864:技術交流
今日は雨だが気温はそこまで低くない。我が家では暖房入れっぱなしで寝ることを止めたが、それで問題ない程度に暖かくなってきているのは間違いないらしいな。
今日もいつも通りの朝食を食べ、昼食の回鍋肉をちょっと多めに用意する。酒のつまみに奪われることを想定して、二人分ぐらいの量を用意しておく。余ったら夕食にも食べるし、多く作る分には普段芽生さんの分も用意することと同じだ、味が大きく変わるような事も無いだろう。念のため米も多めに炊いておこう。
昼食の準備をさっさと終えて、保管庫の中身を再確認。そしてキンキンの冷え冷えのコーラとビールを取り出し、保冷庫に入れた後保管庫へ。ビールは三本までにしておこう。それ以上が欲しければ温いほうをどうぞ、ということにしておく。酒はほどほどの量で楽しむのが健康にいいはずだからな。
スマホも充電は終わっている。ちゃんとそれぞれ動くことを確認するとこれも保管庫へ。今日の所の準備はこれぐらいでいいだろう。
万能熊手二つ、ヨシ!
直刀、ヨシ!
柄、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、ヨシ!
酒、ヨシ!
研究用スマホ、バッテリー、ヨシ!
保管庫の中身、ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。今日を乗り切ればしばらく静かに探索できるようになるはずだ。乗り切りが大事な時間と思って気楽に行こう。
◇◆◇◆◇◆◇
三日連続、いや四日、五日? 何日でもいいか。どうせダンジョンに行かない日は布団の山本に行くかパソコンとにらめっことしているか、新しい料理に挑んでいるかのどれかだ。なら金を稼げる分ダンジョンに居ても何ら不思議はないだろう。
入ダン手続きをしてまずは七層で茂君。茂君から帰ってくると、リヤカーを置き、エレベーターの前に停めっぱなしにしてある自転車に乗って中央のテントへ。ここも見ない間に華やかになりつつある。ノート以外にも記念写真置き場のように、ポラロイドで撮影した写真を適当に飾る板のようなものが増えている。誰かが更に改造を加えたらしい。ノートとボールペンの在庫を確認し、ノートをパラパラと確認。前回生活魔法について書きこんだ場所から順番にめくっていき、どの階層で何が出たかの情報をメモに書き写していく。
書き写して何か意味があるのか? と問われればない。しかし何かしらの話のネタにはなるだろう。ギルド内でスキルオーブを狙おうとしている新人にこっそりと教えてやれる、なんてこともあるかもしれないからな。念のためだ。スキルオーブドロップ情報スレに流して情報を増やすという意味でも価値は何かしら見いだせるだろう。
一通り眺め切って、それほど報告が上がっていないことを確認する。書きこむ人が減ったのか、それともドロップ自体があまり行われてないのか、二十一層に情報が集まっているのか。それらは解らないが、とりあえず確認はした。再び自転車でエレベーターに戻ると今度は二十一層。
十四層にはエレベーターが止まらない上に何も用意されていないが、もしかしたら何かしら気の利いた連中がボス退治情報を共有するために設備を用意している可能性もないわけではない。流石に十四層にも同じ設備を持っていくのは時間がかかりすぎる。十四層に設置するのはやるとしても後日だな。
二十一層に到着するとノートを確認する。こちらにはかなりの情報が集まっている。十七層から二十五層あたりまでの情報が全て集まっているのか、ノートの在庫はギリギリだった。危ない所だったな。もしかすると他の誰かが気が付いてノートが補充される可能性も考えたが、ノートの裏表紙や表にずらずらと書かれていく未来が想像できなくはない。補充に来てよかったと思っておくべきだろう。
主な内容はスキルオーブのドロップ情報募集と返答、自慢、キュアポーションの買い取り、内容は様々だ。そして、住所が記されているのが解る。どうやら二十一層の住人たちは自分たちの生活スペースにある程度の住所的な名前と印をつけてやり取りをしているらしい。
