849:ダンジョン踏破
ダンジョン踏破か。ついに国内でも出たのか。そして騒いでいるという事は、ダンジョンコアは破壊されたという事だろう。ただ最奥部に到着しただけならこんな事態にはなっていないはずだ。
「それは先を越されましたねー。ところで熊本は地名じゃなくて第一第二って呼び名なんですね」
「あぁ、熊本は第三までダンジョンがあってね。地名で呼ばずに第一位第二第三と発見された順番に番号で呼ばれてるんだ」
豆知識を披露されたところで、ギルマスの見ている画面に向きなおる。画面にはダンジョンの入り口が映し出されていて、ぽつぽつと出てくる探索者達と、これから入場しようとしている探索者に対して説明をし、ダンジョンが踏破されたことを拡声器で言い広めている熊本第二ダンジョンのギルド職員、そしてダンジョンの脇で待機している探索者の姿があった。
受付では現在中に入場している人の探索者証を確認して、残り何名何パーティーが入場しているかをカウントしているらしい。この様子は探索者の個人配信でも同時に行われているようで、そちらの方を自分のスマホで確認したところ、五万人ほどが同時に観察しているらしい。
国内初踏破だ、それだけ宣伝効果も大きいのだろう。もしかしたら現地すぐ近くの探索者は祭りだとばかりに集まってるかもしれないし、近隣住民も何事が起きたのか集まっているかもしれないな。と、ここで気になることを質問してみる。
「熊本第二ダンジョンってエレベーター付いてるんですか? 」
「ギルドマスター会議での報告は無かった。けど、真中長官に個人的に質問してみたら長官は御存じだったみたいだよ。ただ、公的に発表はされていなくて第二ダンジョンの専属パーティーにだけ使わせる形で運用していたみたいだ。そして、何層まで潜っていたかも熊本第二ダンジョンでは報告がされていなかった。これはギルド内部的に少し問題だね、探索者とギルドで情報の共有が出来ていない」
「と、いうことは熊本第二ダンジョンのギルドマスターは少し怒られ案件ですかね。エレベーターについて黙っていただけでなくそれなりの深層に潜っている探索者まで把握できてないとなると」
と、レインの着信に気づく。真中長官からだった。
「熊本第二ダンジョンが踏破されたらしいよ。今ギルドマスター会議で情報共有中さ」
「今小西ダンジョンでみせてもらってます」
緊急事態とはいえ、探索者が出てくるだけの画面を見続けるのにも飽きてきたんだろう。
「この場合該当ダンジョンのギルドマスターは怒られるんですかね、褒められるんですかね」
大事な所だけを質問しておく。俺は一々情報共有してギルドと歩調を合わせることを選んだ探索者だが、ギルドに秘密で深くまで潜っていくことで自分だけのダンジョンだと思い込んで深層探索を楽しむパーティーが居ても非難はしづらい。
「何とも難しい所だね。ダンジョン踏破はギルドにとっては義務みたいなものだからそれを果たしたことに違いはないし、注意はするとしてもダンジョン消滅のご褒美と相殺でプラスにはなるだろうとは思っているよ。何にせよ国内初のAランク探索者が誕生することになるんだけど、先を越された君の感想はどうだい」
「そうですね、虫よけにはちょうどいいんじゃないでしょうか。おかげで水面下でゆっくり探索ができますよ」
「安村さんならそう答えてくれると思ってたよ。ちなみに三十九層にダンジョンコアは設置されていたようだ。三十層までは確実に何処のダンジョンでも存在すると思っていいのかな? 」
真中長官は最も浅い階層がどこになるのかを気にしているようだ。Bランクから飛び級でAランクになる可能性を考えているんだろう。
「解りません。現状まだ二カ所しか発生してないダンジョン踏破ですからね、もしかしたら内緒でもっと浅い階層でダンジョンコアを破壊せずに留め置かれているケースが無いとは言い切れませんし。今度ミルコに聞いておきますよ。今から聞きに行ったら今日中に戻ってこれないですから。後、これは事後報告になりますが、小西ダンジョンに籠ってるD部隊、実力と諸事情によってダンジョンマスターへの貸しを全部支払ってもらったらしいです。なので私が把握している限り、今のところダンジョンマスターに貸しがあるのは小西ダンジョンでは俺の一回分だけですね」
「その貸しはこっちに都合してもらう事が出来るのかな? 」
