラダラと戦い続けることになるので」
「やはりそちらもですか。どうやって戦って進んでいっているか、意見を聞きたかったんですよ」
あっちはあっちで盛り上がっているようなので、こっちはこっちで盛り上がろう。コップにコーヒーを人数分出してその場に座り込み、机で議論をしている山本さん達を尻目に探索の話のすり合わせを始める。
「ちなみにですが、五十層以降でスキルオーブドロップは何かしましたか? 」
「こちらは五十層で【毒耐性】を一つ、蛾からドロップしました」
「蛾と言えば、アレの鱗粉についてですが、吸い込むことで体内に蓄積されていって一定ラインを超えると全身にマヒに近いような症状を起こさせるようなんですよ」
「それはこちらでも確認しています。症状が出た段階でキュアポーションで解毒をしてますね」
ふむ……D部隊も似たような形の探索を続けているらしい。もし気づかずに毒が蓄積しているようなら問題だったが、その前に気づいてくれていてよかった。
「そこまではおたがい問題なしですね。しかしやはりというかなんというか【毒耐性】ですか。以前他の階層で出た時にはポーションで代用できるからと売却してしまったのが今更もったいなく感じてしまいました」
「ははは。スキルオーブは一期一会ですからね。でもあと八回はドロップチャンスがあるんですからまだまだチャンスはあります。是非二人分そろえてみてください。我々の分も合わせてあと五回ですかね」
「スライムも【毒耐性】スキル落とすんですかね。どうもスライムからスキルオーブがドロップするというイメージがないんですが」
「言われてみればそうですね……でもスライム抜きでも可能性はまだまだ低くないと思いますよ。いつまであの階層に駐留し続けるかは解りませんが、ここでのんびりするのも悪くないかと思っています。スキルの成長もさせたいですし、五十層近辺は色々と稼ぎがいがありますからね」
聞いた様子だと、しばらく高橋さん達はこの階層にとどまるつもりらしい。これはあれか、俺達がここでうろついている間に先へ行け、という意思表示なんだろうか。それともしばらくとは本当にここのところちょっと、具体的に言うなら向こうでの話し合いの決着がつく間ぐらいの短い話なのだろうか。
「まあ、焦らず安全に行こうと思ってますよ。無理して五十二層を突破できたとしてもその先の新マップで疲れ切って戦闘にならない、では問題外ですから」
「そっちはお二人ですし、一人当たりにかかる負荷も相当な物でしょうからね。その点で言えば安村さんは我々一人一人よりも強いのだと考えています。その人がこの階層で時間をかけて攻略しているんですから、我々は案外楽をしてここまで来てしまっているのかもしれません」
「そこは保管庫のおかげってところもありますからね。荷物を実質持たなくていい、という背中の軽い探索を行っていますからその分負荷が軽いと言えます」
「なるほど。保管庫のおかげですか……羨ましい、という気持ちはありますが、軽い背中の分だけ重たいものを背負ってしまっている、とも受け取れるのですが」
「重たい一部は今目の前で負担してもらってますからね。そこはありがとうございますと言っておくべきなんでしょう。成果が出るにせよ出ないにせよ、助かりましたよ」
専門家の声が徐々に大きくなってきている。かなりヒートアップしているらしい。向こうは楽しそうだな。時間を見るとどうやら昼時らしい。腹のほうもそろそろ飯をよこせと少し唸り始めている。
「どうです、ここらで昼食にしませんか。あっちは楽しそうなので置いといて、こっちはこっちで大事な腹を満たしていくという事で」
「悪くないですね。たまには安村さんの料理に期待する、というのもいいかもしれません」
「ダンジョン素材なら大体の注文にお応えできると思いますよ。何にします? 」
「せっかくこのマップに居るんですし、カニとかいけますかね。しゃぶりたい気分ですね」
「しゃぶりますか」
「そうしますか」
昼飯はカニしゃぶということになった。回鍋肉もあるが、ここは黙っておくことにしよう。保管庫から大き目の鍋を取り出し水を入れると昆布だしの素を入れて下味をつけておく。調味料をいろいろとりだし、マヨでも醤油でもいけるように準備。しばらくして煮立ってくると、ドウラクの身を取り出してしゃぶり始める。
「好みは人それぞれ、ということで好きなだけしゃぶりましょう」
高橋さん始め、山本さん以外の四人で鍋を囲んでカニしゃぶを堪能する。俺以外のメンバーがじっとカニをしゃぶっている間にパックライスを人数分温めて用意する。俺だけお高いご飯を楽しむというのは悪いからな。回鍋肉は夕食に回すことに決めた。