スゴクタカイビル三階奥、等解りやすい場所にキャンプをしているなら仮眠の間に来客があって商品のやり取りやドロップ品の交換等それぞれの探索者に利益があるものだろう。そう思ってふと目をそらして建物の入り口を眺めてみると、立て札で「すずめ荘」と記されているのが見えた。あれが住所か。
誰かが勝手に名付けて住所代わりに色々と便利にしようとしている努力の跡が見られる。よく見ると、空き住居情報なども載っている。二十一層から二十八層に河岸を変えた時にちゃんと情報を残して早い者勝ち、住みたきゃさっさと使っていけと言わんばかりだ。探索者間にもちゃんとこういった交流があるのだな、と感心する。
スキルオーブのドロップ情報を拾い集めて情報のやり取りを眺めて一通り感傷に浸ったところで次は二十八層だ。
二十八層は今一番熱い階層であると言い切っても良い。二十七層から二十五層でスキルオーブを、二十九層三十層で色々なドロップ品と新しいスキルオーブ、そしてケルピーとの橋での戦闘が中々に盛り上がっている。それと、レイドの募集だ。複数パーティーで数週間かけてエルダートレントを退治したいという募集、詳しくは……こちらも住所とは言い難いが、エレベーターから南に徒歩五分、オレンジと黄色のテントの並び、等ある程度の個人情報を晒してアレの討伐に差し掛かってみよう、という一部のパーティーには大事な交換ノートとして機能しているようだ。
最近のドロップは……一か月前に物理耐性が落ちているな。その前は……時間的に三か月前を見ると、やはり同じ階層で物理耐性が出ている。どちらもゴーレムからだ。一発狙うならこの階層は中々美味しい階層であることに違いは無いらしい。
カメレオンダンジョンリザードの索敵も……あぁ同じように報告はされているな。大金が動く可能性のあるスキルオーブはちゃんと記入していくことでお互い損がないようにしているようだ。さて、他のドロップは……お、【木魔法】が二週間前に報告されているな。誰が拾ったか、誰が覚えるかまでは解らないがちゃんと供給されていることは間違いないらしい。手元に転がってくればそれが一番良いんだが、その可能性は薄そうだ。
二十八層も手狭になってきた。ここもそろそろテントを引き払う時期かもしれんな。しかし、引き払ったテントをどこに使おうか……今のところ居住地の問題は起きていないようなのでまだいいか。ちょくちょく確認しに来て邪魔なら移動させることを考えておこう。
ここは多めに予備のノートとボールペンを置いておくべきだろう。こまめに補充できなくもないが、一階層ずつエレベーターの料金を支払うのは面倒だしもったいないお化けが出る。特に理由がない限りはあまり頻繁に来ることは……お、レイドでエルダートレントに挑んだ記録が書かれている。
どうやら正面突破で火力ごり押しでやるにはトレントの実を齧りながら回復しつつ、エルダートレントの蔓と呼び寄せるトレントの相手をするメンバーが大事であるらしい。中々の長文で字も綺麗、内容も客観的に書かれている。
俺みたいに中心に杭を打ち込んで倒していくという方法に行きついたパーティーはまだ居ないらしい。あれは【雷魔法】か【火魔法】が絶対必要になるので条件をそろえるのも大変だろう。まさか人力で杭を打ち込んでいくわけにもいくまいし、【雷魔法】に精通しているとしても、杭を加速して打ち込んでそこから攻撃を繰り出す、というほうに頭が回るかどうかはまた別の話だ。中々に大変そうだが是非とも頑張ってもらいたい。
さて、階層巡りはこれで終わりか。三十五層はB+ランクの自分達……というより新浜パーティー専用になっている。わざわざノートに書きこんで返事を待つよりも、地上でレインに気軽に相談してくるほうが仕事が早いと判断するだろうし、緊急で必要なら直接家に来て相談するぐらいのことはするだろうから見に行かなくても問題はないだろう。これでやっと一仕事終えた。
なんだかんだで既に一時間ほど浪費している。これは午前中はやはり完全につぶれると見るべきだな。この後ミルコとガンテツを呼び出してスマホを渡して一会話する、という情報のやり取りが必要だ。今日は探索というより御用伺いと言った方が近いだろう。
再びエレベーターに乗り込み四十二層へ行く。四十二層へたどり着き、リヤカーを下ろすとまず一服疲れを取ろうとドライフルーツをパクリ。いつもの暑さ寒さを体験したところで椅子と机を出し、コーヒーを淹れて一休みする。ついでにお菓子とコーラを取り出しミルコに参拝、座ったままの二拍。お菓子は消え、ミルコとガンテツが次々に現れた。
