854:新人研修
今日もダンジョンに出かける。一人行のいつものパターンだ。昼食はウルフ肉の生姜焼き。いつものお手軽短時間レシピで作ったので味は保証済み。
万能熊手二つ、ヨシ!
直刀、ヨシ!
柄、ヨシ!
ヘルメット、ヨシ!
スーツ、ヨシ!
安全靴、ヨシ!
手袋、最近買い替えた奴、ヨシ!
飯の準備、ヨシ!
嗜好品、今日はナシ!
保管庫の中身、ヨシ!
その他いろいろ、ヨシ!
指さし確認は大事である。さて、今日も元気に茂君だ。いつも通りお弁当を作って小西ダンジョンへ向かう。
いつもの電車とバスに揺られての通勤だが、来月からバスのダイヤがすこし変わることになる。新しいダイヤを覚えておかないとな。それからダンジョン横のコンビニも営業時間を引き延ばす形で変更が行われ、その時間に来れる従業員を中々良いお値段で募集していた。多分一番忙しい時間帯だろうから働く人は頑張ってほしいと思う。
小西ダンジョンの営業時間変更が正式に公示され、四月から午前七時から午後九時までの十四時間営業に拡大営業されることになった。それに伴い、現在小西ダンジョンの中では通常業務と並行して新人研修が行われている。かなりあわただしいし間違いらしいものも時々起こすが、今のところ問題と呼べるほど大きなものは起きていない。
今後は朝入ダン時に送り出してくれる受付嬢と退ダン時に迎えてくれる受付嬢が違う顔になるんだろうな。
「受付ではとにかく気合と暇つぶしが大事。それ以外はやってるうちに覚えるし、何時に入ったかはこっちの控えで記録出来てるからそれを突き合わせれば探索者証は探しやすい。暇に打ち勝つのよ! 」
と、今後新しく受付を担当するギルド職員に教え込んでいたのには苦笑いをこらえきれなかった。やっぱり暇なのね、そこのポジション。後は夏場は暑かったり冬場は足元が冷えたりと大変だろうなと足元を見るとしっかり電気ヒーターが設置されていたので、多少マシではあるらしい。
今日も元気に入ダン手続き。受付嬢が二人同時に手を出すので、新しい受付嬢のほうへ渡してみた。時刻をメモり、その時間帯のシールが貼られたボックスに探索者証をしまい、一言。
「きゅおもご安全に」
まだ緊張しているようだ。早速噛んでいる。
「そちらも、ご安全に」
「四月までには間に合わせますので」
ベテラン受付嬢はいつもの調子で頑張っている。こういうのはとにかく回数をこなすのが大事だ。今の内に失敗して頑張って。来月からは一人で運用だぞ。
エレベーターへリヤカーを引いていつもの茂君をさっと一時間で回収してくると、いつもの四十二層へ。そして四十三層でカニうま祭りだ。
結衣さん達には、いずれ追いついてくるだろうしそのためにわざわざ地図を自分で作るのは時間の無駄だから来れると思った時に来れるようにすればいいよ、と助言し、地図を写させておいた。本人たちが抜けられるという覚悟が出来た時には四十二層までたどり着くだろう。
それまではこの広いカニうま島を一人で使い倒して、ドウラクの身をたっぷりとリヤカーに積んで帰るのだ。まずは二周、全力ダッシュで走り切ってから昼食、その後でまた四時間ダッシュ。これは一人行中に自分に課した試練みたいなものだ。それに何より稼げるしな。
九種類目のポーションの買い取りが始まって、一本千九百四十四万円という査定価格は魅力的であり、買い取りが開始されるまでにため込んでいたポーションを一気に放出することで、また一回の査定価格の記録を更新したが、それ以上に一人で回っているカニうまダッシュ、こちらの収入が一回六千万から七千万とかなりの高額になっている。
現状ソロで潜れる場所としてはここが今は最高効率だろう。基本近接で対処できることと、こちらが遠距離からでも対応できること。ドウラクは【水魔法】による泡ショットガンで遠距離攻撃をしてくるものの、ジャイアントアントや鱗粉と違って状態異常になる事は無く、喰らっても数歩後ろに下がらせられる程度のものだ。大きく邪魔をされることはない。
ひたすら一方的にドウラクを倒してドウラクの身とドウラクミソを集め続ける。後六時間、しっかり稼いで帰ろう。
◇◆◇◆◇◆◇
午後四時になった。ここでカニうまダッシュはいったん終了。帰りに茂君して上に戻って午後六時。いつもの流れに乗るように、定時で帰るがごとく帰り支度を始める。