もう一回会談みたいなものを開くときに使えるだろうか、という話だろうか。
「状況による、とだけ言っておきます。使うあてがあるのでそれが叶うなら、小西ダンジョンはもっと便利にエレベーターを使えるようになると思いますよ」
さすがにもう一回分の貸しを作るまではそのまま溜めておきたいのが本音だ。それに会談を行うなら今度はもっと公的に、高輪ゲートウェイ官民総合利用ダンジョンあたりでやってもらうほうが、長官にとっても移動の手間が無くていいと思うし。また総理とかついてきても困るし。
「……なるほど、何をさせたいのかちょっと理解したよ。そんなわけで今日は秘書と二人で交互に仮眠を取りつつ熊本第二ダンジョンの監視にあたることになる。安村さんは適当な所で切り上げてしっかり休んでね」
長官は俺が何をしてもらいたいか、うっすらと察してくれたみたいだ。その為に必要な行動も含めて考えておいてくれるとありがたいが。
「頭越しついでにご報告しておきますが、五十層に手を付け始めたのでまたサンプルを送ります。出来るだけ早く現金化させてもらえるようお願い申し上げます」
「解ったよ。手配はしておくから坂野さんにこちらへ分析資料として回すように……横に居るんだっけ、ちょっと替わってくれる? 」
「ギルマス、真中長官です」
「はい、替わりました坂野です。……はい、枕と同じくの手配で良いんですよね。解りました、こちらで処置しておきます。はい、はい、では電話返します」
「お邪魔しまーす」
電話を受け取るタイミングで芽生さんが登場。ギルマスがモニターをガン見しながら俺が電話をやり取りしている光景を見て何事? といった雰囲気。
「かくかくしかじか」
「まるまるうまうま」
ざっくりとやり取りを終えたところでようやく流れに乗ってきた芽生さんが俺にコーヒーをねだる。コーヒーを渡すと、ギルマスと共に画面を凝視し始めた。
通話で連絡を取りながら、五十層で出たドロップ品を並べ、査定用の鑑定お願いします、とメモ帳を貼り付けておく。それぞれ十個ずつ程あれば充分に足りるだろう。さて、鱗粉も牙も何に使えるか今のところさっぱりわからない。ここはダンジョン素材の専門家においでいただくのが筋だが、そんな相手もいない。また時間が長くかかりそうだな。
「このタイミングで非常に言いにくいんだけど、明日から価格改定だからね。もう明日の事だから言っちゃうけど、君らに影響するのは緑の魔結晶とワイバーン関連、スノーオウルの羽根の値下がり、ダーククロウの羽根の値上げ、そのぐらいかな。申し訳ないけど市場原理には勝てなかったよ」
真中長官がハッキリと宣言してしまう。その言葉は予測済だ。
「その辺は織り込み済みですし、取引先のほうにも多分そうなるだろうとあらかじめ伝えてあるので問題ないですよ。稼げなくなった分は数をこなして補う事にします。それに、焦って収入を得なくちゃいけないほど財布は薄くないですから」
「そう言ってもらえるとありがたい。先行者利益は充分啜っただろうし、みんながそう言ってくれると嬉しいんだけどねえ。じゃ、また。何かあったら坂野さんにことづけておくよ」
何かはあってほしくないというのは本音だが、査定が早く決まるという話なら大歓迎だ。どんどんことづけておいてほしい。
「ところで、これ二十四時間ずっと監視し続ける予定なんですか? 流石にしんどいのでは」
「国内初観測の現象だからね、ちゃんと初めからしまいまで見ておかないと。こちらもそうだけど、一般人も現地で外から中継みたいなことをしてるらしいからね。家に帰ってもそっちで見れると思うよ」
「じゃあ僕らはそうしますかね。じゃあ切りまーす」
「今日もお疲れ様ー」
通話を切る。さて、画面のほうはまだ大きく変化するというほどのことは起きて無いらしい。ただ、起きた瞬間にどうなるかは非常に興味がある。
「これ、何時ごろにダンジョンコアを割ったのかは解ってるんですかねえ? 」
「本人の証言によると午前十時ごろらしい。なので明日の午前十時には熊本第二ダンジョンが消滅することになるはずだね。前のミルコ君からの報告が正しければ、だけど」
「それも含めての調査ってところですか。今頃ダンジョン庁の調査班は現地へ向かって走っているってところでしょうかねえ」
「まさにその状況だね。大手マスコミと地元のテレビ局にも情報を流しておいたらしいから、午前十時ごろになれば中継で一騒ぎあるかもしれないね」