「待ってると一日ってのは中々長いもんだな、ん? 」
「ずっと飲んでた奴が偉そうに言うねえ。もう飲み切ってしまったんだろう? 」
「ガハハ、まあな。おかげで色々と溜まってたうっぷんがすっきりしたってもんだ。で、今日はアレか? 持ってきてるのか? 」
まず最初に確認するのが酒の事。解りやすくていいな。
「酒の前に、まず渡しておく。機能としては一通りついている同じ通信規格のスマホを用意した。一台は予備だから分解とか分析せずに持っておく奴。それと、ミルコとガンテツにそれぞれ一台ずつ。こっちは好きに改造するといい。魔力的に解析するなり、実際に分解して中身を確認するなり好きにしてくれ。それと、バッテリー……動力源が尽きた時のための補助バッテリーも手に入れてきた。動力源が尽きた際に接続すれば自動で補充されていく仕組みになっている」
「至れり尽くせりだな。まずは一通り弄ってみることにしよう」
「見た目は……俺達の使うスクリーンシートと大して変わらないようだな。指でシャッとやったりすることで画面の切り替えや機能の切り替えが出来るって事か。後は……この封筒みたいなのってなんだ? 」
その辺かー。その辺の説明からかー。
「手紙のやり取りと考えてくれればいい。スマホの機能を自分のスキルだと仮定すると遠距離念話というところかな」
「なるほど。文章とあて先を入れて……ふむ、ふむ」
ガンテツは真面目に分析をしている。酒が入っていなければ技術者っぽいところを見せる。
「何か賑やかなのが入ってるね。これは何だい」
「それは遊び専用の機能だ。そのスマホで遊ぶための機能がインストール……内包されている。外部との接続が出来て接続の仲介をしてくれる企業……商会との取引があればスマホの機能はほぼ全て扱い切ることが出来るようになる。その分通信をするだけ金がかかったり、遊び……つまりゲームそのものをより深く楽しむために金が必要だったり、色々あるんだよ」
「なるほどね。前にゲームで課金で推しをって話を探索者がしてたのは多分こういうことなのかな」
「多分な。ゲームをする専用の機械というのもあるからスマホのゲームだとは決まっていないんだが」
「安村の社会は娯楽にあふれてるねえ。ゲームにもどうやら色々種類があるようだ。これは事前に安村が入れておいてくれたのかな? 」
「一部はそうだが、ほとんどは違うな。中古品だから俺がこれを買う前に使っていた誰かの置き土産かもしれん。解析して理解して遊んでも良いが、うっかりはまりすぎるなよ。それで身持ちを崩す奴は少なくないんだ……と言っても金を払う方法がないだろうからその心配はなさそうだが」
ゲームばっかりやっててダンジョンのメンテナンスを怠るダンジョンマスターという未来が見えてくる。引きこもりの最終形態みたいな形になっているミルコを想像してちょっと笑ってしまった。
それから単語について説明したり、実際の電波状況などを説明するが、俺は専門家ではないのですべてについて答えることはできないし彼らに参考書を渡したところで彼らはこちらの字を読めない。出来るだけ口頭で教えることに終始してはいるがどうやって説明したらいいか……と悩んでいる。
「うーん、これ以上は専門家の助力が必要だな。まずお互いの文字翻訳から始めないといけないのか。そちらの文字とこちらの文字の符合から直さないといけないとなると、これは言語学者と電磁気学に精通した人材が必要になるな」
どうしようかと悩む三人。ある程度は魔力探知でどういう内容のものが流れているかのフワッとした評価は出来るらしいが、実際にそれを魔術回路に組み込んで一種のスキルとして組み替えるとなると、翻訳機が間にもう一つ二つ必要になってくるらしい。なかなか難しい所だな。
そうして三人悩んでいると、エレベーターが突然開いた。どうやらお客さんらしい。高橋さん達かな? とおもったら高橋さん達だった。
「安村さん、ちょうどよかった。お聞きしたいことが……そちらは? 」
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