エレベーターの中で荷物を整理し、七層まで戻ると七層でポン立てテントにリヤカーを隠して再び茂君へダッシュ。帰ってきたらリヤカーを再び拾い一層から出入口、退ダン手続きへ向かう。
新人ちゃんは……どうやら小休止なのか、他の仕事をしているのかは解らないが居なくなっていた。今から忙しい時間帯になるとは思うのだが、大丈夫だろうか。
「お帰りなさい。新人ちゃんは夕飯休憩してますよ」
「そういうことね。忙しい時間帯はちゃんと対応させるんだ」
「じゃないと研修になりませんからね。お疲れ様でした」
結構スパルタだな。いや、事前に食事休憩させるだけ有情というものか。ちゃんとできるように教育をしていくためにも休めるときに休め、ということだろう。
査定カウンターはまだ一つで、二人で対応している。いつも通り分けてあるので混乱はしないはず。こっちの頭の中でもある程度の金額は算出してあるので、おかしいと感じたらすぐにおかしいと解るはず。
「あーおつかれさまですー」
カウンターはいつも通りの査定嬢。そして後ろで荷物を受け取りごそごそと品目チェックを始める新人ちゃん。
「松川さん、これ緑は三つ目の値参照で重さ価格で良いんですよね」
「そーだよー。後ポーションの色味はチェックしておいてねー」
基本ぶん投げで教え込んでいるらしい。ところで、松川っていうのかこの娘。一年近く通ってきたが初めて名前を知った。直接指名で名前を呼ぶ事は無いだろうが覚えておこう。
「えーと……これ重いな……でも分けてあるから楽かも、と、なにこれ、カニ? 」
独り言の多い新人ちゃんだ。ラミネートされたドロップ品リストをペラペラとめくりながら値段と重さ、価格を見比べながら一つ一つ数えていく。がんばれー、まけるなー。
気が付くと俺の後ろに並んでいる探索者も、新人ちゃんの査定の様子を後ろからのぞき込んでいる。声援を送ったりはしないが、自分の番でちゃんと査定してもらえるかを考えて、後ろでは荷物の整理や詰め替え直しの作業をしている者も見え始めた。最初からそうしておけばよかったのに。
「これで後ポーションだけ……この色はキュアの4だから……できました。これで検算お願いします」
松川さんがパソコンのリストと品物を見比べて、確認作業を終える。目で見るスピードも品物を遠距離からでも判断する能力はさすがの慣れ具合だ。
「おっけー、じゃあレシートだすよー」
査定が終わりレシートが返ってくる。六千四百二十七万三千五百円。あらかじめ試算しておいた額とほぼ同じだ。どうやら間違ってないようだ。
今度は支払いカウンター……だが、ここ最近支払いカウンターは激しく混雑している。確定申告用のギルドの支払い証明書を受け取るための順番待ちと、査定金額の支払い待ちとで休憩場所に人があふれる程度には人が多い。三ヶ月もあったんだからその間にやっておけと散々ギルドからも言われていただろうに。
支払いカウンターも二人体制なので、手慣れた先輩ギルド嬢が支払い書周りを次々と発行しながら、新人が支払いの確認をしている。なので新人ちゃんのほうに振り込みを依頼。振込先を指定してレシートの金額を全額振り込みする。この作業はもう慣れたらしく、手早く終わった模様。
「安村さんお疲れ様です」
声をかけられ後ろへ振り替えると、小寺さんだった。
「お疲れ様です。今日はいつもより早めのご帰還ですね」
「ギルドが今この調子ですからね。時間ギリギリまで粘ってさらに時間を圧迫することを考えると、無理に時間で負荷をかけるようなことはしたくないんですよ。自分にとってもあまり利益になりませんしね」
「相変わらず三十層ですか? 精が出ますね」
小寺さん達がB+に昇級するという話は聞いていない。どこかでダンジョンマスターの話を聞きつけでもしない限りはありえないのだから潜るなら三十層か二十九層だろう。
「安村さんこそ、どこまで深くまで潜ってるかは知りませんが、よく一人で潜って帰ってきますよね」
「まあ、慣れましたからね。おかげでガッツリと稼げてはいますが」
「後ろにいたから査定嬢の独り言が聞こえてましたけど、キュアポーションのランク4を一人で持って帰ってこれるだけの階層って事ですよね。あの子のおかげで安村さんがどのぐらい稼いでいるか半分ぐらいは聞こえてますよ。重たいわりに安い……とか」