ふむ……だとするとここでやることはもう無いな。
「テレビで大々的にやる予定ってことは家で見ててもここで見てても同じようなので帰りますね」
「あぁ、じゃあちょっとだけ頼まれごとをしてくれるかな。夜食と朝食とを買いに行きたいんだ。その間だけ代わりに席に座っててくれる? 」
「そのぐらいなら良いですよ。時間も……うん、バスまではまだありますし、今の内に行っちゃってください」
いやあ悪いね、と言いつつ急いでギルマスは外出していった。特にこれと言って移り変わりの無い十分間を過ごす。どうやら、画面にくぎ付けである、という姿勢自体が大事なようだ。終わりの時間が解ってるんだからその時間にまた集合すればいいと思うんだが、そうならないのはお役所仕事だからか。
弁当を買って帰ってきたギルマスと交代して今度こそ帰る。
「ところで、君ら何でそんなに甘いにおいするの? 」
「それも五十層のモンスターのおかげですよ。ドロップ品の小袋、開けると部屋に匂いが充満して取れなくなっちゃうかもしれないから気を付けてくださいね」
「解った、触らずに厳重に梱包して送っておくよ。お疲れ様」
ギルマスの部屋を出る。一応スーツをクンクンと嗅いでみるが、鼻がマヒしているらしく匂いは解らない。
「やっぱりまだ匂う? 」
「私も鼻がおかしくなってるかもしれませんから、帰り道は周りに迷惑かけるかもしれませんねえ」
「高橋さん達は最悪この匂いを全身から漂わせながらダンジョンから帰ってくるハメになってたかもしれないのか。やはりどんな匂いも過ぎれば公害だな」
「さて、せっかくのイベントですし、私も明日は午後講義ですし、洋一さんの家でゆっくりダンジョン消滅現象でも観察しますかねえ。結衣さんも呼んだら来るかもしれません。事情を説明して駆けつけてもらいましょう」
早速共有チャットで結衣さんに連絡を付け始める芽生さん。そして反応する結衣さん。明日は休みらしいので来ることになった。来るなら安全運転で来てね。
バスの中でも電車の中でも、どうやら匂いは少し漏れていたらしく、なんか甘いにおいするーという子供の無邪気な指摘に居心地の悪さを感じる。やはりまだまだ俺のウォッシュの熟練が足りないらしい。
「おじさんたち、おかしやさん? 」
「おじさんたちは探索者だよ」
子供にちゃんと説明すると、親がすいませんと言いつつ子供を引っぺがしに来る。本当に申し訳ないと思う。
家に着くと、結衣さんが先に到着していたらしく家には明かりがついていた。
「おかえりー。お風呂沸かしておいたけど先に入る? ……なんか甘いにおいがする」
「やっぱり匂うか。風呂入る時にどこに匂いの元があるのか確認しておかないとな」
「綿あめ屋の爆発に巻き込まれたような感じの純粋な砂糖の甘さを感じるわ」
綿あめ屋が爆発するという珍しい現象があるのかどうかはさておき、結衣さんにまで指摘されるという事はそれだけウォッシュの機能がまだまだ使い切れていないんだろう。もしくは、意識しない所にごっそりと残っている可能性もある。靴を脱ぐと靴にウォッシュ。靴下を玄関で脱いでウォッシュ。
「これで足元は大丈夫、家の中まで甘くなる可能性は低い、と。芽生さん先に入っておいでよ」
「そうします。服はそうですね……スーツの外身だけウォッシュかけておいてください。着ていた服は洗濯しちゃおうかと思います」
そのままフラフラと風呂場へ出かけていく芽生さん。しばらくすると肌着姿で戻ってきて、スーツを渡してきたので、ウォッシュしてハンガーにかけておく。
「どう?芽生さんのスーツから甘い匂い消えてる? 」
「どれどれ……うん、大丈夫そう。ということはスーツの匂いではなかったってことね」
「じゃあ俺も大丈夫そうだな」
スーツを脱いでウォッシュ。芽生さんが風呂に入っている間に脱衣所で普段着に着替えて、着替えは洗濯かごに放り込んでおく。そして念のため自分にもウォッシュ。今日はウォッシュもう何回使ったかな。地上に戻ってからも何回か使っているが、眩暈が来そうにない辺りスキルの個別で魔力消費をするわけでは無いらしい。そうなると、俺の魔力保持量も相当な量になっているってことだろう。
「で、何でこんな匂いしてたわけ? 」
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