パックライスを渡すと、俺もカニしゃぶの輪に入る。久々に食べるカニしゃぶだが、相変わらずの美味しさを維持している。これが一万五千円、市場に並ぶと二万円か。足一本四千円。その分の価値があると言えるかどうかはまだ微妙なラインだが、季節を問わず美味いカニが食えるというのは間違いなく売りの一つになるだろう。
今はまだカニはベストシーズンだが、夏場や秋にかけてもこの味わいを間違いなく楽しめる、というのは武器になりうる。マヨをつけて豪快に一肩一本を喰らう。カニマヨネーズは中々の破壊力だ。昆布だしの香りも相まって口の中に幸せが広がる。
カニのパックのお代わりが二つ、三つとどんどん開いていく。やっぱり肉体労働する分だけ腹が減るのか、それとも元々よく食べるのか。これ一パック一キログラムあって重さのほとんどが肉の重量なんだが、それでもよく食うな。
「あ、ずるい! みんなだけ! 」
一息ついたのか、山本さんがこっちに気づいて声を上げる。ガンテツ達も気づいたらしい。
「お、飯の時間か。もうそんなに時間が経ったか。集中してて気づかなかったぜ。でも、おかげで大分解析は進んだな。山本って言ったな、ありがとう。おかげでこっちの文明についての理解度が上がって来たぜ」
「お役に立ったならそれは何よりです。でもそれより昼食に……しかもそんないいもん食ってるし、ずるいですよ高橋さん」
「大丈夫、在庫はまだまだあるらしいし、君の分も用意するから」
在庫は俺の保管庫の中身なんだが……まぁ突っ込むのは野暮だな。飯を奢った分だけ解析が進むならそれも経済的と言えるだろう。専門家を雇って秘密を厳守できる前提でダンジョンマスターと対話しながら仕組みを教える……というのを新しく立ち上げることに比べたら、彼らの中で完結してしまった今回の話はむしろ好循環だと言えるだろう。
「そういえば安村、酒は無いのか酒は」
「そういうと思って、よく冷やした奴を用意しておいた。ミルコはコーラな」
二人してわーいと万歳ポーズをしてビールとコーラを受け取る。まだキンキンに冷えたままのビールをプシュッと開けて立ったまま飲みだす。一気に五百ミリリットルを飲み切ると、非常にいい笑顔でガンテツが叫ぶ。
「カーッ! これよこれ。これが飲みたかったんだ。この爽快感を知っちまったらもうぬるい酒じゃ満足できねえな。これがビールの一番美味い奴か! 」
「一番美味いかどうかはさておき、一般的に飲み頃という奴ではあるな。もっとうまいビールは探せばあるとは思うが……手に入れるにはそれなりに時間と手間もかかるしうまいビールを飲みたいのはダンジョンマスターだけじゃないからな。競争になるぞ」
「むぅ……こちらの酒はまだまだ奥が深いな。こちらから要求するにはまだ手札が少なすぎる。また気が向いたら良さそうなのを持ってきてくれ。後お代わり」
「あいよ」
二本目を渡す。今度はちびちびと飲み始めた。本数がそんなにないと、保冷庫の大きさから目算をつけたのだろう。
「やっぱり喉に来るなあ。こうグイッと行きたいもんだが、贅沢は言えねえからな。昨日の今日で持ってきてくれた分だけでもありがてえ。今回のこの話。形にして返せるようにしてやるから待ってろよ」
「一日二日でなんとかなるような話でも無さそうだから気長に待たせてもらうよ。急ぎの用件でもないしな」
「そうか。ならこっちも気張らずに暇つぶしのつもりで取りかからせてもらおう。ダンジョン間通信をその機械で出来るようにも改造できるのが目標だ。ちっとは特殊な燃料が必要になるかもしれねえがその辺は勘弁してもらうとして、次のダンジョンにはバッチリ間に合わせて見せるぜ」
「次のダンジョン……それは我々が聞いて良い話ですか? 」
高橋さんが驚いて耳を塞ごうとしている。これはまた説明が必要だな。
「例えばの話ですけどね。このままの調子で他のダンジョンが攻略され続けると、ダンジョンマスターは自由になりますがその分魔素の放出が目的の彼らとしては出口が減るわけですから目標を達成できないことになる。そうなった場合、攻略されたダンジョンのダンジョンマスター同士で新しいダンジョンを作って更に魔素の放出口を作る必要が出てくる、までは良いですか? 」
「その辺はまあ、解ります。で、それがスマホの通信とどうかかわってくるんですか? 」
「いやね、前に相談された時に新しく作るならスマホの電波が通じるようになればダンジョン攻略も盛り上がるし、新しいダンジョンへの探索者の視線の移動もさせることが出来る。そうなれば旧来のダンジョンは今まで通りの魔素の搬出を続けることはできるんじゃないか……という話をしたんですよ」
「それはまた随分な越権行為になりますなあ」
やはり、ダンジョン庁との詳細な打ち合わせの上でそういうことを決めるほうがいいと促されているようだった。あくまで仮定の話なんだけどな。
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