重たい割に安い……ドウラクの身の事かな。確かにあれは重量比査定効率が悪い。食いものとしても重さと値段を考えればバランスが悪いとしか言えないが、その場に捨てていくほど愚かではないし、ちゃんと持ち帰れる分は持ち帰っているのだから問題はないだろう。しいて言うなら後でコンテナに積み込んで出荷する時、重すぎて面倒だろうなあという感想は漏れ出る。
「ギルドにクレームを入れるかどうかは悩みどころですね。懐事情を探られたくない探索者は居るでしょうし」
「新人だからね。まあやんわりと苦情は入れておいたほうがいいかもしれないね。今のところ問題があるわけではないが……という形でギルマスに一言入れておくほうが良いかも」
「そういう訳ですので安村さんよろしくお願いします」
「え、俺が? 俺自身は問題とは思ってないんだけど」
「そこはそれ、探索者一同からの意見として代表で伝えてもらうという事で」
うーん……そういう仕事をしたくなくて今の場所に居るんだけどな。でも、一々金額を探られたりするのも問題だし、俺の査定金額を聞いて他の探索者のやる気を削ぐような結果になってしまう可能性だってある。注意しておくべきは注意しておくか。そして査定カウンターに直接苦情を言うのはよほどカウンターが暇なときでないと難しいだろう。
「解ったよ、ギルマスにはやんわりと伝えておくからそれで納得してくれるかな? 」
「助かります。ではお先に」
余計な仕事を押し付けられてしまった。まあ、しょうがない。目立つという事はそれだけでもいらん有名税を背負い込むことになるし、他の人がそれで精神的に楽になれるならそのフォローをするのも探索者全体の利益になる。ギルドも些細な衝突を起こさなくてよくなるし、俺が一つ我慢することで平和になるならそれが一番みんなのためだろう。
ギルマスルームに行ってノック三回。ギルマスはちゃんと居たので、そういう意見もあるという形で、注意だけはしておいたほうが良いと伝える。
「なるほどね。確かにデリケートな話だ。問題にはなってないが問題になる可能性がある、として注意しておくよ」
「お願いします。こっちも伝達を押し付けられた方でして。俺個人はあまり気にしませんが、お互いの収入を広めるとなると問題ですし、最悪の場合俺が稼ぎ過ぎてるので早く深い階層に潜れるように配慮してもらいたい……なんてことになると」
「なるほど、それは大変かもしれないな。早速仕事終わりにでも注意を呼び掛けておくことにするよ」
そこまでは誰も言ってないのだが、そうなる可能性があるという事を言い含めておけば素早く対処してくれるだろう。
「用件はそれだけです、では」
手短に用件を済ませて帰ろうとするが、呼び止められた。
「そういえば、トレントの樹液だけどようやく出番が出てきたらしいよ。有機溶剤と特殊な薬品と一緒に混ぜ込んで塗料とした使った場合、モンスターが寄り付かない可能性が出てきたという話だ。もしかしたら、その塗料を使用することでどこでも安全に休めるようになるかもしれないね」
「それは大発見ですね。一層にも安全地帯が作れる……いや、その塗料が電磁波を遮断するような物じゃないなら、ダンジョン内部に有線で通信機器を設置してダンジョン内でも電波が届くようになればダンジョン内で直接生放送配信が出来ることになりますね」
「なるほど、そういう使い方も出来るのか。これは前向きに考えても悪くない話みたいだね」
ギルマスは可能性に気づき、早速メモを取っている。動力を電池にするとしても、ダンジョン内でも電波が使えるというのは面白い試みかもしれない。でも、長大なダンジョンの中、電波の通信強度を測りながら通信網を構築していく、というのは中々に大変な作業だとも思える。当然護衛の探索者が付くだろうし、なかなか大規模な話になりそうだな。
「じゃ、帰りますよ。新人教育頑張ってくださいね」
「頑張るのは職員たちだけどね。例の件は今日中に伝えておくよ、お疲れ様」
あれ、なんか俺ギルド職員みたいな仕事もしてないか?
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続きを頑張って書くためにも皆さん評価よろしくお願いします。